最果てまでワルツ | ナノ
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 目を開けたら、自分の部屋――に似ているけれど、知らないデスクと椅子が目に入って、自分の部屋じゃないとすぐに気づいた。
 眠る前のことを思い出す。頬や目の周りが痒いのは、涙の跡を拭きもせずそのままだったからだろう。
 体を静かに反転させると、すぐ前にカカシの顔があった。悲鳴を上げそうになるのを何とか堪える。息が当たってカカシを刺激しないように、手で口を押さえた。それくらいに近い。

 やってしまった……!

――いや、やってない。やってはいないけれど、違う意味ではやらかしてしまった。
 昨日のことを順に振り返る。三代目から頼まれて、買い物をして、部屋に来て。それで、話していくうちに、わたしは自分で服を脱いで――

 そうだ、わたし、裸だ。

 全身に触れているのは、慣れた衣服ではない。少し動けば隙間から空気が入り込み寒さを感じるのは、薄めの掛け布だけを纏っているから。
 猛烈に恥ずかしい。なに、なにこの状況。裸で、カカシと一緒にベッドで寝ていたなんて。やってないけど、やってないけど、やってしまった。
 とりあえず、今は何時だろう。部屋は暗いけれど、完全に闇というわけじゃない。この部屋に時計の一つくらいはあるはずだ。そうだ、たしかヘッドボードの上に、置き時計があったような。
 身を起こして確認すると、その動きで目が覚めたのか、閉じられていたカカシの両目が開く。慌てて、掛け布を掴んでしっかりと身を隠すと、至近距離でカカシと目が合った。
 声の一つ上げることも躊躇われて、色違いの双眸を見つめ返すことしばらく。

「……おはよ」

 まだ完全に起きていないカカシは、眠たげな挨拶を告げる。囁きは、低い声故に聞き取りづらかったけれど、これだけ近いこともあって耳は零さず拾った。

「……おはよ」

 挨拶をされたら挨拶を返す。親にそう躾けられた。しかし、呑気に挨拶をしている場合じゃない。わたしは裸だし、今何時か分からない。今日は朝から任務が入っていたのに、寝過ごして遅刻なんて有り得ない。
 掛け布で肌を隠しながら、そこにあるだろう時計を探す。あった。時刻は――四時だ。この部屋を訪ねたときも夕方の四時を過ぎていた。あれから少ししか経っていないとは考えられない。

 ということは、これは朝の四時か、もしくは二十四時間経って次の日の夕方の四時か。

 窓の方を窺うべく、手を引っ込めて、もぞもぞと動いてカカシに背を向ける。カーテンの端からは、本当にわずかな光。これは朝方の四時だろう。二十四時間どころか、三十六時間も寝てしまった可能性もあるけれど、だったら任務があるのに、いつまでも現れないわたしやカカシを案じて探しにくるはずだ。だから、寝ていたのは十二時間。
 十二時間なんて、そんなに長時間寝るなんて久々だ。睡眠導入剤を使っても、夢を見る恐怖がどうにも邪魔をするのか、まとめて取れる睡眠はせいぜい三時間程度だった。
 だから頭はとてもスッキリしている。二度寝へと誘う眠気は一切ない。

 とりあえず、服、着よう。

 裸でカカシの横に居るのはまずい。何がと言われたら困るけど、まずい。
 掛け布が肌から落ちないように片手でしっかりと留めて、片肘をついて半身を起こした。足をベッドから下ろし、座る形を取って、床に落ちている自分の服を見る。畳まれもせず、脱いでそのままの下着が生々しい。何もしていないのに、何かしてしまった気にさせる。服と共に転がっているリンゴが、早く拾ってくれと訴えているように見えた。
 座ったまま下着に足を通すのはなかなか大変だ。肩からかけている掛け布を落とさないように、慎重にいかないと。
 次は上だ。掛け布を深くかけ直し、胸に添えて紐に腕を通し、後ろ手で留め具をつけていると、背後から伸びてきた両腕が腹の前で交差した。背中と腰の真ん中辺りが熱い。掛け布とはいえ薄いので、カカシの息は隙間を抜けて肌に当たって、そこだけがやけに熱くなる。

「行くの?」

 留め具に手をかけたまま止まったわたしに、カカシは鼻をこすりつけながら訊ねた。掛け布越しに当たる骨の感触は、肌をくすぐって首裏辺りをゾワゾワさせる。

「……任務、あるし」
「……そ」

 答えると、短い返事。短すぎて、感情が読み取れない。
 気を取り直して留め具をつけ終え、シャツを取ろうと手を伸ばすけれど、カカシの両腕が腹に食い込んであと少しが届かない。

「……あんたも任務があるんじゃないの?」

 チャクラ切れから回復して、今日からまた任務だと聞いている。何時から、何の任務かまでは知らないけれど、もし朝からなら、起きて早めに準備をしたらいい。

「うん」

 カカシは頷きつつ、腰に当てていた鼻や唇をつけたまま、背中を伝って上がる。わたしの首元へ着くと、そこに落ち着いた。後ろ全部にカカシを感じる。腹に回っている腕は、ぎゅうぎゅうとわたしを縛る。

「放して」
「うん」

 『うん』と返しつつも、まるで放す気配がない。背中は温かいけれど、下着だけしかつけていない胸や腹は、掛け布で上手く隠せないから寒い。
 ヘッドボードの時計を見たら、さきほどより時間は進んでいる。こんなやりとりをしている間にも、時間は待ってくれない。任務までまだ時間はあるとは言え、部屋に戻ってシャワーも浴びたいし、朝食用に買った果物を食べないといけない。あと、ゴミ出しだってある。
 本音を言えば、離れがたい気持ちはあった。太い腕と、厚い胸板で、なんだかか弱い女になって、カカシに守られている気がして心地いい。

 だけど、それはそれ。

 わたしは上忍だ。成人もした。一時の甘い感情に身を任せてはいけない。
 カカシの手を取って、引いて、腹から外す。やっと届いたシャツを引き寄せ、前後を確認してから腕や頭を通す。次はボトムス。足を突っ込んで、腿まで上げたら、立ち上がると同時に引っ張り上げた。隠すという役目を遂げた掛け布は体から剥がれる。

「任務、終わるのいつ?」

 落ちている装備品を一つずつ手に取っていくと、カカシから声がかかった。目だけそちらを向けると、わたしが放った掛け布を腹まで引いて横になり、頬杖をついてわたしを見上げている。
 カカシは裸だったわたしと違い、楽な格好をしているけれど服を着ている。ただ、額当てやマスクはない。口元の黒子が目立つ顔を全てを晒している、無防備さに驚きつつも、頭の中のスケジュール帳を引きずり出した。

「特に問題が起きなければ……夕方前には終わると思うけど」

 問題があったらそれが解決するまで任務は終わらない。まあ、いまだにBランクの任務を命じられているから、そんなことはほぼ起きないだろう。

「オレは少し遅くなると思うから、部屋で待ってて」
「は?」

 思いがけないことを言われて、留め金に気をつけなきゃと、袖箭に慎重に伸ばしていた手が止まる。

「三代目からオレの部屋の鍵、預かってるんでしょ? それで開けて、中で待ってて」
「……いや、鍵は返すし……」
「いいんじゃない、別に。一日くらい。サホだし」

 わたしだから、なんだと言うのだ。わたしだったら、返却が一日くらい遅れてもいいと? そんなわけにはいかない。あくまで鍵は、カカシへ巻物を届けるために渡されたのだから、用が終われば速やかに返却するのが道理だろう。

「待ってて」

 体を起こしたカカシが、わたしを真っ直ぐに見つめる。色違いの双眸は、わたしだけを見ていた。



 Bランクの任務は予定時刻で無事完遂し、報告書も提出し終わった。しっかりと睡眠が取れたおかげで、いつも以上に頭の回転も体の動きもスムーズだった。
 任務が終わってしまった。さあ、どうしよう。
 鍵はまだ返していない。朝一で返せばよかったが、生憎と三代目の都合で面会できなかった。今日は特に忙しいらしく、火急の用ではないので無理にお会いするのも憚られる。三代目から直接受け取ったものだし、人の家の鍵というのもあって、誰かに預けて返すのは恐ろしいしと、結局まだポーチの中にある。
 カカシは部屋で待っていてほしいと言ったけれど、一体何のために? 何か話しでもするというのだろう。
――というか、昨日、わたしたちは何を話しただろうか? 直接的な言葉にはしていないけれど、わたしの気持ちが、オビトからカカシに向いてしまったことは伝わっただろう。ああ、なんで言っちゃったんだろう。
 だからもし話をするとなったなら、それに違いない。カカシはあのとき、『オレと生きて』と言った。それは、どういう意味を含んでいるのだろう。同期の仲間として? 以前みたいな、戦友として? それとも――

「まさか、そんな」

 カカシが? わたしを? まさか。だってわたしは、カカシを恨んだ。カカシを傷つけた。そんなわたしをカカシが好き? まさか。カカシって、女の趣味が悪いのだろうか。
 そうだよ。カカシはわたし以外の他の女性を、とっかえひっかえしてたんだ。だからわたしを好きなわけがない。好きだったら、どうして他の人と付き合うの?

 じゃあ、何よ。

 結局、わたしの気持ちは、また相手には届かない。そんな話をするために、あの部屋で悠長に待っていろと言うのか。
 だけど、どこかでちゃんと話をして、区切りを付けなければいけないのも分かっている。
 あの部屋に向かうか、やめるか。
 受付所を後にし、里を歩き、マンションへ着いた。自分の部屋がある廊下を進んで、見慣れたドアの前で足を止める。
 手には二つの鍵。使い慣れた自分の部屋の鍵と、三代目から預かった角部屋の鍵。
 どちらを使って、どのドアを開けるべきなのだろう。
 わたしはしばらく廊下で立ち尽くし、悩んで、悩んで。それからやっと、手を動かした。



 今夜はいい天気だ。星が光っていて、満月が淡い光を放っている。どこかへ忍び入るには都合が悪いけれど、何の光源も備えていないこの場で、真上から注ぐ柔い光は数少ない頼りだ。
 座っていた岩は、ずっと昔からよく腰を下ろしていた馴染みのある椅子だ。ただ、あの頃よりわたしの体は大きくなって、岩が小さくなった気がする。
 暗い森の中。いくつかの木には、簡易的な的が彫られていて、手裏剣やクナイが刺さった跡が見える。踏みしめられた地面は草が剥げ、何かが燃えた跡も残っている。
 いつものところ。アカデミー生の頃に、何度も足を運んだ、わたしたちが修業を重ねた場所。わたしたちの後は別の誰かが使っていて、その子たちの後にも違う子たちが使い続けている。
 思い出の地にそよぐ風は気持ちいい。目を閉じれば、葉擦れの音が際立って、わたしの頭の中をざわざわと掻き混ぜていく。

「――部屋で待っててって言ったのに」

 不機嫌な声と共に、わたしのすぐ前に現れる気配。目を開ければ、額当てにマスクという、普段と変わりないカカシが立っていた。わたしはあの素顔を見たんだよなぁ。黒子があって、やたら整った顔を。

「待つとは言ってない」

 カカシが一方的に、わたしに待っていろと言っただけで、わたしは了承した覚えはない。

「……『待ってる』って言ったくせに」

 不貞腐れたような物言いが、やけに子どもっぽく見える。もしかしたらわたしは、本当にカカシと約束しただろうかと記憶を探ってみたけれど、やっぱり『待つ』と返事をしてはいない。

「だから、言ってない」
「いいや、言ったね。お前がアカデミー生の頃に、『いつも待ってる』って」

 覚えのない話だ――と思ったのは一瞬で、カカシの言葉の一つ一つがヒントになって、ずっと昔の記憶が掘り起こされた。カカシのお父さんに手を合わせに行った帰りだ。カカシを、みんなと一緒にいつものところで待っているからと言った。言った。たしかに言った。
 てっきり、カカシはあんなやりとり、覚えていないと思った。わたしだって、久しぶりに記憶の引き出しから取り出したくらい、奥に押し込めていた。
 大体、あのやりとりのあと、カカシは一度もここに顔を出さなかった。道端で会ったりはしたけれど、わたしたちが待っているいつものところには来なかった。
 それなのに今更、そんな昔のこと。
 そもそも、今回のことと、そのときのことは全然関係ない。屁理屈だ。この男は、まったく関係ない話を持ち出して押し通そうとしている。

「……なら、ここでもいいでしょ。あのときのわたしは、『ここで』待ってるって言ったんだから」

 地面を指差して『ここ』を強調すると、カカシは苛立ったように眉間に皺を刻んだ。

「だからオレは、ちゃんと『部屋で』って言ったじゃない」
「部屋で話してたら、そのまま変なことになりそう」
「変なことをしてほしいって言ったのはそっちだけどね」

 指摘されて、顔がカッと熱くなる。昨日の自分の行動は、はっきり言って二度と思いだしたくない。自分から脱いで、カカシにあんな、あんな台詞を吐いたなんて。今すぐ自分とカカシの脳内から、あのときの記憶を削除したくてたまらない。

「ああ言えばこう言う」
「お互い様」

 本当に。まったくだ。お互い可愛げもないし、子どもだ。成人したはずなのに、アカデミーに通う子らと変わりないほど大人げない。
 カカシはポケットに手を突っ込んだまま、岩の上で座るわたしに向き合い続ける。夜色の瞳がわたしだけを見ている。
 何を考えているのだろう。カカシの考えていることは、昔からよく分からない。かといって、感情を何でも隠すのが上手なわけじゃない。寂しさや悲しみや怒りは、いつも感じ取れた。

「オレのこと好きなの?」

 何の脈絡もなく、カカシは不躾に訊ねてくる。もっと、うまい言葉選びはできなかったのだろうか。

「……直球で訊くのやめてくれない?」
「回り道しすぎてるんだよ、オレたちは」

 ため息をつくカカシの言うとおりだ。わたしたちは近くに居ながら、心はとても遠くに置いていた。わたしはオビトの目ばかりでカカシ自身を見ていなかったし、カカシもまた、わたしを見ないようにしていたのだろう。
 カカシのことが好きか。
 今でも、オビトの目でリンを死なせてしまったことは許せない。リンを最後まで守ってほしかった。
 だけど、リンのことを悔やみずっと自分を責めているなら、わたしにオビトの目を見せるたびに何かに苦しんでいるとしたら、いい加減解放してあげたいと考える程度には、カカシの心に添いたいと思っている。

 カカシが知らない女性と付き合って体を重ねていることも。

 オビトの左目がリン以外の女性を見ることも。

 カカシの右目がわたし以外を見ることも。

 憎いし、腹が立つし、許せないし、悲しいし、絶望するし、嫌い。

 だけど――


「好きよ」

 それら全てをひっくるめて、カカシが好きだ。きれいな感情だけじゃない。ドロドロして、とても好意とは結びつかないものの方が、この胸を多く満たしている。
 湧き上がる感情の行方は、全てカカシへ向いている。それが答えだ。
 オビトへは気持ちを伝えることができなかった。あの日、勇気を出していればと、後悔した数は百では済まない。
 『また今度』は必ず来るとは限らない。心を裂かれるほどに思い知っている。
 ならば伝えるべきだ。恥ずかしいだの、今更だの、カカシの気持ちがどうこうだの、関係ない。
 あのときのような後悔を繰り返さないために、自分のために伝えなければ。
 訊ねたカカシは、正直に答えたわたしを、ただ右目で射貫き続ける。返事どころか、反応もない。

 カカシの気持ちは、わたしとは違う。

 愛憎混じりの想いを寄せるわたしのように、カカシはわたしを想ってはいない。友人や、それに近い感情しかないのだろう。

「ごめん」

 咄嗟に出てきた言葉は、いつも肝心なときには言えなかった謝罪で、カカシは右目を大きく開いた。

「どうして謝るの」
「……今まで散々、憎いだの、恨むだの、言ってたくせに」

 許さないと恨んだ相手を好きになるなんて滑稽だ。
 どうして憎んだ? 好きだったオビトのために憎んだ。リンを好きだったオビトのため。左目だけ残したオビトのため。
 好きだったのはオビトなのに、それがどうして、憎むべきカカシにすり替ってしまったのか。
 自分を恨んでいた相手が、まさか自分を好きになっているなんて、カカシだって困惑するしかない。

「言ったでしょ。オレを今日まで生かしてくれたのはサホだ」

 カカシがわたしの方へ、一歩身を寄せる。岩に腰を下ろすわたしとカカシの目線は、立って向かい合っているときとさほど変わらない。頭が少し上にあるので、近くなればなるほど、視線は自然と上向きになる。銀色の髪は月の弱い光でもきらめいて、夜の森の深い緑と黒に一際映えた。

「サホが死ぬなと言ったから、オレは死ねないと思った。それがたとえ恨みでも、死ぬより苦しい現実を突きつけたかったんだとしても、オレはオレが生きる目的を忘れずにいられた。恨んでくれたから、生きていいと思えたんだ」

 確かに、カカシを生かさなければと思い、死ぬなと強要したが、思った以上に都合よく解釈してくれたものだ。
 わたしは、一方的な恨みや憎しみを向けるわたしに、カカシもまた怒りを覚え、恨み返してくれれば、自分がそうだったように生きようと思ってくれるだろうと、そう考えてはいた。
 なのに、わたしの恨みがカカシを生かした? わたしに恨まれることで、カカシは生きようと思った?
 変なの。変なの。変だよ、カカシ。
 ばかだね。カカシって、頭良いのに、すごいのに、ばかだね。
 フッと、口から笑みが漏れた。だって、カカシ、ばかなんだもん。

「ばかみたい……」

 おかしくって、つい笑ってしまうと、カカシが少しだけ眉尻を下げた。

「恨まれるのもいいけどさ」

 カカシの右手が伸びて、わたしの頬に触れる。親指で、何度も肌をこする。

「愛してるから死ぬなと言ってくれるなら、もっといいなと思うよ」

 言ったカカシの右目は、穏やかにわたしを捉えている。
 カカシは、わたしに愛してほしいのだろうか。まあ、恨まれるよりはそっちの方がいいだろう。
 愛して、いいのだろうか。カカシを。

「だめ」

 答えが出るより早く、言葉は突いて出た。
 できない。わたしはカカシを愛してはいけない。愛する資格などない。

「どうして」

 手のひら全部で、わたしの頬を包む。低い声と共に、指先が耳をそっと食んでくる。

「だって、だってリンは、リンはカカシのこと……」
「……リン、ね」

 カカシの口から出た『リン』に、ざわりと胸がうずく。一度名を呼んだだけなのに、幼い頃に向けたように、リンに対する嫉妬心が湧いてきてしまう。
 寂しげに伏せられた瞼の動きで、リンが自分を好いていたということを、カカシは知っているのだと気づいた。オビトがリンを好きだとも知っていたカカシとしては、一体どんな気分で、あの三人と班を組んでいたのだろうか。ただ一方通行の想いに悩むわたしより、ずっと気に病むところがあったかもしれない。

「リンは死んでしまったのに、わたしだけが、オビトのことを思い出にして、よりによってカカシを……」

 リンと約束した海には、結局わたしだけが行ってしまった。
 菫色の化粧をしていたのに、リンは二十歳になれず、わたしだけが大人になった。
 なのにリンの好きだったカカシを愛してしまうなんて、そんなこと。

「サホ。リンは、そんなことでお前を嫌う子じゃない」

 優しく説くようにカカシが言う。わたしはゆるく頭を振った。

「そんなの、分からないじゃない。ただの決めつけよ」

 リンの気持ちはリンのものだ。死んでしまった今、リンに直接訊ねることなどできない。

「ああ、そうだな。どれだけきれいに言い繕ってみせても、リンの本音なんて、もう二度と確かめることはできない」

 わたしたちにリンの本心なんて分かるわけがないと言い返すと、カカシはあっさりと認めた。

「なら、全部オレにちょうだいよ。お前の後悔も、気がかりも、罪だと恐れることも、オレが全部背負うから。だからオレの傍に居て」

 頬に添えられていた手が、わたしの首の後ろへと回る。グッと身を引かれて、そのままカカシと、互いの肩に顔を埋めるように寄せ合った。

「誰も守れなかった。オビトも、リンも、ミナト先生も、クシナ先生も、みんな。オレは守れなかった。だからせめてお前だけは、最後まで守らせてよ」

 温かい熱が触れる。跳ねた髪の毛先を分けて、首筋からカカシの生きている温度が伝わってくる。
 生きている。カカシもわたしも、生きている。わたしたちは生きてしまっている。
 どうして。
 どうして、わたしたちだけが、生きてしまったの。



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