クラクラ(翔那)


※雰囲気程度のエロ
※翔那というかなんというか






もうすぐ夏ですね、静かな夜の空気に那月の呟きが溶けてゆく。
じわりと蒸す初夏の夜、肌蹴た服の衣擦れとベッドの軋みがえらく大きく響いていた。
薄暗がりの中控えめに笑う那月の声が聞こえて、けれどどんな表情をしているのか、頭の中に浮かぶ柔らかな笑顔と同じようで、どこか違っている気もする。
いつだって夢の中をふわふわ浮遊しているみたいな声を発する彼が、今夜はやけにこびりつくような響きだった。
それは肌に張り付く汗のようにべたりと鬱陶しい、けれど決して心地は悪くない不思議な声音だ。
ためしに名前を呼んでみれば、なぁに、とやけにじっとりした声が返ってくる。
暑さを助長する響きに一瞬だけ頭がくらついて、なんでもない、と呟く自分の声さえべたりと張り付いた声音に聞こえた。

「ねぇ翔ちゃん」
「なんだよ」
「夏ってね、ぼく、あまり好きじゃないんです」
「……お前、涼しいとこで生まれたもんな」

もともと病弱な自分以上に白い肌はまるで大地を覆う真冬の雪を思わせる。
溶けてしまう、そう言われたって不思議じゃない気さえする彼の存在そのものがどことなくこの空気には不似合いだった。
薄暗がりでぼんやり浮かび上がる白は確かに目の前にあるのに、手のひらに伝わる熱はしっかりと互いの隙間を埋め合っているのに、どうしても遠く感じる。
ぽたりと腹部に落ちた雫はどうやら那月から零れたらしい、見上げた彼は荒い息を繰り返しながら幾筋もの汗を額から顎へと伝わせていた。

「少しだけ、くらくらしますね」

不服そうな呟きと同時にくたりと倒れてきた身体が圧し掛かる。
素肌同士が触れ合う感覚はべたべたとした不快感よりも、言いようのない満足感の方が大きかった。
しっとりと汗の浮かんだ首筋を指先でなぞって、くしゃり撫でた髪からは嗅ぎ慣れたシャンプーに混じって強い雄の香りがする。
昼間の彼には決してない、夜だけの香り。重く圧し掛かる肢体は直接的なまでに悦楽を教えてくれる。
窓はきっちりと閉めていた。そのくせ中途半端に開けたままのカーテンから細く伸びる月の光が少しだけ眩しくて、薄く目を閉じればまるで光を遮るように那月の顔が近づいた。

「ねぇ翔ちゃん、今、何考えてるの」

自分から尋ねたくせに、答えようと開かれる俺の唇を那月は当然のように塞いだ。
ん、と短い声が上がって、一度離れた温もりが今度は鼻先や頬に触れる。
柔らかな口付けと甘い締め付け、むせ返るほどの雄の香り。

「ちょっとだけ、くらくらするなって、考えてた」

身体じゅうが疼いていた。湿った素肌が擦れるだけでもう、毒だ。
熱に浮かされた真っ白な肢体をうねらせて、月明かりを背に那月はどこかべたりとした笑みをその顔に貼り付ける。
その時になってふと、本来ならあるはずの何かが欠けていることに気づく。ああ通りで、深緑の瞳が今日はえらく印象的に揺らいでいた。



「……翔ちゃん?」

ふわりとした響きで名を呼ばれた。
はっと見開いた目が捉えたのは薄いレンズ越しに揺らぐ二つの緑。
なに、言葉を発そうと口を開くがどうも喉が渇いて上手く音にならない。
全身が気だるく、薄手のシャツはじとりと湿って肌に張り付いていた。

「よかった、うなされてたみたいだからちょっと心配してたんです」
「……夢、見てたのか、俺」

那月の指が額に触れて、汗で張り付く髪を優しく掻き分ける。
部屋は明るかった。電気は消されているけれど、大きく開け放たれた窓から差し込む月明かりが爛々と輝いていた。
眩しさに薄く目を閉じると、那月の顔が近づいて、こつんと額同士が触れ合う。
……俺が欲しいのは、それじゃない。
唇を追おうと首をもたげて、そもそも俺と那月はそんな関係じゃないのだという事実を思い出す。
さっき見た夢のような事なんて起こりっこない、それなのにえらくリアルな、まるで本当にあった出来事のようだ。
離れた額はまだ那月の熱を覚えている。じわりと疼くそこに触れてみれば、見下ろす那月は月明かりを背に優しく微笑んだ。

「……俺、夏ってあんま好きじゃねえかも」

途端に初夏特有の温い風が吹き抜ける。
那月の髪が揺れて、シャンプーの香りと混じるように夜の匂いが鼻先をくすぐる。
ふと、夢の中で見た那月らしくない那月の笑みを思い出して、ほんの少しだけ頭がくらついた。



END.









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