道化師の夜(モブレン)


※過去捏造
※レン様幼少期
※報われない






子供の頃から他人の顔色を伺うのは得意だった。
少しでも自分を見てもらおうと父のために身に着けた術は当人に対してちっとも有益に働かないくせに、父の周りに群がる大人たちからはいたく気に入られた。
年に似合わぬ言動を気の毒に思う大人も居たけれど、大抵の人たちはこんな自分を生意気とも言わずに可愛がってくれた。
元々大人びた顔立ちというのもあって背伸びをしてもそこまで見苦しいものではなかった。それもあってか最初はパーティーで顔を合わせるだけの関係でも気づけばプライベートでもと誘われるようになる。
大抵は会食や鑑賞会など俺を楽しませようと声をかけてくれる、何だかんだと言いながらも子供である俺を気遣ってくれていた。
けれど時々、本当の意味で俺に大人の世界を教え込もうとする人が居た。

「やあ、よく来たねレン。寒くなかったかい?」

豪華なホテルの一室で待っていたその紳士は、部屋へと入るなりきつく俺の体を抱き寄せる。
ふた周りも離れた年齢、背だってとてもじゃないがまだまだ追いつけそうにない。
そんな俺を大人特有の視線で眺めて、男はなんの躊躇いもなく俺の唇を奪った。

「んっ……ふ、ぅ……」

ねっとりと絡みつく舌からは少しだけ煙草の味がする。
二十歳を超えないと知ってはいけないその味をまだ子供である身で僅かながら知ってしまうのは、罪悪でしかない。
深く激しい口づけはただ苦いだけで、けれど俺の息はとっくにその先を期待する色だった。

「レン、コートを脱ごうか。皺になってしまう」
「……コートだけでいいの?」
「じゃあ全部、脱がしてあげよう」

倍ほど違う大きな手のひらは、撫でるように俺の体を滑りながら布を剥いでゆく。
一枚、また一枚と身に着けるものがなくなって、最後の一枚を脱がされると同時俺の体はベッドに沈んだ。
ジャケットを脱ぎ捨てて覆い被さる男からは上質なフレグランスが香る、嗅ぎ慣れない大人の印に喜びを感じてしまう自分はどこかおかしくなっているのだろうか。

「……シャワーは、いいの?」

首元に熱い吐息がかかる。
男はどこまでも優しい声音で、このままの君がほしいんだ、と囁いた。




初めての夜、疑問も嫌悪も何一つ感じはしなかった。
知識だけはあった行為をどこか他人事のように、案外呆気ないものだな、と幼い体が薄汚い男の欲に貫かれる様を眺めていた。
それでもひと時の快楽とその瞬間だけは確かに紛れる寂しさ、いつしか俺は大人の夜を渇望していた。

『お父さんには内緒だよ』
『知るわけないよ、ダディは俺に興味なんてないんだから』

初めて男に抱かれた夜、俺の服を脱がしながらそんなことを呟く男に少しだけやさぐれた気持ちを返した。
昔から父をよく知る彼は、親子らしかぬ冷え切った関係を知っている筈なのに。
俺の言葉に彼は困った顔をして、レンくん、とまだ短かった髪をそっと撫でつける。

『君は、私に愛されたいかい?』
『……そりゃあ、嫌われるよりは愛されたいに決まってるよ』

分かりきった事をどうして聞くの、と見上げた男の瞳はまるで諭すように穏やかな色を湛えていた。
両頬を男の手のひらが包む、父にも兄にも触れられた事のない柔らかな肌を撫でながら男はなおも言葉を続けた。

『君は賢い、そして美しい。けれどそれだけでは愛してもらえないよ。相手が君に望んでいる物を見つけるんだ』
『……どういうこと?』
『そう、例えば私は君の瞳がほしい、愛らしく垂れた両目がじっと私を見つめる様に喜びを感じ、愛しいと思うよ』
『……見つめるだけでいいの?そうするだけで愛してくれるの?』
『ああ、だってそれが君の望みなんだろう?』

大人の世界ってのは等価交換で成り立っているんだよ、男は笑いながら俺のシャツを寛げて、幼い胸板に唇を寄せる。
ちゅ、ときつく吸われ思わず上擦った声を漏らせば、かわいい、と彼は囁いた。
それは本心からの言葉のようで、まっすぐ向けられる愛情にすっかり俺は夢中だった。
相手が求める通りに尽くせば、向こうも俺の望む物をくれる。
父のためにと身につけた力はやはり父のためには働かなくて、それでも幸せを感じられるのだから良いんだ、その日から俺は夜を生きる術ばかり磨いていった。
首筋の跡を隠すためにと伸ばした髪をいたく気に入った男からは週に一度必ずディナーに連れて行ってもらえるし、俺の少し黒い肌に真っ白な欲をかけるのが好きな男はいつだって丁寧に俺の体をマッサージしてくれる。
尽くせば尽くすだけ返してもらえる優しさはあまりにも心地好く、本当はいけない事だと分かっていても止められやしなかった。

「何か考え事かい?」
「あっ……いえ、すみません」

俺の体を弄りながら首を傾げる男の声で、行為の最中だというのに上の空だったことに気づく。
男はそれを咎めようとはしない、だが笑みの中に含まれた表情から何となく嫌なものを感じた。
肌をすべる手が離れて、腕を引かれるまま体を起こせば男は寛げたスラックスの中から取り出した自らの熱を指して、舐めてくれるよね、と強い視線でその行為を強いた。
断るなんて到底出来る筈もなく、膝立ちで見下ろす男の前に両手をつく。
四つん這い、まるで従順な飼い犬のように見上げれば彼は心底うっとりとした声で、綺麗だよ、と呟いて俺の頬を撫でる。

「手は使わないで、出来るよね」
「……ん、ぅ」

既に十分勃ちあがった性器からは雄の香りがした。
短く出した舌で先端に触れれば男は俺の頭をゆっくり撫でて、自らの腰へと引き寄せる。
それは無理やりに咥えさせられているようで、無遠慮に喉の奥まで入ってきた性器のあまりの質量に思わず眉根を寄せた。
助けを求めるように視線を送れば、男はとても嬉しそうに、ほう、と息を漏らす。
そうだ、彼は俺の嫌がる様を見るのが好きなんだ。
シャワーを浴びない汗だらけの体で触れ合ったり、鏡の前で一部始終をしっかり見せつけながら事に及んだり、思い出すだけでも恥ずかしい隠語ばかりを言わせたり。
程度は低い、けれども俺としては決して好ましくないそれらの行為を、断れずに強いられる様を見て彼は喜ぶたちだった。

「歯は立てないで、舌を使うんだよ」
「っふ……ん、ぐ……」

まだ幼く小さな口めいっぱいに咥えた性器の先端がぬらりと喉の奥を突く。
こみ上げる嫌悪感を我慢しながら必死にしゃぶり尽くせば、男は低くうめき声を上げながら俺の髪を優しく撫でた。

「上手だね、出ちゃいそうだ」
「っ……!?」

まさか口の中に出すのだろうか、恐る恐る見上げた瞳は意地悪そうに歪んで、けれど気分を盛り上げるためだけの言葉だったのか男の息遣いにはまだそこまでの荒々しさはない。
ん、ん、と鼻にかかった声を漏らしながら竿全体を丁寧に舐めていると、僅かに質量の増した先端からはしょっぱいような苦いような、独特な味の液体がだらりと溢れ始めた。
決して好まない刺激に顔をしかめる、男は恍惚の表情で俺の様子をじっくり眺めた後、もういいよ、と頬をひと撫でしてようやく口内から性器を引き抜いた。
開いたままの唇からは唾液が伝って、シーツに作られた大きなシミをもし父が見たらはしたないと叱るだろうか、なぜだかそんな事を考える。
ごくんと飲み込んだ唾液には先走りの味が混じっていた。
まずい、口をついて出た言葉を男は咎めることなくにこりと笑って、俺の体をシーツに沈めた。

「あっ……」

抱えるように広げられた両脚が震える。
指で馴らされることも潤滑剤もなく無遠慮に押し付けられた熱が、まるで肉を裂いてゆくように挿った。
痛い、苦しい、それでも幾度と繰り返した行為だからか容易く飲み込んでゆく体に男は満足そうな笑みを浮かべて、綺麗だね愛してるよ、と甘美な言葉を零した。
とろけてしまいそうな愛の行為に俺は、溺れるようにシーツの海でただただ喘ぎ続ける。
体の奥深くへ容赦なく吐き出される欲にさえ、嬉しい、と歓喜の悲鳴を上げるのだった。



「じゃあまた来週、同じ時間においで」

たっぷりと甘い時を味わって、名残惜しそうに男は俺の体にコートを着せる。
子供の自分には背伸びした大人のデザイン、微かに香る煙草とまだ疼きを残す体は決して許されない行為を生々しく思い出させる。
それでも大人たちはいつだって俺をめいっぱい愛してくれるのだ、心地好さからつい帰りたくないと未練がましく呟けば、男は少しだけ困った顔をして長く伸ばされた俺の髪を撫でた。


「家の人が心配するだろう」
「……うん、そうだね」

父が、とは言わなかった。
頭の中に浮かぶのはジョージや二人の兄、沢山の使用人たちばかりで、どうしたってその中にダディの姿はない。
満たされない心を誤魔化すように男の服をくいと引いて、軽い口付けを交わす。
またね、と優しい微笑みは扉の向こうへと消えていった。
それでもまた明日には別の誰かが俺を愛してくれる。
寂しがり屋の心を隠すように着込んだコートの裾を翻して、ふと見やった胸元にネクタイがないことに気づく。
来た時には確かにつけていた、とすれば部屋に忘れたか。
取りに戻ろうかと振り向いて、けれど歩むことなく向き直る。
残した証を見つけた彼が少しでも俺を愛しく思ってくれたらいいのに、そんな女々しさを抱きながら足早にホテルを去った。




携帯が着信を知らせるように振動する。
無視しようかとも思ったがディスプレイに表示された名はそれなりに楽しめる相手のもので、仕方なく通話ボタンを押す。
仕事の邪魔をしたならば申し訳ない、と告げる相手に、ちょうど今しがた暇になったばかりさと笑った。

「そう、例の子守だよ。最近はそれなりに満足出来るようになったからね」

悪い大人だ、咎める声にお前だって同じだろうと返せば、電話の向こうからは下卑た笑い声が聞こえる。

「あと数年もすればあそこも代替わりするだろう、その時に十分恩返しをしてもらえるように今から媚びておかないとな」

所詮そのための道具に過ぎないんだから、鼻で笑うと電話の向こうの男も同じようにそうだなと呟く。
構われたい子供の欲を満たしてやっているんだ、利用したって罰は当たらない。
大人の世界なんて所詮利用するかされるかの二つしかない、あの子供がそのことに気づくのがいつだかは知らないが、その時までに十分な関係を築いておけば何ら問題なんて無いんだ。

「愛されてると勘違いして、滑稽な子だよ」

まあ、馬鹿な子ほど可愛いっていうからな。けたけたと笑って、"同業者"である通話相手の男に別れを告げる。
通話の切れた携帯をベッドに放り投げて、ふと布団に紛れて見えるネクタイが視界の端に映る。
あの子供が忘れていったのだろうか。
真紅のそれを摘み上げて、何のためらいも無くダストボックスに投げ捨てた。



END.









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -