「サホ。目の下にクマができているよ。ちゃんと寝てるの?」
ヨシヒトがわたしの顔を見て訊ねる。反射的にその辺りを押さえてみたけれど、ニキビができているわけではないから変化など感じられない。
「あー……最近ちょっと、寝るのが遅いかも……」
一ヶ月も共に過ごせば、二人を呼び捨てにすることも、敬語抜きで喋ることにも躊躇いはない。出会ってすぐに呼び捨てと敬語抜きを意識していたから、割とすんなり馴染んだ。
顔合わせの次の日に、呼び捨てで呼び合い、敬語抜きで話すわたしたちを見て、クシナ先生から「これで晴れて正式に下忍だってばね」と言われたときには何のことかと思ったけれど、わたしはそのときに、下忍昇格の最後の試験に合格したらしい。
クシナ先生曰く、「先輩後輩の垣根を越えて、対等な仲間になる」というのが先生が決めた試験内容だったようで、そんなことを知らされていないわたしはとてもびっくりした。ヨシヒトに試験内容を知っていたのかと訊ねたら、当人も知らなかったらしいので、棚からぼた餅な気分だ。
「クシナ先生から借りた、封印術の本を早く読み終えたくて、つい、ね」
アカデミー時代、封印術に関してはざっくりとした知識しか教えられなかった。そもそも、封印術はその性質からして、高等な技術を持って発動させるものが多い。アカデミー生の技量では高が知れているので、それよりも基本忍術や体術を叩き込むことが優先される。
だから少しでも知識を得たかった。一ヶ月経っても、一糸灯陣をなかなかうまく発動できないわたしの焦りをクシナ先生は理解してくれて、自分も勉強したと言う封印術の本を貸してくださった。本当に基礎中の基礎を解説している本なので、読めば読むほど知識が増えるのが楽しくて、最近は日付が変わるまで読んでしまっている。
「だめだよ。寝不足は肌荒れの元。肌荒れをしていても美しい人は美しいよ。でもサホはそうじゃないから、肌を大事に扱ってあげなきゃ」
「お前、かなりキツいこと言ってる自覚あるか?」
「ナギサはまさに、肌荒れしている方が美しいタイプだね。荒くれ者……ワイルド系ってやつかな」
「黙れ。ぶっとばすぞ」
なかなか失礼なことを言うヨシヒトに、ナギサがきっちりツッコんでくれた。肌荒れと言われても、母に「あなたは肌が瑞々しくていいわねぇ。お母さんも昔はねぇ」なんて羨ましがられるから、あんまりピンとこない。
「しかしまあ、ヨシヒトの言うとおりだ。寝不足で任務失敗なんてシャレにならねぇからな。十分な休息を取っておくことが、怪我を防ぐことにも繋がる。俺をあんまり働かせるなよ」
筋肉がしっかりとついた腕を組んで、鋭い目でわたしを見る姿は、ほとんどの人が格闘が得意な接近戦タイプだと思うだろう。でもナギサは医療忍者だ。仲間の傷を癒すナギサの働く機会がないことが何より一番いい。
「うん。分かってる。今日は早めに寝るよ」
「自分の存在意義よりも仲間の体のことを大事にする。ナギサは大柄な体格と同じく、心が広く美しいね」
「黙れ。ほんとに五分でいいから黙れ。ぶっとばすから黙れ」
相変わらず色んなところを拾い上げて「美しい」と称するヨシヒトに、ナギサは相手をするのも疲れたのか、その声に覇気はない。まだ今日の修業も開始していないのに、すっかりくたびれてしまっている。
「みんな、お待たせ」
クシナ先生が近くの木から跳躍し、わたしたちの前に降り立つ。赤い髪を一つに結い上げ、キリッと引き締まった表情に、わたしの背筋は自然と伸びた。
「それじゃ、行きましょうか」
先生を先頭に演習場の中へ入る。数十を超える演習場は様々な場を想定して作られていて、例えば水辺だったり、例えば崖の多い岩場だったり、用途に合わせて選べるようになっている。この第八演習場は比較的拓けた作りで見通しがいい方だと、歩きながらナギサが説明してくれた。
しばらく歩き続け、「居た居た」とクシナ先生が声を上げ、少し小走りになった。わたしたちも先生の後に続くよう、遅れないようにスピードを上げる。
「ミナト、連れてきたわよ」
「ん。待ってたよ」
クシナ先生が手を振る先に、男性が一人立っていた。クシナ先生と同じ、中忍以上に支給される緑色のベストを羽織っていて、金色の髪が陽に当たってキラキラしている。その横に、女子と男子が一人ずつ。
「リン? はたけくん?」
「あれ? サホ?」
女子と男子は、リンとはたけくんだった。はたけくんはすっかり見慣れたいつもの下忍姿だったけど、リンは頬の菫色の化粧以外、初めて見る格好だった。
「友達かい?」
「はい。私とサホと、カカシとオビトと、四人でよく修業していました」
「そう。なら、ちょうどよかったかもね」
ミナト先生に問われたリンが説明して、クシナ先生がにっこりとわたしに笑いかける。
「初めまして。オレは波風ミナト。この班の三人の担当上忍だよ。クシナと、合同で修業をしようって話になってね。今日はその初日、ということで」
ここに来た理由、リンとはたけくんたちが居た理由を知り、わたしは思わず胸をときめかせた。オビトたちの班と合同で修業。それも今日が『初日』。ということは、次の日があるということだ。
下忍になってから三人には一度も会っていない。任務の日は陽が暮れるまでヨシヒトとナギサと一緒に居るし、修業だってそうだ。オビトたちと居るより、二人と居る方が当たり前になった。
久しぶりにオビトに会えると思うと、最近はすっかり引っ込んでいた、わたしの乙女心みたいなものがぷるぷると震えだす。
下忍になったオビトかぁ。下忍になった――
「――あれ? リン、オビトは?」
「それが……」
「あいつは遅刻だよ。今日も」
下忍姿のオビトを見ようと思ったけれど、肝心のオビトが居ない。リンに訊ねると苦笑いで濁され、代わりにはたけくんがズバリと返してくれた。
オビト、下忍になっても遅刻してるんだ。『今日も』ということは、すでに何度かしているようだ。心配だ。いつか下忍を辞めさせられないだろうか。
「なら、こっちから自己紹介にしましょう。私はうずまきクシナ。この三人の担当上忍よ。ミナトとは同期だったの。よろしくね」
クシナ先生がリンとはたけくんに名乗ると、二人は「よろしくお願いします」と頭を下げる。先生が自分のすぐ隣に立っていたヨシヒトに、次を促した。
ヨシヒトは一歩前に出て、いつか見た優雅な一礼を取る。
「月下ヨシヒトといいます。名の通り、『月下美人』の化身であり、美の伝道者です」
「ヨシヒト……それは毎回言わなきゃだめなやつなのかしら?」
「もちろんです」
少し困った顔をするクシナ先生の問いに、ヨシヒトはきれいな笑顔で是と返した。
「いずれ美しき幻術使いとして、木ノ葉の里を、美しの里に羽化させたいと思っています」
「里にお前の気色悪い幻術をかけようとすんな」
穏やかな笑みを添えて壮大な夢を語るヨシヒトに、ナギサが遠慮なくツッコミを入れる。はたけくんは訝しげに目を細め、リンは呆気にとられたように目を丸くしていた。何だかわたしが居た堪れなくなってくる。
クシナ先生が咳払いをして「さ、次」と順番を回す。ヨシヒトの隣に立つのはナギサだ。
「海辺だ」
「海辺ナギサ、だよ。ナギサって呼んであげてね」
「余計なこと言わなくていいんだよ! ぶっとばすぞ!」
またも苗字だけで済まそうとしたナギサの代わりに、ヨシヒトが付け加える。ナギサの口癖にリンの両肩がびくりと跳ねるのが視界の端に映った。居た堪れなさが募る。
「はいはい。続けて続けて」
クシナ先生が手を打って、ナギサとヨシヒトのやりとりを強制的に切る。ナギサは首の後ろに手をやり、掻くような仕草をしつつ「あー……」と考える素振りを見せた。
「医療忍者っす」
「え?」
「あん?」
「あっ……す、すみません」
リンが驚いた声を上げ、ナギサがリンに顔を向けた。咄嗟に顔を伏せ謝るリンの横のはたけくんの三白眼が、いつもよりずっと大きく開かれていて、彼も驚いた表情をしている。二人が何を思ったかは分かる。この体格、この口癖で医療忍者というのは、なかなかインパクトのあるギャップだ。
「僕とナギサはサホの一期上です。どちらも班が解散したので、サホと新しく班を組むことになりました」
ヨシヒトが手短に、この班の成り立ちを三人に説明する。アカデミーを卒業したばかりの、いわゆるルーキーだけで組んだ班もあれば、ルーキーと下忍数年目の者が組まれた班もある。戦争中の今は、班の編成にも色々な事情が出てくる。
ナギサの自己紹介が終わり、次はわたしだ。
「かすみサホです。今は特技みたいなものはありませんが、クシナ先生から封印術を学んでいるので、そのうち特技にしたいです。よろしくお願いします」
以前から知っている仲の二人ではなく、ミナト先生へ向けて名乗った。クシナ班の顔合わせのときはロクな自己紹介にしかならなかったけれど、封印術を特技にするという目標ができた今は、あのときよりもマシなことが言えた気がする。
ミナト先生から「ん。よろしくね」と微笑んで返された。ヨシヒトとはまた違うタイプの、顔立ちが整った男性の笑顔にちょっとドキドキする。
「じゃあ今度はこっちだね」
隣に立つはたけくんの背中を、ミナト先生が軽くポンと押すと、はたけくんは組んでいた腕を、体の横に下ろした。
「はたけカカシ。サホとはアカデミーで同期だったけど、下忍になって三年目」
淡々とした、はたけくんらしい自己紹介だ。アカデミーに入ってすぐ卒業して下忍になって三年目、じきに四年にもなる。数字で表されると、彼の優秀さがより強調されて聞こえてくる。
「君のことは知ってるよ。アカデミーに入ってすぐに飛び級で卒業って聞いたときは、みんなびっくりしていたよ」
にこにことヨシヒトがはたけくんに言うと、はたけくんは「どうも」と短い返答だけ寄越した。年上だろうと何だろうと、愛想を振りまく気はないといったはたけくんの頑とした強い意思を感じて、はたけくんはやっぱりはたけくんだと再度思った。
「のはらリンです。立派な医療忍者になることを目指しています。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるリンの額当てが、陽の光を受けてキラリと光る。隣のはたけくんの額当ては、リンのもののような真新しさはもうない。数年の間に、様々な任務を乗り越えてきたという、時間の重さを感じる。
「で、もう一人なんだけど……ちょっと遅れていてね」
困惑した表情で、ミナト先生が演習場の入り口の方に目をやるけれど、誰かが走ってくる気配はない。
「どうせまた、どっかのおばあさんに捕まってるんですよ」
「まあまあ……きっともう来るよ」
「どうだか」
はたけくんはリンに向かって鼻を鳴らし、リンも笑ってはいるけれど、明らかに困っている。
ミナト先生とクシナ先生が、これからどうしようかと相談し始めたそのとき、
「やばいやばいやばい!」
という声と共に人影がこちらへ向かって駆けてきた。その聞き覚えのある声に胸がドキンと高鳴る。
「あー! 危なかった!」
わたしたちの下まで辿り着くと、両膝に手を当て背中を丸め、荒い呼吸を繰り返すオビトの目にはいつものゴーグルが、額には額当てがつけられている。
「『危なかった』じゃない! いい加減に遅刻するのはやめろって言ってんでしょ!」
「ああ!? 仕方ねぇだろ! ばあちゃんが困ってたんだぞ!」
腕を組んで威圧感を放つはたけくんに、オビトは体を戻すと、怯むことなく言い返した。
「遅刻をやめられないんだったら忍を辞めろ」
「んだよ。何様だてめぇ!」
「下忍三年目様だよ、一年目」
二人並ぶとオビトの方がわずかに身長が高い。なのにはたけくんは、まるでオビトを見下しているように見える。態度の話ではなく、構図も。おかしな現象だけど、本当にそう見えるのだ。
「二人とも。ほら、今日は私たちだけじゃないから……」
「え? 何が? お? あれ? サホじゃん!」
仲裁役のリンの言葉に、オビトはようやく、自分たちの班のメンバー以外がこの場に居ることにようやく気づいた。わたしと目を合わせると指差して名前を呼び、隣のはたけくんが「人を指差すな」と冷たく窘める。
「久しぶり、オビト」
「おう、久しぶり。なんだ、なんか雰囲気変わったなぁ」
「そ、そう?」
久方ぶりに見るオビトに、思わず頬が緩んで手を振るわたしに、オビトも手を振り返しながらじろじろとわたしを見る。恥ずかしくて両腕を前に持ってきて、なんとなく体を隠した。「変わった」というのは、良い方向にだろうか。アカデミーを卒業してから再会した友達は女の子ばかりで、男の子からの「変わった」は初めてだし、それがオビトだから余計にドキドキしてしまう。
「なんでサホがここに居るんだ?」
「それを今から説明するよ。さ、オビト。自己紹介して」
この場に居るわたしが居る理由を問い、わたしではなくミナト先生が受けて、オビトを促した。
わたし以外の三人とは、オビトは恐らく初めて会うだろう。オビトは嵌めていたゴーグルを額当てに被さるようにずらし、両手を腰に当てる。
「オレはうちはオビト! いずれ火影になる男だ!」
「万年遅刻野郎が火影になんてなれるわけないでしょ」
「お前はいちいちうるせぇな!」
はたけくんの冷たい一言に、オビトは火のごとく怒ってみせる。相変わらず、氷と火みたいな二人だ。
オビトのあとは、オビトに向けて改めてわたし以外の三人が名乗る。ヨシヒトに対しては明らかに不審者を見る目を向けて、ナギサが医療忍者だと告げると、リンと同じく声を上げて驚き、やはりナギサに睨まれる流れになった。
「さあ、これで顔合わせは終わったね。それじゃあ、各自軽く体を動かしたあと、班同士で戦ってみよう」
ミナト先生がパンと手を打ち、わたしたちは散らばった。班同士と言うことは、三人と三人で戦うことになる。
わたしは、ナギサとヨシヒトの三人でクシナ先生と何度か挑んでみたけれど、一度も勝ったことがない。戦闘向きの班ではないとはいえ、わたしはともかく、ヨシヒトもナギサも下忍二年目なのでそれ相応に動けるけれど、やはり上忍師を務められるだけあって、下忍三人など簡単にいなしてしまう。
負けてばかりでも数をこなしていくことで、仲間二人の動きの癖やパターン、思考などは大分把握できた。ヨシヒトの幻術をメインに、わたしとナギサが補佐をしつつ攻撃を繰り出すなど、鉄板のスタイルもできてきた。
そっとミナト班の方を盗み見ると、オビトがはたけくんに対してまだ何か言っていて、はたけくんも冷めた目で返し、それをリンが何とか止めようとしている。
はたけくんとの一対一なら、勝てる見込みはまずない。ナギサもヨシヒトも、きっと負ける。
だけどチームなら、わたしたちの方がまだまとまっているかもしれない。少なくとも、はたけくんとオビトの二人はなかなか息が合わないだろうから、その隙をついて、こちらはチームワークを生かして挑めばなんとかなるかもしれない。
「そろそろ始めよう」とミナト先生が言い、クシナ班対ミナト班の、初めての対戦が始まった。
やはり予想通り、ミナト班ははたけくんとオビトの連携が取れておらず、それにリンが振り回される形だった。わたしたちは打ち合わせ通り、ヨシヒトの幻術を主に据え動いた。
結果、オビトとリンはヨシヒトの幻術にうまくかかって無力化されたけれど、はたけくんは幻術を破って、三対一にも関わらず、多少時間はかかったけれどわたしたち全員を地につけた。
「さすが、噂の天才忍者だね」
「二つとはいえ俺らより年下だっていうのに、あの動きは化け物だな」
ヨシヒトとナギサが、はたけくんに感嘆とも取れる感想を述べる。わたしは自分のことではないのに誇らしくなった。負けたことは悔しいけれど、はたけくんの凄さは素直に感心してしまう。
「確かにあの子は飛び抜けて強いけれど、あれじゃ班の意味を成していないわ。チームワークで言えば、うちの班の勝利だってばね」
クシナ先生がそう言って、先ほどの対戦について解説を始めた。良かった点、悪かった点、今後生かしたい点などを、クシナ先生が述べる言葉をしっかり頭に入れる。すぐにこうした細かい指導を受けられるおかげで、わたしはアカデミーに居たときよりも強くなったと思う。体術には苦手意識があったけれど、それも今はかなり薄まっている。
クシナ先生の解説が終わる頃には、あちらの班も話が終わったらしく、リンがわたしの方へ駆け寄ってきた。
「サホ、元気そうでよかった」
「リンも。ずっと会ってなかったもんね」
「うん」
卒業して下忍になって一ヶ月。アカデミーではよく一緒に居た間柄なのに、一度も顔を合わせたことがなかった。
一ヶ月しか経っていないけれど、リンはちょっと大人っぽくなったように見える。下忍姿のリンもやっぱりかわいくて、かわいい子というのは何でも似合うからかわいいんだろうなと、何だか真理を知った気がした。
「サホ、かわいくなったね」
「え?」
「あ、前がかわいくないとか、そういうことじゃないのよ。大人っぽくなった」
両手を振って慌てて否定するリンは、わたしの全身を眺めたあと、にこっと笑う。
わたしがリンに対して思ったことを、リンもわたしに思った。嬉しさと、照れ臭さで、わたしは「リンもかわいいよ」と返すだけになってしまう。もっとこう、わたしもサラッとリンを褒めたかったのに、予想外の言葉を貰ってうまく頭と口が回らなかった。
「あの、海辺さんは、医療忍者でいらっしゃるんですよね」
「あ? ああ、まあな」
わたしの隣に立つナギサにリンがおずおずと話しかけると、ナギサはリンに肯定の意を返す。はたけくんは小柄な体から鋭い眼光を放つけれど、ナギサは大柄な体格で似たような目を向けるから、より迫力がある。
「『ナギサ』って呼んでやってね」
「いちいち入ってくんな! ぶっとばすぞ!」
リンとナギサの間に割り込むように、爽やかな笑みでヨシヒトが言うと、ナギサはその胸倉を掴んで揺さぶる。リンは間近で聞いた「ぶっとばすぞ」に驚いて、体をビクッと震わせた。
「ナギサの『ぶっとばすぞ』はただの口癖だから、気にしないで」
「そ、そうなの」
わたしが慌ててそう言うと、リンは目を瞬かせる。いまだにヨシヒトの胸倉を掴んだままのナギサをそっと窺って、意を決したようにまた声をかけた。
「あの、医療忍者の先輩として、色々お話を伺いたいんですが」
「話?」
「はい!」
両手を握りしめて、リンはナギサを真っ直ぐ見る。ナギサは少し戸惑っていたけれど、貴重な医療忍者同士とあれば、この機会に先輩の話を聞きたいと言うリンの気持ちも分かるらしく、
「俺で分かることならな」
と一言断ったあと、ヨシヒトを放すとリンに向き直る。リンは明るい顔を見せて「まず実際に任務中に持ち歩いている道具について」と、訊きたいことを次々に口にしていった。
そんな二人を、オビトが遠くから見ていた。顔は不満さを全面に押し出していて、いかにも「オレは不快だ」と訴えている。
「なんだよ。あの見た目で医療忍者って、詐欺じゃねーか」
「荒くれ者の手は癒しの御手、というのもまた美しいじゃないか」
「はあ? あんた何言ってんだ?」
文句を言うオビトに、ヨシヒトが隣に立つと、胡散臭そうな表情を向けた。それでも構わずヨシヒトは、
「君の豪火球はまだ美しさが足りないかな」
と独特の感性を向け、オビトは、
「喧嘩売ってんのか?」
と鼻に皺を作って睨んだ。
一組は医療忍者の先輩後輩で話をし、一組は無意識に喧嘩を売って、それを買っている。
「サホのとこ、個性が強いね」
「……うん」
残り者同士であるはたけくんが、どことなく呆れた視線を二人に注ぐので、わたしは穴があったら入りたい気分だ。ナギサもヨシヒトもいい仲間だけど、やっぱりちょっと変わっている。特にヨシヒトが。
隣に立つはたけくんは、さっきの対戦で少しだけ服が汚れているけれど、怪我は一つもない。三人相手にして傷一つ負わないという事実は、さすが下忍三年目と感心するほかない。
「はたけくんも、久しぶり」
「久しぶり」
改めて挨拶を交わす。素っ気なくも聞こえるけれど、きっと他所よりは幾分親しみはこもっているはず――と、思いたい。
すっかりヨシヒトにペースを乱されているオビトは、リンと同じように、少し背が高くなって大人びた気がする。卒業前はほぼ毎日顔を合わせていたから、一ヶ月見ないだけでも大分寂しかったし、もしリンとうまくいっていたらどうしようと不安だった。でもリンとオビトのやりとりは以前と変わらないので、わたしは誰にも気づかれぬよう、そっと胸を撫で下ろした。
「やっぱりまだ、オビトなんだ」
「う、うん……」
周りに悟られないようにと思っていたけれど、わたしの気持ちを知っているはたけくんには、きっとわたしの考えていることなんてほとんどバレているだろう。
「ま、これで会う回数も増えるでしょ」
はたけくんが言うように、クシナ先生たちがこれからも合同修業を続けてくれるなら、オビトと会うことも多くなる。同じ班になれなかったことは今でも仲間外れみたいで悲しいけど、諦めないことが何より大事だ。
クシナ班のメンバーとして任務をこなして、忍術、体術をもっと高めて、封印術をたくさん覚えて、オビトに振り向いてもらえるだけの忍になる。それがわたしの下忍一年目の目標だ。