10

 ブルストロードは、純粋にきょとんとするシャルルに敗北感と羞恥心を耐えながら、やっとの思いで口を開いた。
「……わたしが…わたしが分家で、クォーターマグルだからよ……」
 瞳に涙さえ浮かべて言った。純血では有名な話だった。祖母がブルストロードの家系から抹消されたことは。それをわざわざ自分の口から言わせようとするシャルルに、強い怒りと屈辱を感じたが、ブルストロードに逆らうという選択肢はない。ここはスリザリンで、ミリセントは純血ではないから。
「ああ、聞いたことがあるわ。あなたがあの……」
 シャルルは純血以外にはとんと興味を示さない娘だった。
 だから、家系図から抹消された女の娘が、分家として家系図に新たに載ることを許された話を聞いてはいたが、覚えてはいなかった。所詮純血ではない人間の話だったので。

 シャルルの自分を見る瞳が、哀れみや同情に染まるのを耐え難く思いながら、ブルストロードは、彼女が純血でない自分を無感情や蔑視の目で見ないことに安堵してもいた。
 屈辱で、怒りで、恥で、情けなさで震えつつも、ブルストロードは内心は輝くスリザリンのリーダー達への憧れを、誰よりも捨てることが出来ないのだった。

 自分がマグルの血の混じる生徒達の中で強気に振る舞っても、彼らは、談話室のソファにも座れないような身分の自分達に目もくれない。
 シャルルはブルストロードを無言でじろじろと眺めて前を向いた。何故か隣に居座り、だが、話しかけるのは躊躇われた。
 生徒達もブルストロードも肩を強ばらせながら、マダム・フーチの号令を聞いていた。

「上がれ」
 ブルストロードの掛け声に合わせて箒が掌に吸い込まれた。シャルルはそれを横目で見つつ、眉を寄せた。
「上がれ」
 小さく呟くが、箒は微かに揺れ動くだけだった。やっぱりね。シャルルは苛立ちと諦めから溜息を零した。家の箒すら、シャルルの言うことを聞くようになるまでに数年かかったし、調教したのはヨシュアだった。
「上がれ…上がれ……上がれ!」
 語気が荒くなるシャルルを嘲笑うように箒は浮かんだり、左右に揺れたり、シャルルをおちょくった。ブルストロードが目をクリっとさせてシャルルを見つめているのに気付き、シャルルは頬が熱くなるのを感じた。

 わたしにだって、苦手なことくらいあるわ。向いていないだけよ。

 内心誰に言うわけでもなく言い訳を零して、とうとう箒に怒鳴る。
「いい加減にして!上がりなさい!あなたを薪にして火にくべてやってもいいのよ!」
 箒が声を荒らげるシャルルを笑うように細かく震えて、ようやくシャルルの掌に収まった。シャルルは柄をギリギリと強く握り締めながら、フーっと息を吐いた。
 久しぶりに怒りの感情が湧いたせいで、酷く疲れた。最初から言うことを聞けば良いものを。苛立ちはまだあったが、深呼吸をすれば、少し落ち着きを取り戻せた。

 周りを見回せばちらちらと視線が向けられたが、いつもの事だ。ヒソヒソとなにか話されている気がしたが、箒に乗れないくらいで品位の落ちるシャルルではない。そう思えばもう気にならなかった。
 シャルルは家と同じように箒に横向きに跨った。いや、跨るというよりは、腰をかけた。マダム・フーチはそれを目敏く見つけて、ツカツカと怖い顔で寄ってきた。
「スチュアート!」
 怒鳴り声が響く。教師に怒鳴られるのは初めての経験だ。開き直った図太いシャルルは面白くさえ感じながら、顎をつんと突き出し、マダム・フーチを挑発的に見上げた。

「その座り方は何ですか!正しい乗り方はこうです!柄を足でしっかりと挟むように跨り、手できちんと掴みなさい」
「いいえ、教授?わたしの正しい乗り方はこれなの。わたしは、わたしの好きなように乗ります」

 マダム・フーチはぽかん、と一瞬呆け、すぐに髪を逆立てて怒鳴った。
「スチュアート、箒は正しく乗りこなさなければ非常に危険を伴う道具なんですよ!」
「ええ、教授。よく知っていますわ。だからわたしはわたしの正しい乗り方をしています。ほら、わたしへの指導は意味の無いことなので、ほかの所へ行った方が良いのでは?」
 シャルルは教師に対して非常に反抗的な態度を取る自分に驚いた。自分でもかなり自覚的に嫌な顔と口調をしていた。

 恐らく、最初のマルフォイへの態度への小さな不満、先程の屈辱と箒への苛立ち、よい成績を取ることの諦めから来る態度だろう、とどこか冷静に考えていた。
 マダム・フーチは、唇を戦慄かせて「スリザリン10点、減点!こんな生徒は初めてです!」と赤ら顔で叫んだ。
 野次と嘲笑がグリフィンドールから飛び交い、スリザリン生が気色ばんで臨戦態勢に入る。

「減点されたのって、わたし初めて」
 背景の喧騒をものともせず、シャルルは面白がるように呟いた。「みんな、この分は明日取り戻すからゆるしてほしいの」
「もちろんさ」
 マルフォイが言った。「あのナンセンスな教師を翻弄するなんて、なかなか出来ることじゃないな」
「もちろん褒められたことじゃないけどね」
 ノットが間髪入れずに釘を刺したが、声音はわらっていた。

 フーチは「ミス・スチュアート!その乗り方で飛ぶことは決して許しませんからね!」と言い捨てて、授業を進行させることを優先させたようだった。いつまでもスリザリンの問題児たちにかまっているのは授業の進行の上で、建設的ではない。
「さあ 、私が笛を吹いたら 、地面を強く蹴ってください 。箒はぐらつかないように押さえ 、二メ ートルぐらい浮上して 、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください 。笛を吹いたらですよ ──1 、2の── 」

 臆病なネビルが、言い終わるうちにさっと飛び立ってしまったので生徒たちは途端にざわつき始めた。
「降りてきなさい!ミスター・ロングボトム!」
 ガミガミとフーチは怒鳴ったが、自分で戻って来れるならはじめからネビルは飛んでいなかっただろう。ネビルは真っ青な顔で必死に箒にしがみついていたが、コントロールを失った箒は次第に地面へと急降下した。

 シャルルは息を飲んでそれを見守っていて、何か出来ることはないかと杖を握って視線を右往左往したが、箒にもうまく乗れないシャルルに出来ることはなかったので、結局凍りついてネビルが地面に真っ逆さまに落ちるのを呆然と眺めていた。

 ぼきり、嫌な音が生徒たち全員の耳に反響して、その場がシーンと静まり返った。

 マダム・フーチが真っ青な顔でネビルに駆け寄って「折れてるわ」と呟いた。突っ伏して動かないネビルを立たせ、
「私がこの子を医務室に連れていきますから 、その間誰も動いてはいけません 。箒もそのままにして置いておくように 。さもないと 、クィディッチの 『ク 』を言う前にホグワ ーツから出ていってもらいますよ 」
 と言い放つと、よたよたとその場を去っていった。


 ふたりの背中が見えなくなると生徒たちが騒然とし始める。マルフォイが大声で嘲笑を上げた。
「あの大間抜けの顔を見たか?」
 他のスリザリン生もはやし立てた。パンジーも追従して大声で笑っている。ダフネがくすくす笑っているのが見えた。
 シャルルはネビルの涙に濡れたぐちゃぐちゃの顔と、耳元で聞こえた嫌な音を思い返した。
「やめてよ、マルフォイ」シャルルが声を上げる前にグリフィンドールの女の子がマルフォイを睨みつけた。パーバティ・パチルだ。

「へ ー 、ロングボトムの肩を持つの? 」
「パ ーバティったら 、まさかあなたが 、チビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ 」
 シャルルは初めてパンジーに対して嫌な感情が浮かぶのを自覚した。ロングボトムもパチルもれっきとした純血だ。
 シャルルは僅かに眉を顰めて会話を見守った。

 マルフォイとハリー・ポッターは箒の勝負を始め、シャルルは呆れつつも、ふたりの飛行技術に目を瞠って見つめる。
 マルフォイは余裕を持ってひらりひらりを宙を舞い、ポッターは拙いながらも、鋭く切るように箒を操った。正直、1年生レベルの実力ではないだろう。
 歓声や悲鳴、怒声、笑い声、叫び声が上がり、雑然とした雰囲気の中、ポッターが壁の手前で見事に回転し、ふたりの対決は終わった。その手際の鮮やかさにスリザリン生は言葉をなくし、マルフォイも顔を強ばらせながら何とか強がった。

「ハリー・ポッター……!」
 熱狂する空気に冷水を浴びせるように、声を震わせたマクゴナガルが駆けてきて、ポッターの腕を掴む。
「なんてことですか…こんなことはホグワーツで1度も……」
 彼を擁護するグリフィンドールの言葉を全部振り払ってマクゴナガルはポッターの腕を引いて行く。意気揚々としていた背中がしょんもりと小さくなっていくのを後目に、今度はスリザリンが湧き上がった。

 勝ち誇るマルフォイやパンジーたちを置いて、シャルルはその場をあとにした。どういう結末になるかは分からないが、そう良いものでは無いはずだ。まさか退学にはならないだろうが、こんなくだらないことで処罰を受けるなんて、少し哀れだとシャルルには思えた。


 部屋に戻ってもきっと話題の中心になるのは、マルフォイとポッターの箒勝負と、ポッターの処遇についてだろうとわかり切っていた。英雄の悪口で盛り上がるのはシャルルにとって全く魅力のないことだった。

 寮に向かうのは辞め、シャルルは医務室へ向かうことにした。ぼきり。あの音が残響する。

「あ、ありがとう、シャルル。お見舞いに来てくれたのは君が初めてだよ」
 ネビルは眉を下げて嬉しそうにシャルルを歓迎してくれた。腕には白の包帯が巻かれ、首から吊り下げられている。
「怪我の具合はどうなの?」
 眉をきゅっとして、心配そうに囁くシャルルにネビルはおどおどして言う。
「ぜ、全然痛くないよ。夜には腕はくっつくって先生が」
「そう…マダム・ポンフリーは本当に優秀な癒者でいらっしゃるのね」
 ほっと胸をなでおろし、感心の声を漏らす。

「でもネビル、気を付けないと。あなたは怪我が多すぎるとおもうわ」
「う、うん、そうなんだ。僕ってドジだから……でももう慣れっこだよ」
「痛みには慣れないでしょう。それに、痛い思いはなるたけしないほうが良いはずだもの」
 咎めるような口調だったが、彼女の声はとても優しかったのでネビルはどぎまぎしながら俯いた。
「もうすぐディナーだけど、あなたはどうするの?」
「ここに運んでもらう予定なんだ」
「まあ、先生が?」
「ううん、ハウスエルフだよ」
「ハウスエルフがいるの?」
「うん、ホグワーツに就いてるみたいなんだ。地下にたくさんいるって…」
「そうなの…」

 確かにこんな立派な城にはいない方がおかしい。シャルルは良いことを聞いたと嬉しくなった。彼らはとても優秀で忠実なしもべだ。シャルルは彼らが好きだった。

「もう行くわ。お大事にね、ネビル」
「来てくれてありがとう。僕、僕、とっても嬉しかった」
 微笑みを交わしてシャルルは去った。ネビルは鈍臭くて、ドジで、いろんなことが苦手だけれど、とても話しやすい雰囲気を持っているし、高慢でない。彼の良いところはいくつもあると思う。

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