17

 半ば無理やり友達になってもらったが、スネイプと関わる時間はほとんど取れなかった。人前で話しかけるのはお互いのローブの色でリリーも控えているようだし、彼女たちは時折湖のほとりや図書室、廊下の隅や温室などで会話の時間を取っていたようだったが、そこに混ざると彼は本当に心の底から「お前が邪魔だ」という顔をするのだ。

 「また着いてきたのか」と口に出しもする。セツナは彼に好感を持っていたのでそう言われると心臓がチクリとしたが、数回顔を合わせるうちに、彼がリリーに多分……特別な感情を抱いていることがすぐにわかった。
 嫌がられるわけだ。
 スネイプはリリーの笑顔を見ると目じりを少し赤くして目を逸らすのに、彼女の視線が他に向いている時はさりげなくチラチラ盗み見ては、唇を穏やかに緩めるのだ。
 大事なものを見つめる瞳だった。
 スネイプは誰に対してもすこぶる態度も目つきも口も性格も悪い少年だったが、リリーの前でだけは可愛い少年になる。
 男の子を可愛いなんて思うのは初めてだった。
 微笑ましくて、少し照れくさくて、セツナはすぐに彼らに混ざるのを辞めた。そうすると、当然ながら関わる機会はなかった。

「うーん、迷うわね」
 ソファで足を組み、首を捻りながらメアリーがぼやいた。クリスマスのプレゼントを選んでいるのだ。週刊魔女やDREAMS Designのクリスマス特集や、魔法具、コスメブランド、スイーツなどのカタログをテーブルに並べている。
 アリスも覗き込んで唸っていた。
「わたしも悩んじゃうな。親戚やいとこがすごく多いのよ」
「ステイシーは名家だものねぇ。セツナは?」
「わ、わたしはそんなに。パーティーでも手土産は祖父母が用意するから」
「ふぅん。ノースエル家のパーティーは盛大だって聞くわ。どんな感じなの?」
「そうだね…」

 たしかに盛大だった。吹き抜けのホールを飾り立てて、広いテーブルをたくさん並べ、食べきれないほどの料理を並べるし、あちこちに見事な花や宝石や燭台を飾り立てている。
 参加する人はみんな綺麗なドレスに身を包んでいて、祖父が呼んだ演奏団をバックミュージックにダンスを踊ったり…セツナは踊れないが…。
 子供用に隣の部屋も解放されていて、そこでも小さな社交界が開かれている。
 セツナは当然馴染めないので、最低限の挨拶回りだけしたらすぐに別館に引っ込んでいた。パーティーは煌びやかでテレビで見るなら憧れるが、実際参加するとなると胃が縮むのだ。
 綺麗なカーテシーだとか、テーブルマナーだとか、粗相をしないかだとか……。

 説明すると混血のメアリーどころかアリスまで「ほーっ」と口を開けた。
「ステイシーはこんなふうじゃないの?」
「まさかぁ。堅苦しいパーティーはあんまりしないよ。みんなお酒飲んで料理食べて盛り上がってるだけ」
「気楽な雰囲気なの? いいなぁ……」
 本心から羨みのため息をつく。
 もうすぐクリスマスになる。ただでさえもうたくさん課題が出てきているのに、休み中はパーティーもいくつか参加しなくちゃいけないだろうから今から気が重い。
 しかも、ノースエル家が参加するパーティーや招待する客はたいていスリザリン出身だったり、資産家だったり、魔法省に務める役人たちばかりなのだ。

「リリーは?」
「私の家は家族で七面鳥とかケーキを食べるだけよ」
「うちと同じ」
「一般家庭だもの」
「そうそう」
 リリーとメアリーが意気投合している。

「ねえ、そういえばスラグ・クラブのクリスマスパーティーってどんなふうなのかしらね」
 思い出したようにリリーが首を傾げた。先日、スラグホーン先生から招待状が送られてきたのだ。グリフィンドールの1年生で参加するのはリリーとセツナだけだった。
「さぁ…。いつもの食事会がちょっと豪華になった感じかなぁ…?」
「毎年かなり盛大だって聞くよ?」
「えっ?」
 アリスがふわふわした口調で、「詳しくは知らないけど、卒業したクラブの元メンバーもたくさん来るとか」。
 セツナとリリーはパッと顔を見合わせた。
 そんな話何も聞いてない!

「どうしましょう?」
「今から先生のところに聞きに行く…?」
「他にスラグ・クラブのメンバーって誰がいたかしら」
 クラブにはグリフィンドールは少ないし、食事会にも毎回参加しているわけではないので、メンバーをあまり知らなかった。固定メンバーもどうやら決まっていて、多く見るのはスリザリンばかりだ。
「キャロラインは?」
「誰?」
「キャロライン・アッカー。ほら、ハロウィンでタトゥーを入れてくれた先輩」
「ああ!」

 クールな雰囲気なのに笑顔がお茶目だった優しい上級生だ。そんな先輩がいたことを思い出し、3人は「いつの間に名前を知ったの?」と目を丸くした。
 あの人を談話室で見かけたことはなかった。
「前にフクロウ小屋で会ったの。5年生のアネモネと同室らしいよ〜」
 アリスは噂好きというわけでもないのに、情報通だった。そしてかなり顔が広い。セツナはお礼を言って談話室に向かった。

「キャロライン? ちょっと部屋を見てくるわね」
 セツナはアネモネという人も見かけたことはあるな…くらいの人だったが、リリーがテキパキ用件を伝えてくれ、先輩が快く部屋に案内してくれた。
「キャロライン〜。いる〜? あ、締め切ってる? じゃあ無理やり出していいよ。後輩が呼んでるの」
 扉から顔を入れて、同室の人となにやら話している。
 しばらくして、「何?」と見た事のある人が出てきた。
「この子達が質問があるんだって。じゃ」
「あ、ありがとうございました」
「いいのよ」
「あなたたちは……」

 セツナとリリーを思い出したのか、不思議そうな目が緩む。腰まで伸ばした艶やかな黒髪に、パッツンと眉のところでまっすぐ切りそろえられた前髪。真っ黒な切れ長のクールなアイラインと深紅のルージュ。すごく大人っぽい美人の先輩だ。
 けれど仕草は愛らしく、「どうしたの?」とこてんと首を傾けた。

「あの、私たちスラグ・クラブのパーティーに招待されているんですが、どんな雰囲気なのかとか、準備とか色々お伺いしたくて…」
「と、突然すみません」
「ああ。じゃあ談話室で座って話しましょうか」
 アッカーはしかし「あ、ちょっと待ってて」と一瞬部屋に戻った。少しして「お待たせ」と戻る。
 手にお菓子の箱を持っていた。
「少し長くなるかもしれないから」彼女はパチンとウインクし、セツナはなぜだか頬が赤くなった。

 暖炉にほど近い、隅の方の小さなテーブルを囲み、糖蜜パイを広げた彼女は「それで、何が聞きたいの?」とたずねた。
「あ…まず私はリリー・エヴァンズです。そしてこの子がセツナ・ノースエル。わざわざお時間頂いてありがとうございます、アッカー」
「ふふ、なんでそんなに固いの? もっとフランクに話していいのよ、リリー、セツナ。それから私のことはキャロラインと呼んで。名前を気に入ってるの」
「分かったわ、キャロライン」
 セツナもこくこくうなずいた。
「それで、私たちクラブのパーティーは初めてなのだけど、外からも人を呼ぶ盛大なものだって聞いて…何も準備してなかったものだから、慌てちゃって」
「外からって言っても元生徒よ? そんなに堅苦しいものじゃないわ。たしかに役人とかはいるけど…」
「やっぱり魔法省の人が?」
「まぁ、それはね。生徒が卒業して役職についたあとも、先生とツテを繋いで色々とお互い便宜を図る会だもの。就職先の紹介だとか、学会の論文の口添えだとか。だからクラブで人脈形成するのは大事なことよ」
「そ、そんなに…」
 思っていた以上にスラグ・クラブが魔法界に与える影響が大きいもので、セツナたちは少し怖気付いた。

「パーティーの雰囲気はどんな感じなのかしら」
「うーん、雰囲気…? 普通に立食会のようなものよ。音楽家を呼んだり、食事やお酒を楽しみながら社交したり……」
 セツナは嫌な予感がした。
「あの、それってドレスコードが必要なもの…ですよね?」
「ええ」
 呻き声を抑える。つまりパーティーとは小さな社交界……。制服で参加できるようなものではなさそうだ。セツナが質問しだしたので、リリーは譲って会話の流れを見守った。

「キャ、キャロラインも参加しますか…?」
「ええ」
「どんなドレスを? ヘアスタイルやメイクやアクセサリーを一式揃えないと、パーティーだと浮いてしまいますか…?」
「そこまで堅苦しくないわ。そうね、就職を見据えた上級生たちは少し身嗜みにもこだわるけど、低中学年の子たちはきちんとしたワンピースやカジュアルなドレススタイルで大丈夫よ」
「では、必ず挨拶しなければならない方とか…気をつけることは…あ、あとダンスは踊れなくて…」
「ダンスは大丈夫。あなた達は1年生だしね。挨拶は…基本的に先生がご紹介してくださった方に愛想良くしていれば平気よ」
 よ、良かった。たしかにカジュアルなパーティーらしくてセツナは胸をなで下ろした。参加名簿と出席者の業績を覚えて挨拶回りしなければならないかと思った。

「パーティーは楽しむものよ? あまり難しく考えないで」
「は、はい、ありがとうございます」
 リリーが何が何だかわからない、という顔だったので、視線で後で説明するね、と投げかけてうなずく。
 パーティーについては心配しなくて良さそうだったので、あとはしばらくの間雑談に興じた。
 食事会では他のグリフィンドール生をほぼ見かけたことがない。キャロラインは今年O.W.Lがあり、勉強に集中しているせいで、他の生徒はスリザリンがいるから行かないそうだ。
 スラグホーン先生がクラブに招待するのは、基本的に有能な血縁者がいるか、本人に才能があるかであり、それがある限り先生は食事会の参加の有無に関わらず支援してくれる。
 だから好き好んでわざわざスリザリンと顔を合わせて食事などしないらしい。
 その理由はずいぶんグリフィンドールらしいというか……。
 たしかに先生のコネとクラブに選ばれるほどのコネがあれば、いちいちスリザリンと友誼を結ばなくても十分将来の選択肢は広がる。

「わたしは混血だからコネがなくて、去年までは割と参加していたのだけど、今年は忙しくてね」
「O.W.Lまであと半年ですものね」
「キャロラインは、ど、どんな才能を見出されたんですか?」
「なんだか自分で言うのは恥ずかしいわね。ふふ、わたしは呪文開発が得意なのよ」
「呪文開発!?」
「す、すごい…!」
 彼女は在学中にすでに8個もの新呪文を登録しているらしい。セツナたちは感嘆した。
「あなた達は?」
 尋ね返されるとたしかに気恥ずかしかった。リリーが眉を下げる。
「才能というほどでもないんです。ただ、魔法薬学が得意で…」
「あら、素敵ね。先生が気に入るはずだわ」
「わたしは母が有名なので…」
「母?」
「シンディー・ノースエルです」
「魔法薬学者の?」
 名前だけでパッと功績が浮かぶのだから、やはり母はかなり優秀らしい。

 キャロラインと別れたあと、リリーにドレスとそれに合う靴を、出来ればヘアセットするためのヘアアクセサリーもと伝えると、彼女にも想像よりこれは大事だぞ、ということが伝わったらしい。
 不安げに瞳を揺らして「ちゃんとしたワンピース…!? カジュアルなドレス…!? それってどんなものなのか全くわからないわ…」とセツナを縋る目で見た。
「だ、大丈夫…ママにカタログを送ってもらうから」
 セツナは安心させるような微笑みを浮かべた。
 人の役に立てる機会は少ないから、ちょっとだけ嬉しい。

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