さよならは知らないまま | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


 バレンタインデーというのは、私たち高校生にとってそれなりに重要なイベントの一つだ。
 好きな人がいればチョコをあげるか否かで迷い悩み、恋人がいればその人へどんなチョコをあげるか迷い悩み、友達はどんなチョコを喜んでくれるかで迷い悩み、そして義理チョコはどこまで用意すればいいのか迷い悩む。

「うち、ピーナッツが入ったやつが好き。ていうかナッツ系が好き」
「ナッツおいしいよね」
「なー。ただ甘いだけやなくて歯ごたえがほしいねん」
「座右の銘みたい」

 お昼ご飯はチョビちゃんと向かい合って。先に食べ終わったチョビちゃんはお弁当箱を片付けて、携帯電話の画面を見せながら「これとかおいしそう」と、ネットで検索して出てきたページを見せた。

「あ、そういや斉藤さんから聞いとる? クラスの女子みんなで、クラスの男子に義理チョコあげるから、一人百円ずつ頂戴て。買うのもラッピングも配んのも、斉藤さんらでしてくれるらしいわ」

 うちのクラスは女子が多くて二十二名。二千二百円でチョコを買って、ラッピング資材も買って、包んで。ものすごい量ではないけれど、手間はかかる。

「準備も全部やってくれて百円なら、こっちとしては有難いけど」
「斉藤さんてそんなんやるんが好きみたいやし、やりたい人がやってくれるなら楽でええわ」

 同じクラスの斉藤さんたちはイベント事が好きなタイプで、体育祭も文化祭もすごく楽しんでいた。バレンタインも友達とわいわい楽しめる行事だから、そのための苦労なんかちっとも面倒に思わない人みたい。
 お金を出すだけですべてお任せできるなら願ったり叶ったりだ。あとで百円玉を渡しに行こう。

「治くんにはあげるん?」
「宮くんに?」
「仲良しやん?」

 前もこんなやりとりをした。付き合っていると思われていて、そんな事実はないと否定したのに、チョビちゃんは今でも私と宮くんの関係に思うところがあるらしい。

「でも男子には義理チョコ配るし、個別にあげるのは変じゃない?」

 クラスの男子に宮くんは含まれる。斉藤さんたちを通して配られたそれは、このクラスの女子があげたもの。つまり私があげたと言ってもいいわけだし、義理は果たしている。それでも尚、個人的に贈るとしたら、そこには意味が生まれてしまう。

「友チョコあげるくらいの仲やとは思うで」
「友チョコかぁ」

 たしかに私と宮くんは、もう友達といってもいいと思う。隣の席の男子より親しみがあるし、宮くんの隣の席の女子より話す。
 友達なのに義理チョコだけは寂しいかも。だけど、なぁ。

「なんかあったん?」
「ん?」

 チョビちゃんが携帯電話伏せて、机に身を乗り出した。

「最近ボーっとしとるな」

 私を覗く目は探っている。目の形は大翔くんと似てる。
 チョビちゃんの家に遊びに行ったら、大翔くんは「あのときの兄ちゃんカッコよかったわぁ」と宮くんとのことを話してくれた。私もそこに居たから知ってるのに、よっぽど宮くんのことが忘れられないのか、何度も話題に挙げていた。カッコええわぁ、と口にするたび、そうだねと頷いた。

「そんなことないで」

 否定する私に、チョビちゃんは「ほんとかぁ?」とわざとらしく顔を顰めた。その顔がおかしくて笑うと、「人の顔見て笑うなや」とチョビちゃんも笑ってまた携帯電話に指を添え、私はまだ残っていたお弁当を食べ進めた。



 バレンタイン当日は平日だったこともあり、紙袋を下げている女子を何人も見かけた。
 クラスの男子への義理チョコは、小分けにパッケージされているチョコレート菓子の詰め合わせらしく、小袋の一つ一つはミニサイズでも、それなりの数があるからか寂しい感じはしない。
 朝礼が始まる前に斉藤さんたちが配ってくれて、声の大きい男子が「義理かよ!」とか「あざす!」とか返していた。宮くんも受け取って、その場で開封し先生が来る前に食べきっていた。
 一時限目が過ぎ、二限目が過ぎ、三限も四限も過ぎて昼休み。チョビちゃんとお弁当を食べたあと、肌寒いので温かいものを飲みたくなり、外に出たくないと言うチョビちゃんを置いて教室を出た。
 一番近い自販機は、そばで二年生や三年生の男子が固まっていることが多くてちょっと苦手。だから第一体育館の方によく行く。少し遠いけど、急げば昼休みの終わりまでに間に合うはず。
 校舎を出ると、一歩も進んでいないのに真冬の気温に体が震えた。小走りで体育館へ入り、かじかむ手を使って財布から硬貨を出す。
 摘まんだ十円玉が指先から逃げ落ちた。転がって、転がって、転がって。追っていった先には誰かの足。見上げた先には私を見下ろす宮くん。

「よう転がったな」

 宮くんが高い背を丸め、爪が伸びていない指で十円玉を摘まんだ。礼を言って硬貨を受け取り、手のひらに収めるとじんわり冷たい。
 拾ってくれた手と反対の手には、大きな紙袋が提げられている。袋の口はぱっかり開いていて、覗こうと思わずとも勝手に見えた。

「すごいね。漫画みたい」

 袋に入っていたのは包み。いわゆる、バレンタインデー仕様のラッピングが施されており、一目で中身が何なのか分かる。

「昼休みの間にそんなに貰ったの?
「バレー部員宛てのチョコは、昼休みに部室に持って来てもらうんや。部室の前にダンボール置いてるから、そん中に入れてってな。んで各自回収」
「システム化されてるんだ」
「なんや昔いろいろあったらしいで。昼休みのあとは受け付けへんとか、未開封の買ったやつ以外は全部捨てろとか」

 ややこしいなぁと、提げる袋に目を落とす。バレンタインの日は女子には女子の悩みがあり、モテる男子にはモテる男子なりの煩わしさがある、と。
 既製品以外は受け付けないということは、つまり手作りチョコ関連で何かしら事件が起きたのか。内容が想像できないけど、あまりしたくもないからやめた。

「これだけ貰えたらしばらく買い食いしなくてもいいね」

 紙袋いっぱいにあるなら、登校中や部活帰りにコンビニへ寄る必要もなさそう。率直な感想を述べると、宮くんは目を眇めて私をじっとりと見下ろした。侑くんに向けるときに放つあの威圧感を覚え、体が勝手に後ろへ退く。

「……食うんは好きやしチョコも嫌いやないけど、甘いモンばっか食ってるとさすがに口ん中がダルいわ」

 たくさんチョコを貰った男子の発言とは思えないほど、機嫌悪そうに宮くんが紙袋に目を落とす。食べるのが好きな宮くんには珍しいけど、私も一週間ずっとチョコレートばっかりを強制されたら、さすがに塩気や辛みのある物もたまには食べたい。せめて無糖の紅茶やコーヒーと一緒がいい。

「お茶とかコーヒーとセットで食べたらいいんじゃない? おごるよ」
「は? なんで?」
「バレンタインだし」

 自販機に百円玉を二枚投入すると、全部のボタンが赤く光る。お茶にコーヒー、ミネラルウォーターにスポドリ。炭酸飲料やリンゴジュース、コーンスープもある。

「どれがいい?」

 好きなドリンクのボタンを押していいよと場所を空けると、宮くんは自販機に陳列された商品を一通り見たあと、一つのボタンを押した。
 ガラガラと落ちてきたのは、ホット対応を示すオレンジのキャップがついたボトル。ラベルには優雅な字体で『ココア』と書いてある。

「それ甘いのだよ」

 誰がどう見たってココア。きっと目の前の自販機の中で一番甘みを強く感じるドリンク。

「バレンタインやしな」

 取り出し口から引っ張り出し、宮くんは軽く振るとキャップを捻って飲んだ。
 自分が口に含まずとも分かるほど、甘く濃い香りが鼻をかすめる。チョコレートと同じ匂いがした。

あまい口実


20230614

PREV | TOP | NEXT