【企画】知らないフリなら知ってるよ(蘭藍)




俺には悩み事がある。
気軽に相談できるような内容でも、簡単に解決できるような内容でもない非常に深い悩み事だ。
そして悩みの原因は同じ事務所に所属する、クソ生意気な年下の男。

「蘭丸、喉渇いたんだけど」

まだ少年の幼さを残しながらも憎たらしさ満点のつんとした態度でパイプイスに腰掛けているのは美風藍。
恐らく今、業界で一番注目されているだろうアイドルであり俺の同僚でもあるこいつはどういう訳かやたらと俺につっかかる…というか、アゴで使おうとする。

「ねえ聞こえてる?耳遠くなったんじゃないの、もう歳?」
「まだ十分若えっつーの!」
「聞こえてるなら何か買ってきて」
「……ちと待ってろ」

無視を決め込もうとしたが結局つい相手をするハメになって、おまけに俺は毎度のように馬鹿正直にこいつの我侭を聞き入れてしまう。
そう、それがまず一つ目の悩み事。
例えばこういう時カミュなら堂々と断るどころか上から目線も甚だしい説教始めるだろうし、嶺二なら……っていうかそもそも美風のやつは嶺二に対して買ってこいなんて命令しない。
特別仲がいいって訳でもないけどあいつらは何となく、波長が合ってそうでいつもうまいことやってる。
それ言ったらカミュには命令どころかたぶん自分からは干渉しないだろう、仲はそれなりによさそうだけど結構ドライな関係。
で、最終的に俺ばかりあいつの我侭聞く係。
断りゃいいんだろうけどそうするとあのお子様は目に見えて不機嫌になるし、正直面倒くさい。
でも断らない理由はそれだけじゃないっていうのが、二つ目の悩み事。

「……あ」

自販機を求めてオープンスペースへと向かえばそこには美風が指導を担当している後輩二人の姿。
確か来栖と四ノ宮だったか、同じ事務所に所属してるとはいえ滅多に会う機会がないので名前はうろ覚えだった。
こういう時は声をかけてやるべきか、悩んでいると俺の姿に気づいたらしいでっかいのが「あ!」と声を上げ、隣で楽譜を食い入るように見つめていたちっこいのが一瞬遅れて顔を上げ、ぺこりと頭を下げた。

「黒崎先輩ですよね、こんにちは!」
「おう、お前ら二人揃って仕事か」
「いえレッスンです、本当は藍ちゃんにも見てほしかったんですけど今日はお仕事みたいなので……」

事務所とレッスンスタジオを兼ねているここは常に所属アイドル達が出入りしてる。
特に他所の仕事が少ない新人はそれこそ出勤するが如く朝から晩までみっちりレッスンスタジオに篭ってることもしばしば。
こいつらもそのクチのようで、来栖が手にしている楽譜を覗き込めば以前美風が後輩達への課題として作っていたもののようだった。
どうせ事務所で偉そうに雑誌読んでるだけだしあいつを呼んでこようかと思ったが、折角「後輩達だけで頑張っている」ようなので止しておく。
自販機にもたれ掛かるように立っていた来栖は俺の視線を勘違いしたのか、すみません、と少し焦りながら場を空ける。
本当は隣の自販機の飲み物目当てだったんだが、折角の後輩の気遣いを無下にもできず仕方なくその自販機に小銭を投入した。

「ま、焦らず頑張れ。お前ら評判いいみたいだしな」
「ありがとうございます!評判いいんだってー嬉しいね、ねっ翔ちゃん!」
「いちいちひっつくなお前は!」

いかにも仲がよさそうにじゃれ合う二人を眺めながら自販機のボタンを押すが、はっと見れば無意識に押していたのはおよそ美風じゃ飲みそうにないどろりとしたオレンジジュースだった。
うわ、絶対文句言われる。仕方なく隣の自販機に小銭を入れてあいつが時々飲んでいるメーカーのアイスティーを買った。
途端に目ざとくそれに気づいた四ノ宮がまた、あ、と声を上げる。

「もしかして今、藍ちゃんも来てるんですか?」
「あ、ああ……よく分かったな」
「その紅茶よく藍ちゃんが飲んでるので!一緒に買ってあげるなんてお二人はやっぱり仲良しさんですねー」
「……やっぱり?」

来栖をぎゅうと抱きしめながらにこにこ笑う四ノ宮はまるでなんてことでも無いように、藍ちゃんはよく黒崎先輩のことお話してますから、と言ってのけた。
途端に俺の思考は一時停止する。あいつが俺の話を?よくするって、どういう意味だ?
二人とも俺の頭の中には気づかぬまま、じゃあ美風先輩に宜しくお願いします、なんて爽やかに去って行く。
なのにいつまでもその場から離れることもできず悶々と考えるのは、「美風が後輩によく俺の話をしている」という事実。
それがどんな内容なのか、どういう意味を持つのか気になって仕方ないのさえ俺が抱く悩みに繋がってる。
そう、本当に悩んでるんだよ俺は。



「ぬるい」

折角買ってきてやったアイスティーにそんな文句を垂れながら飲む美風の向かいに腰を下ろし、けれど視線は逸らす俺。
どうも先ほど後輩が放った言葉がぐるぐると頭の中を巡っているせいでうまく顔を合わせられない。
俺が抱く悩みの原因は、美風藍。
正確にはその美風藍のことを俺は、どうも普通とは違う意味で意識しているらしいということ。
らしいなんて他人事みたいだけど自分でもよく分からない、兎に角気づいたときにはこいつの一挙一動がやけに気になって仕方なかった。
その所為か否か、我侭言われても許容してしまう部分がある。
さっきだって本当は仕事の確認をしておきたかったのに言われた通り飲み物買いに行って、戻った時にいかにも飲み物代といった風に机の上に置かれた小銭を受け取りもせず無視している。
要するに、甘やかしてるんだよ俺は。結果こいつは付け上がる、完全に悪循環だった。
いっそこのままでもいいんじゃないかとすら思ってしまうほど今の俺はおかしくなってる。思考を誤魔化そうとジュースのプルトップを開け缶に口を付けた。

「……うっわ!」
「どうしたの」
「くっそ甘え!なんだよこれ!」

叫びながら喉の奥を流れてゆく感覚に顔をしかめる。
口にしたジュースは初めて飲むもので、とてもじゃないがどろどろと固形に近すぎて飲みきれやしない。
うわーマジで失敗した、どうしようかとげんなりしていれば美風はテーブルに手をつき身を乗り出して、俺の手からジュースの缶を奪った。
俺が止めるより早く、やつの唇が飲み口に触れる。
そうして一気に缶を呷って……ごくん、喉が大きく上下して、美風は笑う。

「美味しいじゃん、蘭丸ってば変なの」

赤い舌でぺろりと自身の唇を舐めて、美風は俺の手の中に缶を戻す。
その時になってようやく、間接キスだ、とかくだらない事に気づいて……思わず美風を見やれば奴は素知らぬ顔してまた雑誌を読んでいる。
手の中の缶は軽い、それでもあと一口分は中身が残っていて。
果たして飲むべきか、いやいやあいつが飲んだ後だぞ、だけど男同士で回し飲みなんて大した事じゃない、ああでも。
多分俺がくだらない悩みなんて抱えてなけりゃこんなの簡単に飲んでるだろう。
そうだ、普通なら飲む。それでいいんだよ、何を気にしてんだよ俺は。
意を決したように缶に口をつけ、一気に呷る。喉を通る液体はさっき飲んだものより甘く感じた。
向かいに座る美風の唇が見える。
思わず見つめながらごくんと飲み込めばその唇は、孤を描くように笑った。
どうやら俺の悩みは当分解決しそうに無いらしい。



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うたうたいのうた 】様に提出しました
タイトルは藍ちゃんのイメージで書かせて頂きました、本当は文章内でも言わせたかったけれど敢えて言わないのが藍ちゃんだと信じてます
素敵企画に参加させて頂き、本当に有難うございました!

20120329 よかん









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