最果てまでワルツ | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



(前ページ直後の話です。とても短くて唐突に終わります)



「オレと、付き合おう」

 寝耳に水とはこのことだ。
 わたしの隣で今、チョコレート味のクッキーを食べているのははたけくん。
 毎年恒例になってしまった、オビトに渡せなかったチョコレートを供養するかのように食べてくれているけれど、今年は少し事情が違った。

「つっ、つき、つき……つき?」

 オビトのために作ったはずのチョコレートが苦くなってしまったこと。だから渡せなくてリンと二人で食べようと思っていたら、そのリンが不在でそれも叶わなかったこと。結局いつものように、この公園のベンチで座っていたことを話したら、はたけくんは失敗したチョコレートをちょうだいと言った。
 はたけくんが来てくれてよかったと、ホッとした気持ちで包みを渡したら、なぜだかそういう話を持ちかけられてしまった。

「きつつきみたいになってるけど」

 冷めた視線を寄越され、そんなつもりはないと慌てて口を噤んだ。目の下の鼻やは口元は絶対に見せてくれなかったのに、それまでの徹底ぶりはなんだったのかというほどあっさりと晒している。予想はしていたけれどすごくカッコよくてドキドキした。
 顔を見せたことにも、突然の提案にも戸惑い、頭はちっとも回らない。

「な、なんで?」

 わたしからすると、何の脈絡もない提案だ。
 けれどわたしと違って頭がよく回るはたけくんだから、もしかしたら何か考えがあるのかもしれない。はたけくんと付き合うことで得られる、とても合理的な何かが。

「好きだから」

 淡々と答えると、はたけくんはクッキーを摘まんでポイと口に入れる。甘さを控えたおかげか、はたけくんの手はさっきから止まらない。

「……好きなの?」
「そうだね」

 問うと肯定されたけれど、さきほどと同様にとてもあっさりした返しだったので、いまいち腑に落ちない。
 『好きだから付き合おう』というのは理解できる。けれどその割には言葉や態度に熱が足りない気がして、本当にわたしが好きだからなのか判別がつかず、納得がいかない。

「なんで……?」
「好きだから」

 再び同じ答えが返ってきた。声のトーンもほとんど変わっていない。
 どうやら本当に、『好きだから』という理由でしかないようで、じゃあ今この瞬間、わたしは告白されているということになる。
 ようやく、じわじわと実感できて、首から上がポカポカと温かく――むしろ熱くなってきた。二月の夜の寒い外気に当てられているのに、のぼせてしまいそうだ。

「あのさ。ここ最近、サホがオビトのためにって作ったチョコ、苦かったんだけど、自覚ある?」

 クッキーを口へ運ぶ手を止めたはたけくんが、頭を傾げて訊ねる。少し流れた銀髪が、公園の外灯に照らされる。整った顔と相まって華やいだ。ヨシヒト辺りが見たならば、『美しいね』と手放しで褒めただろう。わたしはいまだに、ヨシヒトからは及第点ギリギリしかもらったことがない。

「オビトは苦いより甘い方が好きだよね?」
「……うん」
「じゃあ、誰のために苦くしてたの?」

 誰のためって。そりゃ、もう。

「は……はたけくん?」

 嘘はつくべきではない。ついたとしても、聡いはたけくんにはバレてしまう。嘘をついたと知られる方がよほど面倒だから、恥ずかしくても事実を述べた方が身のためだ。

「で。バレンタインのチョコレートは、誰に渡すものなんだっけ?」
「……好きな人に」

 菓子店や食料品店に掲げられたポスターの、『バレンタインデーは気持ちを伝えよう』と呼びかける文章を思い出す。
 もうすっかり、木ノ葉隠れの里では『バレンタインデーは好きな人にチョコレートを渡す日』として定着している。それこそ老若男女、流行りに疎いおじいちゃんおばあちゃん世代ですら、なんとなくそういう日なのだと把握している。

「オレはサホが好き。サホもオレが好き。なら付き合うべきじゃない?」

 勝手に『はたけくんを好き』と決めつけられ、このままでは丸め込まれてしまいそうだけど、いい反論は何一つ浮かばず沈黙を選んだ。
 『好きじゃない』とは言えなかった。たしかに甘さより苦さを求めて作っていたし、クシナ先生からもおかしいと指摘されたから、客観的に見てもわたしはオビトを好きなのではなく、はたけくんを好きと判断されても間違いではない。
 間違いではないけれど、ここで『では、そうしましょう』と返すのも、どこか抵抗がある。

「毎年さ。寒いでしょ。ここでオレを待つのも」

 一年の内、最も冷え込む時期の夜中は、骨まで凍りそうな日が続く。幸いにもここ数年はバレンタインデーに雪が降ったことはなかったけれど、降っていてもおかしくないほどに冷え込んだ日はあった。あのときは本当に寒くて、早く来てほしいと何度も祈ったものだ。

「風邪ひいちゃうよ」

 風邪をひきそうなのははたけくんだと思った。
 わたしを心配している気持ちの、その奥から、寂しげな眼差しを向けられている気がして、胸がきゅっと掴まれた。
 口元、左下。目立つ黒子が一つ。
 白い夜空に灯る黒い星に魅入られたわたしは、頭を縦に一度だけ振った。


20200416


Prev | ----