アニオト(翔+レン)




そういえばおチビちゃんには弟が居るんだったね、唐突なレンの言葉にシェイクを飲みながら翔は、おう、と短く返事をする。

「弟にはなんて呼ばれてるんだい?」
「名前で、翔ちゃんって……どっかの誰かとおんなじだよ」

ストローを指先でいじる翔はぼんやりと弟のことを思う。そして次に、どうしてレンがこんな話題を持ち出したのだろうかと、その顔をじっと見やった。
放課後、学内カフェのテラス席。少しくらい肌寒いほうが頭が冴えるからと課題を進めていた翔の元にたまたまレンが現れ、なんてことはない普段通りの雑談を繰り広げていた最中。
上っ面の会話が多く、干渉するような話題は持ち出してこなかったレンが今日はやけに、家族の事を気にしてくる。

「名前で呼ばれて嬉しいものなのかい?」
「俺は別にどうでも……まぁ年が変わんねぇってのもあるしな」

お兄ちゃん、なんてかしこまって呼ばれてもくすぐったいだけだ。ずずず、とストローを鳴らしながら呟く翔にレンは、そうなんだ、と納得したような素振りを見せる。

「つーか、レンのとこも兄弟だっけ。なんて呼んでんの?」

何気なく発した一言に、直後翔は後悔の表情を浮かべる。
普段話題にも上らない、気にすらしていなかったレンの家族について。以前に少しだけ聞きかじった限りでは、どうも彼らの仲は良好ではなかったように思う。
だとすれば今このタイミングで兄についての質問は、良くないのでは。
一度言ってしまった手前引くこともできず気まずそうに、あー、と唸る翔を見てレンは少しだけ笑う。

「……なんて呼ぼうか考えているところだよ」
「そう、なんだ」

テーブルに頬杖をつくレンは少しだけ遠くを見つめる。その横顔、瞳の奥に映っているものが何であるかを訊ねる勇気が翔にはまだなかった。
しばしの沈黙、手持ち無沙汰にストローをいじる翔がとりあえず何かを、と口を開くよりわずか早く、レンが言葉を発する。

「うちは年も離れてるし、兄さん、って呼ぶのがきっと自然なんだろうね」

でも今更くすぐったいんだ、呟くように付け加えられた言葉にレンの本意が垣間見えた気がした。
本当は呼びたいのだ、兄のことを。けれども長い間その機会などなくて、戸惑いと照れくささが今の彼を占めている。
なんだって器用にこなすレンのおよそ初めて目にする不器用な部分を翔は思わず、かわいい、なんて思った。
そう、かわいいのだ。兄のことを思いながらも取っ掛かりがつかめない、うじうじと悩むいじらしい弟。
翔より二つも年上の彼が急に幼く見えて、思わず声を出して笑い出す。

「……なんだいおチビちゃん」
「いや、兄さんって呼び慣れるまで何度も口にすればいいじゃん。本人相手じゃなくてもさ、兄だと思って呼べばその内くすぐったくもなくなるって」
「そういうものかい?」
「そーゆーもんだよ」

ひとまずは俺の事を兄さんって呼んでみれば、なんて冗談めかす翔。
つられるように口を開いて、けれどもレンの口からはくすくすと笑みがこぼれるだけだった。

「おチビちゃんの場合は兄さんじゃなく、お兄ちゃん、って呼ぶ方がしっくりくるね」
「うるせーよ!てか俺じゃなくて、お前の兄貴思い浮かべろつったろ!」
「ごめんごめん」

けたけたと声を上げるレンの瞳はとても穏やかな色をたたえていた。
結局その日翔のことを兄さんと呼ぶことはなかったけれど、少なくともこの日のやりとりが兄弟の仲をほんの少し、良いものにするきっかけになればいい。
年上である彼をかわいく思ってしまった気持ちにどこかくすぐったさを覚えながら、翔はぼんやり彼ら兄弟と自らの弟を想うのだった。



END.









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