01

「おめでとうございます!」
「……え?」

 ――迫り来る衝撃。避けようにも、体が鉛のように重くなってしまって、少しも動くことが出来ない。出来るのはただ、ぎゅっと目を瞑って次の瞬間来るであろう衝撃に耐えうることだけ。
 けれど来るであろうと待ち構えた衝撃は一向に来ずに、代わりにやってきたのは何故か歓迎するような声。
 恐る恐る目を開いてみると、目の前にあったのはこちらに迫ってくるはずの鉄の塊ではなく、愛想の良い笑顔を浮かべた男性女性であった。
 紙吹雪のような物が舞っており、頭上には『祝! 百億人目!』と書かれた垂れ幕が掲げられており、彼らの後ろに見える内装は、どうやら店の中のようだった。大勢の人が何事かとこちらを伺っている。
 頭が追いつかなかった。たった今まで、小学生の時からずっと一緒だった親友と共に家に帰ろうとしていて、それで転んで道路に飛び出してしまった小さな男の子を見かけて、無我夢中で助けようと飛び込んで。
 そこで車に撥ねられる、と思って目を閉じたら、何故か見知らぬ店の中に居た。道路だったはずなのに。

「え、あ……え?」
「貴方は丁度百億人目のお客様です! お祝いに、プレゼントを贈呈致したいと思います!」
「あ……ど、うも……?」
「こちらをどうぞ!」

 何がどうなっているのかさっぱり理解していないまま手渡されたのは、カードのようなものだった。金色に彩られたカードで、プレミアムと書かれている。
 何がプレミアムなのかはまったく書かれていないので、何のカードなのかも分からない。
 受け取ると同時に盛大な拍手をされた。従業員だけではなくお客の中にも拍手をしてくれる方が居て、何だか気恥ずかしい気分でいっぱいである。

「これは……?」
「プレミアムカードです! 本来は手に入れられる方は限られていますが、お客様は特別な方ですから!」
「えーと……何に使うものなんですか?」
「来世の引き換えカードです! プレミアムな来世が選べますよ!」
「……え?」

 今、彼女は何と言ったか。プレミアムな来世って、何だそれ。
 そう思っているのが顔に出ていたか、カードを手渡してくれた女性は他の男性に何かを言われ、頷いた後に「こちらへどうぞ!」と奥へ案内しながら色々と説明してくれた。

「このデパートは『来世デパート』と申しまして、今世での生を終えた方に、来世の為のお買い物をして頂く為の場所でございます!」
「来世……デパート?」

 当たり前だが全く聞いたことがない。というかそもそも此処はどこにあるのか、それすらも知らないと言うのに。
 女性は大勢の人でごった返しになっているフロアを上手くすり抜けながら、エレベーターの前に立った。上に行くボタンを押しながら、エレベーターが下りてくるまで説明の続きがされる。

「ええ! 勿論買い物をして頂かなくとも来世の人生は送れるんですが、その場合は残り物の人生を強制的に選ばされちゃうんですよねー。だから殆どの方はここで買い物をしていきますね!」
「はあ……買い物。因みに何で買うんですか? お金? でも私、お金なんて……」
「いいえ、現金ではございません! ここでは持ち点によって買える人生が決まるんです!」
「持ち点?」
「はい! どのような存在も、生まれた時からある一定の点数を持っていらっしゃいます。それを生きている間、如何に減らさないでいられるかによって、来世の道が選べますね。減点方式で加点はありませんので、気をつけなければいけないですね!」

 満面の笑顔でそのようなことを言われても困る。それってつまり、良い来世を送りたいなら、人生においてただの一度も失敗は許されないと言われているようなものじゃないか。
 来世の為に今世で気をつけなければいけないなんて、そんな堅苦しい人生は嫌だなとぼんやり思った。
 するとその時、音がしてエレベーターの扉が開く。

「どのような生き物でいらっしゃっても、持ち点は十万点なのですが、今までで一番凄かった方は九万九千九百九十点の方でしたね! いやー、どんな人生を送っていれば、あんなに減点されずに済むんだか。つまらなさそうな人生っぽかったですけどねー。あ、どうぞ」
「……」

 さらっと酷いことを言うな、と顔を引きつらせていたら、女性は一番上にあるボタンを押し、困ったような笑顔へと変えた。

「あっ、すみません、余計なことを言ってしまって! 私の持ち点五万飛んで七百程度でしたからねー。ついつい信じられなくて」
「はあ……」

 どんな表情をしたら良いか分からなかったので曖昧に笑っておいたが、女性は華麗にスルーしてプレミアムカードの説明に入る。

「それでですね、プレミアムカードは何と、全て九万点以上の方しかお買い上げできないんです! 十万点もあるんですけど、購入された方はまだ居なくて。ですから、お客様が初めてお使いになられますね!」
「え……これ、そんな凄いものだったんですか?」
「ええ、まあ! お客様は当店が出来てから百億人目の方ですし! こんな沢山の方が当店をご利用してくださるなんて、感無量につきますね!」

 エレベーターが着く。透明なエレベーターだったので話しながら外を見ていたのだが、此処は相当高い。何階建てなのだろうか、などとどうでも良いことを考えながら、女性の後ろについて、そのフロアの一番奥の扉に入った。
 此処に着くまでに歩いてきた道程の中には人やそうでない生き物が沢山居たが、此処まで来ると誰も居ない。プレミアムだし、と恐縮してしまう。
 部屋の中にはやけに豪華な扉が一つと、見覚えの無い機械が一つ。その周りには壁一面の本が所狭しと並べられていた。

「此処は……」
「プレミアムな人生をお買い上げになった方専用のお部屋ですね! こちらで様々なサポートをお付けすることが出来ます」
「はあ……」
「お客様は特別なので、バンバンつけちゃいますねー」
「あ、ちょっ!」

 止める間もなく女性は次から次へと本を手にとっていく。どんどん積みあがっていく本の量に青ざめるほどだ。いや、特別待遇だからって幾らなんでもやりすぎではないだろうか。
 此処まで良くしてもらうと、逆に何だか怖いというか、何とも言えない感情が浮き上がってくるというか。

「こんなもんでしょうか!」
「……本当に良いんですかね、こんなに良くしてもらって……」
「何言ってるんですか! 当たり前ですよ!」
「でも、私は偶然百億人目に来ただけであって……」
「いいえ」

 今までやけにハイテンションだった女性の声が、一転して酷く落ち着いたものとなった。その代わり様に驚いて紡ぐ筈だった言葉が途中で途切れる。

「偶然などではありません。お客様が百億人目になることは、最初から決まっていたのです」
「え……」
「このサービスは全てお客様の為にご用意されたもの。ですから、ご遠慮なさることは何一つないのです!」

 再び先程と同じように明るく言った彼女は、選んだ本を見たことの無い機械の上に置いていった。すると置かれていった本は淡く光り輝いて消えていく。
 どういう原理でそうなっているのか、見ただけでは分からない。

「あ、カード良いですかー?」
「あ、はい」

 受け取ったカードを、その機械のカード投入口から入れて、操作。出てきたカードには、先程まで書かれていなかった様々な文字が追加されていた。

「寿命以外で死ぬことは無い……全てにおいて愛される……絶対に幸せになれる……」

 その他にも色々書かれていたが、読んでいくだけで顔が引きつりそうになった。何ていうか、書かれていることの有り得なさで。

「さて! 準備は完了でございます! お客様にはその扉から旅立ってもらうことになります!」
「あ、あのー」
「アフターサービスもばっちり! 次の人生の障害にならないよう、記憶は消させてもらいますね!」
「いや、ちょっと……」
「それでは、いってらっしゃいませ!」
「話を……! あっ、きゃ!」

 大きな扉が開き、体が吸い込まれる。扉が閉まる際、女性が笑顔のままで、言った。

「次回のご利用も、お待ちしています」





End.
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