さよならは知らないまま | ナノ
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 チョビちゃんが所属している茶道部の活動日は、毎週火曜と木曜。何か予定がない限りは、校内で待ってから一緒に帰る。
 部活が終わるまでは教室で宿題を済ませたり、音楽を聴いたり、チョビちゃんが貸してくれた漫画を読んだりして過ごしている。
 放課後の教室に残る人は私以外にも結構居て、友人で集まってお喋りに夢中になる子が多い。そういう子たちも時間が過ぎるとだんだん居なくなっていって、気づけば教室には私だけ、なんていつもだ。
 私一人だけの教室。しんと静かだけど、耳をすませば部活に励む生徒の掛け声や、他の教室から漏れる談笑、誰かが廊下を歩く音を拾う。

「――っくしゅん」

 一か所だけ開けている窓から吹いてきた強い風に鼻がむずむずして、堪えきれずくしゃみが出てしまい、はずみで持っていたシャーペンの先が、ノートの上で走る。すぐに消しゴムを擦らせ真白に戻したものの、筆圧のせいかうっすらとへこんでいる。
 寒くはないけど窓は閉めた方がいいかな、と揺れるカーテンを眺めていると物音が聞こえた。振り向くと、教室の戸に手をかける人影が一つ。

「宮くん?」

 人影は宮くんだ。侑くんかと思ったけど、髪色の違いですぐに判別がついた。

「居残りか?」
「チョビちゃんを待ってるの。今日は茶道部の日だから」
「わざわざ待ってまで一緒に帰るん?」

 教室に足を踏み入れ、そのままこちらにやってきた宮くんは、呆れた顔で私を見下ろした。

「もう茶道部入ればええやん」

 そう言われると返す言葉がなく、笑って曖昧に流すしかない。自分でも、いっそ入部した方がいいのではと思うときはあるけれど、部活に入るのはやっぱり気が進まない。

「宮くんはどうしたの? まだ部活終わってないよね?」

 運動部の大半は、いつも門が閉まるギリギリまで残っている。まだそんな時間じゃないのに、制服姿で校舎に居るのが不思議で訊ねると、宮くんは前の席の椅子を引いて座って、バッグを床に下ろした。

「今日は元々オフ」
「オフなんてあるんだ」
「休養日いうやつ」
「へえ。じゃあ今まで何してたの?」
「ケイドロ」

 休養のためのオフにもかかわらず小学生みたいなことをしている。それが男の子という生き物なのかなと思った。もしかして学校中を走り回っていたのだろうか。きっと侑くんも一緒にやっていたに違いない。バレー部みんなでしていたかも。運動部だからなのか宮くんたちだからなのか、動いていないと気が済まないところが面白い。

「侑くんは?」
「みんなと先帰ったわ。俺は宿題のプリント忘れたから取りに来た」

 言って、宮くんは私の机に肘をつけて頬杖をついた。落とした目線が、開きっぱなしのノートと教科書を見つめる。

「宿題してんのか」
「うん。全然終わってないけど」
「なんぼでも時間あったやろ」
「逆に進まなくて」
「ああ、あるなそういうの」

 十分に時間があるとなると、つい携帯をいじったり、ペンケースやポーチやバッグの中を整理しだしたり、今しなくてもいいことをやってしまう。家より学校でやる方がまだ集中できるはずだけど、人目のない教室だと自由に振る舞えるので捗らないのが現状だ。

「帰らないの?」
「帰った方がええ?」
「そういうわけじゃないけど」

 だってプリントを取りに来ただけだって言ったから。だから訊ねただけで、帰ってほしいなんて思ってはいない。

「宮くんとこうして話すの、久しぶりだね」

 誰も居ない教室で二人。あのときは朝で今は夕方。机には日誌じゃなくてノート。窓からの景色は一年の頃と高さが変わって、見え方は同じじゃない。

「懐かしいなぁ」
「言うても、ちょっと前やぞ」
「まあね。でもクラスが違うと、日直は一緒にならないから」

 学生の私たちはなんでもクラスで分けられる。教室も下駄箱も、時間割も学級目標も、日直も。
 私はまた今年も『宮』くんと日直だけど、それは侑くんとだ。宮くんは隣の教室で、名前も知らない女子とペアで、それはどうやっても変わらない事実。
 バッグの中にしまっていた、飴が詰まった袋を出して、その口を宮くんへ向ける。宮くんの大きな手が入って、中から一つ引き出した。オレンジ味。
 私も中を探って、同じ味を選んで封を開ける。口に含めば柑橘系の味と香り。ほのかな酸味を感じたあとは、甘みだけが続く。

「茶道部の日、いつも残ってんの?」
「買い物とか用事があるときは帰るけど。それ以外はチョビちゃんを待ってるかな」
「待っとる間、一人で暇やろ」
「そういう日もあるし、そうじゃない日もあるよ。待つのも週に二回くらいだし」

 たまに教室に残っている女の子たちに話しかけられ、お喋りに混じるときもある。誰も居なくなったのをいいことに、音楽を聴きながら小さく口ずさむことも。
 今日はやることといえば宿題だけで、それでついついのんびりしていた。暇だけど、うんざりするようなものでもないから、チョビちゃんを待つこの時間はそこまで苦じゃない。顧問の先生の都合で部活がない日もあるし、私も用事で帰るときもあるから、まったく待つこともなかった月だってある。
 宮くんは少し黙ったのち、手放したままだったシャーペンを拾って、ノートの空いているスペースに数字を書いた。

「ん」

 シャーペンを置き、指し示すように短い声を発する。数字と数字の間には斜線があって、何かの日付だと思われる。

「何の日?」
「次のオフの日」

 書かれた日付を見て、宮くんを見て、また日付を見た。バレー部の、次のオフの日。

「俺がオフで、御守がチョビさん待っとったら、できるやん」
「なにが?」
「関西弁部」

 久しぶりに聞いた、でたらめな部活の名前にしばらく言葉が出なかった。
 進級したらクラスが違ったし、そんな時間もあるわけないから、このまま自然消滅していくんだろうと思っていたけど、そうじゃなかったみたい。
 嬉しい、という感情が追いつく前に、喉の奥で飴玉のように笑い声が転がった。

「また一年、よろしくお願いします」
「しごいたるわ」

 腿に手を置き座ったまま深々と頭を下げると、手厳しい言葉を返される。宮くんが口の中の飴を噛み砕く音がしたのでまた袋の口を向けると、今度はリンゴ味を取った。
 新たに開けられた小さな袋からはじけていく、爽やかで甘酸っぱい香りは、窓から入ってきた風にくるくると乱され薄く広がっていく。

「楽しみやなぁ」
「ヘタクソ」

 久しぶりに聞いた『ヘタクソ』の心地よさに浸りながら、宮くんがノートに書いた日付を、頭の中のカレンダーにしっかりと刻む。見慣れた自分の文字だけが綴られていたノートに突然現れたこの数字を、私はずっと消せはしないだろう。

夕さりがまじれば


20230917

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