弾丸は既に装填された(翔レン)


※レン→真春前提





昔から他人の気持ちには敏い方だった。
病室で過ごすことの多かった俺にとっては家族も医者も皆どこか嘘をついているように思えて、大丈夫、の言葉の裏に隠されている意味を見つけてやろうと思ったのが多分最初。
そうしていくうち色んな「隠された顔」が見えるようになって、今では無意識にそれらを悟ってしまう。
芸能界ではそれこそ常に皆本心を隠して生きている、かつてルームメイトとして共に暮らしていた男のように本心を全面に押し出す事の多いイレギュラーも居るけれど、大抵の人間が当たり前のように作られた顔を貼り付けてこの世界を渡り歩いていた。
その中に時々、自分の顔を隠すのがあまりにも下手くそなヤツが居るっていうのが、昔からちょっと気になっているもので。

「翔くん、お疲れ様です」
「おお久し振りだなー、スタジオ使ってんの?」

レッスンも兼ねたレコーディングスタジオの一室から出てきたのはほんの数年前まで生徒として共に学び舎で肩を並べていた少女だった。
控えめながらも華やいだ声と愛らしい笑顔を浮かべて大量の楽譜を抱えている、学生時代から群を抜いて作曲能力の高かった彼女は思えばいつも楽譜を手にしていたような気がする。

「今終わったところなんですけど、真斗くんと、神宮寺さんも一緒にレコーディングだったんです」
「へぇ…レンも一緒って珍しいじゃん」

彼女、七海は公私共に真斗のパートナーだ。
デビュー当時こそ学生時代の縁で真斗とレンはよくデュエットなどの仕事をしてたけれど、ソロとして成功した今では双方別の方向性での仕事が多い。
俺と那月がプライベート以外で滅多に会わなくなったように、二人も同じものだと思っていたんだけど。
そもそもレンは……真斗と一緒の仕事なんて、受けたがらない筈なのに。
にこにこと微笑む七海の背後、レコーディングルームの扉が開いて見知った旧友が顔を覗かせる。

「……あれ、おチビちゃん久し振りだね」
「うっせーよ!てかいい加減その呼び方やめろ!」
「ごめん、つい癖でね」

悪びれた様子もなく笑うレンは昔より少しだけ落ち着いた印象を与える目元を細めて俺を見る。
レンの背後からやってきた真斗がこっちに気づいて互いに挨拶を交わす、そのやりとりを七海は嬉しそうに眺めているのに、レンの瞳はどこかぎこちない。
緩やかに口角を上げて作られた笑顔はかつてよく見ていたもので、けれど俺はその表情があまり好きじゃなかった。

「私たちはもう終わりなんですけど、翔くんは?」
「えっ……と、ちょっとだけ練習しようかと思って寄ったんだけどさ」

久し振りだし話そうぜ、告げるとレンは少しだけばつが悪そうに苦笑して、それでも首を縦に振り了承した。
じゃあ俺たちはこれで、と背を向け去ってゆく二人を見送りながら、本当似合いのカップルだよな、と口にすれば真斗は照れたように振り向いて、けれどレンは何も言おうとしない。
性格悪いんだ、俺。
こいつがどんな思いで二人の後姿を見つめているのか、知っている筈なのに。
ばたんとドアが閉まると同時、レンは深いため息を吐き出して俺を睨みつける。

「おチビちゃん、ちょっと捻くれたね」
「お前が未練たらしいだけだろ」
「……言ってくれるね」
「もう何年経ってるんだよ、いい加減上手くなれっての」
「なにが」
「……誤魔化すのがだよ」

壁に立てかけられたパイプイスを取って腰を下ろす。
お前も座れば、促すように見上げるがレンは苦虫を噛み潰したような顔で壁にもたれたまま動こうとしなかった。
直接聞いたためしはない、レンだってなるべく態度に出ないようにと気をつけてきた筈だけれど、俺は早々に悟ってしまった彼の本心。

「んな顔してよく一緒に仕事出来たな」
「一応、プロだからね」
「つらいだけじゃん、何で引き受けるんだよ」
「……そもそもおチビちゃんになんで、こんな事言われなきゃならないのかな」

大きくもたれた拍子に椅子がぎしりと音を立てる。
腕を組んで俺をきつく睨むレンは少しだけ、弱弱しさ感じさせる瞳をしていた。
それは初めて見せられる表情で、ただ漠然と、嫌いじゃないと思う。

「お前が心配なんだって、分かれよそんくらい」

レンは益々弱った色を青く揺らいだ両の瞳に湛える。
女の子の前じゃいつだって自信満々で、周りをリードするように自分のペースを守っているこいつの、完璧に作り上げられた神宮寺レンの、内側。

「お節介だね……まるで、あいつみたいだ」

ほらまた、そうやって。
未練がましい思いを引きずって俺の向こう側に誰かを透かして見るレンは本当に、隠すのが下手くそで仕方ない。
俺は昔から他人の気持ちに敏いんだ。

「じゃあさ」

ぎし、と再び椅子が軋む。
手を伸ばした先に触れる頼りない手首は、掴んだ瞬間にびくりと震えてなんだかおかしかった。
真っ直ぐ見上げたレンの表情は下手くそに隠していたつもりの内側を曝け出して、じっと俺を見据える。

「もう、俺にすれば」

性格悪いんだ、本当に。
その言葉の向こうにすらあいつを見てるって分かっていて、言うんだからさ。



END.









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