さよならは知らないまま | ナノ
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 かけす荘に戻ってすぐに、今日の振り返りと明日に向けてのミーティング。マネの私たちも選手の後ろから耳を傾け、次の対戦校である稲荷崎高校についてのおさらいを行った。
 烏養コーチが操作する画面に映るのは、大半が知らない稲荷崎のバレー部員。一番注目されているのは、影山くんも招集されたユース合宿の参加者である侑くん。侑くんがセッターなんて最近知った。
 そして侑くんの双子の兄弟、宮くん。コーチが流す映像には宮くんは映っていない。録画された試合には出なかったらしい。
 かつてのクラスメイトと、烏野のみんなが戦う。本当に戦うんだなと、切っ先を目の前に突きつけられた気分。

 ミーティングが終わり、食堂で夕飯を食べたあと、今日は私と清水先輩の二人でお風呂に入った。
 大浴場特有の、こだまのように響く桶の音。髪や体を洗って、二人で広い湯舟に浸かる。
 広いお風呂は気持ちがいいとか、明日は何時に起きようかなど、取り留めもない話がしばらく続き、一度沈黙が降りた。

「あの」

 今しかないと、恐る恐る口を開くと、濡れた髪を纏めて湯の心地よさに目を閉じていた清水先輩が、「なに?」と返してそっと瞼を上げる。

「明日のことなんですけど……烏野と同じ時間に音駒の試合も始まりますよね。稲荷崎との試合の間、音駒のコートを見学していてもいいですか?」

 二回戦の開始時間はすでに決められていて、烏野と稲荷崎戦、音駒と早流川工業戦が同時刻に試合を始める予定。集中して観たいなら、最初から最後まで音駒のコートの方に居てしっかり見学した方がいい。

「私は構わないし、コーチや先生もいいって言うならいいけど……いきなりどうしたの?」
「稲荷崎に勝てば、次は音駒か早流川ですよね。どんな試合だったのか知るのは、次への備えになると思って」

 三回戦で当たるのは音駒か早流川工業。もちろん烏野が稲荷崎に勝ったら、の話だけど、烏野の勝ちを信じるなら、次のためにできることをしておきたい。
 幸いにもうちにはマネージャーが三人居る。試合の流れをメモすることは可能だ。

「そうだね。音駒とは何度も試合して、昨日もちょっとだけ観たけど、早流川の方は観られなかったし……稲荷崎に勝って終わりじゃないものね。先のことまで考えてくれてありがとう。助かるよ」

 清水先輩が微笑んだ。指示されて動いてばかりだった私の、自発的な行動を嬉しく受け止めてくれている。先輩とずっと一緒に居て、先輩のひととなりを知っているからそう思えて、だからこそ心苦しい。

「すみません」
「えっ?」
「次のことを考えてっていうのもあるんですけど……でも一番は、稲荷崎との試合中は、コートの近くに居たくなくて……」

 音駒戦の見学が三回戦の備えになると考えていたのは、決して嘘ではなかった。でも、本心はまた別にある。
 私の言い分をすんなりと信じ、礼まで述べてくれた清水先輩に、隠したままではいられなかった。

「私、稲荷崎から烏野に転校してきたんです」

 こっちに引っ越してきて、兵庫に住んでいたと話したことはあっても、通っていた高校までは教えた人はいない。遠い余所の学校名なんて聞かれさてもみんなピンと来ないだろうし、訊ねられたこともない。
 清水先輩は息を呑み、目を丸くした。

「じゃあ、会いたい人って」
「稲荷崎でクラスメイトだった人、です」

 名前まではさすがに言えず、元クラスメイトとだけ伝えた。
 チョビちゃんと宮くん。私が親しかったと言えるクラスメイトは結局二人だけで、他の元クラスメイトたちは私の存在なんてもう忘れていると思う。それは寂しくない。チョビちゃんと、できれば宮くんが覚えていてくれたら、それでいい。

「私がバレー部のマネしてるって、その人は知らないんです。試合前とか試合中に、なんでお前が居るんだってびっくりさせちゃって、もし試合に影響したら……とか」

 イレギュラーな事態が起きると、選手のメンタルやプレーに影響する。宮城予選の和久谷南戦で、キャプテンが怪我をして試合に出られなくなったときも、烏野のみんなは大なり小なり動揺していた。それでも勝てたけど、不測の事態というのは避けるべきだ。

「あっ、そもそも気づくかも分からないし、私なんか居ても気にしないかもしれないけど、でも、なるべくそういう可能性は失くさないとなって」

 宮くんが私を見つけたとしても、「なんでおるん?」の一言で済ませて、プレーにちっとも影響しないことだってあり得る。というか、そんな気がする。だけど万が一のことを考えたら、試合が終わるまでは私は見つからない方がいい。お昼休憩からずっと考えて出した結論だ。

「分かった。音駒の方に行けるように、あとで話に行こう」

 にこっと清水先輩は笑ってくれた。私のワガママを許してくれて、協力しようとしてくれる。
 本当に優しい、いい先輩を持ったと、でも春高が終わったらお別れなんだと、いろんな気持ちが溢れて目が潤んできた。

「クラスメイトだったってことは、相手も二年生だよね。稲荷崎の二年は……」
「あっ、あああの」
「あははっ。ごめんごめん。詮索しないよ」

 誰かを当てられそうになり、慌てて止めようと気が急いて言葉がつっかえる私に、清水先輩は楽しそうに笑った。からかわれたけど、先輩が質問してくることはなく、それ以上触れることもなかった。本当に本当に、いい先輩だ。

きっと女神はこう微笑む


20230707

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