子猫の脱け殻とワルツ(翔那)


※一日遅れのあんまり誕生日っぽくない翔那誕のおはなし
※気持ち程度にえろい雰囲気






普段なにかとお世話を焼いてくれる翔ちゃんに、僕から世話を焼くなんて珍しいことだった。

「翔ちゃん、あと少しだから寝ないでくださーい」
「んー……」

翔ちゃんの腕を肩に担いで、ふらふら覚束ない足取りを不安に思いながら腰を支える。密着した体からはアルコールの匂いばかり、初めて嗅ぐ翔ちゃんらしくない香りに、もうこんなに月日が経ったのか、と少しだけ感慨深くなった。
アイドルデビューしてから数年、初めて二人で回ったツアーライブ。
最終日である今日……正確には昨日が翔ちゃんと僕の誕生日だった。
ついに二十歳となった翔ちゃんはライブ後の打ち上げでスタッフさんと大いに盛り上がり、翌日がオフというのもあってかべろんべろんになるまでお酒を飲んでいた。
その結果、見事なまでに酔い潰れてしまった翔ちゃんのお世話を、ホテルの隣部屋である僕が引き受けたという訳で。
一応僕もそれなりに酔いが回っているけれど、普段は滅多なことじゃ頼ってこない翔ちゃんからそれこそ身全てを預けられるくらいに甘えられているっていうのが少しだけ嬉しくて、でも何かあったら大変だという焦りの方が大きくて、タクシーを降りてからホテルの部屋に入るまでわずかな段差にもひやひやしながら運んできた。

「ほら翔ちゃんもうすぐお部屋ですよ、鍵はどこにしまった?鞄?お財布?」
「うー……覚えてねぇ……」

早くも夢うつつな返事ばかりの翔ちゃん、いくら本人の目の前とはいえ勝手に荷物を漁るというのはちょっとばかり気が引ける。
仕方なく翔ちゃんの部屋を通り過ぎて自分の部屋のドアへカードキーを通し、翔ちゃんを招き入れた。
それなりに売れっ子だからか一人の割には広い部屋。セミダブルのベッドに寝転がせ、冷蔵庫から取り出したペットボトルを額に当ててみれば、きもちー、と頬を緩ませてふにゃり笑う翔ちゃん。

「お水、すっきりしますよ。飲める?」
「……むり、のませて」
「飲ませてって……」

一向に起き上がろうとしない姿にため息ひとつ吐き出して、翔ちゃんの隣へ腰掛ける。
捻ったペットボトルの蓋はぱきりと景気のよい音を立てて開く、冷たい水を一口含んで覆い被さるように唇を重ねれば、熱い舌に求められてあっという間に水を奪われてしまった。

「ん……っは、もう一口飲む……?」
「……うん」

まるでキスする時みたいな荒っぽさで求めてくる翔ちゃんは、ねだるようにじっと僕を見つめながら少しだけぬるくなった水を何度も僕から奪って、ごくん、とゆったり飲み込む。
そうして空になったペットボトルを僕の手から奪い、もう一口、とせがんだ。

「待っててください、取ってくるから……」
「そっちじゃねーよ」

空になった手は翔ちゃんの熱っぽい手のひらに奪われてしまう。
戯れに近づく顔、アルコールまみれの息を混ぜあって互いの唇を貪った。
引き寄せられるままに翔ちゃんの体へ乗り上げれば、無意識に擦り付けられる下半身は明確なまでの目的を伴ってその熱さを主張する。
言葉がなくたって分かるほどに、僕のことを欲していた。

「……翔ちゃん、お酒入ってるんだから無理ですよ」
「でもしたい」
「うー……」

ぐり、と押し付けてくる質量はもはや興奮材料でしかない。
それでも互いのぐずぐずな状態を思って、踏みとどまるように駄目ですと言い放てば翔ちゃんは子供みたいに頬を膨らませて拗ねて見せた。

「……折角、大人になれたのに」
「あ……」

繋がれた手の甲に、ちゅ、と翔ちゃんの唇が触れる。
付き合ってから数年、出会ってからはもっと長い僕たちの間にそれでも存在するわずかな距離を、溶かして重ねて埋めあうように、翔ちゃんは僕の肌を欲した。

「年齢なんてただの物差しに過ぎないって、分かってるけどさ、俺やっとお前と同じになれたんだよ」

同時期にデビューして肩を並べるように芸能界を進んできて、それでも年上というだけで世間は僕だけを大人のように扱っていた。
芸暦や才能だけじゃどうにもならない部分を、翔ちゃんが時々気にしてるんだって事は知っていたけれど。

「……お酒飲めるようになることだけが大人じゃないですよ」
「知ってるよ、でも今までみたいな子供扱いはさ、されないじゃん」

人一倍努力して周りから認められるようになっても、僕と並べばまだ少年の扱いばかりだった翔ちゃん。
二十歳の誕生日を迎えてファンの人達やスタッフさんからやっと、青年として見てもらえたことが、嬉しかったんだろうな。
アルコールに浮かされた体は火傷しそうなほどに熱くて、服の上からでも分かるくらいに激しく脈打つ心臓の音がどくどく鳴り響いている。
ほとんど伸びない背と、反して逞しくなっていく体つきにはもう少年だった頃の可愛らしい翔ちゃんの面影は見当たらない。

「だからさ、子供の俺じゃなくてちゃんと大人の俺で、那月のこと抱きたい」

いつの間に酔いが醒めたのか、しっかりとした強い瞳が僕を見上げる。
一瞬だけ高鳴る鼓動を誤魔化すようにふるりと首を振って、でも勃たないでしょう、と諭すように告げればしぶしぶ翔ちゃんは諦めたように息をついた。
今日はこれで我慢して下さい、と鼻先に口付ける。
子供扱いすんなよ、と不満げに漏らすのがあまりにも愛しくて、思わず翔ちゃんの体をぎゅうと抱きしめた。
最初は抵抗していたのにいつの間にやら腕の中で眠り始めた翔ちゃんの寝顔は、まだ少しだけあどけなく見える。
それでも僕と同じ、大人になった。寂しい気持ちの方が大きいって知ったら翔ちゃんは怒るかな。
可愛い可愛い翔ちゃんが大好きで、けれど一年ごとに格好良くなっていく翔ちゃんに惹かれているのも事実。
来年には今日よりもっと大人になる翔ちゃん。
早く会いたいような、どこか怖いような、それはなんとも不思議な気持ちだった。

「……それでも来年も、翔ちゃんの傍に居たいです」

一人呟く言葉は、僕だけの心の中に。
大人になった翔ちゃんと初めて過ごす夜はいつもより穏やかで、けれど少しだけ寂しい気持ちを閉じ込めた。



END.









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