最果てまでワルツ | ナノ
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 授業はどんどん難しくなり、同時に、木ノ葉を取り巻く戦況も激しさを増している。『第三次忍界大戦』なんて名前に恐ろしさを感じていたのに、今では何の感情も浮かばない。日常の一つになってしまった。

 いつものところで待っていると言ったけれど、はたけくんは来てくれなかった。
 代わりに、道端で会うことが増えた。ガイくんにライバル勝負を挑まれて鬱陶しそうにしているところや、自宅で食べるためのお弁当をぶら下げているところを見かけて、立ち話を少し。それくらいでも、はたけくんのお父さんが亡くなった後のときを考えると、大分会う頻度が高くなった方だ。


 月日はあっという間に流れ、とうとうわたしたちも卒業試験を受けるようになった。戦況の影響というやつで、座学、体術、忍術で十分な単位を取れた者から次々に呼び出される。
 試験は火影様始め、アカデミーの偉い人たちの前で、指定された忍術を発動させる一発勝負。基本忍術からランダムに選ばれるということで、今回は分身の術だった。分身の術は得意だ。丑の印がないし、印の数も少ない。
 丑の印に関しては、あれほど苦労して、絶対に結べないだろうと思っていたけれど結べるようになった。他の印より意識して結ぶ、という条件はあるけれど、術の不発はなくなった。コツコツ練習に取り組んだ成果が表れていて少し誇らしい。

 無事に額当てを受け取ったときは、これでやっと下忍に、という誇らしい気持ちと、これからは戦場に出るようになるのだ、という不安が混ざった。
 父は相変わらず戦場に赴いているし、兄はすでに中忍に昇格し、最前線に出されることも多い。傷だらけで帰ってきては、その傷が完治する前に再び戦場へ向かわされる。
 そんな状況だからか、卒業試験に受かったと母に誇らしげに伝えたら、少しだけ悲しそうな顔をされた。「おめでとう。お祝いしなきゃね」とすぐに笑顔を見せたけれど、母の内心を考えられないほど、わたしはもう幼くも無知でもない。

 リンもオビトも卒業試験に合格し、三人一緒に、晴れて卒業して下忍になることができた。オビトは落ちたと思っていたらしく、随分と肩を落としていたけれど、無事に額当てを受け取ったと喜び勇んでわたしたちに見せてくれた。わたしは自分のことのように嬉しかったし、『オビトと一緒に卒業できる』と安心した。
 わたしたちが卒業試験を通ったことを、道端で偶然会ったはたけくんに話すと、

「やっと? 結構待ったね」

と、嫌味なのか感想なのか、よく分からないことを返された。はたけくんが卒業したのは五つで、わたしは今八つ。三年も経っているから、彼からしたら待ったんだと思う。

「まだ実感ないし、不安なんだけどね。ちゃんと下忍としてやっていけるのかな、って」
「『やっていけるか』じゃなくて、『やってやる』くらいの気持ちを作っておかないと、後々きついよ」

 思ったことを口にすると、わたしの不安などバッサリ切られてしまった。後ろ向きよりも前向きな姿勢の方がいいのは分かるけれど、不安は不安だから、気持ちを作れと言われても困る。

「大体、気持ちを作っても作らなくても、任務は『やる』し、『完遂』させるものだ」

 さらにそう言われては、厳しい現実がドンと前に立ち塞がっている気分になった。言っていることは全くもって正しいので言い返せもしない。こういうときは、話を変えるのが一番だ。

「あのね。もうすぐ卒業式なんだ」
「へえ。オビトのやつ、また遅刻するんじゃない」

 脈絡のない話題を切り出したわたしに、冷めた表情を変えないまま、はたけくんは淡々と返す。

「ええ? いくらオビトがよく遅刻するからって、さすがに卒業式に遅刻なんて――」
「知らないの? あいつ、入学式も遅刻したんだぞ」
「え」

 相変わらずオビトには厳しいなぁ、なんて思いながらやんわり否定しようとしたら、知らなかった事実を持ち出され、ひっくり返ったような声を出してしまった。
 オビトのことは、入学してから少し経って意識するようになったので、入学式の件は一切知らない。入学式なんていう大事な日に遅刻してきた前例があるのなら、はたけくんが卒業式での遅刻の可能性を口にしたのも理解できる。

「心配になってきた……」
「サホが心配したってどうしようもないでしょ」
「卒業式の朝、念のために迎えに行った方がいいかな?」
「サホもリンも、オビトに甘すぎ」

 「時間を守れない奴が忍者の任務なんて、こなせるわけないだろ」と、現役三年目、もうじき四年目にもなる下忍から続けられるとぐうの音も出ない。

「見つけたぞ! こんなところに居たか、カカシ! さあ、オレと勝負だ!」
「こいつはうるさすぎ……」

 はたけくんの後方に、やたら目につく全身緑色のタイツの男の子が現れ、ものすごい勢いでこちらへと走ってくる。はたけくんはうんざりした顔をして、何だかくたびれた大人みたいに見えた。

「おっ!? 取り込み中だったか!?」
「そう。だから向こう行け」
「そうか! カカシの友達か?」
「……お前のその、人の顔を覚えられない癖、ほんっとうに、どうにかしろ」

 虫を追い払うような仕草のはたけくんを、ガイくんは気に留めず、はたけくんと話していたわたしの顔を見て『友達か?』などと言う。また忘れられているらしい。わたしって、そんなに記憶に残りにくい顔をしているかな。

「ま、こいつが下忍やってんだから、サホもリンも不安になることないでしょ」

 ガイくんを目で指し示しながらはたけくんが言って、わたしは苦笑いを返した。確かにガイくん、人の顔を覚えられないのによく下忍を続けていられるものだ。その欠点を補うほどの長所があって、それを重視されているのかもしれない。

「カカシ! 今日はどちらが先に里を50周できるか勝負だ!」
「しない」
「なら、腕立て200回!」
「面倒」
「大根のかつら剥き!」
「興味ない」
「叩いて被ってじゃんけんポン!」
「無理」
「それなら一体、何ならやると言うんだ!?」
「だから、やらないって言ってるでしょ!!」

 まるで漫才みたいなやりとりに笑うと、はたけくんはムスッとして、その場で跳躍すると近所の家の屋根を伝って去って行った。

「あっ! カカシ待て!」

 はたけくんの後をガイくんが追っていく。ぴょんぴょんとリズミカルに跳ねていく先で、ガイくんが何か叫んでいる声だけが響いている。
 一時期会えなかった頃のはたけくんより、最近のはたけくんは少しだけ昔のはたけくんに戻っている気がする。いや、戻ってはいない。近づいた、という表現がしっくりくる。
 お父さんが亡くなって、もう二年経つか経たないかだろうか。時の流れが、徐々に、本当に少しずつだけれど、はたけくんから刺々しい針を一本ずつ抜いている気もする。
 でも何よりガイくんの影響が大きい気がする。ガイくんと話している――というか、言い合いをしている――はたけくんの目の色は、いつも闇じゃなくて夜色だ。ガイくんが早く下忍になってくれてよかったと、心の中だけで感謝した。



 可能性はあった。でも、さすがにオビトだって、こんな大事な日にそんなことはしないだろうと思っていた。はたけくんが言うように、時間を守れないことは忍者としてあるまじきことだから、ここで甘やかしてはいけないというのもあった。
 だけど、やっぱり迎えに行けばよかったかもしれない。

「オビト、来ないね」
「まさか卒業式まで遅刻なんて……」

 アカデミーの教室で、隣の席のリンが頭に手をやって、大きなため息をつく。『だめな弟に頭を痛める姉』というタイトルで額に入れてもいいくらい、オビトに呆れている。
 もうこの教室ともお別れなんだと、しみじみしたいところだけど、オビトがまだ来ないことにハラハラしていてそれどころではない。
 教師から声がかかり、卒業生はホールへ向かうよう指示が出される。オビトを待っていたかったけれど、留まる理由にはならないので、わたしとリンは仕方なく教室を出た。

 卒業式が始まり、火影様から卒業生へ向けた言葉のあと、一人一人に卒業証書が手渡される。その間も、オビトが来る気配はない。

「うちはオビト」

 名前が呼ばれたけれど、返事はない。周囲がざわついて、やっとオビトがいないということに気づいた人も居た。

 結局、オビトは飛ばされ、オビト以外の全員の手に卒業証書が渡ったところで、閉会の言葉と共に、卒業式は終わった。
 卒業生は、先生や後輩たちと別れの挨拶をしたり、卒業生同士で涙を流し合ったり、親と共にさっさと帰ったり、それぞれだ。
 わたしもリンも母親が来ていて、いつもお世話になっていますいえいえこちらこそ無事に卒業できてよかったですねええほんとに、なんてお決まりの言葉でやりとりしている。

「オビト、もしかして怪我して動けない……とか」
「ううん……どうだろう……」

 晴れやかな雰囲気にそぐわない顔を、わたしとリンは突き合せていた。母とリンのお母さんが長話に花を咲かせている間、アカデミーの門から、オビトの家がある方向を確認したけれど、慌てて駆けてくるいつものオビトの姿はない。

「サホ。ご飯を食べに行きましょう」
「えっ……あ、でも……」

 卒業式は午前中で終わったので、今はちょうどお昼時だ。家族連れで帰る卒業生たちも、今から揃ってご飯を食べに行ったりするのだろう。けれど生憎と、わたしはここを動きたくはなかった。オビトが来るまで待っていたい。

「卒業祝いよ。美味しいもの食べましょ」

 だけど母からそう言われると、断りづらいのもまた事実だ。
 隣のリンに目をやると、リンの傍には、さきほどまでわたしの母と話していたお母さんは居なかった。

「あれ? リンのお母さんは?」
「どうしてもやらなきゃいけない仕事があるから、先に帰ったよ」

 どうやらリンは、他の親子と違ってご飯を食べに行かないようだ。

「そうだ。リンちゃんも一緒にどう?」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。私もまだ、アカデミーに用があるので」
「そうなの。じゃあお先に、失礼するわね」
「はい」

 母が誘うと、リンは丁寧に断り、わたしたちを見送ろうとする。口を挟む暇もなかったので、わたしは母と共にアカデミーから出る流れになってしまった。

「私が待ってるわ」

 手を振るリンは、オビトを心配するわたしを安心させるためにそう言ったのだと分かってはいたけれど、思わず反発する言葉が溢れだしてきて、グッと我慢して飲み込んだ。
 誰よりもわたしが待ちたくて、誰よりもリンに待っていてほしくない。だけど、この場で自分の希望通りに、うまく事を運べるほどの頭の回転の良さがなかったために、母に背中を押される形でアカデミーを出た。
 歩きながら、母は何が食べたいかをわたしに訊ねたり、どこが混んでいそうだ、あそこは空いているかしら、と独り言みたいなことをずっと口にしていた。わたしがロクに返さないから、本当に独り言にしか思えなかった。

「あら、かすみさん」
「あらまあ、お久しぶり」

 向かいからくるおばさんが、母に声をかけた。母の知り合いだったらしく、二人は立ち止まって挨拶をかわす。

「あら。娘さん?」
「そうなの。今日、アカデミーで卒業式があってね」
「まあそうなの。おめでたいわねぇ。おめでとう」
「あ……ありがとうございます」

 おばさんにお祝いの言葉をかけられ、お礼を告げると、母とおばさんは「そういえば」と違う話に移って、とうとう世間話を始めてしまった。大人しく待っていたけれど、母の足はこの場でしっかりと固定されている。
 ご飯を食べに行くんじゃないの、というイライラとした気持ちが徐々に高まってくる。時計がないから分からないけれど、もう30分は経ったんじゃないか。もしかしたら10分も経っていないかも。さっきだって、リンのお母さんと長いことお喋りしていたし、大人になるとみんなこんな風に長話が好きになるのだろうか。

「――お母さん。お祝いのご飯は夜にしない? わたし、今から行かなきゃいけないところ思い出したから」
「え? 行かなきゃいけないって、あなた」
「行ってくるね。おばさん、失礼します」

 きょとんとしている母に引き留める間も与えず、わたしはおばさんに向かって一礼したあと、歩いてきた道を走って引き返した。
 アカデミーの前に着くと、朝見かけた卒業式の垂れ幕は外されていた。賑わっていた校庭にも誰も残っておらず、卒業式ムードはすっかり消えていて、普段と変わらないアカデミーだ。

「リン……?」

 見回しても、リンの姿はなかった。オビトを待っているはずなのに。
 まだその片付けに追われている職員の姿が見えたので、わたしは思いきって声をかけた。

「あのっ! すみません。オビト――うちはオビトは来ませんでしたか?」
「うちはオビト? ああ、欠席していた子か。さあ……」
「そういえば女子生徒が一人、ホールを少し借りたいからと、男子を連れて入っていったな」

 声をかけた人は知らないようだったけれど、もう一人の人がリンらしき女の子と、オビトらしき男の子のことを口にする。礼を言って、ホールを目指して再び走った。
 ホールの扉は少し開いていて、手をかけようとすると、中から声が聞こえてきた。

「卒業おめでとう」

 扉の隙間からそっと覗くと、檀上の上にリンとオビトが向かい合って立っていた。リンが卒業証書らしい紙を差し出し、オビトがゆっくりと手を伸ばして受け取る。

「ありがとう、リン」

 ホールの構造のおかげで、やけに響いた声に、涙が混じっているのが分かる。隙間から見えたオビトも、手の甲で目元をこすっている。

「遅刻して、みんな居ねぇけど……火影の爺ちゃんに渡されるより、ずっと嬉しいや」

 オビトが泣き笑いながら言うと、リンは「もう」なんて口にするけれど、その態度は優しい。優しさを人間にしたら、きっとリンのような形になる。
 リンに向けるオビトの笑顔を見ているのが堪えられなくて、わたしは扉から離れた。「スリーマンセル」というオビトの言葉が最後に聞こえて、そういえばスリーマンセルの班も発表されたことを思いだす。
 確かオビトは、リンとはたけくんと、三人で組む。
 わたしは、一期上の先輩に当たる人たちと組む。
 わたしたちは三人で居たはずなのに、四人で居たはずなのに。仲間外れはわたしだ。
 組み分けは偉い人たちが決めたから、わたしを仲間外れにしようとしたわけじゃないし、そもそもそんな子ども染みた発想をすること自体、間違っている。
 やっぱり、無理をしてでもリンと一緒に待っていたら。そうしたらあそこに立つのは二人じゃなくて三人だった。
 オビト、リンだけが待っていたんじゃないよ。わたしだって待ってたんだよ。
 でもオビトは、リンが待ってくれてさえいれば、よかったんだろうな。



11 別離

20180427


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