01

 ――最近、可笑しなものをよく見る。
 星陵高校一年七組に所属する蒼麻夏希は、頬杖をつきながらぼんやりと教室を眺めた。幸いというべきか何というべきか、夏希の席は一番後ろだったので、そこまで頭を動かさなくても教室中を見渡すことが出来た。
 まず一番初めに視界に入ったのは、如月颯紀という男子。友人と話している彼は、ぶっきらぼうで女子には無愛想な態度を取るが、顔は整っているし、聞いた話によると重いものを持っていた時に手伝ってくれたりするらしく、女子には人気だ。
 一見すると普通の男子なのだが、夏希の目には髪が背中中央ほどまで伸び、頭に二本の角を生やした姿が重なって見える。常に見えるわけではない。たまにふ、とその可笑しな姿が重なるのだ。瞬きした次の瞬間には消えてるような、一瞬だけ。
 可笑しな姿が見えるのは、何も彼だけではなかった。
 少し視線を横にやると、九重燎という男子が見えた。彼は社交的で話し上手で、友人が多い。実際、夏希のクラスでも中心人物になるような存在である。女子も彼とは話しやすいと言っているし、颯紀とはまた違う格好良さが人気だった。
 颯紀に重なって見えるのは頭に角を生やした『鬼』のような姿であったが、燎に重なって見えるのは違う。ふさふさと柔らかそうな獣の尾が九本、それから狐のような耳が、頭に生えている姿が重なるのだ。
 正直、初めて見た時の衝撃は忘れられない。颯紀のような『鬼』の姿はまだ格好良く見えなくもないが、獣耳って。男に獣耳って。二次元ならともかく、現実ではちょっと有り得ないと思った。いくらイケメンだとはいえ。
 とはいえあのふさふさしている尻尾には少し触れてみたい。夏希はもふもふとした手触りのモノが好きである。機会があったら是非とも触ってみたいが、そんな機会は訪れなさそうだ。
 その燎と話している男子、時任羽間も人気であり、可笑しな姿を見せるものの一人だった。彼はいつでも楽しそうな笑みを浮かべており、仲の良い女子と話している。遼と組んで女子をからかったりしており、同じようにクラスの中心人物といえるだろう。やはり女子は話しやすい男子に惹かれるのだろうか。どうでも良いが。
 けれど羽間も颯紀や燎ほどは可笑しな姿を見せないが、それでも変な姿を見せる者の一人であった。颯紀と同じように髪を長く伸ばした姿が重なる。先の二人と比べると、いまいちインパクトがないが。
 ところで、女子には無愛想な態度を取るといった颯紀が、唯一仲の良いといって良いほど話す女子が居る。氷河咲雪というその女子は、色白で儚げに見える美人である。颯紀だけでなく遼や羽間とも仲が良いが、女子とも仲が良い為苛められるといったことはないようだ。
 色白というが、夏希から言わせれば彼女は白すぎる。まるで雪のように白いのだ。彼女に重なる姿も髪が真っ白くなっているし、それに一度彼女の落し物を手渡した時に触れてしまった手の、死人のような体の冷たさが忘れられない。まるで雪女のようだった。雪女なんて本当に居るはずはないだろうけれど。
 さて、今まで四人の美男美女を紹介してきたが、このクラスには同じように騒がれている者があと二人ほど居る、しかも彼らも可笑しな姿が重なるのだ。人間には欠点があると言うが、そんな欠点は聞いたことない。
 咲雪から視線を逸らした、ベランダ側の教室の隅。そこには残りの二人、白崎御影と黒羽那岐が話しているのが見えた。夏希は話しかけたことはないが、那岐は他人と会話する気がないらしく、会話が続かない。御影の方は会話は続くが、物言いがキツく話しにくいと聞く。けれど端整な顔立ちにやはり影での二人の人気は凄い。
 御影の方は髪が銀色になり、顔に蛇のような鱗がいくつか見える。目も何だか爬虫類のような目になっているので、夏希は彼の目が少し苦手だ。那岐は鴉のように真っ黒く大きな翼が生えている姿が重なる。まるで本当に空を飛べそうなほど、大きくて力強そうな翼が。
 常に見えるわけではないと言っても気になるものは気になってしまう。特に颯紀、遼、那岐に関してはコスプレと言ってもいい域にまで達しているし。友人に聞いても彼らの可笑しな姿は見えていないようで、誰もこの気持ちを分かってくれる人は居なかった。まさか本人達には言えないし。
 彼らの他に可笑しな姿が重なっている者は見たことがない。他のクラスを見ても、そういう人間は一人もいない。つまりは彼女の在籍している、この一年七組だけが異質だった。

「何なんだろ、本当……」

 ポツリと呟いて溜息を吐く。どうして自分だけに見えるのか。彼らは一体何なのか。
 何も彼女は最初から可笑しなものが見えていたわけではない。この星陵高校に入ってから、彼らを見てから、可笑しなものを見るようになったのだ。ある日突然、何の前触れもなく。
 今のところ実害はないし、まあ良いんだけれど、と半ば諦めたように思う。ふとした瞬間に見てしまうものを制御する方法など、彼女は知らないのだから。

「――夏希、お昼ご飯を食べに行こう!」

 いつの間にかチャイムが鳴っていたようだ。友人の声でそのことに気づき、夏希は友人に返事をしてから財布を持って立ち上がる。彼らから視線を逸らして、何事もなかったかのように。
 そして彼らもまた、誰一人として夏希を視界に入れている者など居なかった。



* * *



 お昼を食べて、午後の授業を受けて、その間にも何回か彼らの姿が重なるところを見たけれどいつものことだと気にも留めず、今日は部活がないから早々に帰宅して、夕飯を食べて風呂に入ってさあ寝よう、と目を閉じたはずだった。

「……あれ?」

 眠れずにふと目を開けた先に見えたのは見慣れた自室のベッドではなく、真っ暗な先の見えない廊下。混乱して辺りを見回して、ようやく此処が自分の通っている星陵高校だと気づいた。
 夏希は星陵高校の廊下の真ん中に立っていた。パジャマのまま、靴も履かずに裸足で、就寝しようとした時の格好のまま。
 夢かとも思ったのだが、廊下の冷たさが夢ではないことを知らせてくる。頬を引っ張ってみても痛かった。どうやらこれは現実らしい。
 けれど夏希に高校に来た記憶はない。当たり前だ。自分は確かにベッドに入ったはずなのだから。それなのに目を開けたら学校の廊下って。

「私そんなに学校好きだったっけ……?」

 現実逃避気味に呟く。学校は嫌いではないが、無意識のうちに来てしまうほど好きでもない。
 帰りたいが、夏希は学校まで自転車で四十分ほどある場所に住んでいる。徒歩なんかじゃとてもじゃないが帰りたくない。しかも今は裸足だし、パジャマだし。こんな時間に一人で歩いて帰るのも怖いし。
 電話すればいいのだが、携帯はないし、お金もない。正直手詰まりだった。

「と、とりあえず明かりでもつけよう……」

 真っ暗な廊下の中で一人佇んでいるのは怖い。しかし廊下の電気のスイッチは確か階段のところにあったはずで、今夏希が立っている場所は廊下の真ん中。近くにスイッチなどない。
 教室の電気でもつけたいが、生憎と教室は全て鍵がかかっていて、だから彼女は暗い中階段まで歩くことを余儀なくされた。
 月明かりだけを頼りに、窓の近くをゆっくりと歩く。先は暗い闇に覆われていて何も見えない。それは後ろも同じで、出来れば前進も後退もしたくないほど怖かったけれど、立ちつくしているわけにもいかないので歩く。
 どれくらい経ったのか、やっとのこと階段に辿り着き、電気をつけようとしたところで気づく。

「あ……」

 どうやら此処は二階だったらしい。教室のプレートが見えなくて気づかなかった。外を見ている余裕なんてなかったし。そしてもう一つ。
 消し忘れだか何だか知らないが、一階の教室の一つに、電気がついていることに。
 誰か人でも居るのだろうか。電気がついているということはそういうことだろう。見回りの人でも誰でもいいから居てくれるのなら、恐らく携帯を持っていると思うので家に電話することも出来る。
 夏希は淡い希望を持ちながら、足を滑らせないように階段を気をつけて下りて、電気のついている教室へと向かう。
 それは、彼女の在籍している一年七組だった。
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