さよならは知らないまま | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


 冬休みが明けた登校日。制服の防寒性の低さを思い出しながら道を進み、バスに乗って学校へ向かう。冬休みは夏休みより短いのでそれほど久しくはないけれど、教室内には「久しぶり」という声が飛び交う。
 席に着いてしばらく待てば、侑くんと銀島くんも登校してきた。教室内でよく侑くんと話す男子が、バレー部は残念だったなと声をかける。席替えで遠くなった侑くんたちはクラスメイトに取り囲まれ、ブレザーの後ろ姿に埋もれた。
 私も何か一声かけるべきかと思ったものの、侑くんに対しては宮くんのとき以上にどう声をかければいいか悩む。
 一番以外はすべて負けだと考えているくらい負けず嫌いの侑くんだ。二回戦敗退なんて、それはもう面白くない結果だから、言葉選びは慎重になる。
 遠巻きに見る集団の騒がしさの中に、侑くんの不機嫌な声は混じっていない。でもいつ声色が変わるか分からない。なんだかコードがたくさん繋がっている爆弾みたいに思えてきた。
 チャイムが鳴り、先生が教室へ入ってくると皆が自席に戻る。挨拶のあと、冬休みの間は有意義に過ごせたか、来年の今頃に悔いていてはもう遅いだとか、先月の終わりにも言ったことを繰り返し、私たちに見えないプレッシャーをかける。
 ホームルームが終われば始業式。効率よく体育館に入るため、皆が廊下に男女別で並ぶ。中学までは背の順だったのに高校からは出席番号順なので、私は必然的に後方に位置する。

「よし子ちゃん、おはよ」
「あ……おはよう」

 私の横に立った侑くんが、愛想よく挨拶をくれた。今年は侑くんが移動時も集会中も隣。去年だと宮くんは一つ前で、私の隣は違う男子だった。クラス内の男女比率や、前に並ぶ人数が違うだけで順番は微妙に異なる。ちなみに侑くんの後ろに並ぶ男子は侑くんよりも私に身長が近いので、集会中にスライドを使われた際にはとても見にくそうだ。

「あの……春高、お疲れ様」

 学級委員が人数を確認するけれど、トイレに行ってる人がいたりして、列はまだ進みそうにない。廊下に広がるざわめきに乗じて無難な言葉を送ると、侑くんはスンと真顔になった。

「初戦で負けたからそんな疲れてへん」
「そ、そう」
「うそうそ。めっちゃしんどかったし腹減りすぎて吐くか思たわ」

 失敗したと焦ったら、顔は一瞬でほころんでからからと笑った。冗談でホッとしたけど、心臓に悪いからやめてほしい。

「ほんまおもろい試合やったで。借りは熨斗つけて夏にお返しせななぁ」

 見上げた先の表情は笑顔だけど、ああ目が笑っていないのはこのことを指すのだなと思わせるほどに、底冷えしそうな鋭い目をしていた。

「私も今度こそ大会観に行くね。あ、予選だけだけど」
「ケチなこと言わんと全部来たらええ」
「全部は無理かな。本選は遠いし、予選だって平日にやるときもあるんでしょ? 学校休めないよ」
「ほんならマネやったらええ。そしたらサボりにならんし、俺らが全国獲るとこまで全部観られるで」

 ちょっと前に銀島くんにもされたいきなりの勧誘をどう断ろうか考えていたら、

「あ、でもやっぱあかんわ。サムにどやされる」

と即座に取り下げられた。

「宮くんに? どうして?」
「あんなぁ――」

 口を開けたままぴたりと動きが止まる。唐突な沈黙は、まだ出発しないのかと文句を言う周囲のクラスメイトから私たちをぽっかりと切り取った。

「……あいつ、ええかっこしいやろ? 俺に負けるとこなんて見られたないやろからな」
「同じチームなのに負けるとかあるの?」
「紅白戦とかやるで」
「へえ」

 しょっちゅう他校と試合ができるわけでもないなら、身内でチーム戦を行うこともあると思う。
 それよりも、明らかにすり替えられた返しの意図が気になる。私だってそこまで鈍くないから、侑くんが本当に言おうとしていたことが違うことくらい察せられたけど、やっと列が動き出したので追及することはできなかった。



 始業式のあとはみっちり授業が行われ、やっと昼休みに入った。冬休み明けでも先生たちは容赦なく、明日は小テストもある。久しぶりでまだ学校での感覚が戻らないし、侑くんは教科書を忘れているし、居眠りするし、やっぱりみんなもまだ怠い空気を引きずっている。
 お弁当を持って一組にお邪魔して、チョビちゃんの机を借りてゆっくり食べた。明日の小テストのことだとか、昨日観たテレビのことを喋りながらだらだらと食べていたら、食堂でご飯を済ませたらしい宮くんが戻ってきて、まっすぐに私のところにやってきた。

「御守、ちょっと」

 お菓子でも貰いに来たのかと思えば、いつも差し出されるその手は教室の外を指している。

「廊下?」
「北さんが呼んでる」

 開けっ放しのドアを見ても廊下とそこを行き交う二年生しかおらず、信介くんの姿はどこにもない。でも宮くんが嘘を言うわけもないので、お弁当の蓋を一旦閉じて宮くんに連れられる形で一組を出た。
 信介くんは教室から少し離れた階段のそばに立っていた。周りには侑くんたちも居て、妙に静かだ。

「すまんな、弁当食っとるときに」
「ううん。何かあったの?」
「これ、うちのばあちゃんから」

 言って差し出したのは紙袋。マチは薄く、受け取って中を覗くと包装された箱が入っている。

「東京土産。はるかちゃんにって」
「あ、葉書に書いてあった。ありがとう。あとで電話しとくね」

 先日届いた結仁依さんからの葉書に、お土産を買ったので信介くんに預けます、と書かれていた。これのことに違いない。

「この前はお歳暮ありがとな」
「いえいえ。大したものじゃないけど」

 礼を言う信介くんに、ご近所付き合いの際に母がよくやるような真似をして返す。
 用を終えた信介くんが階段を降りていくのを、バレー部四人はいつになく大人しい様子で見送り、姿も足音も聞こえなくなると肩から力を抜いた。

「よし子ちゃん、北さんにようタメ口きけるな」

 神妙な顔の侑くんは、信介くんとタメ口で話す私が信じられないといった風で、今更だけどちょっと心配になる。

「やっぱり良くないかな?」
「いいんじゃない。北さん的に御守さんはオッケーなんでしょ」
「先輩後輩いうか親戚みたいやったしな」

 銀島くんの発言に、他の三人が揃って「あー」と間延びした声を上げた。私自身も感覚としてはそれに近いし、だったら敬語じゃない言い訳にはなるかも。まあまったくもって親戚ではないのだけど。

「何もろたん?」
「えーと……あ、人形焼き」

 手元の袋を覗く宮くんに、箱から引っ張り出して返す。『人形焼き』と装飾された字体で印刷されていて、パンダのイラストもあった。裏を見れば、十個入りと書いてある。

「食べる?」
「ええの?」
「一人一個だよ」
「オカンか」

 そのままみんなで一組の教室に戻って、借りていた椅子に座り箱を開封し、人形焼きの包みを宮くんたちに手渡した。私の手と比べてもそう大きくないから、体の大きい四人の手だともっと小さく見える。

「チョビちゃんも」
「ありがと。北さんがくれたん?」
「ううん、結仁依さん。信介くんが預かって渡しに来てくれたの」

 渡し終えて自分の分も机に置いたら、箱を閉じて袋に入れて箸を取り、お弁当の蓋を上げた。チョビちゃんはもうお弁当箱を片付けているので、私も早く食べ終わらないと昼休みが終わってしまう。

「東京なぁ……やっぱ東京がええんちゃう?」

 人形焼きの包みを開けながらチョビちゃんが言う。中の人形焼きはパンダの姿をしていた。

「何の話や?」
「来年の話」

 一口で食べ終えた宮くんにチョビちゃんが返す。私にはさっきお弁当を食べながらしていた話のことだと分かるけれど、宮くんたちはもちろん分かるはずもない。

「来年て、受験か?」

 パッとこちらに顔が向く。びっくりしているのにこっちもびっくりして、口に運んだブロッコリーを噛むこともできず停止した。

「ちゃうわ。来年言うたら卒業、卒業言うたら卒業旅行やろ」
「ア? 知らんわボケ」

 当然だとばかりに返すチョビちゃんに、宮くんから間を置かずきつい口調で返した。

「来年の話すると鬼が笑うて言うんやなかったっけ」
「なんやそれ。銀のばあちゃんの知恵袋か?」
「サムはほんまアホやな。豆知識やろ」
「ことわざだよ」

 そこからなぜか、おばあちゃんの知恵袋と豆知識とことわざについてああだこうだ言い合ったあと、バレー部四人は喉が渇いたと教室を出て行った。自販機か購買にでも行くのだろう。

「治くん、はるかが東京の大学行くかもて思たんかな」

 チョビちゃんはからからと笑って、手元のパンダを躊躇いなく半分に割った。まずは頭の方を食べたところで、箸も口も動かさず相槌も打たない私に気づいたのか、

「はるか? まさかほんまに……?」

と恐る恐る訊ねた。

「あ、ううん。違う違う」

 慌てて否定した私に、チョビちゃんは疑わしい目を向ける。東京への進学は本当に考えていない。

「私は鬼に笑われてばかりだなぁって」

 銀島くんが言ったことわざは、先のことなんてどうなるか分からないのに、そんな話をしても仕方がない、という意味だ。
 もちろん前もって考えなくてはいけないこと、話さなくてはいけないことはたくさんある。進路は一年生のときから考えなくてはならないし、バレー部は次の大会に向けて話し合ったりしないといけない。チョビちゃんとの卒業旅行も早めに行く場所、泊まる場所、交通手段を決めて予約する必要がある。
 ただそれらは先が見えているからであって、何も決まっていない、不確定な未来を勝手に想像して心を乱されるのは滑稽で、鬼でなくても笑うだろう。
 自嘲する私に、チョビちゃんは何も問わなかった。意味が分からない、とすらも言わなかった。ただ黙って人形焼きの残りに口を付けて「別にええやろ」とだけ言った。

渡り鳥の憂い


20231212

PREV | TOP | NEXT