さよならは知らないまま | ナノ
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 お弁当を食べ終わると、次の部長を任されたチョビちゃんは、部長会議の打ち合わせのため三年生の教室へ行った。本人は面倒だから断りたかったらしいけど、しっかり者のチョビちゃんに後任を頼んだ茶道部の部長さんの気持ちも分かる。
 賑やかな教室に一人残っていたら、なんだか温かいものを口にしたくなった。そうなると一番手っ取り早いのは、自販機でホットドリンクを買うこと。
 財布を持って自販機のある一階まで降りて歩いていると、ちょっとした人だかりが目に入った。みんな揃って何かに注目している。
 なんだろうとそちらへ足先を向けると、人の中に角名くんの頭を見つけた。毛先の跳ねた髪が、周りから一つほど上へ抜けているのですぐ分かる。

「角名くん、何かあったの?」

 背に問うと、振り向いた角名くんはスマホを手に持っていた。その画面は撮影中だ。

「見る? あいつらが北さんに怒られてる」

 角名くんは腕で道を作ってくれて、私を隣へと通してくれた。横に立って見えたのは、通路の端に三人並んで正座している宮くん、侑くん、銀島くんと、その前で腕を組んで見下ろしている信介くん。

「これって……」
「双子が喧嘩し始めて、それを銀が止めようとしたけど余計にうるさくなって、通りかかった北さんがまとめてお説教」

 大方予想通りの答えだった。信介くんは淡々と、周りの迷惑を考えろとか、四月からは最上級生だという自覚を持てと説いて、三人とも萎縮し項垂れている。
 信介くんからは見えないかもしれないけど、少し離れているここからは、宮くんと侑くんが俯いた状態でも互いに恨みがましい目を向け合っているのが見えていて、まともに反省しているのは銀島くんだけだ。
 その銀島くんは止めに入ったのに巻き込まれただけというから可哀想だし、ちゃっかりお説教から逃れている角名くんはスマホで撮影までしているのだから、実に立ち回りが上手い。

「銀島くん頑張ったのに」
「御守さんが早く来てくれないから」
「そう言われても」

 宮くんの彼女になった者の務めだとして、宮くんたちの喧嘩を止める加勢をしてくれと頼まれていたものの、自分の知らないところで始められては無理な案件だ。

「北さん卒業したら一か月で部活停止とかになりそう」
「そんな、まさか」
「侑が主将になっちゃった時点で本当にヤバいと思うんだよね」

 次年度の男子バレー部の主将が侑くんだと知ったとき、チョビちゃんは「バレー部終わりやな」と茶化した様子ではなく真面目な顔で呟いた。
 侑くんはバレーが好きだし、そのバレーができなくなるような状況は避けたいだろうから、さすがに活動ができなくなる振る舞いはしないように心掛けるんじゃないかと思う。でもチームメイトの角名くんまでもこう言うとなると、ちょっとどころかかなり心配になってきた。

「今の二年生って四人だけじゃないよね? 他の部員とかマネージャーさんは?」
「他にもいるけど、双子を止めるのは銀より無理だね。マネはそもそもいないよ。俺らが一年のときは三年の先輩が二人いたけど」
「え。マネージャーいないの?」

 運動部にマネージャーは必須だというイメージがあったので、バレー部にも当然一人、強豪校だから常に二人や三人いたっておかしくないと思っていた。

「一応マネ希望で入部した女子もいたけど、侑にメンタルやられてみんな仮入部で辞めてったし」
「侑くんに……?」

 今まさに正座している侑くんに目を向ける。宮くんと睨み合っているのを信介くんが気づいたらしく、話を聞く頭もないのかとまた新しい説教が始まり、銀島くんはそれこそ関係ないのに解放されなくて本当に可哀想だ。

「あいつ、思ったこと何でも馬鹿正直に口にするでしょ」

 角名くんに言われ、真っ先に文化祭でも実行委員の子との話を思い出した。人気者だと思っていた侑くんをみんなが避けたがっていたというのは意外で、今でも強く印象に残っている。

「マネ相手だとパン屑レベルで残ってた遠慮もなくなって、なんか全員の急所をえぐったらしくてみんな辞めた」

 あのときと同じですぐに納得した。侑くんは開放的な性格だけど、無遠慮なところも多々垣間見える。ただのクラスメイトにもそうなのだから、部の仲間にはよくも悪くもクラスメイトよりも素直に接してしまうのは容易に想像できた。

「でも御守さんならマネ続きそう」
「えっ。どうして?」
「御守さん、侑とオトモダチなんでしょ。侑が御守さんに豚とか言ってるとこ見たことないし」
「侑くん、女の子に『豚』とか言うの……?」
「うん」

 振り返れば宮くんと二人で言い争っている中で何度か聞いたことはあった。でもそれは兄弟ゆえの遠慮のなさだろうと解釈していたけど、そういうことでもないらしい。

「侑くんは私に気を遣ってくれてるんだよ。私が関西弁じゃないから、余所の人って感じがして構えちゃうんだって」
「俺も関西弁じゃないんだけど」

 冷めた口調の角名くんに、苦笑いしか返せない。角名くんは関西弁ではないけど訛りがあるし、コートに一緒に立つチームメイトという点も大きいので、気を遣う以前の位置にいるのだと思う。

「あと御守さんってぼんやりしてるから、侑が何か言ってもスルーしてくれそうっていうか、気づかなそう」
「あの……もしかしてバカにされてる?」
「むしろ羨ましい。図太く生きてくには大事じゃん、鈍感力」

 本心なのかとぼけているのか、表情の変化が乏しい角名くんは分かりづらい。本心からの方が幾分マシなのでそう受け取ることにする。
 でもマネージャーが居ないのは本当に意外だった。だから銀島くんも侑くんも、私にマネにならないかと誘ったのか。

「あ。でもダメだ。うち部内恋愛禁止だから」

 やっと正座を許された宮くんたちは立ち上がったけれど、信介くんからのお叱りはまだ続いている。そろそろ説教の終わりが見えてきたからか、周囲の人だかりはゆっくり散っていき、私たち以外にまだ残っている物好きは数名だけになった。

「部員同士で付き合ったりしたらだめってこと?」
「そ。喧嘩したり別れたりしたら、周りが気を遣って面倒だからって」

 合理的な理由だなと思った。いくら本人たちが気にしないでと言っても、部内の元カレ元カノ事情はどうしても引っかかってしまうもの。個人として見ると無用な干渉だけど、活動に専念したい部員への配慮とも取れる。

「ま、今更か」

 二年の三学期、数か月後には三年生。本当に今更だ。受験のことも考えると、これからマネとして活動するのは厳しい。でも入部していたら宮くんと付き合うこともできなかったと考えると、入らなくてもよかったなと思う。
 やっと信介くんのお叱りタイムが終わったようで、信介くんは顔をこちらへ向け、

「角名。自分は関係あらへんし、みたいな顔してへんと、こいつらがアホやらかしたらお前もちゃんとフォローせえよ」

と、こっそり遠巻きのポジションを確保していた角名くんにも注意をし、角名くんは固い表情でスマホを下ろして小声で返事をした。
 顔に悲壮感や疲労をたっぷり滲ませた宮くんたちが、とぼとぼとこちらへ歩んで角名くんと合流し、四人が揃えばまるでお通夜みたいな空気が広がる。あの侑くんでさえ、信介くんの前だと借りてきた猫みたいになるのは、ひと事で申し訳ないけどちょっと面白い構図だ。

「はるかちゃんも、なんかあったら頼むな。銀と角名だけやと不安や」
「う……ん。自信はないけど」

 信介くん直々に頼まれると強くは断れない。最上級生になってしまうと、宮くんたちのストッパーは銀島くんや角名くんだけになる。過度な期待は困るけど、ここ一年でバレー部とは浅からぬ縁を築いたのだし、フォローできるところは手伝おうと思う。
 宮くんたちが信介くんに改めて頭を下げ、四人は気落ちした様子で教室へ戻るべく歩き出した。大きな体がやけに小さく見える。
 後に続こうと足を踏み出すと、「はるかちゃん」と呼び止められた。一人立ち止まって振り返れば、さっきまで威圧感を放っていた『北さん』ではなく、私の知っている信介くんが居た。

「必要ないのが一番やけど、治のことで困ったら相談乗るわ」

 口元に笑みをたたえて、信介くんはなんとも頼り甲斐のある言葉をくれた。宮くんとのことを信介くんももう知っているのだと気づき、恥ずかしさはあるもののうれしさが先に湧いて、「ありがとう」と手を振ってお礼を返した。

つぼみが笑んだら


20231225

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