21

 東塔でやっと3人に追いついたシャルルは、肩で息をしながら叫んだ。
「待って……ポッター、ポッター!」
 脇目も振らず、逃げるように走っていた3人がギクリと振り返り、シャルルの顔を見て顔を強ばらせた。敵対心と怯えの滲む、どこか罰の悪そうな2人とはうらはらにポッターはただ、混乱した表情だ。
 出来るだけ彼らの動揺と敵対心を和らげるように振る舞いたかったのだが、シャルルは興奮を抑えられず、駆け寄ってポッターの手を強く握り締めた。頭の中がジンジンする。ポッターは火傷したみたいに手をひっこめようとした。
「い、一体なに!?」
「スチュアート、なんでここに……!くそっ、ハリーから手を離せ!」
「ああ、もうわたし、なんて言ったらいいか……」
 目を白黒させ、ウィーズリーとグレンジャーに視線で助けを求めている。シャルルは胸が震えた。目の前にサラザールの子孫がいる。血の特徴を持った明確な直系が……。

 母方の実家であるダスティンはたしかにロウェナ・レイブンクローの末裔だが、彼女の血は傍系に広がっていて、ダスティンは特に遺産を保持しているわけではない。限りなく薄い血が混じったというだけだ。レイブンクローの知性を重視し誇っているだけだ。
 しかし、スリザリンの血だけは目に見える形で遺産を今に遺している。
 ハリー・ポッターという英雄がスリザリンの末裔のいう、ある意味皮肉な運命に奇跡すら感じる。彼はどれだけ運命に愛されているのか。感動が襲ってきて、シャルルは途切れ途切れに喋った。
「まさかあなたが……スリザリンの……」
「僕が一体何だって?」
「ポッター、あなたはパーセルマウスだったのね……!」
「パーセルマウス……?」
 戸惑い切ったポッターに、「あーもう!」とウィーズリーが頭を掻き毟った。
「何で僕に最初に言ってくれなかったんだよ、ハリー!」
 無理やりシャルルの手を叩き落として、ウィーズリーがポッターの肩を掴む。
「何が?パーセルマウスって何なの?」
「君は蛇と話が出来るんだ!」
「そうだよ」ポッターは眉をへの字にして何でもない事のように頷く。歓喜の表情のシャルルと力ない様子のウィーズリー。
「でも二度目だよ。初めては入学する前に動物園の蛇と話したんだ。ブラジルに行ったことないって言うから、そんなつもり無かったけど僕が逃がす形になって……」
「蛇が、ブラジルに行ったことがないって話したの?」
「それがどうしたの?そんなこと出来る人、魔法界にはたくさんいるだろう?」
 仰天してシャルルは目を見開いた。首を振って必死にポッターを見つめる。そうか、彼はマグル育ちだからその力の価値を知らないのだ。
「いないわ、ポッター。その力は特別なのよ。由緒正しい血にしか宿らないの」
 ウィーズリーが嫌悪感に満ちた眼差しでシャルルを睨み付けた。「由緒正しい血だって?反吐が出そうだよ。もうウンザリだ、頼むからさっさと帰ってくれ!君はなんでハリーを追いかけて来たんだ?」
「なんでって、いてもたってもいられなくて……」
「君がどう思うか知らないけど、ハリーはスリザリンの連中が喜ぶような存在じゃない。熱心なお話は寮で素敵なお仲間としてればいいさ!」
「継承者ってこと?それは当然よ。ポッターがパーセルマウスでも継承者だとは思わないわ。……でも秘密の部屋が開かれたってことは他にも末裔がいるってこと……!?それとも記憶のないうちにサラザールの遺した何らかの干渉が子孫に、とか……?」
 ブツブツ呟き出したシャルルを不気味そうに眺め、「どういうこと?」「知らないよ。スリザリンって薄気味悪い連中ばっかりさ」と話している。シャルルは顔を上げた。
「それとも、あなたが継承者なの?もしそうなら、」
「そんなことあるもんか!」
 歯を食いしばってシャルルを睨みつける。
「わかってるわ、一応確認しただけ。あなたの今までの行動は、スリザリンとは正反対だもの。継承者だとは思ってない」
 自分を信じてくれる人がシャルルであることに、ポッターは一瞬喜びかけ、すぐに苦々しい気持ちになった。スリザリンにはドラコ・マルフォイがいる。自分を継承者だと思うはずがない。

 その時、ポッターはふと思いついた。シャルルはドラコ・マルフォイと仲がいい。サッとグレンジャーと視線を合わせ、考える目付きになったポッターにシャルルは首を傾げた。
「スチュアート、君はスリザリンが好きなんだろ?」
「ええ!」
 無垢な喜びを浮かべてシャルルが即答した。
「じゃあ誰が継承者か知っているんじゃないのかい?」
「ハリー!」咎めるようなグレンジャーの声が飛ぶ。シャルルの脳内はだんだん冷静になってきて、苦笑いをしてしまった。
 らしくなく興奮して、何も考えずに飛び出してきてしまった。
「残念ながら知らないわ」
 駆け引きをかなぐり捨ててシャルルは正直に答える。頭がまだぼーっとして考えるのが面倒だった。今はただスリザリンの末裔であるハリー・ポッターしか目に入らない。
「たぶん、この学校で一番それを知りたいのはわたしよ。でも手掛かりがないの。かと言って、いくらパーセルマウスとはいえあなたなわけないと思うし……」
「さっきからパーセルマウスと継承者を結びつけるのはどうして……」
 言い切る前にウィーズリーがポッターの袖を引っ張った。
「もう帰ってちょうだい、スチュアート。ハリーにかまわないで」
「……そうね。ごめんなさい、本当に高揚してて……。もう戻ることにするわ。でもポッター、わたしはあなたの味方よ。どうせ今年もトラブルに飛び込んで行くんでしょうし、なにか手伝えることがあったら言ってね」
 睨みつける3人の背中を感じながら、シャルルは地下に戻り始めた。

*

 歩いていると、興奮がどんどん落ち着いていくのを感じた。さっきまでの自分の醜態を思い出し、恥ずかしくなってくる。
 まるでグリフィンドールみたいに猪突猛進に向かっていってしまった。
 特に目的も何もなく、ただサラザール様の子孫を見つけたというだけで、彼を追いかけてしまったのだ。もう少し言いたいことを取り繕うとか、味方になれるよう動くだとか、一緒に秘密の部屋を探せるように誘導するだとか……冷静になると出来そうなことがどんどん浮かんでくるのに。
 ウィーズリーとグレンジャーの様子を見ると、2人はパーセルマウスの価値を知っているんだろう。ポッターを心配するあまり過敏になっているところに、純血主義の寮生が飛び込んで行くなんて最大限警戒させてしまったに違いない。
 ウィーズリーの敵愾心に満ちた態度を思い返せばしばらく軟化は無理そうだ。
 サラザール様の子孫なら、秘密の部屋を見つけられるかもしれないのに……。

 シャルルは恥じて、後悔した。
 ただの一生徒であるシャルルが部屋や遺産を見つけられるとは到底思わないので、今までのように継承者の動向を見守り、あわよくば特定するしかない。

 それにしても……。
 ポッターじゃないのなら、やはりホグワーツには他にスリザリンの末裔がいるのだろうか。サラザール様の遺志を継ぐ継承者と、その思想と正反対の生き様を見せる生き残った英雄。対象的な末裔たちがいると思うと、シャルルの胸はロマンに甘く痺れた。
 ああ、伝説に立ち会えているんだから、どうせなら特等席で見たいのに!
 もどかしくてもどかしくて狂おしいほどだった。

 談話室は案の定ポッターの話題でいっぱいだった。当然ではあるが、どうしても彼がパーセルマウスであることを認め難い人が多いらしく、真偽の程やら家系図やら噂話が飛び交っている。
「あっシャルル!戻って来たのね。ポッターなんか追い掛けて……」
「だって、気持ち分かるでしょう?」
「分かんないわよ」
「シャルルほどの創設者フリークはいないものね。でも、ちょっと目立っちゃったかも」
 言いづらそうにダフネが言った。
「あんな場面でポッターを追いかけたら、継承者の味方みたいに見られちゃうわ。現に色々言われてるのも聞こえてきたし……」
 たしかにそうだ。言われて気付いた。あの時は何も考えてなかった。保守的なレイシストの集まるスリザリンの中で、わたしは他寮生からリベラルでフェアな珍しい生徒だという立ち位置を獲得していたから、ポッターが継承者だと確定的な場面で追いかけるのは得策ではなかった。
 後から冷静には考えられるんだけど。
「まあ、仕方ないわ。しばらくは言わせておくことにする」
「いいの?」
「今までの下地もあるし、信頼を取り戻すのはいずれ出来るわ」
「ならいいけど……。それで、ポッターの様子は?」
「彼は自分がスリザリンの末裔であることを知らないばかりか、パーセルマウスについても知らなかったわ。でも蛇と話すのは初めてじゃないんですって。ポッター家で今までパーセルマウスがいたという話は聞かないから、ブラック家とかほかの純血家系からの隔世遺伝か、母親が本当はマグル生まれじゃないとか考えられる可能性は色々……」
「有り得ない!」
 ドラコが苛立ちを吐き捨てて遮った。
「ポッターがスリザリンの末裔?継承者?何もかも有り得ないことばかり……!何かの間違いだ!」
 憤慨して、綺麗に整えられた前髪を感情のまま掴むので、ほつれて前髪が数束垂れている。スリザリンでは概ね継承者はポッターではないということで意見が一致していたが、パーセルマウスを話せることで揺らぎ始めてもいる。それがさらにドラコの苛立ちを加速させていた。

「どこかでスリザリンの血が混じった可能性はあるわ。サラザール様は1000年も前の人なんだもの」
「だからってこうも都合よくポッターに発現するなんてことがあるか!?ブラックやマルフォイ、他の由緒正しい家系を差し置いてだぞ!?」
 血の上った顔でドラコが噛み付いた。肩を竦める。
「そんなこと言われても、あなたが目の前で見たことが事実だわ」
「……君、まさか」訝るような目付きでドラコはシャルルを眺めた。「継承者は別にいると思うけど、ポッターがパーセルマウスだと分かった以上、わたしは彼を最大限尊重するつもりよ」
 ドラコは顔を歪ませて赤ら顔でシャルルを睨んだが、何を言っても響かないであろうことはわかっていた。「Shit!」と叫んでソファを思い切り蹴ると、足を踏み鳴らして寝室に消えた。
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