さよならは知らないまま | ナノ
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 一月の半ばになって席替えが行われた。せっかくなら年明けすぐにやればキリがよかったのに、何とも中途半端な時期だ。
 引いたクジを開いて、番号を確認する。廊下側の端っこ、前から二番目。新しい席で学期末まで過ごすのに、なんとも言い難い席になってしまった。
 チョビちゃんは同じく前の方だけど窓側。宮くんは何の偶然か、出席番号順と同じ席。皮肉めいたクジ運だ。



 休み時間になると、チョビちゃんが私の前の席に座る。チョビちゃんの席の方は男子が固まっていてちょっと窮屈だし、前の席の子はいつも別のクラスの友達のところに行くから空いている。
 取り留めもないお喋りに耽っていると、前方ドアから背の高い男子がスッと入って来た。視界に入るので目をやると、隣のクラスの侑くん。

「お。ちょうどええ。よし子ちゃん、辞書貸してくれへん?」
「辞書? 何の辞書?」
「英和のやつ」
「いいけど……辞書もちゃんと持って帰ってるの?」

 あんな重い物を、と驚くと、侑くんもびっくりした顔を見せた。

「まさか。ロッカーに置いとったはずやのに、どっか行ってしもた」
「どっか行ってしもた」
「俺の辞書とか教科書、たまに足生えんねん。んで、すたこらどっか行ってまう」
「んなわけあるかい。お前はロッカーに土から引っこ抜いたら叫ぶ魔法生物でも飼うてるんか」

 後ろからツッコミが入る。振り返らなくても分かったけど、後ろを見れば宮くんが立っており、自分の兄弟を睨みつけたあと、そのまま鋭い眼光を私に向けて下ろした。

「ツムに貸したらあかんて言うたやろ。辞書なんて机用の枕としか思てへんし、返しになんか来んで」
「はあ? なに勝手に決めつけてぬかしよる。硬い枕でなんか寝れるかい。俺のこと何も分からんのにいちいち口出してくんな!」
「分かるから言うとんのや。いっそ今日から『借りパク』に改名し」
「えらっそうに! アァン? お前どこ中や?」
「保育園からずっと一緒んトコやろがい!」

 そらそうやな、とチョビちゃんが笑う。侑くんは宮くんにガンを飛ばしたあと、近くを通った男友達に声をかけ辞書を貸してくれと頼んだ。半ば強引な様子で、男友達と共に彼のロッカーまで行き、辞書を借りると足早に去って行った。

「侑くんて昔からあんな感じなん?」
「やかましい、図々しい、借りたモン返せへんアホっちゅう意味ならそうや」

 チョビちゃんの問いに、宮くんは歯に衣着せぬというか、牙みたいな歯を立てるみたいに返す。決して語気は強くないし、声だって荒げていないのに、身内ゆえにか遠慮は一切感じられない。

「平気で人のモン奪うていくからな。あんま関わらんとき」

 私とチョビちゃんにそれだけ言うと、宮くんは自分の席に戻っていく。さっきまで話をしていただろう男子たちの輪の中へ、何事もなかったように入っていった。

「関わるなあ、やて」
「兄弟喧嘩って年中無休なんだね」
「そんで二十四時間営業や。あんた一人っ子やもんね。うちんとこも大翔が生意気になってきてな。基本可愛いけど、たまにムカつくわ。最近もどこで覚えてきたんか、ろくでもないこと口にするようになってん。余所さんに迷惑かけたらあかんし、外で言わんようにて怒ってばっかりや」

 一人っ子なので兄弟がいるのは羨ましいなと思うけど、当人たちはそうでもないらしい。
 どんなに仲が良くても所詮は他人の友達と違って、兄弟や親子は家族ゆえに簡単に関係を放棄することができない。だからこそ悩みがある。

「まあでも、治くんがあんたに侑くんと関わるな言うたんは、兄弟やからっちゅうか……さっきも言うとったとおり、侑くんが侑くんやからと思うで」

 侑くんが侑くんだから関わるな。

「やかましくて図々しくて借りた物を返さないアホだから?」
「やさしい顔してキッツいこと言うなぁ」

 さっき宮くんが形容していた言葉をそのまま繰り返すと、チョビちゃんはけらけらと笑った。違うともそうだとも言わないけれど、貸した教科書が戻ってこないのは確かになぁ、と一人納得する。
 関わるなと言われても、私は侑くんに自分から接触したりしていない。侑くんが私に辞書を貸してほしいと頼んだのも、たまたま教室に入ってすぐ近くの席に私が座っていて手っ取り早かっただけだと思う。
 一月が終わり、二月が終わり、三月が終われば、一年生も終わって、この教室ともお別れ。もうそんなこともなくなるから、何も心配いらない。

終わりあるネバーランド


20230614

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