いつかきみが枯れてしまうまで | ナノ
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14

 アンやアンのポケモンたちに限るが、ドラメシヤが怯えなくなったことをインスに報告すると、インスは想像よりずっと嬉しさを抑えきれない顔を見せた。

「人間を拒絶するポケモンは、保護施設で過ごすことになる。散々な目に遭ったのに、俺たちの都合を優先して自由に生きられないなんて悲しいだろ」

 安堵するインスに頷いた。野生に返せない、他のポケモンやトレーナーとも暮らせないとなると、安全な場所でそっと隔離してやるしかない。
 アンたちが望むのは、このドラメシヤの世界が閉じられないこと。保護施設も悪い場所ではないが、ドラメシヤが自由に過ごせることが一番だ。

 ドラメシヤを連れ、その日も一日中パトロールを続けた。
 朝からアーマーガアの背に乗って、終業間際の夕暮れ時。アンは管理局本部へ戻るため、鏡池の上空を飛んでいた。
 ナックルシティを囲う城壁が見えてきた頃、前方に立ち上る煙を見つけた。キャンプしているトレーナーだろうと、一応その姿を確認すべく高度を落として近づく。
 煙を吸い込まぬよう風上の位置につけ進んでいくと、焚かれた火の近くで設営途中のテントと、その周りで動く人影やポケモンの影が目に入った。遠目からでも分かる立派なリザードンのシルエットに、まさかと思い降下する。
 上空からの訪問者に、リザードンは首を伸ばし吼える。トレーナーも顔を上げてこちらを見た。大きな金色の瞳が、アンを認めると山なりになった。

「アン!」

 手を振る姿はダンデだ。珍しくチャンピオンの格好ではなく、シャツにジーンズといったラフな服装。帽子は被っているものの、チャンピオンのそれではない。
 アンはアーマーガアから降り、昔ジムチャレンジの際に見かけた、私服姿のダンデに物珍し気な視線を送る。

「ダンデくんどうしたの? 迷子……じゃないよね?」

 迷ったらすぐに連絡をくれるはずだが、今日はまだダンデから要請を受けていない。スマホを確認しても、通知欄にダンデの名前はなかった。

「明日の昼まで休みをもらったんだ。家に帰るつもりだったんだが、今ホップが熱を出して寝込んでいるから、帰ってきたらだめだと。オレが家に居ると、起きて遊びたがるからな。せっかくだから、久しぶりにキャンプをしに来たんだ!」

 だから迷子じゃないぜ、と力強く続けるダンデは生き生きとした顔を見せている。久方ぶりのキャンプが楽しくて仕方ないようだ。
 迷っているわけではなくホッと胸を撫で下ろすと、

「アンはまだパトロール中なのか?」

とダンデが訊ねた。

「もうすぐ終わりだよ。ちょうどナックルの方へ戻る途中だったの」
「なら一緒にカレーを作って食べないか? キャンプをしよう!」

 突然の誘いに驚いたものの、オフが少ないダンデとカレーなど滅多にない機会だ。
 時間を確認すると、終業時刻の五分前。ナックルの本部に着く前に就業時間は過ぎるだろう。

「日報もあるから、管理局に戻ってからまた来てもいい?」
「ああ、もちろんだ。待ってるぜ」

 スマホの地図を開き、現在地にマークをつけ、アンはアーマーガアに騎乗しナックルに向かった。
 本部に着いて、急いで日報を書き上げて提出すると、再びアーマーガアで空を駆ける。本部から出ると夕焼けは紺色に染まり、星がちらちらと光り出していた。


 キャンプをするので今夜は帰らないと親に連絡も済ませ、地図のマークと地形を頼りにダンデの元へ戻ると、テントを張り終えカレーの準備に取り掛かっていたので、アンもフライトジャケットを脱いで手伝いに急いだ。

「アンのポケモンたちも出してやったらどうだ?」

 ダンデに促され、アンもボールからみんなを出してやる。ダンデの相棒たちとは顔馴染みであり、すぐにじゃれ合ったり駆けっこを始めたりと、自由に遊び始めた。
 少し心配だったがドラメシヤも出した。初めて会うポケモンに怯え、アンの体に添うように体を寄せてぷるぷると震えている。

「ドラメシヤじゃないか。アンの新しい仲間か?」

 ドラメシヤに気づいたダンデが、その顔を覗き込む。初対面のダンデにドラメシヤは怯え、なんとかアンを盾にダンデの視界から外れようと必死だ。

「すまない。怖がらせたみたいだ」
「ああ、違うの。ダンデくんが悪いわけじゃないから」

 自分のせいかと謝るダンデに、アンはドラメシヤの事情を話す。愉快な話ではないので言葉を選びつつ、保護されて一時的に預かっていることを説明すると、ダンデは黙って耳を傾け続け、眉を寄せた神妙な顔で話を聞き終えた。

「そうか。人の数だけポケモンに対する意識の違いがあるのは仕方ないが、ポケモンを命ある生き物と見ないトレーナーはオレも嫌いだ。バトルしていても何も楽しくない」
「そういう人たちとバトルしたことがあるの?」
「少しな。オレはどんなバトルでも自分の糧になることを探すが、ポケモンを道具として扱う奴らから学べるのは、人間はここまで非道になれるのかという気づきだけだ」

 珍しく憤慨しているようで、ダンデの凛々しい眉は吊り上がったままだ。
 ドラメシヤの置かれた境遇に怒りを隠さないダンデに、アンの心の憂いが少し晴れた。ガラルのチャンピオンがポケモンを想う心を持ち合わせているダンデでよかったと心底思う。

「つらかったろうな。でもどうか人間を見限らないでくれ。トレーナーは悪い奴らばかりじゃないぜ。キミを大事にしてくれる最高のパートナーはきっと見つかる」

 ダンデは普段の穏やかな表情へ戻ると、ドラメシヤに明るく声をかける。ドラメシヤが窺うようにダンデを見やると、白い歯を見せてにっこり笑った。
 アンとダンデは、ドラメシヤを必要以上に構わず、カレー作りに勤しんだ。ワイルドエリアでのカレー作りはアンにとっても久々で、具材を切るのも煮込むのも楽しい。
 カレーが出来上がり、全員分の配膳を終えると皆を呼び、食事の席に着く。
 ドラメシヤには落ち着いて食べられるように箱を用意してやった方がいいかと案じたが、ゆっくりとではあるもののアンのそばで食べ始めた。

「カレーも食べたことだし、アン、バトルしよう!」

 食事の片付けが終わると、ダンデは意気揚々とアンにバトルを申し込んだ。『バトル』の一言にリザードンたちが反応し、ダンデとアンへ注目する。

「ダンデくん。わたしはバトルはしないよ」

 少し前に、バトルをしないことをアンはダンデへ宣言している。そのうえで友人でいようと確約も得ている。
 忘れているのならと、なるべく刺々しい言い方にならないよう気をつけて断った。

「そ、そうだったな……」

 あのときのやりとりを思い出したのか、ダンデは少し落ち込みながらも諦めた。バトルができなくても構わないと言い切った手前、我を通すことはできないと分かっているらしい。
 向ける場所を失くしたバトルへの意気込みを持て余すよう、ダンデはしばらくソワソワと落ち着かなかったが、遊んでほしいとアピールしてきたアンのラプラスに応え、転がっていたボールを拾いキャッチボールを始めた。
 器用に口で受け止めるラプラスをダンデが褒めると、ウインディたちも加わって、ボールがポンポンと飛び交う。
 エルフーンに釣られてか、ドラメシヤも輪の中に入り、ダンデが軽く投げたボールを尻尾で打ち返すなど、夜だというのにダンデを中心に賑やかだ。
 アンは火の番をしながら、ボール一つでお祭りのように楽しむみんなを眺めた。
 あのドラメシヤがアンたち以外と遊んでいる。ダンデはポケモンに好かれる気質なのだろう。

「――ん?」

 ふと、後ろで気配を感じた。振り向いてみると、小さな影が浮いている。びっくりしたものの、その姿がティーカップだと気づくと、強張った体から力を抜いた。
 ティーカップの姿をしたポケモンはヤバチャだ。本体はカップではなく、カップの中に満たされている紅茶に宿る魂で、ゴーストタイプのポケモン。パトロール隊の同僚が連れており、カップの中の紅茶を飲んではいけないと注意を受けたことがある。
 ヤバチャはアンの後ろを浮遊しながら、賑わいをじっと見ている。楽し気な様子に惹かれて来たのかもしれない。

「あなたも遊ぶ? いいよ」

 誘ってみると、ヤバチャはゆっくりとアンのそばに寄る。自分だけで輪の中へ入るのは躊躇いがあるようで、アンはヤバチャを連れてダンデたちの方へ歩いた。

「アン、そのヤバチャは野生の子か?」
「うん。楽しそうだから遊びに来たんだと思う」

 アンがヤバチャを紹介してみせるが、ヤバチャはアンの後ろにひょいと隠れた。それでも好奇心が勝るのか、ひょっこりと体を出してはダンデやポケモンたちに視線を送る。

「ヤバチャなんてルミナスメイズの森でしか見たことがないぜ。ワイルドエリアにもいるんだな」
「ごく稀にダイマックスの巣で姿を確認されてるから、いないわけじゃないみたい」

 ワイルドエリアの各所にある『巣』は、その地域に本来生息していないとされているポケモンたちが現れることもある。アンたちが今滞在している巨人の鏡池の巣でも、例は少ないがヤバチャの出現は確認されているため、生息してないとは断言はできない。
 様子を覗きに来た割には引っ込み思案なのか、ヤバチャはアンの背から離れようとしない。アンがくるりと身を返しダンデたちに背を向けると、ヤバチャもくっついて移動し、ダンデを目の前にすると驚いて液状の体を伸ばして、急いでアンの陰に隠れる。

「ヤバチャも遊ぼう! ほら、アン!」
「あっ、ちょっと」

 ダンデがアンの腕を取り、輪の中心へ。ついてきたヤバチャもポケモンやダンデたちに取り囲まれる。エルフーンが小さな手足を動かしながらヤバチャへ歓迎の声を上げると、他の皆も倣った。ドラメシヤもゆらゆら揺れてヤバチャに強い関心を向ける。
 それからアンとヤバチャを加え、みんなで遊んだ。ラプラスの歌に乗せてエルフーンやヤバチャが踊り、アンはリザードンに、ダンデはアーマーガアに乗って夜空を飛んだり、常に笑い声が絶えることはなかった。
 時間はあっという間に過ぎ、すっかり夜も更け、そろそろ床に就く頃だ。
 アンは自分のツェルトで眠るつもりだったが、ダンデが自身のテントの中で寝ればいいと言い出した。

「二人並んで寝るくらいの広さは十分にあるぜ」

 ダンデが言うように、テントはダンデ一人なら伸び伸びと、二人でも寝返りに困ることなく眠れるだろう。
 しかし曲がりなりにも、アンとダンデは異性だ。
 アンは去年からまた少し身長が伸び、支給される制服に体を通しても、裾や丈を詰めずに済むようになった。あともう少し伸びてほしいところだが、姉と高さが変わらなくなり、成長期も過ぎたことを考えると、これ以上は望めないだろう。
 ダンデはまさにこれから身長がグンと伸びる時期に入ったようで、頭の高さはもうアンと並んでいる。互いにそんなつもりは一切ないが、ローズからも『良き友人として』と言われている以上、誤解が生まれるような振る舞いは避けたかった。

「もう今日のレンジャーの時間は終わってるだろう? オレも明日までチャンピオンじゃない。オレもアンも、今はただのトレーナーだ」

 どうやらダンデは、アンがレンジャーだから断っているのだと思い込んでいる。前にビバークした際に、アンがあくまでもエリアレンジャーである姿勢を崩さなかったことを覚えていたのだろう。
 ダンデは異性であるということをさして問題とは捉えていないようだが、アンはやはり抵抗がある。

「同じテントで語り合う友達は、アンはだめか?」

 そう訊ねられると、ぐうの音も出なかった。バトルをしない友達だからとダンデの誘いを断っている手前、これ以上ダンデに拒否の意を返すのは忍びない。

「分かった。じゃあお邪魔します」

 アンの返事にダンデは破顔して、テント内にアンのスペースを作る。アンはマットレスと寝袋を持って入り、ダンデの隣に敷くと外へ出て、ポケモンたちをボールの中へと戻した。
 火の始末をすると爆ぜる音すらもなくなり、しんと辺りは静まり返る。遊んでいたポケモンたちがいなくなり、ヤバチャはぽつんと残った。

「わたしたちはそろそろ寝るね。あなたも早く寝床に帰るんだよ。おやすみなさい」

 アンがヤバチャにそう声をかけると、ヤバチャはアンの体にぴたりとカップを付けた。

「ごめんね、また会ったら遊ぼう。だからほら、あなたはあなたの場所に帰らなきゃ」

 慌てるアンからヤバチャは離れようとしない。液状の体を伸ばし小さな手がアンの服を掴む。ぎゅっと皺を作ると同時に濡れて色が変わるのが、なんだか涙が滲んだようで無理矢理剥がすことも躊躇われる。

「アンの仲間になりたいんじゃないか?」
「えっ……でも、レンジャーはワイルドエリアのポケモンを勝手にゲットしちゃだめだから……」

 ワイルドエリアの環境保全のため、レンジャーがポケモンを捕獲することは原則禁止だ。ドラメシヤを保護したように例外はあるものの、申請をしないと罰則がある。そのため、レンジャーに採用されるトレーナーは、騎乗できるポケモンをすでにパートナーにしている者が望ましい。
 普段であれば、野生のポケモンに近づく際は、親しくなりすぎないように注意している。しかし今夜はダンデとのキャンプが楽しく、またドラメシヤがダンデにも心を開いたことに浮かれて、つい距離を取ることを忘れていた。

「人間と一緒に居る楽しさを知ってしまったんだな」

 ヤバチャを見たダンデの言葉が胸に刺さる。まさしくその通りだ。ヤバチャは野生のポケモンたちとだけでなく、トレーナーやトレーナーのポケモンたちと過ごす時間を、それが楽しいものなのだと覚えてしまった。
 不用意にも教えてしまったくせに、連れて行けないからと拒む自分は、ドラメシヤを捨てた身勝手なトレーナーと変わらないのではないか。
 しがみつくヤバチャへの罪悪感で、どうすればいいのかうまく考えられない。二年間レンジャーとして活動していても、自分はやはりまだ未熟な候補生なのだとアンは痛感した。

「よしっ。アンじゃなくてすまないが、オレと来ないか? オレたちと一緒にバトルしよう」

 ダンデがヤバチャへ空のボールを見せた。アンはダンデの突然の行動に目を丸くする。
 ヤバチャは視線をアンとボール、ボールとダンデの間を何度も往復させたあと、ゆっくりとダンデのボールに触れ、自らその中へと入っていった。
 明滅を止めて沈黙したボールへ向け、ダンデが「よろしくな」と優しく声をかける。

「ごめんね、ダンデくん。わたしがゲットできなくて……」
「謝ることじゃないさ。出会うことは誰も責められない。オレはヤバチャとのこの出会いを嬉しく思ってる。アンが気に病むことじゃない」

 謝罪を口にすることしかできないアンに、ダンデは太陽のごとく明るい笑顔で返す。
 自分への気遣いか、本心でそう口にしているのか――きっと後者だろうと、数年の付き合いからダンデの人柄を知るアンには分かった。

「ダンデくんは本当に素敵なトレーナーだね。ガラルのチャンピオンがダンデくんでよかった」

 ドラメシヤのことを話した際にも思ったことを、今度は口に出した。
 自分のパートナーを深く傷つけるトレーナーがいる一方で、優れたバトルセンスだけでなく、ポケモンへの慈愛も忘れないダンデのようなトレーナーもいる。
 たくさんいるガラルのトレーナーの中で、ダンデがチャンピオンであることが誇らしい。チャンピオンとは、トレーナーとはこうあるべきだという、理想の在り方を体現している彼に、アンは改めて尊敬の念を向ける。
 アンの言葉にダンデは帽子の鍔を下げて顔を隠した。あまり動じない性格の彼もさすがに照れたらしい。

「さあ、寝ようぜ。明日はシュートシティまで送ってくれるんだろう? アンが寝不足のままレンジャーの仕事に向かうのはオレも申し訳ない」
「気にしないでね。ダンデくんをここに置いて行くのは心配だもの」
「アンとキャンプができて本当にラッキーだ」

 二人はテントの中でそれぞれ寝袋に入り、しばらくはランタンの明かりでお喋りに耽ったものの、互いに眠気を覚えたところでか細い火を消して目を閉じた。

20220220