起爆剤にもなり得る(翔砂)




砂月について、俺が知っている事柄。
ぶっきらぼうで、那月のことだけが大好きで、案外意地っ張りで、そんで。

「なー、お前ってどういう人間なの」

砂月が現れるのは決まって那月が眠りについた後だった。
俺より一足先に床につく那月の、その寝顔を確認した次の瞬間にはもう砂月がそこに居る。
てっきり眼鏡が外れた時やあいつがつらい思いをした時にだけ出てくるものだと思ったのに、最近のこいつは毎晩のように自ら現れる。
そうして何をするでもなくぼんやり部屋中を見つめていたり、時々課題に勤しむ俺の背後に立っては特に何もせず眠りについたりとまるで訳が分からない。
せめて何の目的があって現れるのかくらいは知りたいんだけど、と不機嫌そうな表情を浮かべてベッドに腰掛ける砂月を見やる。
那月好みの少し可愛らしいシャツを身につけた姿はあまりにも彼に不釣合いだ。
その視線に気づいたか砂月はちらりと胸元のプリントに目をやって、けれども興味がないのか直ぐに逸らす。
あーこれは今日も、何事もなく眠りにつくパターンか。ほっとするような少し残念なような、何とも言えぬ気持ちを抱いていると砂月の方から珍しく声が掛かった。

「……俺も一応、こういうものを可愛いとは思う」
「へ……へぇ」
「でも好きになるほどじゃない」

砂月がファンシーなキャラクターを可愛いと思っていること自体、ちょっと新鮮だった。
てっきりそういう感情は持ち合わせてないものだと認識していたからか、ほんの少しだけ親近感が沸く。

「じゃあさ、お前好きなものとかないの?那月のことだけ?」

つい興味をそそられてしまって、読みかけの雑誌を閉じ砂月の方へと体を向ける。
俺と会話なんて嫌がるかな、と思っていたが彼は意外にも答えを返してくれるのだった。

「歌はまぁ、嫌いじゃない。那月と繋がっていられる気がする」
「でもお前の歌とか、俺聞いたことねーよ」
「そりゃチビに聞かせる気なんてないからな」

相変わらずどこか喧嘩越しの口調、それでも声音は優しい。
珍しいこともあるもんだ、と砂月の顔を見やればじっと見つめ返される。
わずかに寄せられた眉間の皺、鋭く釣り上がる瞳。那月とは全く違う印象を受けるのに瞳の中で輝く緑は少しも変わらない穏やかさだった。
綺麗だな、ぼんやり思う。そういえば砂月の瞳をまじまじと見たことなんて今まで一度とてなかった。
今日は本当に珍しい日だ、なんとなく嬉しさを覚える。

「なぁ他には?好きなもんとかねぇの?」
「……何でそんなに質問してくる」
「えっ」

何で、問われてはたと気づく。
そういえば何でだろう、別にこいつのことを特別好いてるわけじゃない、出来れば関わり合わず過ごしたいと思っているのが本音だ。
けれどもどうしてか今日はやけに彼について知りたくなった。最近現れる理由、何を考えているのか。
探究心を持つことは別段おかしなことじゃない、と思うんだけど。

「なんとなくお前のこと知りたいだけ、ってのはダメか?」

瞬間、砂月の顔がわずかに赤らむ。
えっ、なんで。疑問に思いながら今しがた自分の発した言葉を思い返してみる。
お前のことがしりたい、これってまるで。

「あー……いや、その」

特に深い意味なんてない、そう言えばいいのに赤くなって俯く砂月を前にしたら、言葉に詰まってしまった。
なんでこいつ、初心な反応すんの。およそ那月にはないその表情がどうしてか、可愛く見え始めた。

「……寝る」
「えっ」

顔を逸らしたまま布団へ潜り込もうとする砂月を、思わず立ち上がって止めにゆく。
掴んだ腕は俺のものよりはるかに太くて、なのにびくりと身を震わせるものだからつい手を離してしまう。
ごめん、呟くより早く砂月が言葉を紡いだ。

「……俺もチビのこと、知りたいだけだ」

相変わらず視線は逸らされたままで、今度は砂月の手が俺の腕を掴む。
ベッドに腰掛ける砂月、見下ろす俺。掴まれた手、耳まで赤い、待て待てこれはちょっと、なあ。
唐突にとある言葉が頭の中へと思い浮かぶ、それはいよいよ背中を押される気分だった。

「……おい」
「……はい」

この期に及んでちっとも嫌じゃないなんてどうかしている。
据え膳食わぬは何とやら、そっと押し倒し奪った唇がとても柔らかかったこと、それはまた一つ増えた砂月について知っている事柄。



END.









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