要するに確信犯(翔那)




那月は髪に無頓着な人間だ。
元がくせっ毛というのもあるのだろうが、多少寝癖がついていようがお構いなしで部屋を飛び出す。
そりゃ学生の今はいいかもしれないけど、お前は将来アイドル目指してるんだから少しくらい身なりに気を使え、と説教してやった。
のに。

「翔ちゃんが直してくれるからいいんです」

にっこり、と満面の笑みで言い放つ那月に呆れるのもすでに毎朝の日課となった。
俺はお前のかーちゃんでもなけりゃ兄貴でもないんだぞ、何度言っても「翔ちゃんが直してくれる」の一言で全てを片付けようとする那月。
試しに那月のことなんて無視してやろう作戦を決行するも、べったり教室までついてくる大男はあまりにも鬱陶しくて結局面倒を見てやるはめになる。

「おチビちゃんとシノミーは本当に仲良しだね」
「これがそう見えるならレン、お前相当目が悪いんじゃねーの」

始業のチャイムまであと数分、俺の席に座るのは那月で当の俺はわざわざ部屋から持参したホットブラシを蜂蜜色のくせっ毛に当てている。
今朝は特に頑固な寝癖だってのに相変わらずお構い無しで部屋を飛び出した那月。
せいぜい音也辺りに笑われればいいと思ったのに、ちゃっかり持ってきたホットブラシを俺に押し付けて「お願いします」といつも通り満面の笑みで那月が告げてきたのが五分前。
Sクラスの連中はこの光景に慣れているのか那月が教室内に居ようが俺の席に座ろうが一切気にすることは無い。もはや邪険に扱う気すら失せる。
くしゃくしゃの髪の毛をふわふわに変身させていると大抵声をかけてくるのはレンで、那月と仲良さそうに会話なんて始めるものだから頭痛がしてくる。
高校生にもなってルームメイトに毎朝寝癖を直してもらうなんて、どう考えてもおかしいだろ。それを咎めないレンもおかしい、だからいつまで経ってもこいつは甘えたような事ばかり言ってくるんだよと二人まとめて説教してやりたくなる。

「そもそも一番甘やかしているのは翔じゃないですか」

とは、遠くで俺らの様子を見ているトキヤの言葉。
んな訳あるか、毎朝貴重な時間を奪われて俺は迷惑被ってるんだよ。
折角早くに部屋を出てもぎりぎりまで那月に時間を費やされる。本人は悪びれた様子も無くありがとうと笑って、柔らかな蜂蜜色を揺らしながら予鈴のチャイムと同時に教室を出て行った。



「那月、ちゃんと髪乾かしたか?」

一日のうち那月と過ごす時間は案外短い。
クラスが違えば当然放課後の過ごし方もバラバラで、朝別れたきり夜まで顔を合わせないなんてざらだ。
けれど同じような日々が続けば体感時間なんてあっという間に縮まって、ほんの少し前に別れたと思ったらもう顔を突き合わせている。
お陰で朝から夜まで俺は那月の面倒見てばかり、って気がしてくる。現に今も、風呂から出て大分経つのに今だ髪から雫を滴らせる那月の姿にため息を吐き出すばかりだ。
ベッドを背に座りお気に入りのグッズカタログから目を離そうとしない那月に呆れ、仕方なくタオルで髪をくしゃくしゃ拭いてやれば案の定悪びれもしない声音で、くすぐったいよ、なんて呟きが漏れ出す。

「我慢しろよ、こうでもしないとお前そのまま寝ようとするだろ」
「凄い翔ちゃん、なんで分かったの?」
「毎日一緒に居りゃあ嫌でもお前の事なんか丸分かりなんだよ」
「えー、嫌なんですか?」

真っ白なタオルの合間から見上げる二つの緑はどこまでも真っ直ぐだ。
ゆるくかけられ今にもずり落ちそうな眼鏡を直してやりながら、さあな、と曖昧に返す。
那月はやっぱり満面の笑みを浮かべて、翔ちゃんの手はくすぐったいけどそれが気持ちいい、なんて言ってのけた。

「ねえ翔ちゃん、一緒に寝ていいですか?」
「なんで」
「ベッドが広いとどうも落ち着かなくて、寝返り打っちゃうんです。だから寝癖がたくさんついちゃうんですよ」
「ベッドを言い訳にすんな」

濡れている所為でいつもより幾分真っ直ぐな那月の髪にドライヤーを当てながら、散々聞き飽きた言葉に散々言い飽きた言葉を返す。
伸ばし放題で不揃いな毛先がふわりと膨らんで、けれどこれも明日の朝にはまたくしゃくしゃになっているのかと漏れ出すため息。
大人しく座っていたはずの那月はいつの間にやら立ち上がって、当然のように俺のベッドへごろりと身を横たわらせる。
寝ていいなんて言ってねえんだけど、奪われた布団を引き剥がそうと手をかけるが既に身を包んだ那月は、でもいつも許してくれるよね、とやっぱり悪びれもせずに笑った。

『そもそも一番甘やかしているのは翔じゃないですか』

んな訳あるか、こいつがこんな調子だから俺は仕方なく付き合ってやってるんだよ。
二人眠るには狭いベッドに身を預けながら、すぐ傍で聞こえる寝息に重ねるようにゆったりと呼吸を繰り返す。
鼻先をくすぐる蜂蜜色を一房とって、仕方ないから明日も直してやるか、なんて日課めいた事を思いながら柔らかな毛先に唇を寄せ、目蓋を閉じた。



END.









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -