さよならは知らないまま | ナノ
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 二年生になって初めての登校日。配られたクラス名簿で目当てを探すこと少し。とある列の下部に自分の氏名を見つけ、その真下には去年ですっかり見慣れた名字が並んでいた。
 少し遅れて登校してきたチョビちゃんと合流し、新しいクラスについて話しながら教室へ向かう。三月まで一つ上の先輩たちが使っていて、近寄りがたかった教室に入るのは不思議な気分だ。
 座る席は黒板の貼り紙で確認し、各自座って担任教師が来るまで待機。私の席は一年生のときと同じ位置で、窓際から一列ずれた、後方から二番目。後ろの席はまだ空いている。
 席に着いて、教室内をぼんやりと見回した。新学期一日目とあって、各教室共通の貼り紙以外の掲示物はまだない。これから担任教師がやってきて、クラス目標だとかテーマを決めて、委員会や係決めをして、そうやってこれからこの教室は、新しい二年生の色に染まっていく。
 空いていた後ろの席から、椅子を引く音がする。音に引かれて振り返ると、ちょうど座り終えた男子と目が合った。人工的に染められた髪は、以前見かけたときより少し長い。

「前、よし子ちゃんなん? 一年よろしゅう」

 愛想のいい笑顔に釣られ、口角は自然と上がる。

「よろしくね」

 新しい教室。新しい順番。二年生になった私の後ろは、侑くんに変わった。



 私の唯一と言っていい親友のチョビちゃんは、残念ながら別のクラスになってしまった。
 とはいえ、チョビちゃんは隣の一組。体育は合同授業なので、そのときは一緒だ。八組もあることを考えると、隣のクラスだっただけまだよかった方だと思う。
 新学期最初の日にやることは、体育館での始業式と、新しいクラスでの顔合わせと、各委員会決め。二年生で使用する教科書を受け取ったら、今日はすぐに下校。授業は明日から始まる。

「よし子ちゃんよし子ちゃん」

 新しい担任教師が出て行って、二年生最初の放課後。帰り支度をしていると、後ろから肩を叩かれ振り返ると、侑くんは配られたばかりの教科書を机に広げていた。

「ペンあったら貸してくれへん? ボールペンやなくて、黒いマジックの」
「油性の?」
「持ってる?」
「あるよ」

 前を向き、先ほど自分も教科書に名前を書く際に使った油性ペンをペンケースから出して、そのまま侑くんへ手渡した。侑くんは短く礼を言って、キャップを取って教科書の記名欄に自分の名前を書いていく。宮侑。宮侑。フルネームで二文字だから随分と楽そうだ。

「明日って何があるんやっけ?」
「えっと……」

 キャップを嵌めたペンを私に返しながら、侑くんが問う。明日の時間割のことだろうと確認しながら伝えると、侑くんはその教科書だけを机にしまった。

「置いてっちゃうの?」

 教科書を置いて帰る、いわゆる置き勉は禁止されている。それで廊下に立たされるとか反省文を書かされるわけではないけれど、教室の見回りの際に抜き打ちでチェックされて、後日に教師から注意を受けたりする。だから正直面倒だけど、みんな机の中を空にして下校している。

「どうせ明日使うんやし、置いとってもええと思わへん?」
「思うけど」
「宿題出てるならともかく、いちいち持ち帰る意味あるか? 置いとけば忘れることもないやん」
「でも、悪戯されるとかあるらしいよ」

 以前に聞いた、持ち帰りを強制する理由の一つを挙げると、侑くんは目をしばたたかせた。

「教科書に?」
「落書きされたり、盗まれたり」
「物騒やな」

 施錠ができない机の中は、誰でも容易に手を入れられる。盗むこともできるし、逆に勝手に何かをこっそり入れたりもできる。それに掃除の時間に机を移動させる際、教科書がぎっしり詰まっていると運ぶのに一苦労だから、そういう面も考慮してのことかもしれない。
 侑くんは一応納得したらしいけど、机から先ほどしまった教科書を出す素振りはない。

「ハッ……! なら俺の教科書が時々なくなるんも、誰かが盗んどったりするんか!?」
「えっ? うーん、それは違うんじゃないかな」
「なんでや。みんなの侑くんの教科書やぞ。全校生徒が欲しがるやろ」
「だって侑くんの教科書は足が生えるんでしょ?」
「おお! せやったな!」

 以前に彼自身が言っていたことを口にすると、侑くんは手のひらに握った拳を打ち付けた。
 侑くんは短時間で表情がコロコロと変化する。笑ったり、きょとんとしたり、驚いたり、睨んだり、ちょっと澄ましてみたり。見慣れていた顔と同じそれが、万華鏡みたいにすぐに形を変えるから、なんだか落ち着かない。

「忘れたらよし子ちゃん、助けてな」
「隣ならともかく、前と後ろじゃ見せてあげられないよ」

 助けを乞われても、正直なところ私にはどうしようもできない。席が隣であれば机をくっつけて一冊の教科書を共有することは可能だけど、私と侑くんは前後。私より左右に座るクラスメイトに頼るべきだ。

「俺こっち寄るから、よし子ちゃんそっち寄って。んで、こっちの方に教科書開いて置いて」

 こっち、そっちと体を動かして、侑くんが指示を出す。言われたとおりに左にずれ、侑くんが差し出した彼の英語の教科書を広げて机の右側に置いてみる。侑くんも右に寄り、背を丸めたり伸ばしたり、頭をフラフラと動かして、私の机の上の教科書を覗こうとする。

「どう?」
「うーん、ギリギリ……」
「お前ら何してん」

 割って入った声に引っ張られるように、侑くんに向けていた顔を上げる。侑くんと同じ顔。先日の修了式ぶりに会う元クラスメイトの宮くんが、スポーツバッグを肩にかけて立っていた。
 その横にはほっそりとした目の、宮くんと同じかそれより高い男子が立ち、遅れて同じクラスの、たしか銀島くんも後ろについた。二人とも宮くんや侑くんと同じバレー部の人たちで、集まると高い壁が作られてちょっと圧迫感がある。

「盗難対策や」
「はあ?」

 答える侑くんに、宮くんは意味が分からないと目を眇めて返す。

「正確に言うと、盗難されたあと対策だね」

 少し違うと私が付け加えると、宮くんはより一層疑問が深まったのか、なんとも訝し気な表情だ。

「盗難対策て、盗まれんようにするもんやろ。後手に回ってどうすんねん」
「細かい男やなぁ。そんなんやからお前の教科書は盗まれへんのや」
「アホか。教科書なんて盗まれる方がおかしいやろ」
「一番おかしいのは盗む奴やけどな」

 そう言いながら、バレー部の壁の後ろからひょっこりと顔を出したのはチョビちゃん。切り過ぎたという前髪を流してピンで押さえていて、それだけでいつもと雰囲気が違う。

「はるか、帰ろ。お昼は駅前でええよな?」
「うん」

 一緒にお昼を食べる約束をしていたので、帰り支度を済ませて迎えに来てくれたようだ。侑くんに教科書を返して、机の中に何も入っていないことを確認してからバッグを持って腰を上げる。

「よし子ちゃん、またな」
「またね」

 座ったまま手を挙げる侑くんに、私も手を挙げて返した。きっとこれから一年間過ごすこの教室で、私は去年のチョビちゃんみたいに、本名から派生したわけでもないあだ名で侑くんから呼ばれ続けるのだろうなと思う。

「宮くんも。またね」
「またな」

 手を振ると、宮くんも軽く挙げた。二年生になって初めての会話はほんの数分にも満たなかった。

うしろの正面だあれ


20230908

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