08

「ほ、本当に制服でいいのかな?」
「大丈夫よ。先生が気楽な格好でって仰ったんだもの」

 ソワソワし不安げに髪を弄びながら、セツナは堂々と進んでいくリリーの背中を追いかけた。今日はスラグ・クラブのディナーパーティーだ。
 スラグホーン先生の私室で行われ、色々な寮の生徒が集まる夕食会だが、セツナはパーティーと名のつくものは何回かしか参加したことがなく、その全てがノースエル家として参加するものだったのでこんな軽装でいいのか不安だった。
 地下の廊下はスリザリン生の巣窟で、夕食時ということもあり何人もの緑のローブの人達にジロジロ眺められ、セツナはどんどん俯いた。
 魔法薬学教室のあたりに来るグリフィンドール生はあまりいない。セツナたちの赤は冷たいグレーの石壁と深緑の証明の中で奇妙に悪目立ちした。
 リリーの赤毛が豊かになびいている。2人には舌打ちが何回か投げかけられたが、彼女は一瞥もしなかった。

 私室の前で立ち止まり、顔を見合わせる。リリーにもさすがに緊張が浮かんでいた。うなずくと、リリーが扉を開ける。

「おお! よく来てくれた! 待っておったよ、リリー、セツナ」
 入るなり、1番奥に座っていたスラグホーン先生が両手を広げて歓迎してくれた。学年ごとに並んでいて、1番扉の方に近い席に座る。隣はスリザリン生のマルシベールという男の子だった。さいあくだ。この子はスリザリンの中でもとりわけ嫌味を言ってくる子だった。
 彼はセツナが座ると嫌そうに綺麗な顔を歪め、無言で少し席を離した。
「穢らわしい……」
 小さな呟きも聞こえてきた。隣のセツナにすらほぼ聞こえないような囁きで、たぶん、聞かせるためではなく思わず漏れた呟きだろう。なおのこと惨めになる。ポロッと漏れてしまう本心ほど傷つくものはない。
 その後、数人の生徒がやってくると、スラグホーン先生が機嫌良さそうに杖を振り、テーブルの上に沢山の料理が現れた。

「では、ディナーパーティーを始めよう。食事に舌鼓を打ちながら、新しく加わったメンバーについて紹介させておくれ」

 クロスを膝にかけ、カトラリーでディナーを切り分けたスラグホーンがメンバーに勧め、セツナも少しカルパッチョを取り分けた。メニューはあまりホグワーツでは見ないもので、先生が特別に用意したものかもしれない。
「今日初めて来てくれたリリー・エヴァンズとセツナ・ノースエルだ。ローリーとブレイデンは同学年だね。魔法薬学で一緒だからお互い顔くらいは見知っているだろうね」
 マルシベールは無言で先生の顔を見続け、エイブリーは鼻を鳴らした。顔を見知っているどころか、この2人はマグル生まれに嫌味を投げかけてくる筆頭だった。
「リリーは同級生の中でもとりわけ魔法薬学に直観的な才能を見せているのだよ。いつも初めて調合する魔法薬を、一度で見事に成功させていてね。将来有望な生徒がこのクラブに参加してくれて実に嬉しい」
 喜色を浮かべ、先生はリリーに子羊のステーキを勧めた。

「もう1人のセツナも魔法薬の才能があるようだ。家でシンディーの調合を手伝うことがあったんだろう?」
 母が作る魔法薬は高度だからセツナが手伝うことはほぼなかったが、離れで育てている魔法植物の採取を手伝ったこともある。だから、嘘にはならないはずだ。セツナはうなずき、スラグホーンは大いに満足したように微笑んだ。
「このコンソメスープはとても絶品だ、ぜひ食べてみなさい。君たちもシンディーは知っているね? 有能な魔法薬学者で、同時に優れた変身術者でもある。シンディーは今世紀のアニメーガスの最少年登録者なのだよ。セツナは彼女が何に変わるかもちろん知っているだろうね」

 まだセツナのターンは終わっていなかったらしい。スープを口に含んだばかりの一瞬むせそうになり、ケンケン咳をしておずおずと尋ねた。
「ア、アニメーガスってなんですか?」
 すると、スラグホーン先生の顔が驚きに変わった。少し失望が混じっている気がしてセツナは不安になった。
「アニメーガスというのは、変身術の粋のひとつでね。ひと月以上もの下準備を経て自らを動物に変身させる呪文なのだよ」
「あっ……」

 それなら心当たりがあった。
 イギリスに来てから満月の夜、何度か母が叔父と共に動物に変わるのを見たことがある。
 あれをアニメーガス、というのか。知らなかった。

「そ、それなら見たことがあります」
「おお! そうだろうとも。シンディーは6年生の時にアニメーガスを取得し、私も鼻が高かったものだよ。実に優秀だった。戻ってからはダモクレスの抗狼薬研究チームに参加し、私の意見を求めて研究過程を知らせてくれてね」
「そうだったのですね。スラグホーン先生ほどの方でしたら、母が意見を求めるのも当然だと思います」
 普段のどもりはどこへやら、流暢な賛辞を述べると彼の大きな身体が膨張した。人を褒めるのはセツナは得意だった。
 抗狼薬研究チーム……。
 母がそういう研究をしているのは知らなかったけれど、心のどこかがドキリとした。

 先生は権威や才能というものが好きらしく、母が有名なセツナに関する話はリリーよりもかなり長かった。リリーはマグル生まれだから仕方ないけれど、なんだか少し後ろめたい。コネで気に入られたセツナよりも、才覚で見初められたリリーの方がずっとすごいのに。
 エイブリーが気に入らなそうにセツナを睨め、尖った笑いの含んだ声を出した。
「でも、純血の母親の偉業とは違い、娘にその才能は受け継がれなかったみたいだな? それにこの間来た吠えメール……」
 マルシベールも冷たく吐息で笑った。「たしかに。同学年の間でノースエルがスクイブだって噂が流れているようだけれど、実際はどうなんだい?」

 優しく撫で付けるような声とうらはらに、マルシベールの口元は歪み、青い瞳は氷のように冷え冷えとしていた。セツナは唇を引き結び、頬を火照らせて俯いた。
「黙りなさいよ、マルシベール、エイブリー」
 リリーが言い返す。不快に眉を歪めた彼が口を開く前にスラグホーンがたしなめた。
「彼女がスクイブだって? とんでもない! スクイブにあれほど見事な魔法薬は作れんよ。それに才能というのは時間をかけて伸ばすものだ。そのためにこのクラブがあるのだから」

 空気が弛緩する。それからスラグホーンはわざとなのか素なのか、「実に楽しい会だね」とニコニコしながら、セツナたちにそれぞれのメンバーを紹介し始めた。いや、紹介というよりコレクションの自慢のようだった。
 ローリー・マルシベールは名家で親族たちがたくさん魔法省に勤め、ブレイデン・エイブリーの家は国際的に顔が広く、プロクィディッチ選手のいとこがいるらしい。

「カトリーン、論文の方はどうだね?」
「うーん、今少し行き詰まっています。フェアリー類の言語通達手段について研究しているんですけど、実家に行かないと……連れてきた子達はいつの間にか逃げてしまっていて……」
 ハッフルパフの3年生のカトリーン・ファン・ベルマンが先生と何やら小難しい話を小難しい顔で話し合い始め、レイブンクローの7年生のチベリウス・マクラーゲンが混ざって活発に議論し始めた。
 先生の紹介では、ベルマンの父は妖精族の研究者で、母は古代魔法の学者らしい。マクラーゲンは魔法省からスカウトを受け、ほぼ内定をもらっている優秀な生徒だそうだ。

 奥の方ではスリザリンの7年生のルシウス・マルフォイが、ハッフルパフの4年生のバーナバス・カッフから何やら熱心に取材を受けていた。彼女は個人的にプレス・クラブを立ち上げ、旬報ホグワーツタイムズを刊行していて、タイムリーなネタをすぐさま拡散することに長けていた。流行を追うどころか、操作も出来るほどらしく、たしかに入学したばかりの1年生の間にも去年のスクラップが流れたりしていた。
 途切れ途切れにマルフォイとブラックや、恋愛や、結婚という言葉が聞こえてくる。

「セツナ、手が止まってるわよ? お腹いっぱいになった?」
「あ、ううん……」
 生徒たちを観察しているうちに箸……ではなくカトラリーが止まっていたらしい。姉のように気にかけてくれるリリーにヘラッと小さく笑みを返す。
「さすがに少し居づらいわね……知り合いもいないし。みんな何かに突出したり才能ある人ばかりで、自分が場違いのように思えるわ」
 自嘲の響きがこもっているのに驚き、目が丸くなる。
「リリーでもそんなこと思うの?」
「そりゃ思うわよ。私たちただの1年生だし、私は魔法界で縁なんてないもの。思ったよりちゃんとしたディナーパーティーだから緊張もするわ」
 リリーはそう言いながら、またセツナの手元を見た。さっきからチラチラッと確認するようにセツナを見下ろしているのは分かっていたが、彼女はリラックス出来ていないようだった。

 リリーはマグル生まれだし、ただの一般家庭出身だ。実家はスピナーズ・エンドという治安の悪い工業地帯にほど近く、きちんとしたテーブルマナーを学ぶ機会もなかった。
 だからリリーは、すぐ近くに座るマーシベルをこっそりと伺い、なぞっていたが、すぐにセツナが彼と同じように完璧なテーブルマナーで食事をしていることに気付いたのだ。

 セツナは彼女の視線を察し、緊張するような、嬉しいような不思議な気持ちになった。リリーはセツナよりずっと優秀で、ハキハキとしていて、自然と人の輪の中心になっている子だったが、そんなリリーにセツナなんかでも何か教えたり、役に立てることがあるだなんて。
 デイヴの指導のもと必死で学んだ甲斐がそれだけでもあったというものだ。
 それに、こういう場できちんと振る舞えたらノースエル家の子女としても、失格の烙印を押されることもないだろう。
 セツナはリリーが分かりやすいように食べるペースを緩め、手元をさらにゆっくりと動かした。

「ありがとう、セツナ」
 少し恥ずかしそうにリリーが呟く。
「うっ、ううん。慣れないと面倒だよね」
 セツナも少し恥ずかしくなった。2人は少しの間黙り、セツナはマルシベール達を眺めていた。彼らはスリザリンの5年生のマニュエル・レオナルド・ムーンと話し込んでおり、とてもセツナの入る隙はない。
 今日いるスラグ・クラブのスリザリンメンバーで、ある程度会話が出来そうなのはムーンしかいないように思えたので、本当は彼と話してみたかったが、セツナを嫌う筆頭のマルシベール達と盛り上がっているなら無理だろう。

 結局その日は、スリザリン生と会話することは出来なかった。ルシウス・マルフォイがセツナとリリーに向ける視線は酷く冷めていたし、マルシベールとエイブリーは言わずもがな。
 セツナはスリザリンと親しくなり、祖父母の喜ぶような関係性が本当に自分に築けるか不安で、深くため息をついた。

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