学校帰りに遊んで、チョビちゃんと駅前で別れたときは19時を過ぎていた。チョビちゃんは電車を使うけど、私はバスに乗って帰るので、改札まで見送るのが定番だ。
時間も時間なのでさっさと帰宅しなければいけないけど、バス乗り場には向かわずに駅の中にあるドラッグストアに立ち寄った。買えたら買っておいてと、母におつかいを頼まれている。
三十袋入りのティーパックのお茶。中辛のカレールー。六枚切りの食パン。いちごのジャム。いつも使っている洗濯洗剤と歯磨き粉。文具売り場で油性ペンとガムテープ。大きなサイズのゴミ袋。フローリング掃除用のふわふわシート。
玉子や牛乳も売っていたらお願いと言われていたものの、ビタミンドリンクも買い物リストにあるので、重量的な心配がある。
家の近くのコンビニで買えばいいか、とビタミン剤や栄養ドリンクが陳列されている棚を覗くと、ずっと奥の方にクラスメイトを見つけた。
「宮くん」
「うお。なんや、びっくりした」
近寄って声をかけると、不意を衝かれた宮くんは驚き、いつも重たげな瞼を上げて目を丸く開いた。
「買い物?」
「そら店に居ったらな。あんたもやろ?」
「うん。おつかい。宮くんはなに買いに来たの?」
「プロテインの補充」
宮くんが立っていた棚には、いろんなメーカーのプロテインが並べられている。私が知っているブランドもあれば知らないものもあって、飲む習慣がない私には味くらいしか違いが分からない。
「いろんな味があるんだね。宮くんはいつもどれ飲んでるの?」
「これ」
訊ねると、宮くんは一つの袋を指差した。大きな袋には隅の方に『ヨーグルト味』と書いてある。
「ヨーグルト味が好きなんだ」
「味だけで言うたら好きなんはこっち。ただツムはこれのヨーグルト味好かんから。あいつの飲めるモン買うたら、えぐいスピードでなくなって腹立つから買えんわ」
選んだ理由は好きだからではなく消去法。理由に同情を禁じ得ず、思わず苦笑いで返した。
「侑くんは?」
「あいつは観たいテレビあるらしいから先帰ったわ。自分こそこんな時間まで何しとったん」
「さっきまでチョビちゃんと一緒に遊んでた」
「よう遊ぶな。日曜も遊んだ言うてなかったか?」
「そうだね。買い物行って、映画観に行ったよ」
「仲ええなぁ」
チョビちゃんの部活のない日は一緒に下校して、日曜は約束して遊んで。チョビちゃんとは仲良いし、できればこれからもそうしたいと思う。それくらいチョビちゃんとは気が合った。
じゃあまたね、とその場で別れるほど宮くんとも仲は悪くないので、ヨーグルト味のプロテインを一袋取った宮くんと、なんとなく二人で店を回る。
チョビちゃんとお揃いで折り畳みのミラーを買ったとか、部活中に侑くんが新しい主将の先輩に淡々と注意されていたとか、それぞれの放課後について話していると、足はお菓子売り場に着いた。
買い物リストに柚子味ののど飴があったことを思い出し、袋入りの飴が並ぶコーナーで探す。無事に目当ての飴を見つけカゴに入れた。
「柚子、好きなんか?」
「お母さんが好きで、いつも食べるねん」
「ヘタクソ」
母は乾燥する時期は特に喉を傷めやすい。夏でものど飴を携帯しているし、このメーカーの柚子味が一番美味しいとよく買っている。
「あんたが好きな味はどれなん?」
「んー……これかな」
たくさんある中で選んだのはミルク味ののど飴。
「うまい?」
「私は好き」
まろやかな味は、甘みがやさしいから飽きない。爽やかなサイダー味やフルーツ系も好きだけど、どれか一つを選べと言われたこの味を選ぶ。
宮くんは私が選んだ飴の袋を取り、プロテインの袋とまとめて持った。
「買うの?」
「聞いた手前な」
礼儀みたいなものだろうか。真面目だなぁと思う。
二人で別のレジに並んで会計を済ませ、私の袋詰めを待ってもらってから店の外に出た。駅構内なので、余所の学校の生徒や、仕事帰りの大人たちが通路を行き交っている。
「やる」
ドラッグストアのマークが印字されたビニール袋から、宮くんは飴の袋を出して私に突きつけた。
「なんで? 宮くんのでしょ?」
「バレンタインもろたし。お返し」
ひと月弱前、バレンタインだからと称して自販機で奢ったことを思い出した。ちゃんとしたチョコレートでもなかったのに、宮くんは律儀だ。
「宮くんたくさん貰ってたし、お返し大変そうだね」
「返さへんけどな」
「え?」
「部室の前のダンボールに『お返しは一切ありません』てでっかい貼り紙しとったからな。お返しなくても構わん人だけ入れとるはずやから、お返しはせんでええって」
そんなところまで決められているのかと、稲荷崎高校男子バレー部のバレンタインにおけるシステムに驚いた。
宮くんやバレー部員にあげた子はみんな、見返りを求めず贈ったということ。『お返しはない』とはっきり告げているのは、やはり過去に何かあったからとしか思えず、バレンタインというキラキラした行事に、妙な事件性を感じてしまう。
自分は貰っていいのか、と疑問だったけど訊ねるのはやめた。そういうのは野暮というものだ。素直に受け取って、袋を開けて中に手を入れ、数個握って宮くんに差し出した。
「お返しのお返し」
宮くんは制服のポケットに突っ込んでいた手を出して器を作る。私がぽろぽろと落とした飴をぎゅっと握って、またポケットの中へ戻した。