現状維持(龍+レン)


※レン→マサ前提です





教師という職業は必ずと言っていいほど生徒から必要以上に懐かれるものである。
それなりに芸能界でも成功を収めていることもあり純粋にファンとして気に入られることもあるし、頼れる存在として敬意を払われることもある。
が、ただ一人だけどういった理由で俺に近づいてくるのか分かりかねる生徒が居た。

「リューヤさん、雨宿りさせてほしいんだけど」

日付もあと少しで変わりそうな真夜中、学園から程近い場所にある教員寮の一室である俺の部屋にやってきたのは、担任するクラスの中でも手のかかる問題児だった。
長い髪から雫を滴らせて玄関先に佇むそいつは、まるで俺が断りやしないと確信でも持っているように微か笑ってこっちを見つめる。

「どうせ朝まで止まねーぞ」
「じゃあ、朝まで貸してくれないかな。ソファでいいから」

媚びる様子もなく淡々と告げる声は、気のせいだろうかどこか己の感情を押し殺しているように感じた。
雨の降るこんな夜中に一人で外をふらつくなんて、なにか良くない事でもあったとしか思えない。
本来なら教師という立場上追求すべきだろうが、こいつの持つ空気からは拒絶の色を感じてしまう。
仕方なしに部屋へ招くと、彼は形だけの感謝を述べてから、ごく当たり前のようにバスルームへと消えた。


曲者だらけの早乙女学園、その中でも一際目立つ生徒の一人である神宮寺レン。
恋愛禁止を鉄則とする学園内で堂々と女を侍らせる彼はしばし教職員から注意の対象になっている。
アイドルとしての素質は大いにある、能力値だって高い。しかしやる気の一切を持ち合わせていない彼は決して優秀な生徒とは言えず、ルームメイトである生真面目な生徒とは度々口論を繰り広げているようだった。
今夜だってその者と口論にでもなったのだろう、神宮寺が学園にやってきてまだ半年と経たないが、不仲が原因で俺の部屋に逃げ込んでくるのは今までにも何度かあった。
だから驚きはしないし、今更そこをつつくような野暮な真似もしない。
ただ今夜は雨が降っている中傘も差さず濡れ鼠のような姿で現れたことが少しだけ、気になっていた。

「ごめん、シャワー借りたよ」

暫くしてバスルームから出てきた神宮寺はまるで顔を隠すようにバスタオルを頭から被って、そのくせ下を隠そうとはしない妙な明け透けさだ。
そんな姿でうろつかれたって困る、と下着と服を貸してやれば背はそこまで変わらないのにいかんせんひょろひょろと細っこい体だ、目に見えてだぼつく服に袖を通し少しだけ困ったように眉根を寄せる。
その時になって初めて神宮寺の目元が赤くなっている事に気づく。
本人も俺の視線を分かっているのか避けるように顔を背けて、服は脱衣所に干させてもらったから、と勝手知ったる顔でリビングへと向かった。
大机にはノートパソコンと作りかけの書類が散乱していたが、彼はそれらに決して触れることも目をくれることもせず、ただぼんやりソファに腰掛け天井を眺めた。

「神宮寺、何か飲むか」
「……いや、いいよ、リューヤさんまだ仕事の最中みたいだしね」

子供の癖にいらんところで遠慮するのがどうも気に食わない。
だからといって必要以上に気を回してやる義理もないので、神宮寺の隣に腰掛けて作業を進める。
明日は休日だから少し遅くまで起きていられる、せめて今手をつけている分だけでも終わらせようと黙々キーボードをはじき続けた。
音楽は何もない、外で降り続ける雨とキーボードの音だけが聞こえる室内。
一通り作業を終えて最終チェックを、とデータを漁り始めたところで、今まで静かだった神宮寺がぼそりと口を開く。

「……リューヤさん、何も聞かないんだね」
「聞いてほしいのか?そういうの煩わしいって思うだろ、お前」

否定も肯定もせず黙り込んで、ちら、とこちらを伺う神宮寺。
普段にはない臆病な瞳は年相応、いやもっと幼く見える。
甘え方を知らない子供が距離を測りかねているように、遠慮がちなアピールはもどかしくもいじらしい。
キーボードから手を離し、そのままぽんと神宮寺の頭を撫でる。抵抗されるかと思ったが素直に撫でられている姿は珍しいとすら思えて、ちょっとだけおかしかった。

「……俺がレディだったら、リューヤさんみたいな人を好きになったのになぁ」
「なんだ、女じゃなきゃ惚れねえのか」
「夜中にこうしてやって来るぐらいには惚れてるよ」
「どうだかな」

くしゃりと撫でた髪はまだ少しだけ濡れて、自分が使っているものと全く同じはずなのにどこか甘く広がるシャンプーの香りが鼻先をくすぐった。
生徒の一人で、遥か年下で、そもそも男で。
特別な感情なんて何一つ持ち合わせていない、こいつだってきっと同じだ。
それなのに俺が手を伸ばした時からまるで互いの間に流れる空気が変わってしまったことを、神宮寺だって多分気づいている。
隣に座る体がほんの少し身じろいで、近づく肌は自分のものよりわずか暖かい。
大き目のシャツから覗く肩や首筋はあまりにも華奢で、こいつがまだ守ってやらなきゃいけない年齢の子供なんだって事を改めて感じさせる。
いつだって大人を食ったような態度ばかりで可愛くないと思っているけれど、あんな風に目元を腫らして、不器用に甘える素振りを見せられてしまえば放っておけるはずもない。
このまま抱きしめてやることはあまりにも、簡単だった。
けれど今そうしてしまえばこいつは俺の優しさをきっと違った意味に捉える、そんな気がして。

「……神宮寺、ベッド使え」
「えっ……」
「俺はまだ仕事があるんだよ、明日早くに起きてやりたくてもお前がソファ占領してたら出来ねえだろーが」
「……そう、だね。ごめんねリューヤさん、忙しいときに来ちゃって」
「お前に気遣われると変な気分だ」

失礼だなあ、笑う声は少しだけ寂しそうな響きだった。甘やかして、慰めてくれることを期待していたのだろうが生憎俺はそこまで出来た奴でも、火遊びを好む奴でもない。
優しくされたかったならそれこそ普段侍らせているような女達の所へ行けばよかったんだ。
それをせず俺の元に来た理由を考えようとして、けれど気づいてはいけない部分に触れてしまいそうで、諦める。
早く寝ろよとせっつけば神宮寺は俺の手から離れ、甘えたがりの視線を残して立ち上がった。
寝室のドアに手をかけて、一瞬だけこっちを見やる瞳の寂しげな色は、ほんの少しだけずるいと思う。

「……神宮寺」
「なんだい」
「服、どうせ昼過ぎまで乾かねえし、ゆっくり寝てろ」
「……そうさせてもらうよ、有難う」

せめてもの甘やかしの言葉に図体ばかりでかい子供ははにかんで、ぱたりとドアを閉める。
慰めてほしい時にこうしてやって来るぐらいには懐かれている、それは嬉しいというよりも。
仮に俺が手を出していたらどうするつもりだったんだ、あいつ。
決してないとは言い切れない可能性、いけない気持ちを振り切るように再びキーボードを叩くが、ソファにまだ残されたままの一人分の体温が消えるまでは決して落ち着きなど戻ってこない。
厄介だなぁ、と零す呟きは降り続く雨音に紛れて消えた。



END.









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