掛け違い、ちぐはぐ(翔那)




僕は翔ちゃんの事が大好きです。
可愛くて頑張り屋さんで、とっても優しい翔ちゃん。彼を見ているといつだって心穏やかになります。

「じゃあじゃあ、俺のことは?」
「音也くんも大好きです!」
「…"大"好き、なの」

素直な気持ちを述べただけなのに。
音也くんはなんだか不思議そうな表情で、真斗くんと顔を見合わせています。

「あ、勿論真斗くんの事も大好きですよ!春ちゃんだって…」
「えっと、四ノ宮さん、待ってください」

僕の向かいで話を聞いていた春歌ちゃんが、まるでストップをするように両手を突き出します。
その顔は音也くん達と同じく、不思議そうな、何かを言いたそうなもので。
けれども僕は、彼女達の言わんとする所がよく分かりません。

「僕、何かおかしな事言いました?」
「えーと、四ノ宮さんは来栖さんの事が好きなんですよね…?」
「はい、翔ちゃんだーい好きです」

疑問に疑問で返されてしまった事も気にせず、僕は再び気持ちを述べます。

「それは、私達に対する"好き"とは違う…んですよね?」

ふと見れば、皆の表情が一様に心配そうなものに変わっていました。
どうしてそんな顔するのでしょう。
どうしてそんな事言うのでしょう。
僕は翔ちゃんの事も、皆の事も、大好きなのに。それはおかしな事なのでしょうか?





「翔ちゃん、人を好きになるって、難しい事なのかなぁ?」
「ブッ……はぁ!?」

昼間の会話がどうも引っ掛かったままだった僕は、思わず翔ちゃんに相談してみました。
そうしたら翔ちゃん、飲んでいたペットボトル飲料を吹いちゃって。
大変、折角の服が汚れちゃいます。でもそんな所も可愛いなぁ。

「那月…お前なんか妙なモン食った?まさかとうとう自分の作った料理で」
「ひどいです…別に何も食べてませんし、そもそも僕の料理は何の問題もありませんよ?」
「お前自分の胸に手ェあててから言えって…」

零した水滴を拭って、翔ちゃんは僕の隣に腰掛けます。
僕より遥かに小さな彼が、きらきらとした瞳でこちらを見上げてくる。
ただそれだけで、あまりの可愛さに抱き締めちゃいたくなるのですがここはぐっと我慢です。

「…で、那月、何かあったのか?聞いてやるから話してみろって」
「実はですね…」

案外聞き上手の翔ちゃんは、時折こうして他愛もない話を聞いてくれます。
今日だっていつものように相づちを打ちながら、昼間の出来事を語る僕にふんふんと反応してくれていました。
が、途中から…まるで昼間の音也くん達のような…いや、もっと複雑そうな表情を浮かべて彼は僕を見上げてきます。

「…あのさぁ、那月…お前が俺に対して言う"好き"って、どんな"好き"なワケ?」
「えっ…」

『それは、私達に対する"好き"とは違う…んですよね?』
思い出したのは、春歌ちゃんの言葉でした。
僕は皆の事が大好きで、それが当たり前なのだと思っていました。
けれども彼女に、翔ちゃんに、悲しそうな表情で問われてしまうなんて。

「…勿論、好きの気持ちは皆それぞれちょっと違います。翔ちゃんは可愛いところが大好きだし、音也くんは明るいところが好きで」
「そうじゃなくてさぁ!」

不意に肩を掴まれ、そのまま押し倒されます。
幸い腰掛けていたのはベッドだったので、ちっとも痛くはありません。
ただちょっと、翔ちゃんの行動にびっくりして思わず声を失ってしまいました。
跨がるように乗っかった翔ちゃんは、切羽詰まった表情で僕を見下ろします。
その瞳からは今にも涙がこぼれ落ちてしまいそうで。
どうしてそんな顔するのでしょう。
どうしてこんな事するのでしょう。
僕は何を、間違っていますか?

「……なぁ、那月。好きなんだ」

やがて真っ赤な顔で、彼は声を震わせながらそう呟きました。
とても嬉しいです、翔ちゃん。僕も翔ちゃんの事大好きです。
そう告げようと開いた唇からは、けれども言葉を紡ぐことが叶いませんでした。

「ン……っ」

翔ちゃんの髪がさらさらと、僕の頬をくすぐります。
思わず見開いたままの瞳には、今までにないほど近づいた彼の顔が映りました。
長い睫毛がふるりと震えて、ああ翔ちゃんはこんな所まで可愛いや!と嬉しくなります。
そう、キスしているという事実に繋がるまで大分時間を要しました。

「っは…」
「ぁ…の、翔ちゃん、何で…」

ちゅ、と音を立てて離れた互いの唇からは、浅い呼吸が繰り返されます。
翔ちゃんは僕にもたれるように、抱きつくように、胸元へ顔を埋めました。

「…俺の"好き"は、こういう"好き"なんだよ…分かれよ」

翔ちゃんは顔を伏せたまま、こちらを見ようとはしません。
僕は、肩を震わせた翔ちゃんを抱き締めてあげたくて。けれども今そうするのは何かが違ってしまう、そんな気もして。
では、どうすればいいのかと考えた結果。
やっぱり僕は翔ちゃんの事が大好きだから、その気持ちをもう一度伝えるしかないのです。



「翔ちゃんとのキス、とても嬉しかったです」

だってあんなに可愛い君を、見ることが出来たのだから!
新たな一面を知ることが出来て、僕はますます翔ちゃんの事が大好きになりました。
それでも僕は、皆の事も大好きです。今はちょっとだけ翔ちゃんに対する気持ちが、皆へのそれより勝っている。
果たしてこれはおかしな事なのでしょうか?



顔を上げた翔ちゃんは笑顔を浮かべていて。
けれどもどうしてか、今にも泣き出しそうに瞳を赤く腫らしていて。
そんな翔ちゃんを僕は、やっぱり抱き締めちゃいたくなるのでした。



END.









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