さよならは知らないまま | ナノ
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 東北といえど夏はやはり暑い。落ちてくる陽射しを避けたくとも、日陰はそう都合よくあちこちにない。
 連日の暑さでドリンクの消費は激しく、このままでは今日の分のスポドリの粉がなくなってしまいそうだった。まだ気温が上がり切っていないうちに買い出しへ出たものの、帰りは陽が高く昇った中で、荷物を持って坂道を歩かねばならないのがつらい。
 帽子を被っていても、蒸される頭は重たくて猫背になる。
 日焼け止めは塗ったけど、止まらない汗でどんどん流れてしまっているかも。
 熱中症にはならないようとお店で買った自分用のスポドリも、もう半分以上飲んだ。
 あとちょっと、と自分に言い聞かせて黙々と歩を進め、ようやく校門に着いたときには心底ほっとした。
 まっすぐ第二体育館へ向かうと、ちょうど昼の休憩時間に入るところ。
 買い出しから戻って来た私を見つけた仁花ちゃんが、

「顔真っ赤ですよ! 涼しいところで休んでてください!」

と慌てて私の手から荷物を取って、風がよく通る特等席まで連れて行かれた。
 涼しいところいっても、体育館の中でも比較的マシな場所というだけで、立ち上るような暑さはそう変わらない。
 温くなったスポドリを飲み切って、首にかけたタオルで汗を拭く。日陰から見る、陽光が突き刺す外は眩しくて目を閉じた。
 昼休憩は、各自で持ってきたお弁当を食べる。みんなお弁当箱が大きくて、白米の入れ物だけで私のお弁当一個分だったりもする。

「今日も暑いですねぇ」
「本当にね。夏バテしないように気をつけないと」

 額の汗を拭う仁花ちゃんに、清水先輩が髪を結び直しながら答える。私はいつも仁花ちゃんと清水先輩と食べる。暑くて箸を口へ運ぶのも怠いけど、ここでしっかり食べておかないと。
 昼食を済ませたあとは、そのまま転がって寝てしまう部員も多い。私もお弁当を食べ終わると壁に背を預け、座ったまままどろみに身を任せた。陽射しを浴びたからか、いつも以上に疲労を感じる。
 第二体育館からボールの音が消えるわずかな時間。静かな中に誰かの笑い声がときおり混ざる。
 休憩が終わったらスクイズボトルを回収して、すぐドリンクを作る。きっと麦茶が入ったウォータージャグも空に近い。
 体は動かないけど頭は働く。休憩明けにやることを考えていたらアラームが鳴った。昼休みの終わりの合図。
 みんなが練習に向けて動き出していると、武田先生が体育館に駆け込んできて、

「皆さん! 決勝が終わりましたよ!」

と手に持った一枚の紙を掲げた。

「優勝は井闥山、準優勝は稲荷崎です」

 わっ、と男子が声を上げる。今年のインターハイの最終結果が、ついさっき出たらしい。
 稲荷崎が準優勝。去年は三位だった。前よりも順位を上げている。
 みんなの反応はいろいろで、日向くんや西谷くんたちはやる気に満ちた表情で練習に取り掛かり、キャプテンたちはいつも以上に真剣な顔でボール打ち始めた。

「夏が終わったね」

 清水先輩が言う。夏は毎年来るけれど、全国に多数ある高校のバレー部にとっての夏は、いつだって一度限り。
 その夏が終わった。年々残暑が厳しくなって、今だってこんなにも熱を孕んでいるのに。

「じゃあ次は、春が始まりますね」

 仁花ちゃんが言う。そうだ。夏が終わったら、次はバレー部にとっての春が始まる。実りの秋に力を蓄え、冬に入ってすぐに春へ咲こうとする。
 春に咲くための一次予選は来週。全国へ続く長い階段に足をかけたら、躓くことは決して許されない。一度でも負けてしまえば、烏野に春は来ない。



 部活が終わって自分の鍵で家へ入り、まっさきにリビングの冷房をつける。エアコンが冷気を吐くにはまだ時間がかかるので、その間に締め切っていた室内の換気をしようと、窓を少しだけ開ける。
 ひぐらしが物悲しく鳴いて、どこかから煮物の匂いがしてきた。暑いのでそうめんを食べたい気分だけど、醤油の甘味としょっぱさが舌に乗る肉じゃがも食べたくなってきた。
 ベランダに干しっぱなしの洗濯物を取り込み、リビングに戻り窓を閉めると、携帯電話が鳴ってメールの着信を知らせる。

『稲荷崎準優勝!』

 チョビちゃんからのメールに目を通し、すぐに返信画面に移る。

『部活中に先生から聞いたよ。稲荷崎はやっぱり強いね』
『強豪ですから。そっちはどんな感じ?』
『来週末に春高の一次予選があるよ』
『負けられない戦いってやつだ』
『春高行きが決まるまではずっとそうだね』
『頑張れマネージャー!』

 届いたメールに、なんと返せばいいか思いつかない。
 頑張るのは選手で、ベンチに座るマネージャーは清水先輩。試合が始まれば私は観客席から応援するしかなくて、みんなが勝ってくれることを祈るしかできない。
 何にもできないくせに、みんなに全国へ、宮くんと会える場所へ連れて行ってもらおうとしている。
 考えてみれば、なんともずるい人間だ。まだこもっていた熱が散らないテーブルに、憂鬱で重たい頭を伏せた。

夏のおわり


20230624

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