真冬の魔物、導入しました(翔那)




今年も一段と冷え込むでしょう、名も知らない天気予報士がそう告げるのはもはや毎年の決まりごとだ。
吹き荒ぶ木枯らしの音を聞きながら、寒そうですねぇ、と画面の向こうをどこか他人事のように眺めるのは隣でのんびり紅茶を飲む那月。
それもそうだ、外の世界がどんなに寒波だろうと今俺たちの居る場所は床暖房まで完備のマンションの一室。
アイドルとしての仕事をもらえる様になってはや数年、お陰さまで最新機器の揃ったマンションへと移り住むことが出来たが、その所為か室内からではちっとも季節特有の空気を感じ取ることはなくなった。
学生時代の寮でのちょっとした隙間風が懐かしい、と呟けばクッキー片手に那月がくすくすと明るい声を漏らす。

「なあに翔ちゃん、おじさんみたい……」
「失礼だな、少なくともお前よりは若ぇよ!」
「でも翔ちゃんがもう成人なんて、まだ信じられないですねえ……こんなに可愛いのに」
「お前はいちいち一言多いんだよ」

可愛らし過ぎるキャラクターがプリントされた皿に手を伸ばし、洒落た形のクッキーをひとつ掴み取る。
久々にオフが被ったからと那月からのお誘いが来たときは正直身構えたが、流石に数年経っても改善されない料理の腕を自覚したか用意されるお茶菓子は市販のものばかりだった。
それでも大きなイベントがある時はここぞとばかりにケーキ作りを志願し、その度真斗やトキヤが気を揉むハメになる。俺はもうその役を降りた、いい加減こりごりだ。
形ばかりに点けたテレビの画面には華やかな女性タレントの姿、最近話題のスイーツからこの冬おすすめのあったか料理など、兎にも角にも食べ物の話題しかない。
さっきから俺の隣でごろごろと寝そべる那月は時々テレビに視線を向けながらも、ほとんど手元の台本から目を逸らすことはない。オフだと言いながらしっかり仕事の予習をしているなんて、那月もすっかり成長したものだ。

「今夜は鍋ですかねぇ」

テレビの声を反復するように呟く那月、そうだなーと同調してみると続く言葉は皆も集まるかなあ、だった。

「俺らふたりじゃねぇの?」
「二人だけの方がいいですか?」
「いや別に……」
「ですよね、お鍋は大人数で食べた方がいかにも冬らしくて美味しいです」

俺ら仮にも付き合ってるんだけど、という言葉は結局出せずじまい。季節感を無視するような部屋に居ながら冬らしさに胸躍らせる那月は、良くも悪くもこういう所だけ昔のままだ。
仕事方面だけじゃなくてプライベートも少しくらい、成長させてくれればいいんだけど。
早くもスマホ片手にメールを打ち込む那月を眺めながら、望むだけ無駄か、と人知れずため息を吐き出した。




意外にも大人数が集まった那月の部屋、一品持ち寄り形式の鍋はどうしてか肉ばかりに偏って、わずかしかない野菜はほとんどトキヤの元へと消えていった。学生時代から食事には気を使っていた奴だけれど数年経った今も相変わらず、寧ろより徹底されてきたようだと同棲中の七海がため息混じりに、けれどもどこか嬉しそうに呟いていた。
学園を卒業したての頃は露骨な惚気なんてしてこなかったのに、やっぱり皆少しずつ変わっている。
現に俺だって昔より那月の一挙一動にああだこうだと突っ込まなくなったと鍋をつつく真斗に指摘されたが、そういう真斗も昔とは打って変わってレンへの態度が柔らかくなっている。
もっとも、鍋の席には居なかった当のレンは相変わらずみたいだけれど。
鍋三つ分はあったはずの食材が綺麗さっぱり片付いて、一人また一人と帰ってゆく背中を見つめながら美味かったなと呟けば、鍋を片付ける那月からは、楽しかったですね、と返ってきたもので。
薄々気付いてはいたけれど、長い間孤独を抱えていた反動か、こいつは「皆一緒」というものに少なからず執着を抱いている。
俺じゃあその隙間を埋めてやれないんだろうか、少しだけ寂しくなる心に気付いたのか那月はちょいちょいとソファへ俺を手招いて、ばかみたいにでかいブランケットに二人分の身体を包み込んだ。

「ごめんね翔ちゃん、ちょっとだけね、冬は欲張りな心が出ちゃうんです」

季節感のない部屋に住みながら、何言ってるんだよお前は。
二人分の重みで軋むソファの音が少しだけ大きく感じて、今更だというのに間近にある那月の顔を見つめるのが少しだけ気恥ずかしくなる。
もこもこなブランケットの中、じゃれ合って触れる肌は指先まで温かい。
雪だらけの世界からやってきたはずの那月からちっとも感じ取れない冬の匂い、ふとした呟きはほんの気まぐれだった。

「そもそも、冬っぽさが足りないんだよお前は」

何の気なしに発したその言葉を真に受けたらしい那月からメールが来たのは翌日の仕事中で、次のオフの予定をしきりに尋ねてくる。
生憎被る休みは当分先までないようだと告げれば、文面からでも読み取れるほどの落胆ぶり。と同時に、真冬の魔物導入しました、とおよそ意味の分からない言葉。
那月の理解できない言動なんて今更なので一々突っ込まない、そのまま数日放置してみれば珍しく二人ともの仕事が被る日。
前日の夜、どうせだから一緒に行こうかと打ち合わせたというのに時間が来ても玄関ホールに那月の姿はない。マンションに二つ設置されたエレベーターも一切動く気配を見せず、仕方なく部屋まで迎えに行く。
名前を呼びながらドアを叩くが一向に扉が開く気配はなく、仕方なしに取り出した携帯の向こうからは長すぎるコールの後にようやく那月の声が聞こえた。

『んー……はぁい』
「はぁいじゃねーよ!今何時だ、言ってみろ!」
『はちじ、ですねぇ』
「待ち合わせ過ぎてんじゃねーか!」

えへへ、と笑う那月は反省しているのかしていないのか、ちょっと待っててと電話を切った後おそらく電子操作であろうドアのロックを外し、けれども相変わらず出てくる気配を一向に見せない。
入るぞと声をかけて開けるドア、室内は真っ暗で今まさに眠りこけている真っ最中だと告げていた。
一目散に寝室へ向かおうとしてふと違和感が視界の端に映る。先週遊びに来たときにはなかった何かが、今に堂々と鎮座しているのだ。
実家での生活以来目にしていなかったそれは、どこか懐かしさすら感じさせる。

「……こたつ?」

訝しげに見つめれば数拍置いてもぞもぞと動く布団の中から、見慣れたクセ毛がちらりと顔を覗かせた。
おはよう翔ちゃん、なんて暢気な声と笑顔に一瞬ほだされそうになるものの、時間にあまり余裕がないことを思い出し急いで引きずり出す。
未練がましそうに布団を掴む手をはたいて、いい加減起きろばか、と叱ればようやくまどろみの向こうから戻ってきたのかへらりとした声でおはようなんて言われてしまう。ちっとも早くないっつうの。

「ったく、こんなモンいつ買ったんだよ……」
「翔ちゃんが言ったから」
「は?」
「冬っぽい生活、してみようかと思いまして」

もそもそと着替えながら笑う那月、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……冬といえばこたつにみかんと安直に考えたらしくテーブルの上にはご丁寧にみかんの籠が置かれていた。
お前はどこかずれてるんだ、今更すぎる指摘に相変わらず笑う那月はふと真剣な目をして俺を見下ろす。

「言ったじゃないですか、冬は欲張りな心が出ちゃうって」
「……ん?」
「こうすれば翔ちゃん、起こしにきてくれるかなって」

悪びれた様子も無く微笑む姿はそういえば時々見せられるものだった。
良くも悪くも那月はこういうところだけ、昔のままなのだ。

「二人きりじゃなくて不機嫌な翔ちゃんも可愛いけど、やっぱりお世話焼いてくれる翔ちゃんが一番可愛いです」
「……お前なぁ」

してやったりと口角を上げる那月にまんまと出し抜かれた哀れな俺は、折角抜け出したお世話係の称号にまた全身絡め取られてしまったようだ。
真冬に欲張りな心を生み出す恋人は、多くの人間を下半身どころか全身覆って離さない冬の風物詩なんかよりよっぽど魔物じみている。
それも悪くないと思えるくらいには、すっかり絆されているんだけれども。
厚手のコートに身を包んだ那月の手を急かすように引っ張れば、ぎゅうと強く握り返される。この手が離れることはこの先ずっとないんだろうな、呆れながらもそれはどこか嬉しくて。
そうだ、今度七海に会ったら惚気話のしかえしでもしてやろう。そんな事をぼんやり思いながら、まだ寒い冬の朝へと駆け出した。


END.









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