最果てまでワルツ | ナノ
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 少し考えさせてとカカシの耳元で乞うと、柔い檻はそっと外され、「分かった」とだけ返事があった。
 体は解放されたけれど、手は捕まって、「帰ろう」と引かれる。足にぐっと力を入れ、引っ張られる体を留めた。

「先に帰って。もうちょっと、ここに居たい」

 言うと、右目だけを覗かせるカカシは、黙ってわたしを見つめた。

「ちょっとだけ。気が済んだら、帰るよ」

 だから先に帰ってと、言葉にはしなかったけれどカカシに促すと、右目だけなのに不満がありありと伝わってきた。しばしの沈黙のあと、カカシはゆっくり手を放し、自身のボトムのポケットの中に突っ込んだ。

「風邪引くよ」
「分かってる」
「ろくな装備もないのに」
「分かってるってば」

 宵の森はしんと冷えている。防寒具もなく体を動かすこともなく、このままじっと座り続けていれば、カカシが言うように身を震わせ風邪を引いてもおかしくはない。
 心配するカカシを説得するように、わたしは意識して口角を上げた。大丈夫だよと。なのにカカシの目は細くなって、深いため息まで吐いた。

「お前のその強情っ張り、どうにかならないの」
「そんなの、カカシが一番よく分かってるでしょ」
「ま、伊達に何年も恨まれてないしね」

 自ら恨まれていると、事もなげに言うカカシに、悲観めいたものはなかった。ただお互い事実を述べただけ。
 カカシはポケットから手を出し頭を掻いたあと、くるりと背を向けて歩き出す。満月がカカシの銀髪を光らせ、そしてそれも木々の中に溶けて消えた。
 一人残りたいと言ったのは、カカシと距離を取りたかったからだ。あのままカカシに手を取られ、共に同じマンションを目指すのは、リンのことを思うとできなかった。
 離れなければ、リンが。リンをまた、悲しませてしまうかもしれない。
 カカシはわたしのそんな考えを察しただろうか。勘が良くて頭が回る男だ。不満気だったのも、きっとそういうことだ。
 でも自分の気持ちを抑えて、わたしの意を尊重してくれた。その優しさは、やっぱり友達じゃなくて、なのだろうか。胸は、リンのことで痛み、カカシのことで締め付けられる。


 それからしばらく経ち、いい加減そろそろ帰らなくてはと、いつものところを後にした。
 マンションに着き、自分の部屋へと帰る。カカシは先に部屋に戻っているだろうか。今日はちゃんと部屋に帰っただろうか。
 明かりもつけずに、リビングのソファーに腰を下ろした。ソファーの向かいにはほとんどつけることのないテレビ。そして壁。
 あの壁の向こうに、今日はカカシが居る――と思う。全神経を総動員して耳を澄ませば、あいつの立てる寝息の一つでも聞こえるだろうか。
 リビングに置いている棚には、リンの貝殻の瓶と、わたしが拾った貝殻を入れた花瓶が並んでいる。海にはあれから行っていないから、わたしの花瓶の嵩は、リンのそれより低いまま。

 考えるって、わたしは何を考える気なんだ。

 いつものところでわざわざ残ったのに、答えどころか、考えることもできなかった。
 どんな理由があれば、カカシを愛していいと言えるのか。
 そんなこと、どうしたって『できない』に行きつく。
 リンの気持ちをないがしろにはできない。わたしばかりが満たされてはいけない。
 両手で顔を覆って、思いっきりソファーの背もたれに体を預ける。そのままズルズルと横に落ちて、リンのことを思った。



「サホ。サホ」

 目の前にリンが居る。菫色の化粧をして、穏やかに微笑んでいる。
 リンが喋っている。久しぶりだ。最近はずっと黙っていた。黙ってわたしを見ていた。睨んでいたかもしれない。

「サホ。どうしたの? 元気ないね」

 リンの口から、わたしを気遣う言葉が出てきた。首を傾げ、心配そうにわたしの顔を見る。
 元気、ないよ。元気なわけないよ。
 だって、リン、居ないんだもの。

「うん。ごめんね」

 目を少し伏せ、リンは謝った。本当に申し訳なさそうに。もしかしたら泣いているのかもしれない。
 リンが泣いている――すぐに、オビトが思い浮かんだ。『リンが泣いている』と夢に出ては何度も訴え、わたしを咎めた。
 リン。オビトは? 一緒に居るの? 今、ここに居るの?

「ううん。ここには居ないのよ。また遅刻してるみたい」

 腰に両手を当て、リンは困った顔で辺りを見回した。その様子が、わたしの記憶の中のリンそのままで、ああ、リンだな、リンが居るんだと、泣きたくなってきた。
 オビトってば、また遅刻してるの。どこに居るんだろうね。あの岩の下に埋まったままだから、ここに来られないのかな。だとしたら、早く出してあげないとね。
 ねえ、リン。あのね、リン、わたし、ひどい女なんだ。

「ひどい女? サホが? まさか。サホはとってもいい子じゃない」

 そんなことないよ。わたしはひどい女なんだよ。
 オビトのことが好きだったのに、あんなに恨んでいたカカシを、好きになっちゃったんだ。
 リンが好きだったカカシを、好きになっちゃった。

「そう。そうなの」

 変だよね。おかしいよね。よりによってカカシだよ。リンの好きな人を、好きになっちゃった。

「そんなことない。だってカカシは素敵だもの。好きにならないはずがないわ」

 そうかな。そうなのかもね。
 だけど、好きでいたくないの。
 だってリンが好きだった人だよ。
 リンは死んじゃって、海にも行けなくて、綺麗な晴れ着に袖を通せなくて、二十歳まで生きられなくて。
 なのにリンの好きだった人まで、わたしはリンから奪おうとしている。
 リンが大事なのに、わたしはリンを置き去りにしてしまう。

「サホ。私はカカシが好きよ」

 うん。

「それでね、サホも好き」

 ……うん。

「オビトも、ミナト先生も、みんな、好きよ」


 うん。うん。


「サホ。大好きよ」


「大好き。わたしたち、親友よ。ずっと仲良しよ」


「サホ」


「大好きよ」



 目覚める前から、泣いていることを自覚していた。どうにも最近は涙腺の締まりが悪い。スルスルと頬を流れて、ソファーへと染みていく。
 カーテンの端からまばゆい光が漏れている。満月は沈み、夜が明け、朝が来た。
 ゆっくり体を起こして、服の袖で目元を押さえた。ポンポンと何度も押し当て、ようやく手を下ろせば、うっすら明るい室内が目に入る。
 視線は呼びかけられたように、リビングの棚の、貝殻の瓶へと向く。ソファーから立ち上がり、貝殻の瓶のすぐ目の前に座った。低い位置に置いているから、そうするとちょうど目線の高さに合う。
 貝殻の瓶はきっちりと閉めてあって、リンの時間ごと、中に封じられている。だから一度も封を開けたことはなかった。リンの全てを取っておきたかった。

「わたしも。リンが、オビトが、大好き」

 言葉にしたら、また涙が溢れた。だけど悲しい涙じゃない。一つ雫を流すたびに、胸の辺りで燻ぶっていたものが散っていく。
 リンがわたしのことを好きと言ってくれた。わたしの親友。ずっと仲良し。
 貝殻の瓶と花瓶は、形は違えど寄り添うように並んでいる。いつかのリンとわたしのように。涙の雫一つ一つに、リンへの思いを込めた。



 身支度を整え向かった任務は、中忍を数人連れて、里外でのBランクの任務。中堅育成のため、主に中忍の彼らで考え行動してもらい、わたしは必要な場面での補助くらいだったので、ほとんど出番はなかった。

 任務が終わって里に戻ったのは、少し時間がかかって十日後のこと。多少の遅延はあるものの、全員怪我もなく、任務も漏れなく達成でき、満足な結果と共に帰還できた。
 里に着く頃にはもうすでに陽が沈んでいて、藍色に染まる空を見上げると、今日は雲が多かった。空をゆっくり駆けているだろう月も、あの夜のようにきれいには見えない。

「ただいまー……」

 誰も居ないと分かっている部屋に声をかけながら入り、照明をつける。慣れた一連の動作を終えて、すぐに湯船を洗い、お湯を張った。
 その間に、近くの弁当屋で買った弁当を食べる。疲れていて自炊する元気もないし、家をしばらく空けるからと、冷蔵庫にはろくな食材も残っていない。こういうときは、マンションの立地の良さを実感する。
 食べ終わる前にお湯張りが終わって、空になった弁当箱をキッチンに置いてから浴室に向かった。髪を洗い、体を洗って汚れをすべて落として、久々にじっくりと湯船に浸かると、十日間の疲れが、湯気と共に天井へと昇っていくようだ。
 風呂から上がって、肌の手入れをしてドライヤーで髪を乾かせば、さっぱりとした心地になる。
 まだ少し湿っている髪でソファーが濡れないよう、気をつけて腰を下ろした。

「はぁ……」

 やっと一息ついた。帰ってきてからずっとバタバタした。だけど帰ってすぐにこのソファーに腰を落ち着けてしまったら、食事も風呂も済ませずに寝てしまう。
 天井の照明を消し、部屋の隅に備えてある間接照明を点けると、疲れた目にはちょうどよい暗さになる。
 夕焼けよりも澄んだ光で部屋は照らされ、家具の影とのコントラストは、火を焚いて野営をしているのと少し似ている。どこを見るでもなく、ただボーっと、暗がりの中で前を向き続けた。
 頭の中では、明日の予定や、締め切りが迫っている書類、頼まれている雑務、飲み会の誘いの返事など、忙しなく浮かぶ。

――コン。

 軽い音がして、心臓が跳ねた。リビングに面した、掃き出し窓からだ。カーテンを引いているから見えないけれど、誰かが窓のガラスを叩いた音だ。
 不審者? 構えたけれど、窓の向こうからは、気配はあっても殺気は感じられない。明らかに害はないと示している。
 その気配に思い当たる者があって、カーテンを一気に横へと引いた。

「……玄関から来なよ」

 窓の向こうに立っていたのは、額当てを斜めにつけているカカシだ。
 鍵を開け、カラカラと窓を横にスライドさせると、サンダルを脱いだカカシが、了解も得ずに部屋へと上がる。

「居留守を使われそうで」

 そんなことはない――とは言えなかった。もしかしたら、まだ時間が欲しいと、訪ねて来られても無視したかもしれない。

「任務は?」
「さっき終わった」
「本当に?」
「ホント。そろそろ帰ってるかと思ったら、明かりがついてたから」

 カカシは物珍しそうにわたしの部屋を見回した。カカシがこの部屋に入ったのは、わたしが入居した日だけ。今はもうすっかりわたしの生活感に溢れていて、あんまりジロジロと見られたくはない。散らかっているわけではないけれど、任務もあって掃除の回数は多くないから、隅に埃が溜まっていたりするし。煌々と照らす天井の照明から、ぼんやり灯る間接照明に切り替えていたのが幸いだ。
 楽になりたいのか、断りもなく胸当てや手甲も外してローテーブルの近くの床に腰を下ろし、カカシはマスクも下ろした。あんなに頑なに口元を隠しているのに、随分とあっさり見せるものだ。焚き火に似た明かりでも、カカシの整った輪郭や口元だけでなく、一粒の星のような黒子も容易に捉えることができて、慣れないその顔からそっと目を外した。

「考えは終わった?」

 最後に額当てを外し、テーブルに肘を乗せて頬杖をつくカカシは、色違いの双眸でわたしに問う。少し迷ったあと、わたしはカカシの傍に座り直した。

「一応ね」

 嘘をついても仕方ないので、正直に頷く。カカシはわたしの出方を待っているのか、口を閉じて黙ったままだ。
 何から話そうか。カカシは何を訊きたいのだろう。
 色々ありすぎて、なかなか絞れない。ならば、わたしが言いたいことを言ってしまおう。

「あのあと、夢にリンが出てきたの」

 目を閉じて、夢の中で見たリンを思い出す。優しい声で、微笑みながらわたしに語りかけるリンだ。菫色の化粧、切り揃えた髪。あのときから、時が止まったままのリン。

「リンの夢は、最近ずっと見てた。オビトの夢も。夢の中でね、リンはいつも訊くの。『サホはカカシを好きじゃないよね。オビトが好きなんだよね』って」

 カカシは口を挟むことなく黙って聞いているので、わたしは自分のペースで静かに続ける。

「オビトはね、『リンが泣いてる』って、『守るって約束したのに、なんで泣かせるんだ』って、わたしに怒るの。それが、ずっと。ずっと、毎日、ほとんど、繰り返し。そういう夢しか見なかった」

 約一年。わたしは夢に悩まされ続けた。眠りにつくべき夜になると不安で、目を閉じるのが怖かった。やっと寝ついても夢の恐ろしさで何度も起こされた。『眠る数時間前に使えば心身が落ち着いて、少しは違うんじゃないか』とナギサが言うので買った、点している間接照明と共に朝を迎えることは珍しくなかった。
 時には吐いて、時には泣いて。夜中でも、真昼でも、この部屋でわたしはずっと二人に謝り続けた。
 周りがなんと言おうとカカシを許さなかったわたしだ。「許してくれ」などと乞うことすら許されない。ただ謝り続けるしかない。

「でも、あのあと。部屋に戻って、眠って見た夢の中で、リンがわたしに、『大好き』って言ってくれた」

 カカシを好きなのだと気づいた日から、夢の中のリンは黙ってわたしを見るだけで、オビトはわたしを責め続けるようになった。
 でもあの夜。いつものところでカカシに好きだと告げたあと、夢で会ったリンは、わたしを親友と言ってくれて、『大好き』と笑顔を見せてくれた。
 夢を見ることへの恐怖でずっと寝つきが悪かったのに、あの夢を見て以来、薬を飲まなくてもすんなり眠りにつけて、途中で起きることもなくなった。十日間の任務中も、睡眠不足に不安を覚えることもなく、中忍たちにも十分な指導ができていたと思う。本当に久しぶりに、わたしは快活な日々を送ることができた。

「夢だからね。わたしの、願望でしかないって思うけど」

 夢は深層心理の表れ。だから夢に出てくるリンは、わたしが作り出したリンに過ぎない。
 『こうだろう』と思って出てきたのが、わたしにカカシを好きかと問い続け、オビトが好きだよねと確かめ続けるリン。
 『こうあってほしい』と願って出てきたのが、わたしの親友として、大好きだと言ってくれるリン。
 わたしの想像の産物でしかないと分かっているけれど、優しい笑顔のリンに会えたのは本当に久しぶりだったから、単純に嬉しい。

「言ったでしょ。リンはサホを嫌ったりしない」

 カカシは以前と同じことを口にした。

「わたしも言ったじゃない。そんなの決めつけだって」

 わたしも似たようなことを返した。
 リンは情が深い子だから、簡単に人を嫌ったりしないという意見に、異論はまったくない。リンほどに優しい女の子をわたしは知らない。
 それでも、夢の中でわたしを大好きだと言ってくれたあのリンは本物じゃない。わたしが作り出した、『こうあってほしい』というリンだ。リンがわたしを嫌わないという証拠はどこにもない。

「もしリンが、やっぱりわたしを嫌うとしたら。リンを傷つけたわたしを、オビトも恨むとしたら。生きている今も、死んでからも、いくらでも償う」

 昔からいつも考えていた。死んだら、先に亡くなったリンやオビトに会えるかもしれないと。オビトのことやリンのことを、カカシとのことを考えると、時々逃げ出したくなった。
 そんな逃走願望が頭に過ぎるたび、わたしにはやるべきことがあるのだと自身で戒めた。償うことがたくさんあるのに、楽になろうと逃げるなんて卑怯だと。
 それに、仲間を守り、里を守り通した二人は、閻魔様の査定により天国行きに決まっている。オビトが大好きだったリンを守れず、よりによってリンの愛した人を好いてしまうわたしは、死んだとしても二人と同じ場所には行けないだろう。

「地獄に落とされたっていい。ううん。わたしみたいなのは、地獄に落ちるに決まってる」

 そんな罪深いわたしが行きつく先は、間違いなく地獄だ。リンもオビトも居ない、クシナ先生やミナト先生だって居ない、昏い昏い絶望ばかりが広がるところ。
 そこでずっと、『死』などという終わりのない場所で、わたしはリンやオビトへの罪を償うために、ただただ責苦を受けることになる。

「だから……」

 声は凍えているかのように震える。躊躇う気持ちと、とんでもない罪を犯すことへの恐怖が、わたしの首を締め上げようとする。
 こんなこと願ってはいけない。分かっているから口に出すのが怖い。けれど心を偽って生きることもできない。
 心臓が縛られて、うまく鼓動も鳴らせない感覚。細く細く、きゅっと狭められた喉が、なんとか逃げ出して音になる。

「だから、だから……」

 罰を受けます。償います。いくらでも。どんな痛みも苦しみも。
 地獄の業火に焼かれて、剣の山で串刺しにされて、身を裂かれて砕かれて、貫かれて切り刻まれて、何をしてくれても構わない。

 だからお願い。
 どうか、どうか。

 どうか今だけ、見逃してほしい。
 カカシを愛してしまうことを。
 リンの好きな人を好きになったわたしを。

 死んだらわたしは地獄に落ちるから。
 終わりのない苦痛を望むから。

 だから、どうか、どうか。
 生きている、今だけでいい。
 どうか、お願い。

「いいよ」

 かすれた声が耳を震わせる。カカシは床に片手をつき身を乗り出し、もう片方の手で、わたしの顎をすくい頬に触れる。
 左の赤い目はいつの間にか閉じられていて、右目だけが開いていた。
 やわい夕焼けに似た明かりで浮かび上がる夜色の目は、わたし以外を一切映さない。
 薄い唇が、言葉を紡ぐ。

「一緒に地獄に落ちよう」

 慈しむとは、きっとこのことだ。言葉から、声から、瞳から、手から。カカシからわたしに向けられる全ての根源は、愛おしさに満ちていた。
 カカシは、本当にいいのだろうか。共に地獄に落ちても構わないと言うのだろうか。憎んで恨んで身勝手に生きたわたしと、どこまでも一緒に居てくれると言うのだろうか。
 瞼がそっと下ろされ、上げられ、夜の瞳の星が、一度瞬く。
 この星は、ずっとわたしの傍にあった。陰ることはあっても、道を示し、見守ってくれる星だった。
 堪えきれない感情のままに、カカシの首に腕を回した。わたしの頬に触れていた手は、わたしの腰や背中に回り、力を込める。決して放さぬようにと、間に漂う空気すらも潰して追い出し、どこまでも一つになろうと求めた。

「カカシ……」

 一気に押し寄せる感情の波が恐ろしくて、縋るように名を呼んだ。これは現実だろうか。都合のいい夢ではないのか。ならば目が覚めたなら、全てなかったことになる。
 硬く厚みのある皮膚の下。髪の匂い。広い肩に、出っ張った喉仏。全部がわたしと違う。
 それでも、歳も産まれ育った里も、失う悲しみもやりきれない後悔も、形は多少違えどお互い同じものを持っていたのに、どうしてあんなに離れてしまったのだろう。

「ごめん……ごめんね……ずっと、ごめん……」

 伝えるべきだった数年分の『ごめん』をわたしが繰り返すと、カカシはわたしの背や頭を何度も撫でた。そのうち瞼の端から湧き上がるように、止められない『ごめん』と共に涙を流す。

 わたしたちはあの日から咎人だった。互いが互いの断罪者だった。許し難い罪を背負って生きていくため、互いを身を裂く刃にした。
 殺すためではなく、生きてほしくて傷つけた。わたしへの怒りや憎しみのために生きてくれればよかった。オビトやリンのために報いたかった。
 それなのに、地獄に引きずろうとしている。オビトが守った、リンが愛したカカシを。
 馬鹿なわたしは、たまらなく幸せになってしまった。許されないと分かってはいるけれど、この腕を放せない。この腕だけは。
 カカシがいいのなら。共に地獄に落ちたい。
 現世でも、地獄でも、最果てまで。わたしたちは[つが]いでいたい。
 肩越しに見える天井に、いつまでも沈まない、作られた小さな夕陽によって、抱き合うわたしたちの影が浮かぶ。いつかまた並んで歩けるはずと焦がれていた、夕焼けが照らしたあの道を思い出す。
 二人だけの夕暮れの中で、わたしたちは溶けあうように、やっと一つになれた。



55 最果てまでワルツ

20190309


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