退院する前に、今回の件で写輪眼に何か影響がないかと、うちは一族の者が訪ね、オレの左目を覗き込むと、
「写輪眼が基本巴になったようだな」
と少し驚いた様子で指摘した。写輪眼には成長段階があるらしく、初めて開眼した際に巴紋様が一つ、もしくは二つある場合が多く、最終的に三つ揃うのが通常であると。皮肉にもリンを死なせてしまったことで、左目の写輪眼は完全なものになった。
他族へ移植された写輪眼も基本巴になるという新たな事実は、うちは一族にとって利のある情報なのか否か分からなかったが、オビトの目でリンを死なせてしまったオレには、もうどうでもいいことであった。
ミナト先生からリンの葬儀はすでに終わったと知らされていたオレは、謝罪すら受けてもらえないかもしれないがリンの自宅へ向かった。
家にはリンの両親が在宅していて、訪ねてきたのがオレだと知ると、一度強張った顔は見せたものの「いらっしゃい」とリンの父が迎え入れてくれて、ホッとしながら足を踏み入れた。
仏壇にはリンの遺影が立てられ、オレの前に訪ねた誰かかリンの家族かは分からないけれど、火のついた線香からは煙がたなびいていた。
手を合わせたあと、リンの両親に頭を下げ、リンを死なせてしまったことを謝った。
「忍の娘を持つ親として、覚悟はできていたよ」
リンの父親は笑顔で写るリンの遺影を見ながら、オレに頭を上げろと言ってくれた。
「ミナト先生からお話を聞いてね。リンは、里や里に住まう、私たちみんなを守るために死んだのだと……優しいあの子らしい、最期だったと……」
弱々しく語る夫の言葉に、傍らに座るリンの母親は声を抑えつつ、赤く腫れた目で終始泣いていた。先ほどからオレと目を合わせず、絶えず零れる涙をすっかり湿っているハンカチでぬぐい続けている。
「君が悪くないことも、リンが望んだということも、私たちは理解しているんだ。だけどね……」
言外に含むリンの両親の気持ちを悟り、オレは通された仏間の畳に額をつけ、もう一度深く頭を下げたあと、リンの家を出た。
頭では分かっていても、心が受け入れられないことの辛さは、オレもよく分かっていた。リンの両親の心はリンを殺したオレを拒否している。ならばオレは両親が辛い思いをしないよう、接触すべきではない。玄関まで見送ってくれたリンの父親が「里が立派な墓を用意してくださったんだ。君が構わないなら、そっちに」と、墓参りをすることは許すと言ってくれただけ有難かった。
時間を作って花屋で仏花を買い、リンの墓へと向かう。
新しい墓石に刻まれる名は間違いなくリンの名で、大した汚れ一つない石の真新しさが、ひどく無機質なものに見えた。
墓の前には多数の花が供えられている。オレが買ったものと同じく、ほとんどが菊を主にした花束だったけれど、一つだけ、やけに目を引く花束があった。薄い紫と白のみでまとめられた、他の花束とは少しだけ雰囲気が違うもの。
「あ、紫はリンの色かな。紫っていうか、菫色?」
そんなことを言っていたなと、花の贈り主だろうサホの顔が浮かぶ。リンは菫の花みたいだと言っていたけれど、オレはそういうものかと、大して興味はなかった。女じゃないオレには分からない感覚だと。
ただ、こうしてリンの墓に供えられた紫と白の花束を見て、そんな話ももうできないことを考えると、ちゃんと聞いてもっと色々話せばよかったと思った。
「すまない……リン……」
守れなかった。一番守らなければいけない人だったのに、自らの手がその身を貫いた。
リンは強く、愛情深い。自分が里にとって害を成すと知れば、迷うことなく死を選べるほどに。馬の合わなかったオレとオビトを自分が繋ぐと言ってくれて、いつも場を取り持ってくれた。
彼女はオレにとって、姉のような人だったのかもしれない。他人と距離を置きがちになったオレと周囲とのフォローをしてくれたり、時にはオレの態度を諌めたりもした。
大事な人だった。リンがオレに寄せる気持ちと、オレがリンに向ける気持ちは違っていたけれど、かけがえのない人だった。
オビトの代わりに守るはずが、逆にリンがオレたちを守ってくれた。命と引き換えに里への襲撃を阻止してくれた。
オビトに庇われ、リンに救われ、オレはなんて弱いのだろう。
隊長だの、上忍だの、守るだの、オレはいつも口先だけだ。
リンは戦争が終わったら行きたいところがあると言っていた。秘密だからと行き先は教えてもらえなかったけれど、多少時間はかかっても、行けるはずだった。だから時が来れば分かることだと、無理に聞き出す必要はないと思っていから、ついに知ることはできなくなった。
もう二度とサホに涙を流させないと決めたのに、オレはまた泣かせてしまった。考えられる限りの、一番ひどいやり方で。
リン。オレはオビトやサホに、どう償えばいい?
どうしたらサホは許してくれるだろうか?
どうしたらオレは、大事なものを守れるんだろうか?
何も答えない墓石を、ただ見つめ続けた。背中に圧し掛かる重い無力感で、オレの顔は自然と俯く。
人間は物事に対し、戯曲めいた要素を持つ物に惹かれる。
『ただ国を滞りなく治めた大名』より、『思慮深く知略に長け、その聡明な頭脳を用いて、攻め入ろうとする他国から幾度も自国を守り、数多の逸話を持つ偉大なる大名』に興味を持つ。
『ただの幸せな恋物語』より、『身分や立場の違いや、周囲からの妨害などを乗り越え、衝突やすれ違いを経て愛を深め合い、激動の末に結ばれる波乱万丈な恋物語』の本が売れる。
だから日々報告される、『任務中に起きた仲間の殉職』より、『他里に攫われ救出されたが、逃げる途中に誤って仲間の手により命を落とした、若い少女の悲劇的な殉職』は、矢のごとく里内の忍たちの間に広まった。
何せリンを殺したのがオレだ。リンと下忍の頃より同じ班に在籍していた、親しい仲間だったからだけじゃない。
不本意ながら、オレの名は里でよく知られている。はたけサクモの息子で、アカデミーに入学してすぐに卒業し下忍、十二で上忍になり、自分を庇って死んでしまったオビトから写輪眼を譲り受けた、“あの”はたけカカシと。
“その”はたけカカシが、殺害の意思はなかったとしても、今度は唯一残ったチームメイトの命を奪った。
悲劇、疑惑、運命、呪い。思うことは様々だろう。
ミナト先生の班になってから、やっと落ち着いて腰を据えることができたが、それまでにはいくつもの班を渡り歩いた。そのときのことを覚えていた者が『やっぱりあいつは』と、オレと組んだときのことを持ち出し、オレがいかに今回の件で『やっぱり』と思えてしまう奴だったかを、したり顔で話すのだろう。
しかしそんな噂など、どうでもよかった。独善的だったオレが過去に撒いていた種だ。いくつも、どこにでもばらまいた。今更すべての芽や花を刈り取れるわけもない。利己的だった行いの結果は、甘んじて受け入れるべきだ。
他の奴らからどう思われたっていい。煩わしいものの、陰でコソコソ言われるのは慣れている。呪われてるだの、因果応報だの、勝手に言えばいい。どうだっていい。
どうだっていいんだ。サホ以外がどう思うかなんて。
戦争が終わった。幼少より続いていた争いは、平和条約の締結という形で、ようやく幕を下ろした。
忍という駒の削り合いの末に残るのは、大なり小なり後遺症を抱えた仲間たち。病院は常に満床で、体だけではなく、心を患った者の姿が絶えない。
「これは命令だよ」
ミナト先生に呼び出され、書類を渡された。記されているのは日時と場所。担当医の名前。主旨の題は『聞き取り調査』。
「この聞き取り調査は君だけじゃない。オレも含めて、戦争に関わった木ノ葉の忍全員が、必ず一度は受けるようになっている」
先生曰く、第一次、二次忍界大戦後、忍の多くが心的外傷を負い、度々問題になったそうだ。不眠や食欲減退などの症状が、体を壊すことに繋がるのももちろん問題ではあったが、それ以外にも殺されかけた恐怖や、仲間の死のトラウマで、忍としてはもとより、日常生活を送ることもままならない者も珍しくはなかったと。
戦中でも、聞き取り検査やカウンセリングは行われていた。ただし専門医らの人手不足のため、主に惨状を目の当たりにした者ばかりだった。自分を庇った仲間が死に写輪眼を貰い受けたオレも、受けるべきだと優先され何度か受けた。
戦争に区切りがついたことで、上層部の会議により、精神状態把握のために、上忍下忍問わず全ての忍が一度は専門医に診てもらうことが義務付けられ、『任務』として課せられたらしい。
受診し、問題ないと診断されれば以後は必要に応じての様子見となり、何かしらの症状や影響が残っていれば、寛解したと判断されるまで定期的に受診することになる。
きっとオレは、『問題あり』だな。
元々、戦中に受けていたカウンセリングでも、要観察扱いだった。投薬の必要などはなかったので、症状としては重くなかったと思う。
最近はリンを殺したときのことを夢で見るようになり、その度にオレは全身に汗を掻いて目を覚まし、貫いた右手にまだ血が残っている気がして、何度も何度も手を洗い続けた。
リンだけでなく、サホの夢も見る。冷たく刃のように尖った声で『許さない』と何度も口にして、オレを睨み続ける。
里を歩いて、リンやオビトに似た人を見かけると、震えや動悸が止まらない。
聞き取り調査を受ければ、間違いなくオレは定期的な観察を必要とする者に該当する。
「結果次第で、これからの任務の内容も配慮してくれるそうだ」
ミナト先生がオレの肩に優しく手を置く。先生も、オビトやリンの死が、オレに影響を残していると分かっている。だからこそ、医師から診断を受ければ、命じられる任務がオレの精神状態に合わせたものになり、オレの心が癒える時間を取ることができると、そう言いたいのだろう。
「配慮なんて、いりません」
跳ね付けるオレの態度に、先生が「カカシ?」と驚いた声を上げる。
「オビトの目は、里のために使わないと」
今のオレの精神状態に合わせた任務は、恐らく危険が少ないものになる。自分や仲間も含め、『死』というものから遠ざけるために。
だとしたら、オレが担うはずだった、その危険な任務は誰が負う? 他の仲間だ。オレが安全な場所に身を置けば、それだけ仲間に負担がかかる。
それに、オレが写輪眼をうちは一族に返さなくて済んだのは、オレが戦場に出て里に貢献していたからだ。戦争で敗れないためにも必要だと、三代目が口添えしてくれたからで、その戦争が終わった今、再びこの左目は取り上げられる可能性がある。
ならば、オレはまだ『使える』ということを示さなければならない。戦争が終われば、終わったからこその問題や危険が出てくる。そのために『写輪眼を持ったはたけカカシ』が必要なのだと表さなければ、オビトの目を手放さなければならなくなる。
「お願いです。任務は、今まで通りに」
リンを失って、サホも離れていって、オビトまで手放すなんて、堪えられない。
オレの意思を理解したのか分からないけれど、ミナト先生は硬い表情で黙ったあと、「分かった」とだけ返してくれた。
書類に記された日時に、指定された場所へと向かい、今回オレの聞き取り調査をするという担当医に会った。
意外にも病院ではなく、個人の家だった。呼び鈴を鳴らし、中へと招かれ、通された部屋は、大きな本棚にかっちりとした装丁の分厚い本を並べられていた。奥には重厚な机が腰を据えており、その上にも本や書類が積み上げられている。埃臭さや雑然とした雰囲気はなかったが、音が響かない程度には物が多い。
担当医は、真っ白に染まった髪をうなじ辺りで団子状にまとめた、小柄な老婦だった。かなりの老眼なのだろう、眼鏡の奥の瞳はとても大きい。くりくりとしてビー玉のようだ。腰が曲がっていて、指は枯れ枝に似て節が目立つ。
担当医はただの医者ではなく、忍者登録番号が振られている忍者だと言う。何十年も前に前線から身を引き、今は自宅に診療所を構えていると。先の戦争では戦場を駆けていたらしいが、走ることもままならなさそうな姿からは、その面影を感じることは難しい。
そんな老婦と対照的な、恰幅のいい中年の女性が、応接用のテーブルに二客の茶を置いて静かに出て行った。
「さあ、座って」
穏やかな高い声がソファーを勧める。座ると想像以上に沈み込んで、思わず背もたれに全身を預ける形になった。姿勢を戻そうと両手をソファーについたが、オレの足の上に小さな毛玉が飛び乗ったので、それは上手くいかなかった。
「こらこら。客人の上に座るのはよしなさいと言っているでしょう」
担当医が叱るのは小型の犬だった。長毛種で、ブラシをきちんとかけられているらしく、まるで蒲公英の綿毛のように柔らかい。つぶらな瞳をオレに向け、時折舌を出しては少し早い呼吸を繰り返し、オレの腿の上ですっかりくつろいでみせる。
「あなた、犬は平気?」
「え? ええ……はい」
「なら、そのままでもよろしいかしら? この子、お客さんには自分を可愛がってほしがるのよ」
呆れた様子の担当医の言葉を裏付けるように、犬はオレの腹や腿に顔をこすり付け、小さな頭を傾げて見上げてくる。素直に可愛いと思う。忍犬と口寄せ契約をしているのもあって、犬は好きだ。毛を撫でてやると、ソファーのように指が沈み込み、柔い毛が手に心地よい感触を与える。
「それじゃあ、お話しましょうね」
テーブルを挟んだ向かいの椅子に、担当医は手ぶらで座った。こういう場では、患者とのやりとりを筆記で残すものなのではないだろうか。不思議ではあったが、オレがよく知らないだけで老婦のようなやり方もあるのかもしれないと思い、犬を撫でながら「はい」と返した。
『聞き取り調査』というのは確かだったようで、担当医は戦争が終わって今はどんな気分か、食事はきちんとできているか、眠りが浅いなどの症状はないかと、のんびりとした口調で訊ね続けた。
「食事はできています。眠りも、浅くはないと」
「そう。じゃあ、恐ろしい夢を見て、うなされて起きたりしていないかしら?」
リン。
目を見開いたリンが、真っ先に浮かぶ。
そして有りっ丈の怒りで、オレを睨むサホ。
「……いいえ」
いいえ。オレははっきり言った。嘘をついた。
ミナト先生から三代目へ頼んでもらってはいるが、必ず聞き入れられると決まったわけではない。この聞き取り調査の結果を重視するだろう。
なら、問題ないという結果を残さなければ、オレが望む通りにはならない。
「そう」
老婦は微笑んで、質問をいくつか繰り返したあと、「これで終わりよ」と言い、犬の名を呼んだ。犬はオレに可愛がられ満足したのか、オレが帰ると察したのか、すんなりと足から下りて、尻尾を揺らしながら担当医の下へと侍る。毛玉のような
聞き取り調査での嘘が功を奏したのか、ミナト先生が頑張ってくれたのか、オレの希望通り、任務の内容は今までとさほど変わりはない。今回は国境の監視だ。
終戦という区切りを迎えたことで、岩隠れらと争うことは表向きなくなった。それでも、ついこの間まで殺し合いをしていたわけで。折り合いをつけられる者もいれば、そうではない者もいるため、オレが隊長を務める小隊が国境付近に赴き、不審な動きをする忍の有無に目を光らせている。
この任務で一番厄介なのは、平和条約の破約を目論む他里ではなく、反発の意を示そうとする同胞――木ノ葉の忍だ。
結ばれた平和条約の条件に納得しない者は多い。三代目は、消耗戦になってしまったこの戦争に早く蹴りをつけたかった。時が過ぎる分だけ、多くの忍の血が流れ、死体が増える。これ以上の死人を増やしたくなかった三代目は、とにかく和解をと、岩隠れに対し賠償などの請求を一切行わなかった。
岩隠れに殺された忍は数多いる。オビトの上に落ちてしまった岩も、岩隠れの忍の術によるものだ。木ノ葉の忍の中には、火の国や木ノ葉の里への忠誠心より、岩隠れへの復讐心で戦場を駆けた者も少なくないだろう。
復讐を遂げることを制され、賠償責任すら追及できないと、不満の一言では済まない感情に支配された者たちが、平和条約など知ったことかと、他里に危害を加えることは、決してあってはならない。
木ノ葉の忍が他里を襲えば、他里が大手を振るって木ノ葉を糾弾する隙を与えることになる。たとえ相手が木ノ葉に報復せずとも、何らかの話し合いでそれを交渉の材料とし、木ノ葉に不利な条件を飲むことになるかもしれない。
やっと訪れた一応の平和を、本当の平和にするためにも、身の内に潜む問題因子は確実に潰しておく。そのために国境に派遣されたのが、オレたちだ。
監視を続ける中で、二人の男の中忍が不審な動きをしていると報告があった。該当の二人を捕えて問い詰めると、やはり彼らは無謀にも、二人で岩隠れの里を襲撃しようと企んでいた。
「お前らは、あいつらが許せるのかよ! 俺の同期はほとんど殺された! こいつの弟は、やっと中忍になったって、これで兄貴や親や、周りに恩返しができるって、そう言った次の日に殺されたんだぞ!」
身動きできないよう捕えられた男の一人が、取り囲むオレたちに噛みつくように叫んだ。弟が殺されたらしいもう一人の男は、ぐっと口を引き結んで、喉から飛び出してしまいそうな悲しみと怒りを堪え、全身はぶるぶると震えている。
三代目の強い意向で、幼い忍は前線には極力出さぬよう取り決められていたけれど、戦況が悪化すればそうは言っていられない。中忍になれば子どもでも立派な忍。ならば里のためにと、そうしてオビトやリンも死んでしまった。
「気持ちは分かる。だが、戦争はもう終わったんだ」
思うことは多々あった。彼らの一矢報いたいという感情は痛いほど分かっていた。だとしても、彼らの行動によって里が危機に陥ることは、オレにとってはあってはならないことだ。オビトの代わりに木ノ葉の里を守ると、そう決めたのだから。
教科書のように当たり障りない言葉で諭せば、男はオレに目を合わせ、
「お前、“あの”はたけカカシだろ?」
と、忌々しそうに鼻の頭に皺を作った。
「『仲間殺し』のお前なら、どれだけ仲間が死んだって、何とも思わねぇんだろ」
放たれた男の言葉に、小隊の仲間の反応はいくつかに分かれた。瞬時にオレの顔色を窺う者、気まずそうに男やオレから目を逸らす者。ほとんどがその二つで、「そんなわけないだろう」と反論してくれたのは、オレより十近くも年嵩の中忍の男性一人だけだ。
――仲間殺し。
平気なはずだった。何を言われようとも、受け止め飲みこもうと思っていた。
そのはずなのに、オレは動きを止めてしまった。
リンを、殺した。
あのときのリンが、頭の中で幾度も繰り返される。見開く目、震える口、細い肩、揺れる髪、地に背をつける体。
「隊長、指示を」
反論してくれた中忍の男性が促すが、どんな指示を出せばいいのかも分からなかった。何度呼びかけても言葉を失くして立ち尽くすオレに痺れを切らしたのか、中忍の男性が他の仲間へと指示を出し、企て者の二人を里へと送る手配を進める。
里の規則通りに、黙々と事を進める部下たちを、窓の向こうの風景のように見ていたオレへ、中忍の男性が歩み寄った。
「隊長。貴方は上忍で、隊長だ。十三の子どもだろうと関係ない。中忍である私たちは、上忍である隊長を敬い、付き従い、指示に沿う。ですが、あえて言わせてもらいます」
男性は垂れた目に吊った眉が特徴的で、優しくもあり鋭さもある容貌をしている。その垂れた目が細くなることで、今は鋭さだけが際立った。
よく通る低い声は一度止まったあと、肺に多めの空気を溜めてから続ける。
「貴方は、私たちの命を預かっている。貴方の行動、指示一つで、私たちの生死は決まる。『仲間殺し』などと
大人が子どもを嗜めるように、中忍の男性は上忍のオレに、隊長として不適格だとはっきり物申した。凍りついていた場の空気が、さらに張りつめたものになる。
オレは男性の言葉にも言い返せず口を閉じた。
「――無礼をしました。どうぞ、この任務が終わり次第、処分してください」
その実直さを形に表したように、男性はオレに深く頭を下げる。
「……いや。その通りだ」
オレは今、部下を率いている隊長だ。知恵を働かせ、情報の真偽を見定め、仲間を失うことなく任務を完遂させる義務を負っている。
だというのに、『仲間殺し』という言葉に動揺し、指示を待つ仲間を放って、部下に代わりを務めてもらい、ついにはその部下に叱責してもらわねばならないなんて。隊長の資格がないと言われても当然だろう。
ミナト先生に頼み込んで、どんな任務でもこなすと言っておきながら、こうして置物のように突っ立ってしまっては意味がない。ついてくる部下とて不安に駆られる。立場をもっと強く自覚すべきだ。
「ありがとうございました」
礼を言うと、男性は真一文字だった唇の口角を少し上げ、「隊長、指示を」とだけ返した。
任務の合間を縫って、オレはリンの墓や慰霊碑へ足を向けていた。
リンの墓にはいつも新しい花が供えられている。リンの家族や親しい人たちが、彼女を偲んで会いに来るのだろう。
対して、慰霊碑には花を供える者はあまりいなかった。場所柄もあるが、石碑に名が刻まれていても、彼らを偲ぶ者は、より身近な自宅の仏壇に向かう。
その慰霊碑の前に、花束が積まれる日が続いた。戦争が終わったと、各々報告に来ているのだろう。
賑やかな彩りの中に、つい見つけてしまうのは、赤とオレンジと白の花束。あの色の花束は、戦争が終わる前からも時々供えてあった。気軽に手を合わせられる仏壇も墓もないオビトのために、サホが手向けた花。
サホとは顔を合わせていない。合わせる顔がなくて、オレはサホを避けるように暮らしている。
どんな顔して、会えばいい。
オビトの目でリンを殺したオレが、サホにどう顔向けできる。
ガイたちが声をかけてきては、サホとの仲を取り持とうとしてくれているが、はっきり言って迷惑だ。
今のまま会って、どうする?
話し合いでもする?
それで解決できる?
――できるわけない。
サホにとって、オビトが全てだった。
オビトが愛したリンを守ることが、オビトの死に打ちひしがれていた彼女を支えていた。
それをオレが、この手で。
オレだったら、そんな奴に会いたいなんて思わない。
どうか、誰か、教えてほしい。
オレはこれからどうすればいいのだろう。
心から信じていた仲間は、信頼を裏切ったオレを恨んでしまった。
『仲間殺し』のオレは、リンの命だけでなくサホの心も殺した。
あの日から世界はずっと真っ暗だ。
あいつから貰った目に、平和な木ノ葉を見せてやりたかった。
リンが生きていて、サホが笑っている。そんな当たり前の世界をオビトに見せてやりたかった。
何も遂げられないオレは、どうしたらいいだろうか。
一体どうやって、死ねばいいのだろうか。