さよならは知らないまま | ナノ
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 冬休みに入った。宮くんたちは期末テストで赤点を取らず、心配だった侑くんの追試も問題なく終わり、直近の懸念点はすべてなくなって、外野の私も安心した。
 冬の大会に出場する部活への壮行会で、今更だけどようやく宮くんたちが恐れる『バレー部主将』を見ることが叶った。挨拶文を音吐朗々と口にする姿を目にして、初めて信介くんを『北さん』としてはっきり捉えた気がする。

 バレーに全力なみんなほどではないけれど、私も再来年の受験を見据えていろいろと準備しようと思う。周りに比べて動き出すのが遅かったのは、後悔しても嘆いても意味がないのでコツコツと進めるしかない。
 でも部屋に籠って朝から晩まで机に向かうなんて、根を詰めたやり方はよくない。最初から全力だと途中で嫌になってしまう。強豪バレー部にだってオフ日があるのだから、たまには息抜きしないと。
 なのでチョビちゃんと遊ぶ約束もしているし、昼寝だってするし、今日は結仁依さんのお家にお邪魔している。

 結仁依さんからは夏に野菜、先日は漬物と、美味しかったという羊羹まで貰った。口頭で都度お礼はしていたけど、今年一年お世話になったのだからと、お歳暮としてお茶の詰め合わせを母に持たされた。
 電話で訪ねる日を約束して包装された箱を持って行くと、結仁依さんに出迎えられそのままお昼を頂くことになり、今は食後のお菓子タイムに入った。
 わざわざ私に出すために買ったという塩豆大福。小粒の豆を含んだ柔らかい餅と餡子の組み合わせは、甘いけどほんのりしょっぱくて、ご飯を頂いたばかりなのにぺろりと食べてしまった。

「美味しいやろ」
「はい。すっごく」
「信ちゃんも好きなんよ」

 にこにこと微笑む結仁依さんが淹れてくれた熱いお茶と合わせたら、もう最高だ。足はコタツで温められているし、風邪を引かないようにと渡された半纏に腕を通しているから、体のどこからも冬の冷えを追い出してしまった。
 まだ二回目の訪問なのに、本当に親戚のお宅に居るみたいにリラックスしてしまっている。こんなところ、信介くんはまあいいとして、他のご家族に見られたら恥ずかしいのに、居心地が良すぎてコタツから出るのも難しい。
 お茶を飲みながら話すのは今年の冬の寒さや天気、私の高校でのこと。そのうち、一月の春高に移った。

「結仁依さんは東京まで応援に行くんですか」

 大会が行われる東京体育館へ、結仁依さんは応援に行くらしい。もちろん一人ではなく家族で行くそうだけど、時期的にどこの交通機関も混み合うから、移動だけでも大変そうだ。

「信ちゃんの最後の大会やからね」

 はたと気づく。信介くんは三年生だ。あと数か月もしたら体育館からも、あの校舎のどこからも居なくなる。顔を合わせてから半年も経っていないほど短い付き合いだけど、物悲しい気持ちが湧く。
 私と信介くんの関係はクラスの友達とも先輩後輩とも違う。私にとって彼は文通友達である結仁依さんの孫で、信介くんにしても祖母の文通友達という認識だろう。
 クラスメイトでもなければご近所さんでもない、奇妙な縁にはそれなりの親しみを持っていて、もうすぐ校内でばったり会うこともなくなると思うと一抹の寂しさはある。
 私は来年も稲荷崎に通う予定だし、宮くんたちには来年も大会がある。でも信介くんたち三年生は今年で終わり。これが最後。最後という響きには、いつも心が立ち止まってしまう。



 このまま長居しておやつまで頂いては申し訳ないと、頃合いを見計らってお暇した。お土産として昨日作ったという干し柿を渡され、お礼に来たのに頂いてばかりだ。
 柿の入った袋を提げて、ここから最寄りのバス停まで歩く。多少距離はあるものの迷うような道ではないし、稲刈りも終わってすっきりした田園を見ながら進む時間は、なんともいえない郷愁感に浸れて嫌いじゃない。
 犬を散歩させている近所の人や、友人らと話しながら駆けていく小学生とすれ違ったあと、前方から来る人に見覚えがあって足を止める。制服ではないジャージ姿の信介くんも私に気づいて、目の前に来ると立ち止まった。

「いま帰り? おかえりなさい」

 信介くんの地元なのに、この辺に住んでいない私がおかえりと言うのもなんだけど、部活終わりで帰宅する途中だから言ったって構わないはずだ。

「ただいま。そういやはるかちゃんが来るて、ばあちゃんが言うてたな」

 肩にかかるショルダーベルトの位置を調整しながら、信介くんはちょっと微笑んだ。これは私個人に向けて微笑んだわけじゃなくて、結仁依さんの話題だからだ。
 信介くんがけっこうなお祖母ちゃんっ子だと知ったのは最近。
 宮くんたちが言うに、信介くんは練習中も注意する際も、何をしていてもいなくても表情が変わらない、能面みたいらしい。
 私は信介くんの口元が笑むときを何度も見ているので不思議だったけど、答えはすぐに出た。私たちの共通の話題はたいてい結仁依さんで、その結仁依さんの話をしていると信介くんの顔は自然と緩む。表情が読めないと宮くんたちは言うけど、そうでもない。
 大会までもう少し。月初にはもうちょっとだなと思っていたのに、あっという間に時間が過ぎた。年末で忙しく駆ける人たちの足音で周りは騒がしくなって、その喧噪の中に、年明けに向けて練習に励むバレー部たちの音も混じっている。

「春高、ここから応援してるね」
「ありがとう。そうや、治たちのテスト勉強の面倒、はるかちゃんとお友達が見てくれてたんやってな。おかげでこっちは助かったけど、はるかちゃんたちの邪魔になってへんかったか?」

 一学期に続き今回の期末テスト前も、私とチョビちゃんは宮くんたちと教室で残って勉強会をした。集まったのは一組の教室だったので、自分のクラスじゃない教室の席に座って勉強なんて新鮮だった。

「全然。私とチョビちゃんの二人だとダラダラやってたから、宮くんたちのおかげで真面目に勉強できたよ」
「ならええけど。来年ははるかちゃんたちも受験生やし、あいつらだけでなんとか赤点回避してもらわんとな」

 難題だと、信介くんは眉をひそめる。個人指導しているくらいだから、特に侑くんについて懸念しているのだろうけれど、宮くんたちだってテストの点数を見る限り余裕があるとは思えない。来年バレー部を引っ張っていくメンバーが、赤点で練習や試合に出られないなんて笑い話にもならない。
 そんな話を信介くんがするから、三月になれば本当に卒業してしまうのだなと、改めてしんみりしてしまう。

「頑張ってね」

 最後だからというわけじゃないけれど、それでもやはりこれが信介くんにとって高校最後の大会だと思うと、悔いが残らないようにと願わずにはいられない。



 年明けから数日後。遠く東京の地で大会が始まり、バレー部も結仁依さんも兵庫を発った。
 稲荷崎は強豪校だし、直近のインターハイは全国二位、去年も三位。優勝候補の一校らしいし、今年も勝ち上がって決勝戦まで行けるだろうなと思っていた。
 でも実際は二回戦敗退。シードのため二回戦からだったので、実質一回目の試合で敗れてしまった。
 インターハイ二位の優勝候補が敗れたとあって、ネットニュースでも取り上げられていた。相手は宮城の高校で、特に一年生の活躍がすごかったということが、動揺した頭でもなんとか記事から読み取れた。
 まさかまさか、だ。優勝はさておいて、まさか二回戦で敗退するなんて想像もしていなかった。チョビちゃんとすぐに連絡を取ると私同様かなり驚いていて、電話の向こうで何度も言葉に詰まっていた。

『まさか初日でなぁ……』

 もう数十回ほど『まさか』を繰り返している。それくらい予想していなかった事実は、チョビちゃんとの通話が終わっても私の頭をぼんやりさせた。だって本当に、まさかこんなことになるとは。
 沈黙した携帯を操作し、宮くんの連絡先を開いて、でもすぐに閉じた。インターハイのときもメールが来たのは夜だった。まだ日が昇っている今送ったら邪魔になるかもしれない。
 そもそも、何と送ればいいのか。インターハイのときは決勝まで勝ち上がっていたから『惜しかったね』という気持ちですんなり送った。本当に惜しかったから。
 でも今回は初戦敗退。私がこれだけ呆然としているのに、本人たちはいかばかりか。そんなときに『お疲れ様』と? 『残念だったね』と? 外野のお前に何が分かると不快にならないだろうか。
 こういうとき、部活に打ち込んでこなかったことが悔やまれる。私も何かやっていたら。毎日遅くまで熱心に練習する日々があれば。そうしたら、私は宮くんを慮った言葉を送れたかもしれない。
 言葉をいくら浮かべてもどれも良いと思えず、逃げるように携帯電話を手放した。



 宮くんからの連絡は、日が暮れてから随分と経った、そろそろ寝る頃に来た。
 目に付く場所に置いていた携帯が音を立てて震え出し、途切れない長い着信は通話を知らせていて、部屋のドアがしっかり閉まっていることを確かめながらボタンを押す。

「……もしもし」
『もしもし。今ええか?』
「え、ええよ」
『ぎこちなぁ』

 遠征先のホテルに部員みんなと宿泊しているから、連絡が来るとしたらメールとばかり思っていて何の心の準備もできていなかったので、恐らくいろんな意味でぎこちない返事になった。
 心臓がドキドキして落ち着かない。ベッドに腰を下ろしたものの、すぐに立ち上がり、黙している宮くんの出方をじっと窺う。

『負けたわ』
「……うん」

 宮くんの口から直接聞くと、ずんと胸が重たい。やっぱりネットニュースは本当だったのだと実感し、再度あのときの衝撃に襲われた。
 一回でも負けたらそれで終わり。まだ一試合しかしてないのにもう終わり。
 誰かが勝てば誰かが負けるのは当たり前の道理だけど、稲荷崎のバレー部がこんなところで終わる未来なんて想像もしなかった。

「あの……」

 こういうときは何か労いの言葉をかけねば。思うけれど、やはり言葉は選べない。宮くんから電話が来るまでもいくらでも時間はあったけど、考えつくのはどれも私が発してはうすっぺらい響きになる。

「――ごめん。何て言っていいか分からなくて」

 私が何か言うと察し、宮くんは黙って待っていてくれたのに、結局諦めた。下手なことを言って気を害したくないし、害したという事実より沈黙して逃げる方がマシな気がした。

『なんか前も似たようなこと言っとったな。まあ、負けた相手に気は遣うか』

 何も言えない自分に嫌気が差すものの、当の宮くんは試合に負けたというのにあっけらかんとしたもので、少し拍子抜けする。

『三年には最後の大会やったのにこんなとこで終わったんは申し訳ないけど……でも楽しかったわ。あんなに腹減る試合、久々やった』

 先輩たちへ詫びつつも、負けた試合なのに楽しかったと、宮くんの声は満足気だ。満腹のときのおっとりした言い方と同じだったから、嘘でも強がりでもなくて、すべて本心からの言葉だと思う。

「……ご飯、美味しかった?」
『クリームコロッケがめちゃめちゃうまかった』

 それから試合のことは一切話題に上がらず、ずっとホテルの食事の何が美味しかった、ご飯を何杯おかわりしたなどの話がひとしきり続いて、それじゃあと電話は切れた。
 ずっと待ち望んでいた春高の大会初日なのに、いつもと似たようなやりとりで、いつもと変わらない調子。宮くんは案外へこんでいなくてびっくりしたけど、落ち込んで沈んでいるよりずっといい。無理して元気に振る舞っているようでもないから、とにかくお腹が空くほどいい試合だったというのを信じるほかない。
 心配事がなくなって、どっと体から力が抜けて眠くなってきた。今日はもう寝てしまおうと、電気を消してベッドにもぐりこんだ。

冬を識る


20231207

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