シャルルはパンジーやマルフォイのご機嫌伺いをぱったりと辞めた。もちろん、親切であることに変わりはないが、彼女たちに合わせて自分の行動を制限することを辞めたのだ。
だから授業に向かう途中でハッフルパフの生徒と話し込んだり、スリザリン生と一緒でもグリフィンドール生にフレンドリーに話しかけたりするようになった。
「おい、下等な連中とつるむのはよすんだ」
マルフォイからの忠告をシャルルは微笑みをもって一蹴した。
「彼らは純血よ。わたしにとってマルフォイもウィーズリーもマクミランもパチルも変わらない友人なの」
大広間でシャルルは宣言し、またたく間に噂は広がっていった。
先日のクィディッチでグリフィンドールと小競り合いをし、ネビル・ロングボトムに言い返されていたマルフォイにとって、それは敵対宣言のように感じられた。
彼はことあるごとにシャルルを睨んでくるようになったが、シャルルはそれを全て無視し、パンジーはマルフォイとつるむようになっていた。
「わたしに言わせたら、あなたは少しやりすぎたわね」
ダフネがベッドの傍のソファで優雅に足を組んで、面白がるように言った。声音には呆れも含まれている。
「いいの。今はマルフォイも怒ってるけど、わたしはまた彼とも仲良くなるわ。パンジーとも。そしてホグワーツの全ての純血子女ともよ」
「あなたって……」
月の光のような淡いほほ笑みをシャルルその横顔に似合わない強欲さ、傲慢さ、高慢さ。今までのシャルルは、ふわふわとして、常に笑顔でとても優しく、どこか一歩引いた女の子だった。しかし、それは彼女の一面でしかなかったのだと知る。シャルルという少女は、外側は砂糖菓子のようでも、中身には冷たい冷たい氷が芯にあった。
靴を脱いでダフネのベッドで寛いでいたシャルルが仰向けになった。絹のような黒髪がシーツに広がり、ネグリジェの裾からほっそりとした足が見えている。
パンジーと離れてから、シャルルはよくダフネの部屋に出没していた。
「呪文クラブに入ろうかと思うの」
「呪文クラブ?」
「そう。フリットウィックが不定期で開いてるクラブよ」
「ふうん。いいんじゃない?」
適当な返事をするとシャルルが起き上がって不満げに見つめてくる。
「なに?」
「あなたも入らない?って誘ってるの。わざわざクラブに入ることを宣言しないわ」
「わたしも?」面倒そうな感情がそのまま乗っている声。
「いやなら良いのだけれど」
「いやっていうか、そんなに勉強に打ち込む気にならないの。シャルルと違ってね」
いきなりシャルルはくすくす笑い始めた。
胡乱な視線を向けると、シャルルは部屋の中を見回して誰もいないのを確かめ、声を潜めた。瞳が三日月型になっている。
「ダフネにも損は無いと思うわ。きっと彼も、努力家で理知的な女の子を素敵だって思うはずよ」
一瞬でダフネの全身が沸騰した。シャルルは黄色い声を上げて枕に顔を押し付け、足をバタバタさせた。枕で吸収しきれない笑い声がダフネを煽る。
「そっ、それっ、シャルルっ!」
真っ赤になりながらダフネはどもった。眉が釣り上がったり情けなく下がったりした。それから大きく深呼吸して呟くように囁いた。
「ほかに誰が知ってるの?」
「わたししか知らない。図書室の影で見たの」
「誰にも言っちゃダメよ。ぜったいよ」
「わかってる。じゃなきゃ、今頃スリザリン中に広まってるわ」
パンジー・パーキンソンは歩くスピーカーだ。それを思い出して、シャルルが胸に秘めていてくれたことを悟った。いたたまれないほどに恥ずかしい。ダフネはひとつにまとめて垂らしている三つ編みをいじいじと弄んで上目遣いをした。
「……本当にエリアスは良く思ってくれるとおもう?」
「ダフネはどうなの?ロジエールが愚かよりは、優秀な方が魅力的だと思わない?」
「そうね……そうよね……」
呪文学が終わったあとふたりはすぐに参加の旨を伝えに行った。フリットウィックは髭を揺らして喜んだ。
スリザリン生はやっぱり少ないらしい。他寮生と好んで交流する子は少ない。
クラブはフリットウィックの気分で月に3〜7回ほど開催される。学年も寮も集まる人数も呪文レベルもバラバラのクラブだ。
呪文学の教室の後ろにある大きな時計から、小さなフリットウィック人形が飛び出ていたらその日の夜はクラブがある。決まって7時半から、呪文学の教室で。
初参加のクラブには15人ほどが集まっていた。今日は上級生が多い。教室に入るとチラッと視線を向けられたが、みんなすぐおしゃべりに戻った。見回すとスリザリンはシャルルたちしかいない。ほぼ青色のローブで、その中にちらほら違う色が交じっている。
たとえばパーシー・ウィーズリーとレイブンクローの監督生が本を片手になにやら議論していて、セドリック・ディゴリーやアーニー・マクミランが楽しげに笑顔を交わしている。
ディゴリーの近くに座って軽く手を振ると彼は爽やかな笑顔を返してくれた。マクミランはまだ少しだけ距離があるけれど、大広間で彼の名を挙げて以来前よりはちょっと親切になった。
「顔が広いわねえ」
上級生の中で少し肩身が狭そうなダフネは少しの羨ましさを滲ませていた。他の人は緑色のローブが交流という場で枷になるのに、シャルルの場合はただ個性のひとつになる。
フリットウィックが花火のような音を響かせながら入ってきた。小さな体を教壇によいせ、っと登って高い声を上げる。
「ようこそフリットウィックの呪文クラブへ!今日は新しい友人が来ています。スリザリンの1年生です」
パラパラと拍手が鳴った。
半分は友好的な視線で、あとはどうでも良さそうだった。レイブンクロー生は誰が相手でも興味を持たない人間が多い。
「今日は4年生以上が多いですね。少しレベルの高い呪文にチャレンジしましょう。エバブリオ」
杖を振ると杖の先から透明なあぶくが生まれ、それはむくむくと大きくなってフリットウィックを飲み込んだ。彼の声が籠って反響した。
「これは呪文自体は4年生レベルですが大変応用性の高い魔法です。それ故に私は6年生に教えるようにしています。試験に出るような問題ではありませんが、これは泡を作る呪文で、使いこなせば泡の強度が増したり……」
中から杖で小突いたが、泡は割れなかった。
さらに、杖をゆっくり動かすと、泡が空中に浮かび上がった。
「宙に浮かんだり、ほかの呪文と掛け合わせると水中を移動するバリアにもなります。小さな泡なら、物を洗浄したり、滑らせたりすることも出来る非常に高度でユニークな呪文なのです」
指揮棒のように手首を返すと泡がパチン!と弾け、フリットウィックがポーズを取った。みんな即座に明るい顔で拍手を送った。
フリットウィックにより発音と手の動きを指導されて、あとは好き勝手に魔法を使って良いことになった。授業とは違い規律のないやり方だが、それが自由度を生んでいた。
呪文の取得は難航した。
「なかなか大きい泡が出来ないよ!」
マクミランの杖の先からは蟹が吹くようなか細いあぶくしか出ていなかった。対するディゴリーはもう掌大の泡を生み出して空中に飛ばし、光を受けて虹色に光った。
「落ち着いてよアーニー。すぐに大きいのを作らなくていい。君はきっと細かい泡の方が得意なんだよ」
「細かい泡ばっかり作ったって仕方ないよ!」
周りを見回してマクミランは芝居がかったように天を仰いだ。苦笑いして小さな泡を杖から出してみせたディゴリーは、机の上を白いぶくぶくでこんもりと山にして触ってみせた。
「見てよ。弾力のある細かな泡をたくさん重ねたらクッションみたいに出来る。もっと多かったら人が乗れるかも」
目を輝かせてフリットウィックが飛んできた。
「ユニーク!エクセレント!ミスター・ディゴリー、非常に良い発想力です!ハッフルパフに5点プレゼントしましょう。
ミスター・マクミラン?君の泡は小さいが非常にきめ細かい。自分の泡の特徴を活かせるようにしてみると良いですよ」
シャルルは自分の杖から出る泡を見つめた。まあるくてツヤツヤしている。泡立ったが水分は含んでいなくて指で触るとムニュッとした。ポンポン弾いて遊んでみたが、まだ泡の有効な活用方法は思いつかなかった。
ダフネの泡はすぐに弾けたが大きくすることが出来た。
みんな、ある程度自分の泡の特徴を掴んだところで、呪文クラブはお開きになった。
今日の活動で、シャルルとダフネは呪文クラブが大好きになっていた。
*
「おはよう、パンジー」
すれ違うたびにシャルルはパンジーに声をかけた。複雑な顔で返事をするパンジーだったが、シャルルと以前のように話したがっているのは明確に感じ取れた。同時に以前より尊重してくれない事に腹立たしさと悲しみも感じているようだった。
パンジーは聖28一族の生粋のお嬢様だ。
蝶よ花よと甘やかされ、誰彼も彼女にかしずいてきた。相手に尽くされるか、あるいはマルフォイにするように尽くすか。それ以外の形の友情を知らないのだ。
彼女と距離を置く期間はそろそろじゅうぶんだとシャルルは考えていた。それに、シャルル自身も仲の良い友人とうまく過ごせないのは寂しく感じている。
何か適切なタイミングが作り出せないか、ここ数日はそれをよく考えていた。
同時にドラコ・マルフォイもかなりシャルルを意識しているのがわかった。しかし、シャルルはマルフォイに関しては自分から歩み寄る気はなかった。彼はパンジーとは違い、シャルルを明確に自分の下に見ている。そして、コントロールフリークであり、シャルルを尊重する気がない。
とは言え、マルフォイの中で自分が尊重されるべきであるほどには大きな存在ではないのも理解している。
朝食の席でオートミールをトレイシー・デイヴィスが差し出した。彼女はダフネと同室の由緒正しい家柄の子女だ。シャルルは公衆の面前であろう事かマルフォイの子息に楯突いたが、聖28一族との個人的な繋がりは深く、デイヴィスのようにあからさまにシャルルに味方する人間も多かった。
ひとつ、まずシャルルは純血名家の子女である。
ひとつ、スチュアート家は純血主義である。
ひとつ、創始者のひとりであるロウェナの直系である。
ひとつ、シャルルは優秀な魔女であり、また容姿と外交にも優れている。
ひとつ、シャルルは3つの寮からの友好を勝ち取っている。
ひとつ、シャルルは自分の駒についてよく知っている。
つまり、残りのひとつの寮からの信頼を勝ち取るのも容易な事だということだ。
例えば、緑のローブを着た生徒の耳元でそっと耳打ちしてやるとか──。
「あなたの従兄弟のお家に家宅捜索が入ったそうね?なんでも、危険な物品が押収されたとか?でも、それは魔法省の捜査が間違っていて、危険ではないことは証明される。裁判で……ほんの少しユーモアが行き過ぎた魔法具である、とね。良ければ、わたしから父にコメントしてあげましょうか?」
トレイシー・デイヴィスはそれでシャルルに近付いた人間のひとりだった。もちろん、シャルルも、父親のヨシュアも愚かではない。ヨシュアはシャルルを娘として溺愛する一方で、独立したひとつの人格として意見に耳を傾けてもくれる。
ウィゼンガモットでヨシュアはかなり強権的な力を行使できる。そして、それをしない理性もある。魔法省への影響力と信頼は大きかった。
ホグワーツの理事、魔法省、魔法大臣への影響力が絶大なマルフォイ氏に劣らないくらいには。
「今日の魔法薬学、一緒に組まない?あの、いやじゃなければ」
「ええ、もちろん」
トレイシーの控えめな態度は好ましい。