風船蔓(翔那)




うんざりするほどの猛暑が、いつの間にやらそよ風を運ぶようになった頃。
たまには一緒にと手を引かれ歩く小道は、落ち着いた緑がすっかり秋の気配を纏っていた。

「もう夏も終わりか、早いもんだな」
「そうですねー、今日はまだちょっと暑いけど、夜には一気に落ち着くかなぁ」

なんてことはない学園内の、それでも滅多に人の来ない小さな森を那月と歩く。
ほぼ日課らしい夕暮れの散歩をいつもは見送るばかりだが、なんとなくの気まぐれで着いてきたのは正解かもしれない。
物珍しい草木を見つけてはいちいち目を輝かせる那月が面白くて、これはなんて花だろう、なんてつい一緒になって考えてしまう。

「向日葵みてぇ、なんだこれ」
「それはルドベキアって言います、向日葵と同じで太陽が大好きな花なんですよ。因みに花言葉は公平や正義です」
「詳しいんだな」
「よく目にするから、気になって調べたんですよ」

しょうちゅう歩いているらしい答え、他にも色々知ってます、だなんて花はもちろん俺からすればその辺の雑草と変わらなく見えてしまう草の名前まで丁寧に教えてくれる。
その中のひとつ、長く伸びたつるにいくつも風船のような実をつけた植物がふと目に留まった。

「それはフウセンカズラです、ちょっと前までは白い小さな、翔ちゃんみたいに可愛い花を咲かせてたんですよ」
「色々と余計だっつの……風船か、見たまんまって感じだな」

黄色がかった緑の風船は触れるとあまりに軽く、今にも破けてしまいそうな気がして思わず手を引っ込めた。
くすくすと笑い声が隣から上がって、直後、今度は那月の手が風船へ伸びる。
ぷち、軽い音と共にころりとした実が那月の手のひらに包まれた。無断で採るなバカ、慌てて窘めるが当の本人はけろっとした顔で、僕と翔ちゃんだけの秘密です、なんて笑みを浮かべる。

「この花が本当に可愛いのはね、風船の中なんだよ」

そう言って薄い膜のような袋がぴりりと破かれる。
空洞の中心にはまだ青味の残る種が三つ、そのうちの一つをぷちりと取って那月は目の前に差し出した。
ころころと丸い緑の種、袋に付着していた部分にはまるでハート型のような白い跡が残されている。
なるほど、可愛いってこういうことか。小さなハートを見る那月の目はいつも以上にきらきらしていた。

「時間が経ったら白いハートだけそのままに、真っ黒な種になるんです」
「へぇ、ハートを種蒔きって面白いな」
「お散歩すると色々な発見があって楽しいでしょう?」

だからまた一緒に歩こうね、なんて微笑まれてしまっては断ることも出来ない。
気が向いたらな、その答えに満足したのか那月は嬉しそうな足取りで前を歩き、ああそうだ、と振り向きざまに俺の手をとる。
手のひらにはころころとした三つのハート、育てろってか?那月は答える代わりにただにこにこと笑っていた。



寮へと戻る頃にはすっかり日も暮れて、いつも通りの日常を過ごしているうち夜になっていた。
眠気に襲われるのが早い那月はもぞもぞとベッドに潜り込み、今にも閉じそうな目蓋の隙間からうっすらと俺を見ている。

「翔ちゃん、まだ寝ないんですか?」
「来週までの課題もう少し進めたいからさ、先寝てていいよ」
「ん、おやすみなさい」
「おう」

部屋の中心に置かれたテーブルには課題用紙が散らばる。
開け放たれた窓からゆるやかな夜風が吹き込んで、飛ばされないかと気にしつつペンを動かした。
時々、那月の寝息と筆記音が重なって思わず笑いそうになる。
その度起こしてしまっただろうかとベッドを見やっては、暢気にぬいぐるみと眠る姿にまた笑いがこみ上げてくる。
課題に集中しようと視線を戻すが、すぐそばに置かれたティッシュの包みを思い出して集中力はまたどこかへ消えてしまった。
那月に渡された種をどうしようと悩んで、とりあえずは包んだけれどやっぱり蒔いて育てるべきか。

「……そもそも蒔くのって何月だろう」

携帯を取り出し検索サイトを開く、それなりに有名な植物なのだろうか名前を入れるだけで栽培ページが出てきた。
春、暖かくなった頃の種蒔き。鉢植えでも手軽に育てられるけれど三メートルほど伸びるため、フェンスのように背の高いものにつたを絡ませながら育てるらしい。
なるほど那月でも立たせておけばぴったりだ、なんてまた面白くなりつつ画面をスクロールすれば、ふと目に飛び込んできたのはフウセンカズラの花言葉。
永遠にあなたとともに。
可愛らしいハートの種に、よく似合っていた。
昼間、向日葵のような花を見つけたときに那月はその名前と、花言葉を教えてくれた。フウセンカズラの花言葉だって、きっと。
包んだティッシュをそっと開いて、種の一粒を手に取る。
引き抜いたもう一枚のティッシュにそっと包んで、那月の席に置いた。

「那月、これはお前にやるよ」

返事はない、寝ているのだから当然だ。
それでも彼なら明日の朝、目覚めてすぐに気づいてくれる気がした。

「花言葉なんだから、まずは花咲かせてからだな」

少し前までは暖かかった夜風も、今ではすっかり肌寒い。
永遠になんて約束は出来ないけれど、暖かくなって種を蒔いて、やがて小さな花が咲いた頃にまだ二人一緒の時間を過ごして居たら。
また散歩くらい付き合ってもいいかな、なんてぼんやり考えながら、那月の呼吸に重ねるよう再びペンを動かした。



END.









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