08

 シャルルが席を立つと、教室中に緑色の煙が爆発した。咄嗟に顔を覆うと、腕と顔に痛烈な痛みが走った。刺すような衝撃が走り、シューシューと耳元で何かが大きく響いている。
「う、うう…」
 シャルルはわけも分からず混乱し、あまりの痛みに立っていられなくなった。床に膝をつき手のひらをつくと、手が濡れた感触がある。一拍遅れて、手のひらから不快なシューシューという音が響き、とてつもない痛みが走った。
「ああっ!」
 シャルルは手のひらと腕と顔が、熱く焼け爛れているような感覚に襲われた。痛みが全身に広がり、体を動かせない。ローブが焼ける音が耳に響き、自分が何を言っているかわからなかったが、嗚咽が止まらなかった。

「シャルル!!!!!!いやあ!!!シャルルが!!!」
 煙が晴れた時ダフネが見たのは、床に座り込み、椅子にしがみつくように凭れてはらはらと号泣するシャルルだった。引き攣るような悲鳴を上げてダフネは縋り寄った。
 腕は焼け、シャルルの真っ白な頬は赤黒く爛れ、涙と涎を垂らして呻きながら泣いている。酷い有様だった。それでも醜いというよりは、悲愴で、惨めで痛々しくありながらもシャルルは美しさを損なわないのが悲愴さをさらに掻き立てた。

「馬鹿者!」スネイプが怒鳴り込んで、失敗作の薬をエバネスコで取り除いた。
「おおかた 、大鍋を火から降ろさないうちに 、山嵐の針を入れたんだな? 」
「ふざけないで、この、ウスノロ!」
 パンジーがシャルルに駆け寄って、ネビル・ロングボトムに思いつく限りの罵倒を浴びせかけた。たいせつなシャルルがグリフィンドールにこうも傷つけられたのを見て、怒り狂って叫んでいる。
 彼女はパグのような顔を真っ赤にして、「スクイブは家へ帰りなさい!何も出来ない役立たず!失敗するなら1人でしなさいよ!バカでノロマで人に迷惑しかかけないカエル野郎!!」と令嬢らしからぬ口調で喚き、シャルルの肩にそっと手を置いた。
「ねえ、大丈夫なの?こんな…酷い…」
 シャルルの惨状に言葉を失い、涙ぐむ。
「医務室に行かなきゃ!ああ、先生…シャルルが、シャルルが…」
 ローブに縋り付くダフネを鬱陶しそうに払い、スネイプがシャルルを抱きかかえた。
「諸君らは調合を続けたまえ。提出が終わったものから、各々解散とする」
 スネイプは大股で歩き出した。シャルルは痛みで呻いていたが、意識はあった。頭の片隅には常に冷静な自分がいる。

 スネイプの肩越しにマルフォイがグリフィンドールと口論をしているのが見えた。珍しく、ノットも応戦している。パンジーは泣きながら喚いていたし、ダフネも泣いていた。
 ロングボトムが、グリフィンドールの生徒に支えられながら、号泣しつつ後ろを着いてきていた。彼の顔も腕もおできで真っ赤だ。爛れて血が滲んでいる。
「ごめんね…ごめんね…」
 ロングボトムの怪我の具合は、正直シャルルより酷く見える。恐らく、歩くのもままならないくらい痛いに違いない。
「ごめんよ、僕のせいで…ごめんなさい…痛いよね…女の子なのに、顔に怪我をさせるなんて……ほんとにごめんよ……」
 涙がおできに触れるとぴりぴりしてさらに痛い。それはシャルルも体感して分かっていた。
 だけどネビル・ロングボトムは、足を引き摺りながら、ずっとずっと謝り続けていた。涙をボロボロ零しながら、自分も痛いだろうに、シャルルに謝り続けていた。

 医務室のマダム・ポンフリーは2人の患者の有様を見ると悲鳴を上げた。
「何をしたらこんなに酷いことになるのですか!セブルス!あなたがついていながら!」
 マダムが愚痴愚痴とお説教するのを憮然として聞き流し、「治ったら報告に来るように」とだけ言い残してスネイプは去っていった。
「全く!……さあ、もう大丈夫ですよ。少し薬は苦いですが、これを飲んで夜寝ていれば綺麗さっぱり怪我は治りますからね。女の子の顔に傷が残ってはいけませんもの、安心してちょうだいね」
 飲むのを躊躇う色をした液体を無理やり流し込む。少しどころでなく苦かったが、幾分か痛みがマシになったきがした。患部にも塗り薬を塗ってもらうと、明確に痛みが緩和され、シャルルは先程の醜態を思い出した。

 混乱し、痛みに泣き喚いていた自分が恥ずかしくて、寮に戻りたくない。

 羞恥と自己嫌悪に項垂れるシャルルの病室を、カーテンの隙間から誰かがそっと覗いた。
「…なにか?」
「…僕だよ。……あの…本当にごめん、僕がノロマで何にもできないせいで……痛かったよね、すごく……本当にごめんね……」
 外にいたのはネビル・ロングボトムだった。
 確かに死ぬほど痛かったし、取り返しのつかない醜態を晒した。それはネビル・ロングボトムのせいで間違いない。だが、シャルルは彼のことはちっとも怒ってはいなかった。
 だからシャルルはカーテンをさっと開けると、驚きに目を丸くするロングボトムににっこりと笑顔を向けた。
「誰にだって失敗はあるわ。あまり気に病まないで、ロングボトム」

 彼はまさかシャルルがそんなことを言い出すのは予想外と言わんばかりに目を剥いた。そして、すぐにしゅんと肩を落とした。
「でも、僕、本当にごめんよ…僕何も出来ないだけじゃなく、君に、あんな怪我までさせちゃうなんて…」
「確かにすごく痛かったわ。泣いちゃうくらいには」
そう言うと、ロングボトムが焦って泣きそうな顔をした。本当に申し訳なさそうな顔だった。
 シャルルはクスリとして言葉を続けた。
「でも、あなたの怪我の方がひどかったわ。本当に痛かっただろうに、あなたはずっとわたしに謝ってた。わたし怒ってないの。むしろ、優しいひとだなって思ったの」
 シャルルはつとめて目元をやわらかくして、彼に微笑む。
「ありがとう…僕…。きみの方こそとっても優しいんだね」
 ロングボトムがしゃくりあげた。シャルルは優しくなんかない。彼はそれを知らない。

「わたしはシャルル・スチュアートよ」
 まだ少し焼けた跡が残る手のひらをシャルルは差し出した。
「僕はネビル…ネビル・ロングボトム…」
 ロングボトムはおそるおそる手を差し出し、シャルルは怯える彼の手をきゅっと掴んだ。
「呼び捨てでいいわ、ネビル。今日のことはなんにも悪くおもわないで、ね」
「む、むりだよ…きみがとっても優しいから、尚更…申し訳なくて…僕…」
「うーん…それじゃあ貸し1つ!というのはどう?」
「貸し?」
「そう、あなたはわたしを傷付けた。だからその分の貸しをいつか返してもらうの。そうしたら対等でしょう?」
「でも、僕なんか何も出来ないよ…役立たずでノロマだから…」
「役に立たないかどうかはわたしがきめるわ。だから、ね?今日からお友達よ、ネビル」
「う、うん…わかったよ、シャルル…」

 ネビルは耳を赤くしてちいさく笑った。シャルルは優しくて、いい子だ。そう思った。彼女と友達になれたのが嬉しい。

 シャルルもネビルと友達になれて嬉しかった。ロングボトム家は歴史正しい純血名家だ。ネビルが落ちこぼれだろうと、家柄に相応しい言動でなかろうと、グリフィンドールだろうと関係ない。
 ロングボトム家のネビル。それだけで、シャルルにとってネビルは愛しい友人なのだ。






 シャルルは朝が苦手だ。家にいた頃は母や、メロウや、ハウスエルフが彼女を揺り起こしたが、ホグワーツではそうもいかない。パンジーは、個人主義だし、シャルルの準備があまりに遅いと、マルフォイたちの元へさっさと行ってしまう。
 その距離感は心地よかったが、困ることもあった。そんな時、よく役に立つのが、ルームメイトだった。

 パンジーとイルの衝突があってから、部屋は3対1に分かれていた。パンジーの子分のようになっていたターニャには、逆らうという選択肢などない。部屋の中で、イル・テローゼは透明人間だった。

「朝です、スチュアートさん」
「…わかってるわ…」
 寝ぼけて不機嫌な声でシャルルは言った。腕を引かれ、緩慢な動作で起き上がる。ターニャは、クローゼットからバスタオルと制服を取り出して、バスルームまで連れていく。
 シャワーを浴び、目を覚ましたシャルルが部屋に戻れば、ベッドメイクが済んでいる。
 ターニャは召使いではなくルームメイトのはずだったが、彼女はよく働いた。パンジーのワガママに嫌な顔せず付き合っているせいで、どんどんメイドとして腕を上げていく。シャルルは哀れに思いつつも、便利なターニャに世話されることに慣れ始めていた。
 混血で、しかもマグル育ちの魔女なんてスリザリンではあまり歓迎されない。しかし、いるにはいる。そういった手合いで普通は隅に固まるものだが、ターニャはパンジーとシャルルの後ろを着いてくる以外、人と絡んでいるのを見たことがない。
 不器用で、あまり髪をまとめるのが得意でないシャルルの髪を、ターニャがていねいに編んでいく。自分の髪はボサボサのままのターニャだが、意外にも手先は器用だった。

 先に大広間で過ごしているパンジーの分と、シャルルの分、そして自分の分の妖精の呪文、薬草学の教科書をターニャが、ふたりは立ち上がる。
 背中に、鋭い声が降ってきた。
「恥ずかしくないの?ルームメイトをしもべのように扱って。お姫様にでもなったつもり?」
 ターニャがはっと肩を強ばらせてシャルルを盗み見た。しかしシャルルには透明人間の声は聞こえない。

「あなたもよ。人間としての尊厳や誇りを踏みにじられて、どうしてそう言うことを聞くの?」
「し、したくてしているの。口を挟まないで」
「なっ……」
 ターニャ震えた硬い声で、だがピシャリと言い放った。イルは絶句して、唇を戦慄かせている。

 ふうん、と内心シャルルは思う。彼女はおどおどしているが、狡猾だ。イルは美人で、気も強く、実家も裕福だが、ターニャは華がなく、気弱で、みすぼらしい。普通なら決して逆らえないだろう。
 だがこうしてターニャが堂々と逆らったのは、立場があるからだ。パンジーとシャルルがお気に入りの取り巻き。あるいは召使い。
 彼女が同じカーストの生徒とつるまないのは、これが所以だろう。気付いていないかもしれないが、ターニャの顔には、薄暗い優越感が滲んでいた。
 血は相応しくないが、彼女自身の性質はスリザリンにぴったりなのだ。シャルルは、ターニャのこの狡猾さは悪くないと思った。



 大広間ではパンジーたちがまだ食事を楽しんでいた。
 シャルルは彼女の元へ真っ直ぐに進んでいく。シャルルの目の前を塞いでいたハッフルパフの生徒を見つめるとさっと避けてくれたので、微笑みを投げかける。
「おはよう」
 シャルルがパンジーの隣へ行くと、スリザリンの生徒がそそくさと席を立った。そこへ腰掛けると、パンジーが「遅いわよ、もう食べ終えてしまうわ」と食事を取り分けてくれた。
「朝に弱いのか?」
「気持ちの良い眠りから目覚めることほど難しいことってないとおもうの」
「本当に彼女って気持ちよさそうに眠るのよ。無理やり起こすとすぐ不機嫌になるし」
「起きるタイミングがあるんだもの」
「まったくシャルルったら!」

 少女たちが楽しげに笑い合っていると、そういえば、とマルフォイが言った。
「君、怪我はもう大丈夫なのか?」
「マルフォイったら、何回目?もう元気よ、ありがとう」
 シャルルはくすぐったくてクスクスと笑った。あの日からもう何日も経っているのに、友人達はみな心配性だ。
 医務室から寮に戻るのは気が重いと思ったが、彼らはわざわざ次の日の朝迎えに来てくれた。そして真摯に心配して、甲斐甲斐しくお世話をしてくれたのだ。
 ダフネなんて、部屋が違うのにも関わらず、無理やり部屋に泊まっていったくらいだ。シャルルは恥ずかしかったが、嬉しかった。
 ノットですら、シャルルに話しかけたり、教科書を持とうとしたり、不器用ながらに気にかけてくれていた。人とつるまないノットがシャルルをこんなにも心配してくれていたのがひしひしと伝わり、シャルルは照れくさかった。
 パンジーなんて、一人っ子の上お嬢様だと言うのに、何かとシャルルの世話を焼きたがった。ダフネが現れて、少し寂しくなったせいもあるかもしれない。
 シャルルはパンジーがあの時泣きながら怒ってくれたのがとても嬉しかった。彼女は苛烈だが、友達を大切にするスリザリンの鑑だ。

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