さよならは知らないまま | ナノ
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 年明けは寒く、しかし天気は良かった。今年もいい年になるかなと思わせるような、スッキリと晴れ渡る空だった。
 校舎にかかる垂れ幕には、男子バレー部の春高三位を祝う文言が太字ではっきりと印刷され、北風を受けては鼓動を打つようにパタパタと揺れている。
 クラスでも全校集会でもバレー部の功績を称える時間が設けられ、夏の大会のときのように祝った。

 翌日、日誌を持って教室へ入ると誰も居なかった。いつも先に来ている宮くんの姿はない。これまで何度も日直を共にした中で初めてのことだった。
 寝坊でもしたのかなと、照明のスイッチをオンにして、窓を一か所だけ開けた。寒い。閉めたい。ちょっと経ったら閉めよう。
 蛍光灯がはっきりと濃く発光し始め、室内が明るく照らされる。パタパタと足音が響いて、教室の前で止まった。閉まっていたドアが音を立て引かれ、息を切らした宮くんと目が合う。

「やっぱりもう来とったか」

 手袋を嵌めた後ろ手で戸を閉めて、宮くんは長い息を吐いた。

「おはよう」
「はよ。すまん。寝坊した」
「かなぁ、って思った」

 予想が当たった、とちょっと嬉しくなるけれど、宮くんは私が開けた窓を見つけ、

「すまんな」

と短く謝った。遅れたことも、自分がいつもしていた窓開けの仕事ができなかったことも、宮くんは申し訳ないと思っているらしい。真面目だ。

「号令と黒板やってくれるだけ助かるよ。今日は数学あるし」

 数学の先生は黒板の上ギリギリまで板書する。私の身長では消すのに一苦労だから、宮くんがスイスイと消してくれると助かる。号令も毎時間、始めと終わりで声を出す。宮くんはもしかしたら、日誌を書いている私より仕事をしてる。
 自分の席に座り、いつものようにバッグからペンケースを出して日誌を開く。宮くんも自席にバッグを置くと、私の前の席に腰を下ろした。

「遅くまで起きてたの?」
「ゲームするかってなって、ツムと二時までやってもうた」
「じゃあ侑くんも寝坊しちゃうんじゃない?」
「するで。俺が出るときも寝とった」

 宮くんたちの通学時間は知らないけど、宮くんがそう言うなら侑くんは今日遅刻する。バタバタと廊下を走って騒がしく教室へ入る想像は、なかなか面白くて笑った。
 
「春高ね、テレビで観てたよ」

 宮くんと侑くんで、冬休みの終わりに見たバレーの試合を思い出した。本当に基本的なルールしか分からなかったけど、初めてまともに観たバレーの試合は、ポンポンと進んでいくので飽きることがなかった。

「バレー部って本当にみんな背が高いね」
「俺なんか平均か、ちょい下くらいやからな」
「宮くんでも平均なんだ」

 並んで立つと、いつも若干見上げる形になって、その度に高いなぁと思うのに。思って見た宮くんは、テレビに映っていたのと顔が変わらない。

「変な感じ。テレビに映ってるの見て、同じクラスの人が映ってるなぁって不思議だったんだけどさ。今度はテレビに映ってた人だぁって、感じ」

 自分の高校名がアナウンサーの声で何度も復唱されるのは新鮮だった。出場する選手は上級生ばかりだったけど、一年生の宮くんも侑くんもときどきコートに出ていた。双子ということもあって注目されて、何度も『宮兄弟』が連呼され、画面にも映った。あの時間、宮くんはクラスメイトではなく、テレビの中の人だった。

「別に何も変われへんで。映ったところで、点決められんのやったら恥晒しとるだけやし」

 そう言って立ち上がり、私が開けた窓を閉めた。換気はもう十分したし、そろそろ暖房が入る。それまでは手袋を外せそうにない。

「でもかっこよかったよ」

 戻ってきて席へ腰かけようとした宮くんは、変な姿勢のままぴたりと止まって、こちらに視線だけを寄越した。

「お前は恥ずかしいとかいう感情ないんか?」

 すとんと椅子に座り、まだ何も書いていない白紙のページに目を落とす。外していないマフラーに顔の半分を埋めてしまった。

「あるけど……」

 羞恥心は人並みにある。チョビちゃんと遊びに行った先で派手にコケてしまい、周りの注目を浴びたときは自分の運動神経のなさを嘆きもした。私が超能力が使えるのなら、あのとき周りに居た人たちの記憶から、その部分だけを消去したい。
 宮くんは「あっそ」と投げやりな相槌を返し、制服の下に着込んでいるセーターの上から自身の腹部を押さえた。

「腹減った」

 はあ、とため息を吐く。そういえばいつも下げているビニール袋がない。

「今日は何も買ってこなかったの?」
「寝坊してコンビニ寄るとかないやろ」

 律儀だなと思う。『律儀』という表現が合っているかは不明だけど。
 机に下げたバッグの中に手を入れ探る。指先に触れる感覚で目当ての物を引き出し、宮くんに差し出した。

「これあげる」

 登校中にコンビニで買ったフルーツサンド。普段より早く家を出る日直のときは、お昼はお弁当じゃなくてコンビニで買った物にしている。

「ええの? 自分の昼飯とちゃうん?」
「この前のミルクティーのお金、まだ返してなかったし。お昼ならあとで買えばいいから」

 カイロにとくれたミルクティーのお金は、いつも下校の際に校門を通ったときに思い出す。あのとき、一緒に迎えを待っていてくれた分も含めたお礼としても受け取ってほしい。
 ちょっと迷いは見えたものの、宮くんは「ありがとな」と言って手に取った。

「フルーツサンドて。ほんま女子やな」
「それ、クリームがおいしいんだ。多分もうすぐね、中の果物がイチゴになったのが出るよ」
「女子やなぁ」
「せやろ」

 黒い手袋を外し、袋の端にあるテープを引っ張ってできた隙間。大きな手がフルーツサンドを一切れ摘む。桃とパインとみかん。クリームはホイップだけでなくカスタードも入っていて、それらが合わさった味が特に好きだ。

「まあまあやな」

 口に入れる前のそれが何に対する『まあまあ』なのか。分かった途端に笑い声を漏らしてしまい、「調子に乗ると怪我すんぞ」と釘を刺された。一切れのフルーツサンドは、宮くんにしては丁寧な三口でなくなった。

いつかおいしくなあれ


20230614

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