さよならは知らないまま | ナノ
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 宮くんと連絡先を交換した日から、メールのやりとりが始まった。送り合うのは決まって夜。日中は学校で顔を合わせる機会もあるからわざわざメールする必要はないし、放課後は宮くんが部活で忙しく、終わって帰宅して落ち着いた頃にならないと反応はない。
 宮くんからは部活でのこと、私からはチョビちゃんとのことや結仁依さんとの文通が中心で、毎回その日の夕飯についても話す。
 メールのラリーは十回程度で収まり、どちらともなく眠るからとぷつりと切れる。でも次の日の夜にはまた始まって、いくつか送ってまた明日。
 チョビちゃんにだって送らない日もあるのに、宮くんとはあれ以来ずっとメールを送り合っている。内容はとりとめもないけれど、私の日常の一端に宮くんはそっと腰を下ろしている。



 夏休みが始まる前に行われるのは期末テスト。テストが始まる一週間ほど前からすべての部活が活動停止になり、試験に向けての準備に当てるよう促してくる。
 一年生のときから、このテスト期間中はチョビちゃんと教室に残ったり、互いの家で勉強会という名の、半分はお菓子を食べてお喋りする集まりをしている。
 私もチョビちゃんも今まで赤点を取ったことはなく、切羽詰まった状況でもないからかつい休憩が多くなりがちだ。ただ今年は期末テスト前に「来年は受験生だからな」という担任教師の一言が、ちょっとだけ私たちを焦らせた。
 本当は『ちょっとだけ』じゃだめなのだと思う。でも進学先もまだ決めていない私には、いまいち『来年は受験生』という実感が湧いてこない。

 テスト期間に入ると、放課後になっても教室に残る生徒が増える。みんな『テスト勉強』という名目で残っているけれど、真剣に勉強に取り組みたい人は図書室や自習室に急ぐので、教室で教科書やノートを広げているのは『勉強する気はあるけれど根を詰める気はない』といった気概の生徒たちだけ。もちろん私もチョビちゃんもその仲間で、集まる場所が教室か家かの違いだけだ。

「よし子ちゃん、残るん?」

 担任教師が退室し、大多数がバッグに荷物を詰めて席を立つ中、机にペンケースとノートを出したままの私に、バッグを肩にかけた侑くんが訊ねた。私に用があって声をかけたわけではなく、前に座る銀島くんのそばに来て、たまたま私が目に付いただけだ。

「うん。侑くんは帰るの?」
「帰りたいけど帰られへん」
「え? どうして?」
「侑は残ってテスト勉強せんとあかんからな。赤点取ったら追試終わるまで部活停止やし」

 席に座ったまま後ろを向いて、銀島くんが暗い表情の侑くんの代わりに説明してくれた。
 うちの高校では赤点を取ったら必ず追試を受けねばならず、合格点を取るまで部活への参加は停止される。バレー部は直近だとインターハイが控えているから、試合はもちろん練習に参加できないなんて頭が痛い状況だろう。

「それは一大事だね」
「せやろ? 俺を抜かして全国でやれるわけないやん。俺が上げんかったら誰がトス上げるっちゅうねん」
「まあ、うちに居るセッターはお前だけとちゃうからなぁ」

 侑くんがきつく睨みつけると、銀島くんは「冗談やって」と苦笑いで返した。

「侑が欠けたらほんま厳しいし、俺らとしても絶対出てもらわんと。ただ、赤点一個くらいならまだええけど、何個も取ったらさすがに監督的にあかんらしくて」
「監督的に?」
「学生の本分は勉強です、いうことや」

 銀島くんの話に、侑くんはすっかり項垂れてしまった。どうあがいても私たちは学生なので、勉学を疎かにしていては厳しい目で見られるのは仕方ない。複数の赤点を取る生徒が出てしまうと、監督としては体裁が悪いのだろう。

「侑くんって、赤点取ったことあるの?」
「一回だけ、数学でな。言うても、あと一点足りんかっただけやで。それで赤点呼ばわりとか、数学教師はほんまに数字でしか物事を計れんのやな。あいつら手心っちゅうもんを知らんわ」
「一点足りんでも赤点は赤点やろ」

 屁理屈を並べる侑くんに、銀島くんは真面目な顔で正論を述べる。ギッと睨みつける侑くんの目は鋭いけれど、慣れているのか気にした様子もない。

「追試で受かるまでの時間も惜しいし、赤点自体取らんようにって北さんが教えてくれるらしくて、侑はこれから部室で勉強会や」
「銀! お前も来い! 北さんと二人きりとか、気まず過ぎて窒息死してまう!」
「いやー……北さんからご指名入ったん侑だけやし」
「お前かて赤点ギリギリやろ!」
「平均点より下ばっかやけど、ギリギリではないで」

 勉強自体が好きじゃないのもあるのだろうけれど、怖いと噂の北さんと一対一で教えてもらう状況が、侑くんとしては何よりも恐ろしいことのようだ。気まずすぎて窒息死なんて、そんなことあるわけないのになぁと可笑しさを覚え、口の端からうっかり笑い声が漏れた。

「なんやツム、まだ居ったんか。はよ部室行かんかい。北さん待たせるとか、心臓に毛ェ生えとんな」

 教室の後方のドアから入って来たらしい宮くんが、呆れとも感心とも取れる言葉を兄弟へ投げる。部活仲間で合流する予定なのか、角名くんも一緒だ。

「お前でええわサム! 一緒に行くで!」
「は? 呼ばれてもないのに行くわけないやろ。一人で行け」
「薄情なこと言うな! 俺が窒息死してもええんか?」
「なんで窒息すんねん。エアコンつけてやるしやろし、熱中症にもならんわ」
「北さんと二人きりやぞ?」
「ほな窒息死やのうて密室殺人やな」
「殺すな!!」
「死ぬ死ぬ言うたんお前やろ」

 必死で食い下がる侑くんに、宮くんはにべもなく拒む。ああ言えばこう言うを地で行くようなやりとりに、私はもちろん銀島くんも角名くんも口を挟めず、黙って成り行きを見守るだけ。
 侑くんは今度は角名くんを道連れにしようと縋るけど、角名くんは「無理」「やだ」と宮くんよりもずっとそっけなく拒否し、目も合わさない。

「御守、帰らんの? チョビさんさっき教室出てったで」
「部活はないけど、ちょっと連絡とか話し合いがあるみたいで、三年生の教室に行ってるの。それが終わったらこっちに来るよ」

 席を立たず、駄々を捏ねる侑くんを観察する形になっている私に宮くんが声をかける。
 放課後になる前に、チョビちゃんからは部活での用があると聞いて、それなら戻るまで教室で待っていると話をしている。そう長くはならないと言っていたから、そろそろ戻って来るはずだ。

「よし子ちゃんって頭ええよな? 『頭よし子ちゃん』ていうくらいやし」
「それはお前が勝手に呼んどるだけや」
「よし子ちゃんに教えてもらったら、北さんに教えてもらわんでもええと思わん?」
「部員やないのに世話かけさせんなって、逆に怒られるんとちゃうか」

 とうとう私にまで縋りついてきた。本当に北さんとの勉強会が嫌で仕方ないらしく、そこまで拒絶される北さんを想像してみる。
 バレー部だし、背はうんと高そうだ。こんなに怯えるということは、顔も強面だろうか。きっちりした人で息が詰まると言っていたから、細かい性格で冗談が通じない、堅物な人なのかもしれない。

「諦めてさっさと行った方がいいと思う」
「せやな。遅れたら余計堪えられん空気になるで」
「はよ死んでこい」

 角名くんや銀島くんが促し、宮くんは物騒な言葉と共に侑くんの背中を蹴る。「屍拾ってやるくらい言えんのか!!」と嘆きながら、侑くんは一人で教室を出て行った。
 笑いながら見送った三人は、明日は本当に屍みたいな顔をしているかもしれない、などと冗談を交わす。男子の友情は女子のそれとはまた違う毛色だなぁと見ていたら、

「チョビさんと勉強でもするん?」

と宮くんに話を訊ねられたので、「一応ね」と返した。

「テストの点数ええのに勉強すんのか」
「逆やろ。勉強するから点数ええねん」

 銀島くんのツッコミに宮くんは納得した、とばかりに声を上げる。テストの結果がいい方だと思われているみたいだけど、胸を張って言える点数でもないし、進路先に不自由しないわけでもない。

「宮くんたちも勉強?」
「一応な」
「侑ほどヤバくはないけど、万が一が怖いわ」
「ま、赤点取らなきゃいいだけでしょ」

 三者三様の反応をぼんやり眺めていると、「うわ」と後ろから聞き慣れた声がして、振り返るとバッグを手に提げたチョビちゃんが私を――というより、私を囲む形になっている宮くんたちに顰めた顔を向ける。

「なんや、治安悪い絵面やなぁ。寄ってたかってうちの子いじめんとってぇ」
「ビチャビチャの濡れ衣着せんな」

 親が小さい子を抱き締めるかの如く、チョビちゃんがぺたりと身を寄せる。宮くんが険しい表情で一蹴すると、チョビちゃんはケラケラと笑った。

「銀島くん帰るん? 机借りてもええ?」
「ええよ」
「ありがと」

 帰り支度を済ませている銀島くんの了解を得たチョビちゃんが、前の机を持ち上げ私の机とくっつける。お弁当を食べるくらいなら一つの机でいいけど、教科書やノートを広げるならやっぱりそれぞれのスペースの確保したいところ。
 バッグを開いて、チョビちゃんが出したのは小さなお煎餅の袋。開かれた口から醤油の香りが上がる。

「勉強するんやないんか」
「するで。まずは英気を養っとんねん。な?」

 宮くんに答えたあと同意を求め首を傾げたので、頷いて私もバッグから袋を出した。新商品として並んでいた、こちらも小さめのクッキー。
 テスト勉強の際は、一口サイズのお菓子を用意するのが私たちのやり方。表向きは働いた頭に糖分や栄養を送るためだけど、単純に空腹をほどほどに満たす役割の方が大きい。

「甘夏味?」
「うん。初めて見たから、どんな味か気になって」

 パッケージには甘夏のイラストと文字が、可愛いフォントとタッチで印刷されている。グミやアイスでなら見かけるけど、クッキーで甘夏味なんて新鮮だったので、惹かれてつい手に取ってしまった。

「ほらほら、あんたらも赤点取ったらあかんのやろ。はよ帰って勉強しぃ」
「治の前でお菓子出して『はよ帰れ』は無理な話やろ」

 まだ封を開けていないクッキーの袋に、宮くんは視線を注いでいて動きそうにない。滅多に見かけない味のクッキーがどんなものなのか、宮くんも気になるのだろう。

「する? 勉強。一緒に」

 銀島くんが言ったとおり、帰れと促したところですんなり帰るとは思えず、だったらいっそ一緒に勉強できたらいいなと、欲張った心が回した口はちょっと覚束なかった。

「やる」
「いやどう見ても勉強やなくてクッキーにしか目がいってないやんか」

 横からチョビちゃんのツッコミが入るもののすっかり無視して、宮くんは空いている隣の席の机を私の机とくっつけた。スポーツバッグから教科書やペンケースを出すところを見るに、やる気はちゃんとあるらしい。

「じゃあ、まずは30分頑張ろうか」
「おう」

 クッキーの袋はひとまず机の隅に置き、私たちは教科書を広げた。クッキーのためとはいえ、勉強を始めた宮くんにチョビちゃんは呆れつつもそれ以上はとやかく言わず、そのうち銀島くんや角名くんもバッグを下ろして教科書を取り出し、自然と即席の勉強会が始まった。

おいしいのある方へ


20231011

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