最果てまでワルツ | ナノ
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 わたしの期待通り、クシナ班とミナト班の合同修業はあれから何度も行われた。
 せっかく班同士での合同修業なので、もっぱら班で戦い合い、それぞれの連携向上を目的としているけれど、ミナト班に限ってはなかなか難しいようだ。

「彼らの間には、美しい友情が垣間見えない」
「言いたいことは分かるが、ぶっとばすぞ」

 ヨシヒトとナギサの目は、先ほど班での対戦を終えたばかりの、オビトとはたけくんに向けられている。
 穏やかな表情で向かい合ったことなどないのでは、と思うくらい、二人は常に睨み合っている。もう、仲良くなんてできない星の下に産まれたのではないかと考えてしまう。
 いがみ合うその間には、昔から二人を取り持つ役目を担っている、困った笑みを浮かべたリン。
 アカデミーに居た頃から変わらない風景に、わたしはヨシヒトたちとは別の感情を向けた。
 『羨ましい』だ。
 しかし、それを表に出すことは絶対にしてはいけないと、自分をしっかり戒め、唇をぐっと引き締める。
 羨ましいなどと思ってはいけない。わたしにはわたしのチームメイトが居る。足を引っ張る後輩のわたしを、ヨシヒトとナギサは時に手を引いて、時に背中を押し、共に進もうとしてくれている。
 そんな二人よりも、あの三人の空間を羨ましいと思うことは贅沢だし、とても失礼だ。
 けれど、頭で理解し納得していても、心はやはりうまくいかない。
 少し前までは、三人に会うことがなかった。だから、会えなくて寂しかった。
 今は会うたびに、あの輪の中に入っていけない事実が、わたしの心に暗い影を落とす。

「サホ? どうしたの?」

 クシナ先生がわたしの顔を覗き込んで、心配そうに声をかける。透き通るようなきれいな目が、わたしの胸の奥の黒く鈍い、ささくれたものを見つけ出してしまいそうで、そっと視線を逸らしつつ、

「いえ。何でも」

と、笑顔を添えて返した。クシナ先生の目がまだわたしを見続けていることを肌で感じつつも、とうてい打ち明けられるような話ではないので、先生の視線には気づかないふりを続けた。

「少し休憩にしよう」

 オビトとはたけくんを引き離すように、ミナト先生が二人の間で両手を広げて言うと、ようやく険悪な雰囲気が散って、リンの顔からも強張りが解けた。
 ミナト班が休憩ということで、自然とわたしたちの班も休憩になるのがいつもの流れだ。けれど、班対戦は早く決着がついたため――ちなみに今回も、はたけくんの一人勝ちのような流れだった――さほど疲れていないからか、はたけくんはミナト先生に声をかけ、修業をつけてもらいたいと頼んでいる。

「あっ、ずっりー! 先生、オレも!」
「お前は幻術返しの練習をする方が先でしょ」
「なんでお前に命令されなきゃなんねぇんだよ!」

 オビトがミナト先生の傍について乞うと、はたけくんは冷ややかな瞳を向け、またもオビトとの間に見えない火花が飛び散る。

「幻術の練習なら僕が手伝ってあげるよ。今度は何がいい? 美しい食虫植物? 美しい大型のヒル?」
「お、おおおおオレに近寄んじゃねぇ!!」

 ヨシヒトがにこやかにオビトに歩み寄ると、オビトはミナト先生を盾にしてヨシヒトから距離を取ろうと必死だ。今までもヨシヒトの幻術で色んな目に遭ったらしく、そのときの恐怖や嫌悪感がなかなか忘れられないらしい。
 確かにヨシヒトの幻術はなかなか解けないし、幻術返しもできた試しがない。特技と自称するだけあって、はたけくんですら自力で解くのに時間がかかるらしい。
 『男だからサホやリンたちより、ちょっときつめにしてるんだ』とも言っていたから、わたしが体験したことがないきつい幻術にかかり続けているなら、あれほど強い拒否反応を見せるのも頷ける。

「ナギサさん、この前教えていただいた術なんですけど……」
「おお。試してみたか?」

 ミナト先生を中心に、賑やかな声を上げる一団から離れ、リンはナギサに声をかける。二人は医療忍者同士ということで、よくこうやって医療忍術について話していることが多い。ナギサは面倒見がいいし、リンも真面目で勉強家だから、良い先輩後輩といった感じだ。

「あれじゃ休憩にならないってばね」

 休憩を宣言したのに、結局はたけくんと組手を行うミナト先生を見ながら、クシナ先生はわたしの隣に来て、その場に腰を下ろした。わたしもそれに倣い、クシナ先生と並んで、ものすごいスピードで動くミナト先生とはたけくんを眺める。わたしとは次元の違う彼も、上忍の先生相手だとやはり苦戦していて、はたけくんだって最強というわけじゃないのだと、無論なことを考えた。

「サホは、ミナトの班の子たちと随分仲が良かったのね」

 クシナ先生から問われ、わたしははたけくんたちから先生へと顔を移した。高く結い上げた赤い髪が、日光で反射すると薄い色になり、甘い飴のように美しい。

「はい。はたけくんは先に卒業しちゃったので、あんまり遊んだりしたことはなかったんですが、リンとオビトとはほとんど毎日、修業したり遊んだりしてました」

 アカデミーに入ってすぐに、オビトのことが気になって、惹かれて、好きになった。
 それから、リンと仲良くなって、今じゃ女の子の中で一番仲が良いのはリンだし、リンはわたしの親友。
 オビトやリンの繋がりではたけくんとも親しくなれたけれど、すぐに下忍になってしまったので、遊んだ記憶はほとんどない。修業に付き合ってもらったり、ちょっと話すくらい。

「ただ、わたしはアカデミーから三人と知り合いましたけど、三人はアカデミーに入る前から友達だったみたいです」

 わたしと三人の決定的な違いは、過ごした時間の長さだ。アカデミーに入る前からよく遊んでいた三人には、わたしが知り得ない歴史がある。
 それはたった一年かもしれない。半年かもしれない。三ヶ月、一ヶ月、もっと短いかも。
 だけど、何だか境界線みたいに思えるのだ。入学したあとで知り合ったわたしは、例えば『入学前から友達』と、『入学後から友達』の枠があったのなら後者に入る。決して、オビトたちと同じ枠には入られない。

「そうなの。確かに、そんな感じがするかも」

 ほら、クシナ先生だって、それに気づいている。三人の間にある、特別なものを感じ取っている。

「あの三人が班を組んだのは、当然かもしれません」

 はたけくんではなくわたしが入っていたら、和やかな班になったかもしれないけれど、わたしはリンに嫉妬して、そのうちチーム仲がぎくしゃくしてしまったかも。
 オビトではなくわたしが入っていたら、はたけくんが全てを取り仕切り、おんぶに抱っこの班で、レベルも違いすぎるし、はたけくんをうんざりさせてしまったかも。
 リンではなくわたしが入っていたら、オビトとはたけくんが喧嘩するのを止めることができなくて、ギスギスした空気に悩まされていたかも。
 あの三人はバランスがいいのだ。一人だけ段違いの強さを持つはたけくんに、怯むことなく自分をぶつけるオビトと、二人のことを理解して仲を取り持つことができるリン。
 あの三人だから成り立つのであって、わたしが入り込む隙間はない。

「寂しい?」

 問われて、ドキッとした。考えていることをズバリと当てられて、ドッと汗が噴き出たのを背中から感じる。

「……少し」

 『少し』どころか『かなり』なのだけど、恥ずかしいので『少し』と誤魔化した。

「でも、わたし、頑張ります。頑張って、力を付けて、封印術もたくさん覚えて……そうしたら、一緒の任務につくこともありますよね」

 もはや願望だけど、こうやって合同修業をする以外にも、三人と行動できる機会を増やすには、わたしが力を付けるのが一番近道だ。任務の内容によって、一時的に別の班員とチームを組んだり、別の班に加わってフォーマンセルを組んだりすることもある。
 だったら、そのチャンスを増やすためにも、木ノ葉にとって『使える忍』にならなくては。

「うん。そうね。きっと、三人と任務をこなす日もくるってばね」

 クシナ先生が手を伸ばし、わたしの頭を軽く撫でてくれた。優しい手つきが、やっぱり『先生』と言うより『お姉さん』な気がして、恥ずかしいけれど嬉しくもあった。

「ねえ。もしかして……サホは、あの二人のどっちかが好きだったりするの?」
「え? あっ、いや、あの……」

 優しいお姉さんの顔が、興味津々の顔に変わる。突然訊ねられたせいで、咄嗟に誤魔化せるほど器用ではないわたしは、あからさまに狼狽えてしまった。

「そうねぇ……目つきは悪いし愛想も悪いけど、カカシは優秀だし、頭も切れるし……」
「はたけくんは友達です」

 ミナト先生と組手を続けているはたけくんを眺めるクシナ先生に、思わず彼は友達だと告げると、先生はにやりと笑った。

「そうなの。じゃあオビトなんだ」
「あ……」

 ああ、しまった。一気に顔が熱くなって、立てていた膝と体の間に頭を伏せる。クシナ先生ってば、誘導尋問が上手だ――いや、自分が迂闊だったのだ。「オビトも友達ですよ」と平然と返せばよかったのだ。
 バレてしまっては仕方ない。頭を上げ、クシナ先生の顔を見やると、にこっと笑い返された。

「あの……内緒に」

 誰にも言わないで欲しいと訴えると、

「分かってるってばね。女同士の秘密。ね」

そう言って、人差し指を口に当てると、クシナ先生は一つウインクをした。クシナ先生は大人だから、約束してくれたならちゃんと秘密にしてくれるはずだ。

「実は私も、ミナトと恋人だってばね」
「そ、そうだったんですか?」

 思わぬ打ち明け話に驚いて、口からは上擦った声が出る。先生の頬が少し赤くなっていて、眉もちょっとへの字で照れていた。クシナ先生の知らなかった一面を知り、わたしの目は自然とミナト先生に向けられる。「あの先生と先生が」と、二人が恋人として一緒に居る姿を想像すると、恋愛小説を読んだときみたいに胸がドキドキした。

「もちろん、公私混同はよくないから、この合同修業は、純粋にお互いの班のチームワークや質の向上のために行っているのよ。貴女たちには私の事情で、里からあまり離れるような任務は命じられないから、どうしても実戦経験が少なくなってしまうし……」

 『私の事情』というのは初めて耳にした。今現在、木ノ葉の里は国境で他国や他里と争っている。だから木ノ葉の里周辺から出て、国境近くへ多くの忍を送っている。
 わたしがまだ新人なので、国境近くまで向かうことはほぼないだろう。けれどクシナ先生の言い方は、それとは別で何か事情があるようなものだったから、妙な引っ掛かりを覚えた。

「それを抜きにしても、好きな人と一緒に居られる時間が増えるのは、嬉しいし幸せよね」

 引っ掛かりについて問う前に、クシナ先生が微笑んでそう続けたので、わたしはオビトを一瞥したあと、こっそりと頷いた。

「……はい」
「ふふっ。私とミナトのことも、いずれみんなに話すつもりではいるけれど、しばらく内緒。ね」
「女同士の秘密、ですね」

 さっきクシナ先生がしたみたいに、立てた人差し指を口元に持ってくると、クシナ先生も同じポーズを取って、わたしたちは顔を突き合せてクスクスと笑い合った。先生と生徒じゃなくて、女同士の、二人だけの秘密。くすぐったいわけでもないのに笑いが込み上げてくる。

「オビトは確か、『火影になる』って言ってたわね」
「はい。アカデミーの頃からずっと」

 先生が手を下ろすので、わたしも下ろして、オビトのその夢は昔からだと付け加えた。今でも変わっていない、オビトの夢。
 変わらない目標を持ち続けるのは、意外と難しいことだ。別のことに興味が湧いたり、無理だろうなと諦めたりは珍しくない。
 でもオビトは今でも『火影になる』という夢を諦めず持ち続けている。そういうところが、オビトの好きなところの一つだと思う。

「じゃあ、サホの夢は『火影のお嫁さん』とか?」
「どうして分かっ――あっ……」

 またしても、うっかり口を滑らせてしまい、慌てて口を閉じるけどもう遅い。クシナ先生に「サホは分かりやすいってばね」と言われて、苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ミナトもね。火影になるのが夢なんだってばね」
「ミナト先生も?」

 再びミナト先生に目をやると、いつの間にか組手が終わっていて、はたけくんと向かい合って何か話している。息切れしているはたけくんに対し、ミナト先生には傷も汚れもない。今回もミナト先生の勝ちみたいだ。

「まあ私も、昔は『火影になる!』なんて言ってたけど……今はミナトと結婚して、そしてミナトが火影になったら、火影のミナトを支えたい、っていうのが私の夢だから、サホもそうなのかしら、ってね」

 わたしとほとんど同じ流れで――自分が火影になろうと思ったことはないけれど――同じ夢を持っているのだと先生は言う。

「お互い、夢に向かって頑張るってばね!」

 握った拳を掲げ、にこっと笑顔を見せるクシナ先生に、わたしも応えるように拳を作って、それを掲げた。腕を上げて見つめ合うわたしたちに、不思議そうな顔をしたミナト先生とオビト、はたけくんたちが近寄ってきたので、わたしは慌てて拳を引っ込める。「何してんだ?」とオビトに問われたけれど、必死で誤魔化した。



14 同じ夢を持つ人

20180506


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