「なあ! ちょっ、そこの、頭よし子ちゃん!」
何事かと声の出所を探ると、開いた窓の先に侑くんが居て目が合う。
侑くんの周りには男子が集まっていて、みんなで漫画を読んだり紙パックのジュースを飲んでいる。全員がいかにも運動部といった風で、『類は友を呼ぶ』ということわざがふと頭を過ぎった。
「前にサムの隣に座っとった、頭よし子ちゃんやろ?」
頭よし子ちゃん。耳にしたことのある響きは、いつだったか侑くんが、宮くんの隣の席に座っていた私に向けた。
明らかに自分を見ているし、私に声をかけているのは間違いない。窓際には誰も座っていなかったので、桟に手をかけ身を乗り出した。侑くんも席を立ってこっちに近づいて来る。
「そんなに頭よくないけどね」
「そうなん? この前の試験、何番やった?」
「クラスで? じゅう……いち、だったかな」
「頭ええやんけ!」
一クラス大体四十人前後なので、成績が良い部類には入るかもしれないけど、九十点台は一つもなかったし、七十点台もあった。そうです頭良いです、と自信を持って肯定はできない。
「これ、サムに返しとってくれる?」
侑くんが私に見せたのは現国の教科書。今日は現国を借りたらしい。
「侑くんが返そうとするなんて珍しいね」
「せやろ。いやなんでやねん! 俺は借りたモンはちゃんと返すわ!」
頷いてすぐツッコむ、その流れの鮮やかさたるや、思わず感嘆の声を上げそうになった。
「そっちの現国が始まるまで返さんかったら、ピザまん買わなあかん。今月もう金ない」
「それはそれは」
「せやから頼むわ、よし子ちゃん」
「いいよ」
受け取ると、「ありがとな」と躊躇いなく笑顔を見せる。
宮くんも明るく笑ったらこんな顔になるのかな、と考えながら自分の教室に入り、自席ではなく宮くんの席に向かう。宮くんは肩肘をついた姿勢で携帯電話をいじっていた。
「宮くん。侑くんから」
言いながら差し出すと、宮くんはスッと顔を上げ、ちょっと顔を顰めた。
「なんであんたが持ってくるん」
「さっき教室の前を通ったら預かったの。ピザまんは買いたくないって」
「ほんまあいつ、人をこき使いよって」
眉間に皺を作り、宮くんは教科書を机の中にしまう。今日の現国は六限目。侑くんのお財布の危機は無事守られた。
「宮くんって」
するりと口から言葉が出た。あ、と思ったときにはもう宮くんの耳には入っていて、目で何だと問うている。
「なんでもない」
「は? 言いたいことあんならちゃんと言え」
誤魔化す私に、宮くんは携帯電話をポケットにしまった。話を聞く体勢を取られては、うやむやにして立ち去るのもできない。
「怒らない?」
「話による」
それはそうだ。私だってそう思う。そして怒らないか否かを問うてから話すことは、たいてい怒られる話題だと相場は決まっている。
「宮くんって、にっこり笑ったりする?」
「はあ?」
「こう、明るく、にっこり」
「なんやそれ。なんでいきなりそんなこと訊くん」
意を決して訊ねる私に、宮くんは不可解だと態度をあらわにした。
「宮くんがにっこり笑ったら、侑くんと同じなのかなって」
双子だし、顔が一緒だし、同じになるのかな。
深い意味は特にない疑問を口にすると、宮くんの目は細くなった。
「アホらし」
頬杖をつき、宮くんはそっぽを向く。吐き捨てる言い方は、私を「ヘタクソ」と揶揄するものとは全然違った。冷たくて、痛くて、かける言葉が見つからずにチャイムが鳴ってしまったので、私はそのまま自分の席に戻るしかなかった。