10/31 PM:23:00 (side.R)
部屋に戻ると驚くほどの静寂が出迎えた。
ぱちん、ルームライトを点ける。
普段なら同室の誰かさんが眠っているはずのベッドは空で、椅子の上には彼の部屋着が丁寧に畳んで置かれていた。
時計を見やると日付が変わるまではまだ数時間あった。こんな時間に彼が部屋に居ないというのは滅多にない事なので少し違和感を覚える。
ああ、ハロウィンパーティーに呼ばれているんだっけ。
今朝方に言われたことを思い出しけれども今更顔を出す気にもなれず、着ている服もそのままにベッドへ寝転がった。
イッキ達には悪いことをしたかな、それとも俺が居なくたって気にしないかな。
普段は思わないような少し寂しい心が出てしまう。
本来ならもっと遅くまでレディと過ごす予定だったが、どうにも気乗りせず早々に別れてしまった。
こういう事は時々あるのだ、決まってそんな日の朝はあの気難しい同室者と何かがあった日なのだが。
別に今日は口喧嘩をしたとか、そんな事は一切なかったけれど。
なんとなくあいつの顔がちらついて仕方なかった。
「……疲れた、少し眠ろう」
誰に言うでもなくぽつりと言葉を漏らす。
瞳を閉じれば驚くほどすっと夢の中へと入ってゆけた。
「……い、おい」
「ん……?」
がくりと揺さぶられ、目を覚ます。
瞼を上げれば煌々と照らすライトが眩しかった。
と、思った次の瞬間長い黒髪が視界いっぱいにぬらりと映り込む。
「……っ!?」
「なんだ起きたか」
びくりと飛び起きるように身を起こせば長い黒髪はゆらりと離れる。
よくよく見ればそれは同室者である聖川で、悪い夢かと驚かされた身としては非常に憎たらしかった。
「お前それ…何?」
「何って仮装だが」
「仮装は分かるけど、何をイメージしているわけ」
「お岩だ」
何ともハロウィンらしさの欠片もない白い着物をばさりと脱いで、彼はさしてこちらを気にも留めず服を着替え始めた。
長い髪は女性のようなのに素振りは一切の恥じらいもなく、やがてそのウィッグすら外され目の前には普段通りの聖川が現れた。
「お前にしては帰りが早かったようだが、折角なら一十木達の部屋へ来ればよかったのに」
「…あまりそういう気分じゃなかったんだよ」
「そうか」
慣れた手つきで着物を畳む彼の手元をぼんやり見つめる。
うっとおしい、とか何とか言われるかと思いきや相変わらずこちらを気にする事はなかった。
ふと着たままのジャケットに目をやる、横になったせいで妙な皺が出来てしまったようで少々不恰好だった。
ばさりと脱いでハンガーに掛けるが、どうも他まで着替える気にはならず再びベッドへごろりと転がる。
「また寝るのか」
「何だか今日は疲れたんだよ」
ふかふかのベッドに体が沈む。
心地好い感覚にそっと目を瞑るが、一度途切れてしまった睡魔は中々戻ってはこず無駄に寝返りをうった。
「…神宮寺、寝るか起きるかどっちかにしろ」
「何でそこまでお前に口出しされなきゃならないの」
つい反射的に返した憎まれ口に、けれども聖川は眉一つ動かそうとはしない。
ややあって彼はこちらに近づくと、ぽすん、と可愛らしい小さな袋を寄越した。
「忘れない内に渡しておく、一十木達からだ」
「手作りクッキーとは粋な事するね、あの子達らしいや」
こういうものは劣化が早い、折角の好意は美味しいうちに食べてやるのが礼儀だろう。
身を起こしていそいそと袋を開ければ途端にふわりと香りが広がった。
バターとカボチャの甘さがとても食欲をそそる、一口かじると素朴な味わいが広がった。
もう一種類のクッキーに目をやる、色合い的にもどうやらチョコレートのようだった。
チョコレートが苦手な身としては少々構えてしまうが折角作ってもらったものだし、クッキーにしてあるならば食べやすかろう。
掴んだクッキーと少々睨めっこしつつかじりつく。
「……神宮寺」
「ん?」
瞬間、聖川の呼び止めに指だけを離しかじりついたまま声の方を向く。
知らぬ間に間近に迫っていた聖川にびくりと身を引こうとするが、冷たい指が顎を捉える。
ぱくりと口をあけて、咥えたクッキーに薄い唇がかじりついた。
「なっ……!?」
ぱきり、キッキーが二つに割れる。
微かに唇に触れたのはクッキーの破片とは違って吃驚するほど柔らかいものだった。
呆気に取られ固まる俺を尻目に、もぐもぐと聖川はクッキーを咀嚼する。
やがてごくんと喉を鳴らし、飲み込んだと同時にぺろりと唇を舌で舐めてみせた。
「ご馳走様」
「っ……お前なぁ」
「お菓子を貰っていなかったからな、悪戯だ」
けろりと言ってのけるその顔が憎たらしい。
じとりとねめつけるように見つめるが、彼はやっぱり俺を気にする事無くけろりとしていた。
今朝は妙に動揺していたくせに、可愛くないやつ。思ったと同時に今朝のやり取りを覚えてしまっている自分がどこかおかしかった。
「されたくなければ来年はちゃんと参加するんだな」
「ああ、そうさせてもらうよ」
聖川はタオルを持ってさっさとバスルームに消えてしまう、薄情な奴だ。
手元に残ったクッキーの袋を見つめると、よくよく見ればチョコレートよりもカボチャの割合が多いように見えた。
偶然だろうか、それとも誰かの気遣いだろうか。俺の好みを何だかんだで把握している人物なんて一人しか知らない訳で、余計憎たらしかった。
「来年、絶対仕返ししてやろう」
まだ当分先の今日に誓いを立てる。
当たり前のように信じる来年のハロウィンをどう過ごすか、その日に思いを馳せながらそっと目を閉じ夢の中へと沈んでいった。
11/01 AM:12:10 Halloween End.
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