18

「聞いた?グリフィンドールの穢れた血が石になったらしいわよ」
「聞いたわ。人間も石に出来るなんて、どんな魔法かしら」
 週明け、朝から校内はこの噂でいっぱいだった。スリザリンの生徒は悠々としたものだったが、他寮生は警戒し、怯え、1年生なんか常に纏まっておしくらまんじゅうして歩いていた。
 試合の後に石になったらしいと聞いたから、あのカーテンがしまったベッドの中に、石になった生徒が居たのかもしれない。

「いつもポッターをついて回っていたあのおべんちゃらクリービーだろ?秘密の部屋の怪物を見て死んだなら、あいつも大満足じゃないか?」
「好奇心の代償は死か。彼には軽いものなのかもしれないな」
 ドラコが残酷に笑って、セオドールが無関心に呟いた。
「死んでないわ。カチンコチンに固まったの」トレイシーが訂正すると「死ねばよかったのに」とドラコが言った。

「でもおかしいよな。ホグワーツにはもっと粛清を受けるにピッタリの生徒がいるのに」
 ザビニがニヤニヤしながら含んだように言う。
「誰だ?グレンジャーか?あいつは穢れた血のくせに生意気だからな」
「裏切り者のウィーズリーもふさわしいわね」
「もちろんポッターは言うまでもないね」
「いいや。スリザリンだよ。サラザールはこの寮にテローゼみたいな人間がいることを認めるはずがない」

 ザビニは首を回して談話室を見渡した。ちょうど、テローゼが階段から降りてきて、固い顔で談話室を通り過ぎようとしているところだった。
「そう思わないか?テローゼ!」
 彼女はきっと横目で睨み、ザビニを無視した。笑い声が上がる。
「穢れた血と生まれ損ないのハーフなんて、最も忌まわしいものね!ちょっと男の子に人気があるからって、いつも澄ましてお高く止まってるし……」
 男子生徒の間で、時折テローゼの話題が上がることをよく思っていないパンジーは見せつけるように甲高く鼻にかかった声で笑った。

 テローゼはそのまま早足で立ち去ろうとしたが、ピタッと止まり、猛然とした顔で振り返った。
「スリザリンを選んだのはわたしじゃないわ。帽子がふさわしいと認めたのよ」
 眉を顰めてセオドールが返す。「あの帽子はグリフィンドールの私物だ」
「でも、創設者四人分の思考が込められてるって『ホグワーツの歴史』にあったわ。サラザール・スリザリンの思考も、思想もね」
「でも継承者があなたを認めるとは思えないよね」
 ダフネが穏やかな声でテローゼを見返した。

 テローゼはシャルルの目をまっすぐ見た。
「継承者が誰かは知らないけど、スチュアートはわたしのことを身内だと言ったわよね?」
 周りから視線が刺さってシャルルは呻きたくなったが、素知らぬ顔で頷いた。
「ええ、あなたは寮杯獲得のために協力し合うべき、スリザリンの一員よ」
「シャルル!」
 信じられない!というふうにパンジーが金切り声を上げる。「どうかしてるんじゃないの?レイジーといい、ポッターといい、テローゼといい!」
「パンジー」
 シャルルはあやすような猫撫で声を出した。
「テローゼが言ったように、寮を決めたのは帽子よ。決まった以上、わたし達がどう思おうが、彼女は緑のローブを着て、緑のネクタイを締めて、わたし達の部屋で寝るの」
「でもわたし達が彼女を拒絶することは出来るわ!」
「ええ。あなたはそうしたらいいわ。でもわたしは、寮杯のためには彼女の頭脳は役立つと思った。彼女はスリザリンよ」
 そしてゆっくり唇を舐めた。「でも──わたしの友達じゃないわ」

 テローゼを顔を真っ赤にして俯き、顔を上げるとズカズカと怒りを浮かべて近付いてきた。
「スチュアート!あなたはわたしの望みをなんでも叶えると言ったわね!」
「ええ、言ったわ」
 ダフネが「何の話?本当なの?」と心配そうにシャルルの肩に触れた。
「勉強会を開催するにあたって、彼女の助力を得るために取引をしたの。それで、テローゼ。望みは決まったの?」
「決まったわ。あなたは、わたしの、友達になるのよ」
「……友達?」
「ええ!あなたの純血のお友達と同じように、わたしを友達として、対等に扱うことを望むわ!」
 シャルルは呆然として固まった。思考がショートしたように「友、達……?」と繰り返した。

「ふざけるんじゃないわよ!シャルルとあなたが?友達?本当になれるとでも思ったの?」
「決めるのはあなたじゃないわ、パーキンソン。スチュアート、出来ないの?」テローゼは嘲笑った。
「そのやかましい口を閉じろ。穢れた血め!」
「シャルル……何を約束したか知らないけど、シャルルが身を削らなくていいんだよ。寮杯はみんなで取り組むことなんだから」
「ダフネ……。そうね。テローゼ?」
「決まったの?」
「あなたは……わたしと友達になりたかったの?」
 シャルルの唇が嘲笑の形に歪んだ。
「そんなわけないじゃない。こう言えばあなたに打撃を与えられると思ったのよ。そしてそれは正しかった」
「打撃?」
「それで、スチュアート?答えは出たの?」
 じれったさそうにテローゼは答えを急かした。シャルルの答えは決まっている。
「それは出来ないわ、テローゼ。あなたは対等なんかじゃないもの」
「やっぱりね!」
 テローゼは、何故か嬉しそうに叫んだ。勝ち誇った表情だった。それが無性に癇に障り、シャルルは眉根を寄せる。

「あなたはわたし達に無関心なんじゃないわ、友達に優しいんじゃないわ。誰のことも見下してるのよ。いつも上から人を見ているから無関心ぶることが出来ているだけ。対等に取引?よく言えたものだわ」
 底意地の悪そうな笑顔の奥に、怒りがこもっていた。
「あなたがそう答えることは分かっていた。それに返す返事はこうよ。わたしは勉強会に参加しない」
「……」
「透明人間?けっこう、生まれ損ない?けっこうよ!わたしはもう授業の発言もしないし、なんの協力もしない。スリザリンなんて大嫌いよ!継承者が何?殺すなら殺してみればいいわ!
 わたしはあなたとの約束を果たしたわ。
 スチュアート、あなたが破ったのよ」

 テローゼはそう言い捨てて、肩を怒らせて談話室を去っていった。シャルルは半ば呆気に取られて、もう見えない彼女の背中を見ていた。

*

 返す返すも腹立たしい。
 しばらくシャルルはテローゼのことをふとした瞬間に思い出した。
 あの勝ち誇った顔!
 シャルルのことを知った口で語るのも気に入らなかった。

 最近シャルルはテローゼへの態度を軟化させていたが、次の日昔のように無視をすると、彼女はまたシャルルを見下して言った。

「あら、また透明人間?わたしがあの勉強会で槍玉にされることの対価として、スリザリンとして認めさせるって言ってきたのはあなたじゃなかった?
 口触りのいい言葉で他人を使い捨てるのが、あなたの思う誇り高さなの?それって、すごく素敵ね」

 彼女の言葉が正論過ぎたために、それを認めることが難しかった。なおさら沸騰しそうだった。
 シャルルは奥歯をギリギリ噛み締めて舌打ちを押し殺し、なんとか穏やかな微笑みを浮かべた。「おはよう、テローゼ」その笑みは引きつっているに違いなかった。
 テローゼはシャルルの挨拶を無視した。

*

「なんなのよあの態度は!」
 シャルルは教室に入るなり、教科書を机に叩きつけた。テローゼはまだ来ていない。このジワジワとした怒りを誰かに話したかった。
 パンジーがビクッとして驚いたように見つめ、前に座っていたセオドールが振り返った。
「ど、どうしたの?」
「テローゼよ!あの子なんなの!?わたしは充分譲歩したでしょ!?」
 興奮を抑えられず、怒りで震える彼女は初めてだった。ダンブルドアに感じた冷たい憎悪とは違い、頭に血が上ってずっとジクジク刺激してくる怒りだった。

 シャルルがテローゼにこんなにも心乱される時点で、シャルルは彼女を無視出来ていない。それが悔しいし、でも勝ち誇る顔が脳裏にチラついて、やり込めたくなる。
 マルフォイがポッターに絡む感情を初めて理解出来た。
 これはたしかに、無視しがたい感情だった。

「大丈夫か?」
「大丈夫に見える!?」シャルルは噛み付いたが、大きく深呼吸して、「いや、ああもう、本当にごめんなさいセオドール……他人に当たるなんて……」と謝罪した。
「もう大丈夫よ」
 自分に言い聞かせるような呟きだった。
「一体何があったんだ?」
 困惑と面白がるような響きを込めて、彼が尋ねた。
「テローゼと言い合いに……いえ、正論だったけど、見下されたの。それで少し……苛ついてしまって」
「なんて生意気なの!本当継承者に早く粛清されて欲しいわね。でもシャルル、あんな子今まで相手にしてなかったのにどうしたのよ」
「だって、寮杯のためなのよ。テローゼは実力はあるわ、それに一度した約束を破るのは、わたしの矜持が許さないし……」
「去年と随分変わったな。所詮寮杯なのに、シャルルが思想を曲げてまでテローゼに付き合う必要があるとは、僕にはとても思えない」
「……」
 シャルルはセオドールの顔を見つめた。「マーリンの髭……」間抜けな呟きが零れた。

「そうよ……わたしは元々は……ダンブルドアが……」
「ダンブルドア?」

 シャルルは寮に囚われず、血を重視した交友関係を築いていた。寮差別が愚かしいし、狭量だと思っていた。
 そしてその考え方をダンブルドアの行動が否定しているような気がして、寮杯に固執するようになった。
 それなのに、いつの間にか寮のために自分を曲げるという、本末転倒な思考になってしまったのか。
 シャルルは愕然とした。
 セオドールの言葉はシャルルの思想を知る者の言葉だった。

「そうよ!寮杯の獲得は大事だけど、わたしはわたしの思想を蔑ろにしちゃいけなかったんだわ。大事なことを間違えてしまうところだった……」
 突然顔を明るくさせたシャルルは、ポカンとしたセオドールの手を握り、「ありがとうセオドール」と上下に激しく振った。

 思想の範囲内でテローゼを動かすのが目下の課題だ。
 イル・テローゼはシャルルの友人足り得ないけれど、このまま終わらせるのはシャルルの敗北を意味する。
 彼女を協力的にさせ、彼女の自尊心を満たし、なおかつスリザリンの友人たちが納得し、シャルルが損を被らないように動かす……。
 困難な課題だが、シャルルの負けず嫌いがメラメラと燃えていた。
[ back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -