04

「ごめん切島くん、1人逃がした…。蛙吹さんが今から向かうから迎撃お願いします。わたしは出来る限り常闇くんの相手する…」
「おう、分かった!無理すんなよ!」

 目だけは常闇から外さず通信を飛ばすと、「余裕だな」と彼は口だけで笑った。
「ダークシャドウ!」「アイヨ!」
 攻守逆転だ。守る存在がいなくなった常闇は一転してガンガン激しい戦闘を仕掛けてくる。目が獰猛に光っている。
「よ、余裕じゃないよ…」
「む?」
 刹那は楽しくなって唇が緩んでしまうのを抑えられなかった。
「でも、近接戦闘は…得意なの!」
「なるほど…手強いな」
 お互いに構えると、唇を釣り上げて2人は飛びかかった。



「今から蛙吹来るってよ」
 一方その頃。切島と瀬呂は暇を持て余していた。訓練開始から半分ほどの時間が過ぎているが、通信が1度来たきりで状況も詳しくわからないし、思ったより長く刹那が2人を足止めしていたからだ。
 核は部屋の一番隅に置かれ、部屋中に瀬呂のテープが張り巡らされている。核の前は特に念入りに巻かれていて、近づこうものならすぐに体を取られてしまうだろう。

 瀬呂は後方、切島は前方に位置し、侵入者に備える。正直死角はないように思えた。

「蛙吹ね。"個性"蛙だっけ?」
「ああ。戦闘向きじゃねえんじゃねえかな」
「白凪は常闇抑え続けられっかね」
「どうだろーな。まあ入口は1つしかねえし来ても何とかなりそうな感じはあるよな。トラップもあるし」
 切島が振り向くと「まーね」と得意げな声音で瀬呂が笑った。

 現在この部屋には入口のドア1つしかなく、核とは離れたところに窓が1つあるが、最上階である4階に窓から来る可能性は低いと見積もっていた。
 ドアは開け放って姿が見えたところを迎撃するか迷ったが、隅の部屋なので通路が2つある。相手に中の様子を見られて対策を取られるより、閉め切って来たのをわかるようにした方が良いと刹那は判断した。
 その判断に瀬呂と切島も同意して今に至るのだが、外から中が見えないというのは、同様に中から外の様子も分からない。切島は焦れてドアを注視するが、音も響いてる様子はない。

 中弛みして少年が会話に興じ始めた頃、蛙吹はその部屋のすぐ前にいた。ドアに張り付いて中の様子を盗み聞きしていたのだ。

 窓から侵入する方が注意は逸らせるが、危険な上に時間もない。残り時間はあと5分だった。
「常闇ちゃん、敵を見つけたわ。そっちの様子はどう?」
「すまない、蛙吹。白凪の妨害が思いの外激しく戦況が拮抗している。増援にはまだ行けそうにない」
「分かったわ。時間もないし突撃するわね」
「任せた」

 通信を切るとしばらく宙を眺め、蛙吹はケロケロ…と頭を巡らせる。切島と瀬呂はありがたいことに油断してくれている。話から察するに部屋の中には瀬呂のテープがある。声の距離からすると切島がドア付近にいる。
 ドアの上には壁がある。貼り着けば体を隠すことが出来そうだ。
 蛙吹はちろ、と舌を出してドアに思いっきり体当たりした。



 バアン!!!

 何かが叩きつけられるような音が響いて、切島と瀬呂は肩を揺らした。瞬時に顔を引きしめ前方に警戒を向ける。
 きい……。
 小さく軋みながらドアがゆっくりと開いた。しかし目の前には誰も───いない。

「……?」
 蛙吹が来たのは分かっている。隠れているのかと思い、切島はじり…じり…とドアににじり寄った。奇襲に備えて手と腕、胸元を硬化させる。
 壁に沿って頭をちらっと出すが、人がいる様子はない。右も左も。
「オイ、誰もいねーぞ!」
 訝しげに部屋を振り返った時、瀬呂が怒鳴った。
「切島、上だ!」
「っ、え」
 慌てて見上げると長い髪の間から丸い目が切島を見下ろしていた。声を上げる間もなく長いベロで体を拘束され、そのまま部屋の中に──いや、正しくは瀬呂のテープ目掛けて投げ飛ばされる。
「っくそ!」
 トラップのためにかけたテープに全身絡まり、身動きが取れなくなる。切島に巻きついたテープの分部屋のトラップは減ってしまい視界が開けた。
 蛙吹は切島を投げ飛ばすと同時に部屋に侵入し天井に張り付いて距離を伺っていた。すかさず瀬呂がテープを投げるが、壁から壁へと張り付いて三次元的に動きので中々捉えにくい。

 上から狙われるとは想定していなかった。核の元に瀬呂は下がると、蛙吹を捕らえるのを諦めて天井付近へのトラップを増やしていく。同時に唸りながらテープと格闘するミノムシを肘から伸ばしたテープで回収して手元に置いておく。ヒーローに捕縛されるのは避けたい。
「悪ぃ瀬呂……」
「いや、仕方ねえよ。今のは蛙吹が上手だった。予測できねえだろあんなん」
「くそ、情けねえ。硬化してテープ切るからしばらく蛙吹を頼む」
「分かってるって」

 もう2人に油断はなかった。蛙吹は何を考えているか分からない顔でケロケロ…と鳴きながら、徐々に近づいてくる。
 蛙吹は部屋にさっと視線を走らせると置いてある机や椅子を無造作に舌で放り投げた。ガラガラと音を立て瀬呂の視界を一瞬遮った隙に、天井から核に向けて飛びかかるが、テープで弾かれてしまう。
 核の近くのトラップは机で大方剥がれたが、攻撃力に欠ける蛙吹に正面戦闘は厳しい。
「うっしゃ!取れたぜ!待たせたな瀬呂!」
 切島も自由になったらしく、パン!と手を合わせる。突進してくればやりようもあったが、切島は核と瀬呂を守るように前に出ると、そこを陣取って警戒態勢で落ち着いてしまったので、蛙吹は下がらざるを得なくなった。
 3人は睨み合い、膠着状態が続く。


『試験!終了ーーー!!!!!敵チーム!!WIN!!!!!!』

 緊張が走っていた空間を裂くようにオールマイトの声が響き渡った。いつの間にか15分が経過していたらしい。逃げ切りで敵チームの勝利だ。
「えっ?終わり?」
「ッシャア!」
「ケロ……」
 蛙吹が悲しそうな顔で天井から落ちると、無線で「ごめんなさい常闇ちゃん。攻めきれなかったわ」と呟く。
「いや。俺も応援に行けなくてすまない」

 5人は地下室に戻り、暖かく迎えられながら講評を受ける。
「今回のMVPは誰かな!?わかるかい?」
「白凪さん?」
「蛙吹?」
「瀬呂もいい動きしてたんじゃね?」
「Oh Yeah!鋭い!今回は良いサポートをしていた生徒が多かったね!全員良い動きをしていたから悩ましいが、MVPは白凪少女に送ろう!」
「ありがとうございます…」
 特に嬉しくもなさそうに刹那は頷いた。
「すごいじゃん、刹那」
「…えへへ」
 耳郎に背中を叩かれるとはにかんで小さな笑みを零す。オールマイトはちょっとショックを受けつつ生徒を見回す。
「今回のペアでは基本的な作戦は白凪少女が立てたようだね。人数の利を上手く取れたと思う。撹乱と遊撃、索敵と近接戦闘のできる白凪少女が出たのも良い選択だった。ヒーロー2人を足止めしようとしたのも悪くない。戦闘力のより高い常闇くんをその場に縫いつけ、最後までヒットアンドアウェイで応援に行かせなかったこともプラスポイントだ。バトルに熱くなっていたが、冷静さは失わず、常闇少年の取れる手段を狭めていた。でも個性の有利を立ち回りでさらに上手く活かせただろうこと、インカムでより密な連携が取れたであろうことを考えると課題は見えてくるね」
「はい……」
 刹那が考えていたことと全く同じだったので肩を落として床を見つめた。

「瀬呂少年も良かったね!"個性"でうまくトラップを作り、切島くんのこともヒーローに捕縛する前に回収出来た。テープで牽制して蛙吹少女を近寄らせなかったし、警戒しながら天井付近の防御を高めたことも良い選択だ。課題はやはりコミュニケーション!途中で中弛みしていたが、その間に色々なパターンの戦略を考えていたらもっと事前に警戒出来ていたはずだ。

 切島少年もだぞ!気が緩んでいた上に即対処されてしまっていた。でもドアが鳴った時に非常に警戒しながら近付いていたし、それを解かなかった。テープも迅速に解除して、その後も蛙吹少女に飛び出すんじゃなく、数の有利を保って距離をとっていたのは良かったね!冷静な選択だった」
 瀬呂は力なく「っス」と肩を竦め、活躍出来なかった切島は唇を噛み締めた。
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