はさんでひらいて(マサレン)




ほんの悪戯心だった。
机の上、ぱたりと閉じられた読みかけの本に手を伸ばす。
書店でかけられたままのブックカバーはお世辞にも心地よいとは言えない肌触りで、ぱらぱらと捲るページの一枚一枚はあまりにも薄い。
それなりの厚さの文庫、ちょうど中央付近に挟まれた栞紐をなんとなく、一ページ先に挟み直す。
たった一ページの、数行の違い。話が飛んでいることに気づいた時、あいつはどんな顔をするのだろうか。
そんな、ちょっとした悪戯心。



「おい神宮寺」

夜も大分ふけた頃、机に置かれた簡素なデスクスタンドの明かりにぼんやり顔を照らした聖川が、いかにも不機嫌そうに眉根を寄せ俺の名を呼んだ。
珍しく早い時間に眠ろうとベッドに潜り込んだところだというのに、一体何の用なのか。
なんだい、と気の入らない声で返すと彼は、なんだいじゃないだろう、と声を荒げる。
共同生活を始めてからほぼ毎日のように彼とは衝突しているが、それにしてもこんなに怒っている様子は久しい。
仕方なく身を起こして聖川を見やると、彼の手には見覚えのあるブックカバー。
ああ、本を読んでいたのか。今朝方のちょっとした悪戯を思い出して何故彼が怒っているのか合点がいく。

「やはりお前の仕業か」
「さあ、何のことかな」
「とぼけるな、スピンをずらしただろう」
「……スピン?」

聞きなれない単語に首を傾げると、そんな事も知らないのかと言いたげに彼はため息を零す。
本から伸びた細い紐を指先にとって、これだ、と教えられ思わずああと声を上げた。聖川に教えられるというのは少々癪だが、知らない事柄を知るというのは素直に嬉しかった。

「もしかして気づかずに数ページ読み進めたのかい?」
「やっぱりお前がやったのではないか」
「他に誰が居るんだよ」

けたけたと笑い声を上げれば彼は益々眉根に皺を作って本を閉じる。
就寝前の大事なひと時を邪魔されたのだ、その怒りはもっともだったが本一つでそこまで怒るというのがどうしても、俺からすると笑えてしまう。
ひとまず形ばかりの謝罪をするが、その程度では彼の不機嫌な表情は崩れなかった。

「……読んだのか」
「その本かい?別に、俺は小説に興味ないよ」
「わざわざあんなページに挟んでおいて何を」
「……?一ページ捲っただけで、意味なんてないけど」

さっきまで仏頂面だった聖川が、今度は不思議なものでも見るような目で俺を眺めた。
そうして閉じたばかりの本をぱらぱらと捲り始めたと思えば、手にしたまま俺のベッドにずいと乗り上げる。
いきなりどうしたのかと声を上げる間もなく、見てみろ、と指さされたのはページの隅に書かれた番号。
今度は紐……スピン、だったか。それの挟まれたページの番号を指される。さっき見た番号とは四ページも違っていた。

「あれ……」
「この文庫は一ページが薄い上に、新品だと隣のページとくっつきやすいんだ」
「なるほど、じゃあ聖川は四ページ分いっきに飛ばして読んだって事か」
「お前、悪いと思ってないだろう」

呆れたように息を吐く聖川は、広げたページを眺め少しだけ顔を赤らめる。
どうしてそこで赤くなるんだろうか、なんでもないと零し机に戻っていく彼をおかしく思いながら、再びベッドに潜り込んだ。



翌朝、目を覚ますと既に聖川の姿はない。
眠い目を擦りながら布団から這い出る、大きく開けられたカーテンからは眩し過ぎるほどの朝日が差し込んでいて、逸らした視線の先に入ってきたのは昨夜の本だった。
ごく自然に手が伸びる。
スピンはどうやら俺が悪戯したページに挟まれたままのようで、あの後読破したのだろうか、ぱらぱらとページを捲れば思ったとおり後のページには広げた跡があった。
流し読むように目を滑らせる。どうやら恋愛短編の文庫らしく、目にしたページでは主人公の男が恋人と仲睦まじく話している。
君から借りた本はとても面白く有意義な時間を過ごせたよ、あら私の仕掛けが役立ったのかしら。
なんとなく気になってその先を読み進めてみれば、どうやらヒロインは推理小説を貸す際、わざと犯人をミスリードさせるページにスピンを挟んで渡したようだった。
普通に読み進めてしまえば分かりやすい犯人像、しかしスピンを取る時ミスリードに注目すれば、まさか、もしや、と思いながらエンディングを迎えられる。
主人公を楽しませるための仕掛け、なるほど恋愛小説らしい可愛らしさだった。
物語は次のページで終わりを迎える、ここに至るまでにどんな流れがあったのだろうか、つい気になりページを遡ると俺が悪戯にスピンを挟んだページのとある一文が飛び込んでくる。

私、あなたのこと好きじゃないわ。

後に結ばれる二人、しかしここにあるのは拒絶の言葉だった。
ラストから遡ってわずか十ページにも満たないというのに、この時点でヒロインは主人公を好いていないのだろうか?不貞腐れながら告げるヒロインがどうも気にかかり先を捲れば、なんということはない、その言葉はただのミスリードだった。
ふと、昨夜の聖川を思い出す。
不自然に顔を赤らめた彼の言葉、『あんなページ』と言った意味、本当は好いている相手へのミスリード。

「……う、わ……」

わざとらしい音を立てて机の上へと文庫を戻すが、どうしたって動揺を隠せない。
ちょっとした悪戯心だったんだ、話が飛んでいることに気づいた時、あいつはどんな顔をするのかって。
なのにこれじゃあまるで俺が、あいつのことを。

「……勝手に深読みして、自惚れるなって」

悪態をつくも、一度火照った頬は中々冷めない。
読まなければ良かったものを、仕掛けのもたらしたものは面白くも有意義でもない、やっかいな気持ちばかりだ。
かといって今更スピンを別のページに変えることもできず、一度意識してしまった事柄をどうやって誤魔化そうか、推理小説で犯人を当てるよりも難解な現実に頭を抱えるのだった。



END.









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