10/31 PM:20:00 (side.N)




「トリックオアトリート!お菓子くれなきゃ悪戯しますよー!」

ばんっと盛大に開けたドアの向こう、見知った人達が居るはずの部屋は明かりが落とされていました。
唯一部屋の真ん中、かろうじてテーブルと見て取れるその上にカボチャ型のランプがぼんやりとした光を放っているだけ。

「翔ちゃん、ここってトキヤくん達の部屋ですよね?」
「の筈だけど…」

僕の後ろに隠れるよう立っている翔ちゃんが不思議に思ったのかちらりと顔を覗かせる。
その瞬間、何かが僕の左足に触れた。というより、掴まれた。

「えっ…」
「なに那月、どうし……」

翔ちゃんまでぴたりとまるで何かをされたように口篭る。
自然と視線を足元へ向ければ、暗闇の中ぼんやり浮かぶ白装束から伸びた細い腕が僕らを捉えていました。

「なっ」
「お菓子くれなきゃ…」
「ひいっ!?」

背後からの声と翔ちゃんの悲鳴に振り向こうとすれば、今度は僕の右手が何かにぐっと引かれます。
一体何事かと向いたその目の前には、不敵な笑みを浮かべたカボチャ……

「うわああああ!?」
「へへーん、お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうよ?」

瞬間、パッと部屋の明かりが点けられる。
さっきまで僕の足を掴んでいた筈の白装束…もとい真斗くんがカチカチと明るさを調節していました。
黒く長いカツラを被って片目を隠した姿は、和装の幽霊でしょうか?ハロウィンらしくはないけれど彼らしいチョイスです。
後ろを振り向けば呆気にとられている翔ちゃんと、翔ちゃんの両肩を掴みイタズラに微笑む狼男…もとい音也くんの姿が。
と、すれば。
右に立つカボチャへ再び視線を向けると、カボチャに開けられた目の奥で綺麗な青がにやりと細められました。

「四ノ宮さん、思ったより驚いてくださり何よりです」
「トキヤくんでしたかー」

名を告げると彼は艶やかな灰紫の髪を、大きなカボチャの下からちょこんと覗かせました。
黒いマントに身を包んで、その姿はカボチャおばけといったところでしょうか。
よくよく見ればテーブルに置かれたランプとお揃いのようで中々凝っています。

「翔ちゃん、このカボチャさん手作りみたいですよ!」
「そうだな…」

背後からはどことなく暗い声。
不思議に思い振り向くと、音也くんにつんつんとちょっかいを出されて少し不服そうな翔ちゃんと目が合いました。

「どうしたの翔ちゃん、皆の悪戯にびっくりしちゃったんですか?」
「それだけならまだマシだよ…」

そう言うと翔ちゃんは自分の着けている被り物を手に取り、音也くんと見比べてはじとりとした視線を彼に向けます。
翔ちゃんの仮装は、灰色の大きなワンちゃんの頭に包帯を巻いたりネジをつけたその名も"フラン犬"さん。

「そっか、音也くんのオオカミさんとちょっと被っちゃいましたねー、被り物だけに」
「うまくねーよ!俺は折角揃いになるようにコウモリでもするつもりだったのにお前が…こんなっ…!」
「はは、翔の犬耳かわいいー」
「なんかむかつく!」

子供向けデザインのファンシーな犬耳がぴこぴこと揺れるフラン犬さん、翔ちゃんはお気に召さなかったのでしょうか。
折角可愛く出来たと思ったのに残念です。

「四ノ宮はドラキュラか、似合っているぞ」

やいのやいのと怒る翔ちゃんを宥めていると、長いウィッグをなびかせた真斗くんがまじまじと僕の姿を見つめます。
シャツもスラックスもほとんど何も手を施さず、布をマントのように巻いただけの服ですがどうやらちゃんとドラキュラさんに見えたようです。

「真斗くんも素敵ですよ、貞子さんですか?」
「自分の中ではお岩さんのイメージだ」

傍から見ればどこかずれたような会話を繰り広げていると、カボチャを被ったトキヤくんが小さな袋を僕と翔ちゃんに手渡してくれました。
中には可愛らしい二色のクッキー。とても美味しそうで思わずうわぁと感嘆の息を漏らしました。

「いつまでもドア先で騒ぐのもなんですし、中にどうぞ。他にもお菓子があるんですよ」
「本当ですか?本格的にパーティーって感じがしますね、ねぇ翔ちゃん!」

一人だけちょっと方向性の違う可愛らしい衣装だったことに不貞腐れていた翔ちゃんも、トキヤくん達の用意してくれたお菓子に気を良くしたのかいつもの調子を取り戻して音也くんと脅かし合ったりしていました。
ふと部屋の中を見渡します。
とても華やかな一つの色が、欠けていることにその時ようやく気づきました。

「あれ、レンくんは居ないんですか?」

彼の髪より幾分か色濃いオレンジ色のプリンにスプーンを入れながら呟くと、もちもちに焼かれたプチパンを指で千切りながら真斗くんが答えます。

「あいつは女性との用事があるそうだ、恐らく来ない」
「そうですか……」

折角のハロウィンパーティーなのに少し寂しいな、その言葉に真斗くんは優しい微笑をくれました。

「ハロウィンは今年だけじゃない、また来年もやればいいじゃないか」

来年、
当たり前のように真斗くんが口にしたその言葉はどこか夢のような輝きを放っていました。
こうして僕達が集まって一つの事で楽しめるのも、もしかしたら今年だけかもしれない。
もしかしたら来年には誰一人として一緒のハロウィンを過ごせない、そんな事だってあるのに。
どうしてか彼の口から出たその来年は、約束された未来のような気さえするのです。

「…そうですね、来年の仮装をどうするか今から決めなきゃ」

僕の胸の内に気づいているのか否か、真斗くんはそれきり何も言わずもぐもぐとお菓子を食べていました。
来年は、翔ちゃんに格好良い衣装を作ってあげなくちゃ。
音也くんとじゃれつく翔ちゃんの方に視線を向けると、あ、と何かに気づいたように彼は声を上げます。

「そういやさ、ドアに変なリボン巻かれてたんだけど一体何だ?他の部屋も所々よくわかんねーもんくっつけてあったけど」
「あーそれは」

音也くんが口を開くのと同時、コンコンと複数のノック音がします。
ややあって開かれたドアの向こうには僕達とはまた違う印象の仮装に身を包んだ人達が。

「トリックオアトリート!」
「お菓子くれなきゃ悪戯するぞー!」

キャラクターもののコスプレやボディペイントなど、とてもカラフルな姿でぱっと見ても知り合いかどうかすら判別がつきません。
小袋に分けたクッキーを彼らに手渡し、お返しにとオシャレなキャンディを貰ったトキヤくんがそれを僕らに配りながら説明をくれました。

「誰が言い出したか知りませんがドアに分かりやすく印をつけておくと、その部屋はお菓子を用意しているという意思表明になるそうです」
「へー、じゃあ結構皆やってるんだな」
「折角ですから私達も他のお部屋を回ってみますか?」

トキヤくんにしてはとても積極的な提案に、意外にも真斗くんが目を光らせて食いつきました。
余程あの仮装を気に入っているのでしょうか、可愛いですねぇ。

「俺はいいや、この格好見られんのなんか複雑だし留守番も必要だろ」
「あ、じゃあ僕も翔ちゃんと残りまーす」
「はは、帰ってくるまでにお菓子全部食べちゃダメだよー」

音也くん達を見送り、部屋には僕と翔ちゃんの二人きり。なんだかいつもの風景みたいです。
でも翔ちゃんはワンちゃんに巻かれた包帯をいじったりして妙にそわそわしていました。

「どうかしました?」
「いや、人来たら結局この被り物見られると思うと…」

可愛いと思われたくないからか、あれこれと装飾を弄っては少しでも格好良く見えるようにと試行錯誤する翔ちゃん。
そういう所が可愛いんだけどなんて言ったらきっと怒られてしまうので、そっと口を噤みます。

「なー那月、どうやったら格好良く見えるかアイデアねえ?」
「体にリアルな犬の着ぐるみ着用するとか」
「今更おせーしそもそもキモいだろそれ」
「うーん……」

翔ちゃんの手に持たれた被り物をまじまじ見つめる。
即興にしては中々ホラーな出来に見えるけれど、いかんせん元のワンちゃんがファンシーな作りなので上手く誤魔化すのは難しそうです。
大きく開かれた口もどこか可愛らしくて……

「そうだ、鋭い牙とかつければいいんじゃないですか?」
「牙って…そもそもドラキュラのお前がつけてねーじゃん」
「ん?」

言われてみれば確かに何か物足りない気がしていましたが、そういう事でしたか。
ふと、何か悪戯をしたくなり大きなマントを翻しながら翔ちゃんに背を向けました。

「翔ちゃん知らなかったんですか?僕は八重歯が鋭いので牙なんて必要ないんですよ」
「……マジで?」

その言葉に騙されたのか翔ちゃんはちらちらと僕の顔を覗き込もうとします。
ばさり、もう一度マントを翻して。
マントの中に包み込むように翔ちゃんを引き寄せて、かぷりと鼻先を甘咬みしました。

「っ…!?」

咄嗟に鼻を押さえた翔ちゃんは、けれどもどこにも歯形なんてない事に気づいてどこか恨めしそうに僕を見上げます。

「ごめん、八重歯なんてないです」
「おちょくりやがって…」
「翔ちゃんお菓子くれないから悪戯ですよ」

ふふ、と笑い翔ちゃんから離れようと腕を広げますが、今度は翔ちゃんが僕の腕を掴んで引き寄せました。
僕の左手首、シャツを少し捲ったその肉に翔ちゃんがやわらかく噛み付きます。

「へっ…!?」
「飼い犬に手をかまれる、ってな」

噛み付いた部分をなぞるように翔ちゃんの唇が触れ、ちゅ、と痛みが走りました。
よくよく見ればそこには赤く吸い付いた痕が。

「あー…吸うのはドラキュラの僕の専売特許ですよ…」
「那月がお菓子くれねーから悪戯だよ」

そう言って翔ちゃんは僕のほっぺをうにうにと撫でたり、首筋をくすぐったりと悪戯を続けます。
耐え切れなくなってくすくす笑うとつられるように翔ちゃんもにこりと笑いました。

「来年も、お菓子あげないほうがいいですか?」
「だな、再来年もその先も。あと格好良い仮装がいい」

当たり前のように来年もずっと一緒だと返してくれる翔ちゃんに、どこかほっと安心しました。
真斗くんも翔ちゃんも、離れないって信じてくれてる。
先を憂う気持ちはきっとハロウィンの悪い霊が僕に見せた悪戯ですね。
黙り込んだ僕を不思議そうに覗き込む翔ちゃんに、なんでもないよ、と微笑みかければ自然と翔ちゃんの顔が近づきます。
悪戯をしていた彼の指が唇を撫で、互いの吐息が触れ合うまであと僅か。
なんて思っているとドアの向こうから場違いなほど明るいノック音が。

「「あ」」

そうでした、今日はハロウィンパーティー。
お菓子を求めた悪戯っ子達が街を彷徨っているのです。

「えへへ、早速悪戯されちゃいましたねー」
「…お菓子渡してお帰り願おう」

ドアを開けた向こう、色とりどりの鮮やかな装飾はまるで闇を照らす電灯のよう。
騒がしい一日はまだまだ終わることなく続くのでした。


→10/31 PM:23:00 (side.R)








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