【企画】僕が世界を美しいと思うのは、君が笑ってくれるからだ(翔那)




ふとした瞬間に見上げる空はどこまでも澄んだ青をしている。

「おーい那月、足元見て歩けよ」
「あ……っと、すみません、ボーっとしてた」
「お前なぁ……」

ほんの少し先をゆく翔に手を引かれようやっと足元に視線を移した那月は、わずかにもつれた右足が細い蔦に取られる様をほんの少し眉間に皺を寄せて眺めた。
まっさらなシューズはこの日のためにおろしたばかりの新品で、しかし早々に汚れるのだから止めておけ、と家を出る時に翔は止めたのだが本人は言って聞かなかった。
いつだったかの誕生日に買ったそれは数年経った今では少しだけ履き心地が悪い、もしかして僕成長したのかな、と笑えば翔は心底不機嫌そうに、足どころか背すら一ミリも変わってない俺へのあてつけか、とむくれて見せた。
空を覆い隠すほど鬱蒼とした森の中を突き進む、遠く聞こえていた波の音が段々と近づき、特有の塩の香が肌や鼻先をくすぐる。
もうすぐですね、那月の足は自然と速まり先行く翔もつられるように足を速めた。
交差する大木のアーチをくぐり抜けて、ひゅう、と風が鳴く。
果てしなく続いた緑の先、茶と灰の岩肌の向こうは途方もない程にどこまでも続く青が広がっていた。

「やっと来たなー……」

ほう、と感嘆の息を漏らして二人はしばし目の前の世界を見つめる。
突き抜ける青と日の光を反射して光る青は同じように見えて全く違う、わずかに緑を含んだ濃さの揺らめく蒼が遠く水平線で二つをくっきりと、しかしどこか曖昧に分けていた。

「……綺麗」
「だな」
「さっちゃんにも見せてあげたかったな」

那月はトン、と指先で自らの胸を叩く。
かつて心の奥に居たもう一人の那月はもうそこに居ない、けれど瞳を通して同じ景色を眺めていれば良いな、それは希望的観測にすぎないけれど那月にとっては大切な想いだった。
彼がまだ世界に怯えていた頃、綺麗で優しいものだけを見せてくれていた砂月。
世界を受け入れる覚悟をし、決別した二人はそれでもまだどこかで一つに繋がっているのだと信じていた。

「……那月、ありがとな」
「なにがですか?」
「いや、ここまで一緒に来てくれてさ」

この場所は翔のお気に入り、というより彼がいつか見たいと願っていた景色だった。
二人がまだ夢見るだけの学生だった頃、テレビでたまたま目にした景色に翔は一目奪われた。
長いジャングルの先、海の中へと突き出るように佇む岩山からは半円以上広がる空と海が一望できる。
両の瞳をきらめかせながらいつか生でこの景色を見てみたいと興奮する翔に、じゃあ夢が叶ったその時までおあずけするのはどうですか、と提案したのは那月だった。
その翌年、アイドルとして初めての給料で那月はずっと欲しかったシューズを買って。けれど一度も履かなかった。
足を通すのは翔の夢が叶ったその時、と小さな翔の体に自らの夢も託した。
プレッシャーを受けても翔は臆することなく今まで以上に輝きを増して、アイドルではなく一人の来栖翔という人間として厳しい芸能界に凛とその存在を知らしめた。
那月はそんな翔が好きだった。
どんなにつらい言葉をかけられようと苦しい状況に陥ろうと、彼は決して諦めず前だけを見ていた。
小さな体から溢れるパワーと見る者すべてに元気を与えてくれる笑顔が、那月にとってはかけがえのない宝物だった。

「……僕はただ翔ちゃんが好きだから、ついてきただけですよ」

当たり前のように言ってのける那月にもう一度翔は、ありがとう、と小さく呟く。
二人の間を吹き抜ける風は少し冷たく、潮風に揺れる髪は少しだけべたついていた。
軋むくせ毛を指先に巻きつけて、那月は嬉しそうに翔へとはにかんでみせる。

「僕ね、翔ちゃんの瞳がとても好きです」

彼の両目におさまるそれはきらきらとどこまでも澄んだ青。
まるで今二人を包むこの世界を凝縮したような、美しい色をたたえて翔は笑った。

「瞳だけか?」
「勿論翔ちゃんも大好きですよ」
「じゃあ最初からそう言えよな」

かつて怖いものだと思っていた、怯える瞳に映る世界をきらきらに変えてくれた翔。
彼の傍に居たから那月は笑みを絶やさずここまでやってこれた。怖い世界の中にも美しさがあるのだと、教えてくれるのはいつだって彼の存在だった。
隣に立つ翔の手をきゅっと握れば、小さな手のひらは驚くほどに強く那月を包み込む。
それはまだ子供だった頃と全く変わらぬ強さと暖かさで、那月をこの世界に留めてくれるのはいつだって翔だったのだとしみじみ思い、小さく笑った。

「なんだ?」
「内緒です」
「何で隠すんだよ」

少しだけ怒ったように笑う翔の向こう、波は白く煌めく。
ぐ、と翔に手を引かれ身を屈めればごく自然と那月の唇に、あたたかなものが触れた。
軽く触れては離れて、また触れ合って。
やわらかな時間のあと、しょっぱいな、と翔は困ったように笑った。
二人の真上ではまっさらな雲が広い青の中たゆたうように流れてゆく。一面青のキャンバスを背に透き通る金の髪は那月の目にいつだって眩しく見えた。
きらきらなそのひと房を掬って口づければ、同じように翔も那月の髪を引き寄せ唇を寄せる。そうしてまた塩の味がする、と笑った。
きっとあと数時間後にはいつも通り、慌しくて少しだけ怖い日常へ戻ってしまう。
それでも逃げ出さずに居られるのは目の前の小さな彼が、瞳に世界をたたえて笑いかけてくれるから。
波の音に乗せて、大好きだよ、と那月は呟く。
その言葉に翔は答えず、もう一度唇を触れ合わせて綺麗な笑顔を浮かべるのだった。



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那愛企画 】様に提出しました
タイトルの素晴らしさに心奪われて是非書きたい!と思ったのですが上手く表現できず…。
けれども理想とする二人の形に少しは近づけたかな?と一人ニヤニヤしながら書きました。なっちゃんを笑顔にしてくれる翔ちゃんマジ王子様。
素敵企画に参加させて頂き、本当に有難うございました!

20120528 よかん









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