最果てまでワルツ | ナノ
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 わたしたち三人で次の中忍試験を受けると決めてから、クシナ班とミナト班の合同修業の回数はずっと多くなった。
 とは言っても、中忍になった三人は、個人で小隊に招集されたりすることもあるし、上忍師の先生たちもAランクやSランクの任務を命じられることもある。もちろん、それぞれの班での任務もある。
 なので班での合同修業と言うより、わたしとオビトとリンが集まって修業している場に、先生や中忍の仲間たちが顔を出す、という方が正しい。



「――そこまで。勝者、カカシ」

 ミナト先生の声が響き、はたけくんは、地面に手や腰を付けているわたしに突きつけていた刀を収め、代わりに手を差し出してくれた。厚意に素直に甘え、右手を重ねると、掴まれたと同時にグッと引っ張り上げられる。

「和解の印を」

 促され、そのままわたしたちは和解の印を結ぶ。はたけくんの指先と、わたしの指先の熱が交わって、この熱さはどちらのものともつかなくなる。

「十五勝」
「十五敗」

 はたけくんが言い、わたしも返し、そして手は離れ、がっくりと肩を落とした。

「今日こそは勝てると思ったのに……」
「当分無理だね」

 はたけくんが腕を組んでキッパリ言い切る。わたしも内心、はたけくんに同意しているので、反論するつもりは一切なかった。
 前回の中忍試験で、わたしには決定的な攻撃手段が不足していることを改めて感じたので、クシナ先生やナギサに体術を鍛えてもらっている。さらに、ミナト班と一緒に修業ができる日は、こうしてはたけくんとも忍組手を取るようになった。
 今までの戦歴は、十五戦、十五敗。一度も勝てたことがない。まあ、相手がはたけくんなら納得なのだけれど。
 だけど、自分より圧倒的に強い相手と組手を取ることが大事なのだ。勝てなくても、戦うことで得ることはたくさんある。

「落ち込むことはないよ。サホも強くなった」

 ミナト先生が、わたしが落ち込んだと思い声をかけてくれた。そこまで落ち込んでいたわけではないけれど、その優しさは単純に嬉しかったので、少し沈んでいた心はフッと浮上する。

「確かに一度も勝てていないけれど、だんだんとカカシが勝つまでに時間がかかるようになってる。つまり、それだけカカシに対して抵抗できている、ってことだよ」

 そういえば、そうかもしれない。前はもっと早くに、全身を地につけて息切れを起こしていたけれど、今はまだ余力も残っていたし、はたけくんがわたしの結界術に捕まって動きが取れないときもあった。

「それに、教えた風遁の術もタイミングよく使えるようになっている。いいと思うよ」

 にっこり微笑みながら、ミナト先生が褒めてくれる。ミナト先生には風遁の術を色々と教わっているので、余計に嬉しい。

「じゃあ次は秒殺だね」

 わたしの横を通り過ぎながら、はたけくんがわたしに宣言する。本気だ。絶対本気だ。はたけくんは、実は結構負けず嫌いらしい。
 はたけくんの言葉に恐ろしさを覚えていると、ミナト先生が苦笑しながら、

「大丈夫。きっと一分は持つよ」

などと言ってくれているが、あまりフォローになっていないと思う。
 次はヨシヒトとオビトが忍組手を行う。始まる前から、オビトはヨシヒトに向けて苦い表情を向けていて、ヨシヒトはどこか楽しそうだ。きっとまた、きつい幻術をかける気でいるのだろう。
 近くでリンがナギサに医療忍術を習っているのか、何やら植木鉢に手をかざしている。近寄ってみると、ほとんど枯れているに近い花が植えられていて、医療忍術でその花を元気にしようとしているようだ。

「お疲れ」
「ありがとう。負けちゃったけど」
「組手は勝ち負けの問題じゃねぇよ。あのカカシ相手にまともに組手がとれるようになっただけでも、随分成長しただろ」

 ナギサも、ミナト先生と似たような言葉をくれて、改めて「そうなのかな」と自分を振り返ってみた。
 最初に組手をしたときは、もうはたけくんが怖くて仕方なかった。殺気が違う。あ、これは無理だと、すぐに悟った。
 回数を重ねていく内に、はたけくんの殺気にも慣れて、動きも何とか目で追えるくらいにはなった。ボロボロになりながらも、結界術で初めてはたけくんの動きを止めたときはすごく嬉しかった。
 思えば、「はたけくんには敵わない」という意識に凝り固まっていたのに、いつの間にか「今日こそは」と、負ける前提で挑むことはなくなっている。そういう意味では、精神面でも、はたけくんには大分鍛えられている。

「サホ、少し休んだら封印術の方をやりましょう」
「はい」

 少し離れた場所から、クシナ先生に声をかけられた。今日は偶然にも、クシナ班もミナト班も全員揃っている。みんな下忍だったときは当たり前だったのに、今となっては貴重な勢揃いの日だ。
 返事をしながら、リンとナギサの傍を離れる。集中しているリンの邪魔になってはいけない。代わりに先生へと歩を進めると、先生は巻物を広げていて、それに目を落としながらブツブツと呟いていた。

「うん……ま、こんなものかしらね」

 ふう、と息をついたあと、クシナ先生は巻物をするすると巻き直し、腰のポーチに仕舞い込んだ。

「カカシに勝つまで、もうちょっとね」
「いえ、まだまだですよ。次は秒殺するつもりみたいですから……」
「あらら」

 苦笑するわたしに、先生は目を丸くする。

「だったら、秒殺されなかったら、それこそサホの勝ちじゃない」
「え……そうですか?」
「試合に負けて勝負に勝つ、ってやつだってばね」

 得意気に胸を張って、クシナ先生が言った。なるほど、そうかもしれない。今度の組手は、最後は負けることになっても、秒殺されないように頑張ろう。なるべく粘ると言うのも大事だ。粘っている間に、仲間を逃がすこともできるし、増援を待つこともできる。無理に勝とうとするのではなく、引き伸ばすというのも、戦う上で大事な戦略の一つだ。

「あ、そうだわ。ね、サホ、ちょっと」

 クシナ先生が、おいでおいでとわたしを手招く。座っている先生の横で腰を屈めると、先生が「実はね」と小さな声で切り出した。

「私とミナト、昨日、結婚したんだってばね」
「え――」
「しぃー!」

 驚いて大きな声を上げそうになって、それを察したクシナ先生が、手でわたしの口を押さえた。柔らかい皮膚と、硬いタコの感触に、わたしは目を瞬かせた。

「え……ミナト先生と……結婚?」
「うん。まあ、色々と事情があるから、姓は『うずまき』のままだけどね。ミナトと結婚したということ自体も、公表できないの」

 じゃあ、クシナ先生は変わらず、『うずまきクシナ』先生なのか。結婚したら必ず姓が変わると思っていたけれど、そういうことでもないらしい。そもそも、結婚した事実を公表できないというのが、なかなか込み入った事情があることが窺える。
 一見すると、クシナ先生は何も変わっていない。姓名も、見た目も、性格や喋り方や癖だって。
 だけどこの人は、ミナト先生の奥さんだ。ミナト先生はクシナ先生の夫で、二人は夫婦だ。

「お、おめでとうございます……」
「ありがとう」

 戸惑いつつもお祝いの言葉を口にすると、クシナ先生は照れつつも、しっかり受け取って笑みを浮かべた。頬は髪の赤に負けないくらい染まっている。結婚した女性だと意識すると、もう『近所のお姉さん』ではなく、『大人の女性』にしか見えなくなった。

「あの、祝言はいつ挙げられるんですか?」
「ミナトとも話したんだけど、今は戦争の真っ最中だし、その辺もやっぱり事情があるから、やらないことのしたの」
「そうなんですか……クシナ先生の花嫁姿、見たかったです」
「ふふ。写真だけは一応、撮っててね。できあがったら、見せてあげるわ」

 クシナ先生は美人だし、花嫁姿は絶対にきれいだ。ミナト先生も整った顔立ちをしているから、二人並んで写っている写真は、それはもう素敵だろう。仕上がったそれを見るのが楽しみだ。

「関係者の一部以外には、まだ伝えていないの。だからしばらく秘密にしておいて」
「それも、事情があるからですか?」
「そうね」

 クシナ先生の『事情』はいまだに知らない。気にはなるけれど、わたしたちが知ってはいけないのだろう。誰にだって、言えないことはある。先生がいい先生だという事実に揺らぎはないのだから、それでいいのだと思う。

「サホは私の、可愛い生徒で、恋する乙女の同志で、妹分だからね。教えておきたかったってばね」

 特別よ、と、クシナ先生がわたしにだけそっと打ち明けてくれた。可愛い生徒で、妹分だから。胸が温かくなって、口元がくすぐったい。『大人の女性』にしか見えなかった先生が、また『近所のお姉さん』に戻って、それが妙に嬉しくてたまらなかった。

「じゃあ、これであとは、ミナト先生が火影になったら、クシナ先生の夢が叶いますね」

 二人でこっそり打ち明けた、わたしとクシナ先生の夢。好きな人が火影を目指していて、その人を支えるお嫁さんになる。子どもっぽくて、少々乙女チックだけど、少なくともわたしにとっては、長年の夢だ。

「私の夢が叶ったなら、今度はサホの番ね」

 先生に言われて、ドキッとした。チラッとオビトの方を見やると、幻術にかからないようにとヨシヒトから距離を取っている。遠目からでも分かる真剣な横顔に、否応がなしに胸がドキドキする。

「はい……でも今は、中忍試験の方が大事ですから」

 わたしが直近で抱えている大きな課題は、オビトとリンと三人で中忍試験を受け、昇格することだ。だから今、この恋を進めるのはよくない。オビトに告白しても、今はフラれるに決まっている。そうしたら、せっかく連携が取れている今のチームがだめになってしまう。オビトを意識すれば、自然とリンも意識して、リンとも親友でいられなくなるかもしれない。
 全てが終わったら、そのときは――頑張ってみようかな。ううん。まだ無理かも。考えただけで緊張して、お腹が痛くなっちゃう。

「そう。サホはしっかりしてるわね」
「そうですか? 自分では、結構うっかりしてるところもあるなぁって思いますけど……」
「心なんて、割り切ろうと思って割り切れるものじゃないわ」

 クシナ先生の手がわたしの背中を通って肩に回り、グッと互いの体を寄せる。

「つらくなったら、いつでもお姉ちゃんに頼ってきなさいってばね」

 その微笑みに、今すぐ頼りたくなった。先生、オビトは親友のリンが好きで、だから余計につらいんですと、うっかり言ってしまいそうだ。
 だけど先生が、わたしを『しっかりしている』と言ってくれたから、そうあるべきだと理性が働いて「ありがとうございます」と当たり障りない返事をした。



 今日の修業の先生はミナト先生だけで、クシナ先生と、中忍のはたけくんとヨシヒトは任務を命じられて里を出ている。
 オビトは手裏剣とクナイの練習、リンはナギサに体術を教わって、わたしはミナト先生に風遁の術を教えて頂いている。

「雲雀の数も速さも格段に上がっているね。うまくチャクラを練れている証拠だ」

 風遁の一つ、雲雀[ひばり]東風[こち]の術を使ってみせると、ミナト先生がそう言ってくださった。大気を集めて鳥の雲雀を作る雲雀東風は、アカデミー生のわたしでも使えていたくらいの初級忍術だけど、使い手次第では雲雀の数、大きさ、スピードも変わる。
 昔は五匹くらいしか出せなかったけれど、今ではその十倍の五十匹はいけるし、スピードも昔よりずっと速く飛ばせる。印の数も少なく、発動もしやすいとあって、わたしがよく使用する風遁の一つ。

「だけど、上忍なら、百の雲雀を出せると聞いてますから、まだまだですよね」
「まあ、上を見たらキリがないさ」

 小さい頃から使っていて、それでようやく五十。上忍レベルの目安が百だとしたら、そこまでの数の雲雀を出すには、まだあと数年はかかるかもしれない。

「先生だったらいくつ出せますか?」
「そうだね……限界を試したことがないから分からないけれど、二百、三百はいけるかな」
「にひゃく……さんびゃく……」

 まさに、『上を見たらキリがない』の『キリ』の人だ。上忍の中でも、ミナト先生は特に秀でた上忍であるというのはうすうす察していたけれど、まさかそこまでとは。次の火影候補と言われるだけある。

「あっ……そういえば」
「ん?」

 火影候補、というところで、クシナ先生とミナト先生がすでに結婚していることを思いだした。オビトたちが自分たちの修業に集中しているのを確認したあと、ミナト先生の傍に寄って、かかとを上げて背伸びをする。ミナト先生は背が高いから、内緒話をするのも一苦労だ。その苦労を察してくれたのか、先生が少し腰をかがめて、頭を低くしてくれる。

「あの……クシナ先生とのご結婚、おめでとうございます」
「えっ……」

 手で壁を作って小さな声で伝えると、ミナト先生は驚いた声を上げて、目をパチパチとさせた。

「クシナ先生から聞きました。秘密にしておいてほしいと言われているので、誰にも言ってません」
「ああ、そうだったんだ。そっか。クシナもサホのことを、妹みたいだって言っていたから、話しておきたかったんだろうね」

 クシナ先生、ミナト先生にも、わたしのことをそんな風に言ってくれていたんだ。クシナ先生本人から「妹分」と言われたときも嬉しかったけれど、他の人伝手にこうやって知るのは、また違う嬉しさがあった。

「ありがとう」

 にこっと微笑んだミナト先生は、少し照れ臭そうだ。そこもクシナ先生と似ていて、なんだか夫婦になったばかりなのに、二人はもうすっかり似た者夫婦なのだと思うと、わたしも自然と笑ってしまう。

「みんなには、いつ教えるんですか?」
「うーん。もう少しかな。色々あってね」

 屈めていた体を伸ばしながら、ミナト先生もやはり『色々』と言葉を濁す。結婚っていうのは、一つの大きな区切りだとか、節目だとか、そういうものらしいから、子どものわたしには分からない難しい問題があるのだろう。二人が結婚して幸せなら、それでいい。
 結婚したからには、そのうち二人の間には赤ちゃんが産まれるかも。赤ちゃんかぁ。赤ちゃんって、小っちゃくてすっごくかわいいもんなぁ。

「クシナ先生とミナト先生の赤ちゃん、きっとかわいいだろうなぁ」
「ブッ!」

 ポーチから取り出した水筒を口に含んでいたミナト先生が、わたしの言葉に反応し、飲んでいた水を吹き出した。苦しそうにゲホゲホとえづいて、やっと落ち着いた頃には顔が真っ赤だった。

「そ、それはまだ早いんじゃないかな……」

 水筒をポーチに仕舞いながら、先生がぽつりと零す。そうなのかな。赤ちゃんはまだ早いのかな。子どものわたしではなく、大人のミナト先生が言うならそうなのだろう。

「でも、絶対にかわいいです。どっちに似ても、男の子でも女の子でも、すっごくかわいいと思います」
「う、うん……ありがと」

 わたしが力説すると、ミナト先生は赤い顔のままたじろいだ。「女の子って、本当におませさんなんだね」との呟きが耳に入って、困らせるつもりはなかったけれど、この反応を見る限り、あまりその辺の事情に口を挟まない方がいいみたいだ。そうだよね。『夫婦の問題』って、うちの両親が喧嘩しているときに、兄がよく言っていたもの。

「じゃあ、もしそのときが来たら、クシナを支えてくれるかい? 子どもがお腹に居る間は、母親は何かと不自由するというから」

 まだ頬に赤みが残っているけれど、ミナト先生はまた背中を丸めてわたしに視線を合わせる。いつもは頼る側であるわたしが、初めてミナト先生に頼まれた。

「はい! もちろんです!」

 思わず出た大きな返事に、ミナト先生が「ん」と笑顔を返す。今までたくさんお世話になったのだから、それくらいどうってことない。
 いつか産まれるだろう、クシナ先生とミナト先生の赤ちゃんを思い浮かべながら、わたしはその日が来るのはいつだろうと、期待しながら待った。
 二人の赤ちゃんは絶対にかわいい。赤ちゃんはきっと、世界一幸せな赤ちゃんになる。素敵なお母さんと、優しいお父さんの下で、世界一幸せな家で育っていくに違いない。



18 密やかな祝福

20180516


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