おいで、おいで。(翔那)




桜のつぼみはわずかに閉じられている。
色の少ない世界にようやく淡い彩が目立ち始めた小春日和の午後、薄手のジャケットに身を包んだ翔は肩をすくめてバス停に立ち止まっていた。
ここ数日は穏やかなまでに春らしい日が続いており、実際翔が家を出る頃はぽかぽかとうららかな日差しについ笑みがこぼれるほどだったが、午後になるにつれ肌を掠める空気にはまるで冬へと逆戻りしたかのような冷たさが混じり始めた。
お陰で翔が帰宅する時間にはすっかり春らしい陽気など消えてしまい、ポケットにしまった両手はふるふると寒さに震えている。
ぐるりと見渡せばバス停の列に並ぶ人々は皆春の装いで、こんな事なら薄着などしなければよかった、と一様に後悔するような表情を浮かべている。
もちろんそれは翔も同じで、外気にさらされるよりは幾分暖かなバスに一秒でも早く乗り込みたい一心でひたすらバスの来る方角を見つめていた。
程なくしてやって来たバスの中は思った以上に暖かく、席に座ると同時翔はほっと息を吐き出した。
車体の揺れも相まって思わず目蓋を下ろしそうになるが、停留所をほんの数箇所通るだけですぐに翔の降りる場所へと着いてしまう。
折角気持ちよかったのにと残念に思いながら電子カードをかざしステップを降りると、バス停には見慣れた人物の姿があって思わず面食らってしまうのだった。

「あ、お帰りなさい翔ちゃん!」
「……なんで居んの?」

薄着の翔とは対照的に冬真っ盛りといった装いの那月は、ふかふかのコートに身を埋めながらてくてくと翔の方へ歩み寄る。

「そろそろ帰ってくる頃かなと思って、迎えに来ました」
「そりゃどうも……」

傾いた陽はそれでもまだ明るく、そもそもこの歳になってお迎えとか少し恥ずかしいんだけど、と呟く翔に那月は、そうかな?なんて首をかしげる。
そうしてコートの留めを寛げばさりと広げたコートの中へと翔を包み込もうとするものだからいよいよ翔は恥ずかしさで顔を赤らめるのだった。
幸い二人のほかには辺りに誰も居なかったが、それでも那月の行動は翔からするとたまったもんじゃない。

「なにしてんだお前!」
「なにって、翔ちゃん寒いでしょう?僕と一緒にコートの中に入ればあったかいよ」
「あほか!今時子供でもやんねーよ!」

そもそも迎えに来るぐらいなら翔の上着を持ってきてくれてもよかったんじゃないのかと訴えれば、那月はまるでその発想はなかったとでも言い出しそうなほど目を見開く。
そうだ、那月はこういう奴だ。
迎えに来てくれたりコートの中へと招き入れようとする優しさはとても嬉しいが、それ以外のことはすっかり頭の中から抜け落ちてしまうところが少しだけ困りものだった。
最初こそ抵抗していたものの諦めたように那月の腕へと収まれば、それはもう満足そうな笑みを浮かべて那月はコートごときゅうと翔を抱きしめる。

「ね、あったかいでしょう?」
「お前これがやりたかっただけだろ」

すっぽりと包まれたまま歩む歩幅はとても狭く、二人の部屋がある寮まで目と鼻の先だというのに普段の何倍もの時間をかけながら歩き進んでゆく。
けれども少し前まで冷えていた翔の体はぽかぽかと温かいし、頭上からはご機嫌そうな那月の鼻歌が聞こえていた。
恥ずかしいけれど、自分たちにとっては案外これも悪くないかもしれない、翔はぼんやりそんなことを思った。



「で、布団をどうするかだよな……」

幾分厚手の寝巻きに着替えた翔は、すっかり春用にと模様替えしたベッドを見てため息をつく。
毛布は冬用のものだが上にかけた布団はすっかり春らしく薄いもので、どう考えたってこれだけでは夜を越せない。
かといって冬の布団を押入れから引っ張り出すのも正直面倒くさいし、何よりもうクリーニングかけちゃったんだよな……とぶつぶつ呟く翔の隣ではドライヤーで髪を乾かす那月の姿。

「なぁ那月、冬の布団出すか?」
「うーん……そこまでするほどかなぁ」

かちりとドライヤーの止む音がして、那月はふわふわの髪を揺らしながら翔の方を見やった。
あたたかそうな蜂蜜色のくせ毛は翔にはないもので、実は少しだけ彼にとってのお気に入りでもある。
ついそのひと房をくるくると指先で弄びながら翔はふと閃いたように、あ、と声を上げた。

「那月、毛布持って俺のベッドきて」
「わかりました」

言われた通り那月は毛布を剥ぎ取って翔のベッドへと向かう。
その毛布を布団の上へばさりと掛けると、翔は一人分のスペースを空けるように布団の中へと潜り込んだ。

「那月、こっちに入って寝ればいいじゃん。二人の方があったかいし」
「!さっすが翔ちゃん、名案です!」

招くように布団を持ち上げる翔の姿を見て、途端にぱあっと明るい笑顔を咲かせた那月はいそいそと布団へ潜り込んだ。
シーツも毛布もまだ冷たくて、けれど二人分の体温でじきにぽかぽかと温まり始める。
遠慮するように枕のはじっこへと頭を乗せる那月を抱き寄せて、ふわふわの髪に鼻を埋める。
くすぐったいよ、と上げられる声なんて聞こえないふりで、翔は互いの体温を感じながらゆったり目蓋を閉じるのだった。



END.









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