35


 リドルはシャルルが睨んだ通り継承者だった。そしてサラザール様の正当な末裔だった。最後の末裔。長い間誰にも見つけられなかった遺産の秘密の部屋をたった5年で見つけ、開き、怪物を操る継承者。
「わたしは何をしたらいいかしら?」
『色々頼みたいことはあるけど、余計なことはしなくていい。その時になったら指示を出す』

 リドルはそう言ったきり、シャルルに何かを求めなかった。
 今すぐ動きたいのに。
 役に立つと思われたなら秘密の部屋を教えてもらえるかもしれないのに。
 聞きたいこともたくさんあった。すぐ質問するのは多分リドルは嫌いだろうと思っていても目の前に答えが開いているかと思うと、つい聞いてしまう。

「サラザール様の遺した怪物って何だったの?アクロマンチュラでは絶対ないでしょう?スリザリンだから蛇かなと思ったのだけど……」

 ウロボロスは伝説上の生き物だし、シーサーペントは蛇のようなドラゴンのような生き物だし、ヒュドラは猛毒は持つけど石化は当てはまらないし、ヤマタノオロチは東洋でしか生息していないし、ヨルムンガンドやレヴィアタンやラミアかとも思ったが、確定するには情報が足りない。
『あれ、まだ知らなかったのかい?』
 素で驚いたような答えにシャルルは自分を恥じた。リドルは既に彼女が特定したと思っていた。
『ヒントもあげたのに』
「分からなかったの……」
 小馬鹿にしているのか呆れているのか失望されたのか分からないが、いたたまれなかった。
 ヒントってなにかしら。
 なにを見逃してしまったのかしら。
 図書室にあった魔法生物関連の本は大体目を通した。伝承上の生き物や精霊関係だって探した。闇の生き物の本だって、図書室に置いてあるものはさわりしかなかったが読み込んだ。
 蛇じゃないのかもしれない。でも蛇であると思う。そう思いたいだけなのかもしれないが、誰にも分からない部屋を作るなら、誰にも扱えない怪物を使うだろう。蛇語を操るサラザール・スリザリンにしか扱えない蛇の怪物を、彼は作り出したのかもしれない。
 もしそうならシャルルにはお手上げだ。
 そう思ったのに、リドルの言い方では、ヒントで分かる実在する怪物らしい。焦れったくてこめかみがチリチリする。

『スリザリンの遺した怪物が並大抵であるはずが無い。危険でないはずがない。そんな生物に対して大人が──特にあの偽善者が──いつでも生徒が簡単に手を伸ばせる場所に知識を飾っておくとでも?』

 脳裏がチカッと光る。
 なるほど。リドルの言う通りだ。たしかに彼はヒントをくれていた。
「ビンズ先生ね?」
『その通り。君は賢いけど、発想力には欠けるね』
 一瞬ムッとするが、煽るような言い方はいつものことだ。それに彼は継承者で、サラザール様の血を引いている。サラザール・スリザリンの血を……。
 あらためてそう認識し、興奮で少し指が震える。

 今まで日記を介して軽い口調で話してきてしまったけれど、不敬じゃないかしら。
 弁えた態度を取るべきじゃないのかしら。
 彼は何も言わないけれど、許されているということなのかしら。
 シャルルの中には継承者に対する尊敬の念がある。でも何だかリドルにはもっと気安い感情があった。友人のような、悪友のような、師のような……。不思議な感覚だ。それもリドルがシャルルにそういう感情を持たせるために計算ずくで動いていただけなのだろうか。


 シャルルはそれから迅速に動き出した。答えが目の前にあっても、答えはチラチラと欠片を見せて誘導してくるばかり。自分で辿り着くしかない。
 まずはレポートを完成させるために研究を詰めることにした。
 幸い、呪文は口頭……というか、文字でだけれど、リドルが指導してくれる。
 レダクトとボンバーダの呪文開発の歴史を調べ、実践を成功させ、効果と用途に差異を記述するのを目指した。呪文学の分野だが、その背景に触れればビンズ先生の琴線に触れるだろう。
 あの人の授業はいつも棒読みで教科書をなぞっているだけだが、その知識は相当に深く、歴史を詳らかにするということに病的に執心している。

「また図書室にいるのか」
 一心不乱に書物と向き合いメモを取っているシャルルの頭に呆れたような声が上から降ってきた。向かいにセオドールが腰掛ける。
「あら、あなたが言うの?」
 悪戯げな響きで面白そうにシャルルが返した。シャルルが図書室にいる時、高確率でノットもこの場所にいる。だがセオドールは笑ってはいなかった。
「君は最近いつでも図書室にいるだろう。朝弱いのに早朝から休み時間、そして夕食もそこそこに消灯ギリギリまでここでレポートを書いている。パーキンソンやグリーングラスがいい加減心配でヒステリーを起こし始めるぞ」
「心配?」
 首を傾げる彼女にセオドールが眉根を寄せた。おもむろにシャルルの白い手のひらを掴んだ。
「血の気がないし体温が低い。そんな青い顔で何故必死にレポートなんてしてるんだ?」
「あなたも心配してくれているのね」
「当然だろう」
 真顔で言われ言葉に詰まった。少し照れくさい。
「体調は別に悪くないのよ。寝不足はまぁ少しはあるけど、自分でも不思議なくらい頭が冴えているし……」
「やる気があるのはかまわないけど、それはそんなに急いで纏めるものじゃない。ただの個人の研究レポートだ」
「出来るだけ早く仕上げたいのよ。ここ数日ほとんど寝ずに取り組んでいたから、7割程度は仕上がったわ。終わったらゆっくり休息を取ろうと思ってたの。……ほんとよ?」
 ジトリと睨まれ苦笑する。本の虫仲間のセオドールがわざわざ言いにやってくるなんて、多分相当度を超えていたんだろう。
 自分では気が付かなかった。
 リドルに質問すれば打てば響くように議論出来るのが楽しかったし、研究が形になっていくのも気持ちが良かった。リドルはさすが継承者なだけあって、尊い血筋を引いているだけではなく、実力も素晴らしく優れている。彼の役に早く立てるようになりたかった。早くビンズ先生に見せて、闇の生物に関する情報を手に入れたくてワクワクして、あまり自分のことを気にかけていなかったかもしれない。

「ありがとう、セオドール。心配してくれて。あと少しで終わるから、そうしたら休むわ。それに今日はちゃんと眠る」
「……」
 彼はまだ何か言いたげだったが、それ以上は口を噤んだ。持っていた教科書を広げて課題に取り掛かり始めた。あまり人と勉強するのは好きじゃないはずなのに傍にいるのは、シャルルを気にかけてくれているからかもしれない。
 くすぐったいような気分になりながら、メモの内容を確認してもらうためにシャルルは日記を開いた。リドルからの返答をまたメモに纏める姿を、怪訝に伺うセオドールに彼女は気付かなかった。

 ──またあの日記を開いている。
 パーキンソン、グリーングラス、マルフォイ達は揃って彼女の様子が変だと言う。休暇が開けてから常に体調が悪そうだし、ボーッとすることが増え、図書室か自室に引きこもることが多くなった。
 趣味だった他寮生との社交もしなくなり、日記を書き始め、いつも黒い手帳を開いている。自分が体調が悪いことにも気付いていないし、前ほど友達の言葉に耳を傾けなくなった。
 今だってそうだ。
 セオドールの忠告を聞きながら、改善する気は無い。頑固なのは前からだが、少なくとも従う素振りや、譲れないことでも相手に気を悪くさせないような努力をしていたのに、今のシャルルは馬耳東風で気もそぞろなのが丸わかりだ。

 この必死さは、おそらくだがシャルルがご執心のものに機を発しているに違いないとセオドールは睨んだ。つまり秘密の部屋だ。サラザール・スリザリンの継承者。
 休み中に何か掴んだのかもしれない。
 死した英雄のことなど、セオドールはどうでもよかった。継承者もどうでもいい。穢れた血の粛清も。
 こんなにロースパンで粛清したって血の浄化など到底出来やしない。するなら、闇の帝王のように徹底的にやらないと。それでも足りなかったのだから、一人ずつ石にしたところでいずれ対策されるだけだ。
 シャルルがこれほど身を削って夢中になるほど継承者には価値がないのに、何故彼女はそれに気付かないのだろうか。憧憬や崇拝で目が曇っているなら残念でならない。
 シャルルがそれほどまでに創設者を慕う理由をセオドールは知らないが、自分が認める才女が愚かなことに振り回されているのは見たくなかった。
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